第440話 来た、見た、勝った
View of ガランディ=リンダーエル ブランテール王国伯爵
私は将軍として多くの戦場に立ち、色々な経験を積んで来た。
その経験はそう簡単には動じないだけの精神力を養ったと思うし、実際大抵の事は受け入れるだけの度量があるつもりだった。
しかし……この状況は簡単に受け入れられそうにない。
空から降って来た弓兵は、よく分からないポーズでよく分からない事を言ったかと思ったら、そのまま砦から飛び降りた。
いや、空に浮かぶ船から飛び降りてきたことを考えれば、砦の上から飛び降りるくらいは大したことが無いのだろう。
これは納得出来る。
地面に降り立った弓兵は、英雄の腕を地面に縫い付けていた矢をおもむろに抜き、折角動きを止めていた男を解放してしまった。
そのまま止めを刺してしまえばと私は思ったが……それが全く無意味な考えであったことを次の瞬間思い知った。
まさかあの手の付けられなかった暴威が……あんな……。
……いや、あの弓兵を一目見た時点で、あの英雄よりも遥かに強者だと私は感じていた。
結果的に、私の勘は何も間違っていなかった。
ただ……何もかも次元が違うとしか言いようのない結果だっただけだ。
初見ではどうする事も出来ない……情報を集めて何とか策を練って時間を稼ぐ。
そんな風に考えていた我々をあざ笑うかのような圧倒的な実力。
ラ・ラガの英雄は、ただ力が強く頑丈なだけという……色々と物足りなさはあったが、その手の付けられなさは間違いなく英雄のそれであった。
しかし、あの弓兵は……手が付けられないとかいう次元ではない。
人がどれだけ手を伸ばそうと星を掴めない様に、人がどれだけ太陽を遮ろうと夜を生み出すことが出来ない様に、あれは人の身でどうこう出来る相手ではないだろう。
だが、私の驚きはそれだけではなかった。
弓兵が本当にあっさりと敵英雄を倒すと同時に、空飛ぶ船がゆっくりと降下してきて砦のすぐ外に着陸すると、船から数人の人物が現れて……砦を囲んでいたラ・ラガの軍を一掃してしまった。
東側に脱出を図った我が軍は、先頭の方は既に突破に成功しており、そのまま指示通り後方の砦に向かって撤退をしていったが、後方の軍は続かずにそのまま砦付近に留まっていたが、あまりにも迅速な制圧に、皆呆気に取られていたようだ。
因みに副官たちもすぐに私の元に引き返してきており、私と同じく混乱していたのだが……。
「父上!ご無事ですか!?」
「ザンバール!?お前もいたのか!」
会議室へとやってきたのは、我がリンダーエル伯爵家期待の三男であり、エインヘリアに使者として向かったザンバールと次男であるアヴェスタ。
恐らくあの空飛ぶ船に乗ってやってきたザンバールをアヴェスタがここに案内したのだろう。
それと最後に、ソイン子爵が普段通り軽薄な笑みを浮かべながらついて来ていた。
「リンダーエル将軍、ご壮健の様で何よりです」
「ソイン子爵か。中央から連絡は来ていたが……どうやら大役を果たしたようだな」
「ははっ!いえいえ、長旅で少し腰を痛めたくらいですよ」
普段通り飄々とした態度で言うソイン子爵だが……王太子殿下を通し、長い付き合いのある私の目には、ソイン子爵が何処か疲れているようにも見えた。
あのソイン子爵が疲労を隠しきれないというのは相当な事だな。
「……貴殿がここに来たという事は、今の状況について説明をしてくれるという事だな?」
「はい。本当は向こうの……エインヘリアが直接挨拶に来たがっていたのですが、流石にここはまだ戦場ですし、こちら側の混乱も大きいだろうということで、まずは私達が状況の説明をしに参りました」
「なるほど。それは非常にありがたい話だ。では早速だが……」
説明を頼もうとした私に、ソイン子爵が周りに気付かれない様に小さく目配せをしてきた。
「……いや、その前に、皆すまないが砦と兵達の状況を確認して来て貰えるか?被害状況と負傷者の数、それから後方に抜けた部隊の事。それと、後方の砦に狼煙を……我々の勝利を知らせ、とりあえず一報という事で伝令を送ってくれ。詳しい状況は追って知らせると」
「……畏まりました。そのように」
私が全員外に出るようにという意味を込めて指示を出すと、副官がその意図をすぐに理解し、全員に仕事を割り振り自身も会議室から出て行く。
部屋に残ったのは、ソイン子爵とザンバールとアヴェスタ。
「……アヴェスタ。お前も部隊の状態を確認しに行け。それとギディアルの様子もな」
「……畏まりました」
恐らくこの場に残って話を聞きたかったのだろうが、まずは私が聞いてからにした方が良いだろう。
先程部屋から出た副官はこの部屋の隣に待機してくれている筈だから、指示はすぐに出せる。
ソイン子爵やザンバールがこうやって落ち着いている以上、話を聞くだけの余裕はあるはずだし、彼らにも情報を早く知らせてやりたい所ではあるが、ソイン子爵の様子から知らせられない話もあるのだろうしな。
「ありがとうございます、リンダーエル将軍」
「いや、ソイン子爵の立場は公にはできないからな。それでは今何が起こっているか教えてくれ」
「はい。我々がエインヘリアに行った事はご存知でしょうが、まずそこから……」
そう言ってソイン子爵は、上層部や王太子殿下の思惑、道中やエインヘリアで体験したこと、そしてエインヘリア王との謁見について語った。
「……俄かには信じがたい内容だな。最低でも十人以上の英雄というのは……あの帝国と戦った事からも信じられるが、文官やメイドすらソイン子爵が太刀打ちできない程の武力を持っており、転移という技術で国内外の拠点に一瞬で移動することが出来る。戦力も戦術も戦略も……我々の常識に当てはめられるものではないな。だが、あの空飛ぶ船や弓兵の実力を見てしまっては……信じるより他ないな」
「エインヘリアについては、正直常識の通じない場所という風に考えて頂くことが第一歩だと考えております。まずは常識を捨て、エインヘリアの在り方を受け入れる……それが出来なければ、話が成り立ちません。それを上層部に理解してもらう為……将軍や王太子殿下には骨を折ってもらう必要がありそうです」
「私もまだ受け入れられていないのだが……努力はしよう」
ソイン子爵の力が若干抜けたような笑みが、ことの深刻さを如実に表しているように感じられたが、私は何とか頷いて見せた。
「……そういえば、あの弓兵と話した時……我が国とエインヘリアが同盟を結んだと言っていたが……」
「はい。王太子殿下より両国の友好をということで派遣されましたが……我々が想定していた以上に、エインヘリアは我が国の状態を正確に把握しておりました。情報部としては情けない限りではありますが、情報戦においてもエインヘリアは規格外という他なく……」
こちらの全てを知った上での同盟か……ソイン子爵の話を信じるならば、支配や属国に近い同盟関係であってもおかしくはない。
いや、両国の力関係を考えれば、実質属国のような扱いをして来るに違いない。
エインヘリアが介入すれば、三国との戦争は早晩終結するのは間違いないが、それ以上に我々ブランテール王国にとっては苦難の日々の始まりとも言える。
「同盟の条件は?相当足元を見られたのだろう?」
「それなのですが……実は、エインヘリアが求める条件は一つしかないと言われております」
「一つ……?それは一体?」
「魔力収集装置の設置です。先程話していた転移……それの基点となる魔道具でして。それをブランテール王国内の全ての街や村に設置したいと」
「……転移の基点となる魔道具?それはつまり、エインヘリアがその気になればいつでも我が国に軍を送り込み、占拠することが出来るということか?」
「そうなります」
「馬鹿な……そんな条件飲めるはずがない」
やはり同盟などと言っておきながら、実質支配下にしようとしているだけではないか。
そう考えた私だったが……あの空飛ぶ船が飛んでくれば結局同じことでは?とも思ってしまう。
「エインヘリア側も、我々がその条件を受け入れないであろうことは予想済みでした。それに、流石に私一人でその判断が出来る筈もありません。なので今回のエインヘリアの来訪は同盟の条件を詰めるという目的……いえ、建前でやってきております」
「であれば、同盟を結んだとは言えないのではないか?」
「そうですね。しかし……その、エインヘリア王は実に迅速果断と申しますか、流石は一代……たった二年余りであのような大国を築いた英傑。判断と動きの早さが尋常ではありません。北方戦線でラ・ラガが大規模攻勢をかけた事を知っていたエインヘリア王は、ブランテール王都に向かう道すがら、北方戦線を救うとおっしゃり……何と言いますか……通りすがりに、つい先程ラ・ラガの王都を制圧して来てしまったと言いますか」
呆れているというか、納得いかないというか……微妙な表情でソイン子爵は言うが……内容が荒唐無稽すぎて私も反応に困る。
「……意味が分からん。いや、そういえば、あの弓兵も王都を制圧したと言っていたが……アレは事実なのか?」
「はい。あの船で近づき……あっという間に王都を占拠して王族や重鎮を捕虜としてしまいました。まぁ、警備兵くらいしか相手に戦力が無かったというのもありますが、仮に正規兵が居たとしても同じ結果だったでしょう」
「……あの弓兵のような者が他にもいるのだろう?たとえこの戦線に来ていた四万が王都に集結していたとしても誤差程度だろうな」
我々では手の付けられなかった英雄相手に鎧袖一触の強さを見せた弓兵。
英雄にも格の違いがある事は理解していたが、正直あれは赤子とドラゴンくらい差があったように感じられた。
「だが……通りすがりに王都を占拠とは……本当に意味が分からん。通りすがりに野盗を退治したという物語は数あれど、通りすがりに王都を占拠したなどと、物語にすら聞いたことが無いぞ」
「最初に言ったではありませんか、常識を捨てるところからが始まりだと」
「……」
常識を捨てるというのは……かくも難しい事なのか。
「……エインヘリアとの交渉は骨が折れそうだな。しかし、同盟を結ぶ前に随分と手を出してしまっているようだが、大丈夫なのか?」
「エインヘリア王は、あくまで友好国の窮地を救う為と言っていますが……」
「他国の王都を占拠しておいて、それは外向けに通じる話ではあるまい?」
流石に無法とも言える行いは敵を作るし、何より非難の対象になりやすい。
いくら大国エインヘリアであっても、帝国を含めた周辺国がその行いを黙って容認するとは思えない。
「……エインヘリアに正面から文句をつけられる国はありませんよ」
「帝国がいるではないか。確かに今代の皇帝は外にあまり目は向けないが、それでもその外交手腕によって他国に睨みを利かせているだろう?」
「……帝国では、現在魔力収集装置の設置が進められています」
「……なんだと?」
帝国が……魔力収集装置を受け入れている?
エインヘリアと帝国は一度ぶつかり、痛み分けに終わったのではなかったのか?
ソイン子爵から齎された情報の意味を悟り、ゾッとする。
そういう……ことなのか……?
「帝国は……エインヘリアに文句はつけないでしょう。まぁ、エインヘリアの諜報関係の凄まじさから察するに、たとえ今回の件がエインヘリアや我々に正義が無い戦いだったとしても、世間に広まる噂は逆転させられると思いますが」
「……」
エインヘリアはただの大国ではない。
もはやこの大陸一の……いや、覇権国家と言って良い存在だったのだ。
ただ……我々がそれを認識していなかっただけで。
「それと、エインヘリアが今回強引に動けた理由はもう一つあります」
「まだ何かあるのか……」
「はい。今回ブランテール王国へと訪問して来たのは、エインヘリアの高官等ではなく……エインヘリア王本人です」
「……は?」
なんて?
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