第439話 自爆は浪漫
View of ガランディ=リンダーエル ブランテール王国伯爵
空を飛ぶ船……一体何が起こっているか分からないが、今は足元に火がついている状態だ。
「船の監視は任せる!撤退の状況はどうだ!」
私は遥か遠方に見える船から視線を外し、副官に向かって声を張る。
副官はすぐに状況の確認を始め、監視を任せた者は食い入るように西の空を睨む。
「将軍!ギディアル様の部隊が敵英雄に突撃を!」
「馬鹿な!」
私が視線を轟音の発生源に向けると、息子であるギディアルとその部下達が喊声を上げながら敵英雄に突撃する瞬間だった。
「ギディアル!」
ここから叫んだところで意味は全く無い。
それでも、死地に飛び込もうとする息子の名を叫ばずにはいられなかった!
盾を構え、剣や槍を突き出す様に突撃したギディアル達は、凄まじい速度で振り回される英雄の丸太のような腕を受け吹き飛ばされていく。
薙ぎ払われるように放たれる攻撃が盾や鎧に直撃すると、まるで紙でできた人形のように兵達は吹き飛んで行き、壁や地面に叩きつけられ動かなくなる。
しかしそんな中、ギディアルを含む数人の兵がその場に踏みとどまり敵英雄と対峙し続ける。
「はっ!英雄というからどれほどのものかと思ったが、動きは素人だな!」
ギディアルの吠えるような叫びがここまで聞こえて来る。
確かにギディアルの言う通り、敵英雄は腕を振り回すだけで、その動きは一切武術の類を学んだようには見えない。
しかし、その膂力は凄まじく、ギディアルが言う程楽な戦いではないのは一目瞭然だ。
掠るどころか、敵の巻き起こす風圧ですらその身を吹き飛ばしかねないものである事は、他の兵達が吹き飛ばされた様子を見れば分かる。
そんな圧倒的膂力による暴虐に立ち向かっている数人は、まさに卓越した技術の持ち主だと言えた。
しかしそんなギディアル達であっても、敵の肉体に傷をつけることが出来ていない……敵の防御ですらない、ただの肉体相手に歯が立たないのだ。
攻撃は素人、威力は災害級、防御は城壁以上……非常にシンプルな強さだ
最初のバリスタによる一撃は効かないのか、それともダメージを受けるから受け止めたのかは分からない。
しかし、正面から射ったものを素手で受け止められるのだから、気付かれずにバリスタで狙撃をするというのは不可能に近い。
そういう兵器ではないからな。
先程直撃しそうになったことすら奇跡に近い。
そして直接戦闘……剣や槍や弓でアレを倒すことは、あの様子を見る限り、まず不可能。
投石器の一撃が直撃しても平然としていそうだが、バリスタ以上に狙って当てられるものではない。
火は少し効果があったようだが、水や毒はどうだ?
「毒矢は……弾かれていたな?」
「はい」
毒を摂取させる方法か……。
「しょ、将軍!空飛ぶ船ですが、こちらを目指し真っ直ぐ飛んできているように見えます!」
「……分かった」
暴れまわる獣への対策を考えていると、切羽詰まった様子で船を監視していた者が叫ぶ。
足元も頭上も無茶苦茶だな。
空飛ぶ船の方は何が目的か分からんし、現状手を出す手段も何もないしどうすることも出来ない……いや、足元の英雄もどうにもできないが……。
そんなことを考えていると、兵の一人が体勢を崩したところに一撃を受け、城壁に激しく叩きつけられ動かなくなる。
「貴様ぁ!!」
「あああああああああああああああああああああああああああ!!」
仲間をやられたギディアルが激昂した声を上げると同時に男が叫び、両手を振りかぶり地面へと叩きつける!
次の瞬間、地面が大きく陥没し、衝撃波のような物が発生……周囲にいたギディアル達をすさまじい勢いで吹き飛ばした!
「な!?」
その声を上げたのが誰かは分からない……私だったかもしれない……それが分からない程、今の一瞬で起こった出来事は現実離れしていた。
衝撃波はギディアル達だけでなく、周囲に散乱していた武器やがれきも吹き飛ばし、遠巻きにギディアル達を囲んでいた兵達にも大きな被害を齎している。
まずい!
相手の技量の低さから……ギディアル達が英雄を押さえられると期待してしまっていた!
そして、私以上に周囲で見ていた兵達の落胆は大きい。
ここで殿を務める兵達の士気が落ちるのは、彼らだけでなく撤退中の兵達の命にもかかわる!
「ギディアル、倒れるな!踏ん張れ!」
「お、おぉ!!」
私の声が届いたのか、背中から壁に叩きつけられたギディアルが雄叫びを上げながら剣を構えながら前に出る。
しかし、その動きは明らかに鈍っており、これ以上戦わせるのは危険だ。
しかし、アレは退けといったところで下がる事はあるまい。
「撤退状況はどうなっている!」
「東側は六割が砦の外に、南北はそれぞれ四割程度です!」
想定よりも早いが、それでもまだ時間がかかるか……。
私の眼下でギディアルが揺れる足を抑え込みながら前に出ようとする。
あの状態ではいくら相手が素人同然の動きと言っても、初撃すら躱すことは出来まい。
「敵に矢を集中させろ!それと精鋭弓兵は奴の目や口を狙え!毒矢は精鋭弓兵に、火矢は弓兵に撃たせろ!」
「はっ!」
ギディアルが倒れなかったことでギリギリのところで士気は保たれているが、もはや打つ手がない……。
「魔法隊!タイミングを合わせて叩き込め!」
儀式魔法は当然間に合わないし、後は敵が砦本体に入った瞬間、最後の仕掛け……砦を崩壊させて生き埋めにするくらいしか手は残っていない。
「ああああああああああああああああああああああ!!」
矢の一斉射撃はやはりその肉体に阻まれ、精鋭弓兵の一撃も効果があるようには見えない……あれだけ大口を開けながら叫んでいるというのに、口内まで頑丈とは生物としておかしいだろうに!
口の中に毒矢を叩き込んだが、それも効いていないようだし……何処までも化け物め!
「そろそろお前達も下がれ!私は奴が砦内に入り次第、仕掛けを起動して生き埋めにする!」
「将軍こそ御退きください!砦の仕掛けは私が起動します!」
私が周りにいる者達に撤退するよう命じると、副官がそれに異を唱える。
「良いから行け!別に砦を崩壊させるからと言って私まで巻き込まれるわけではない!西側への脱出路があるだろう?そこの出口で私を待て!待ちきれないなら置いて行って構わんが、その場合は後で酒をおごらせるからな?」
私が笑みを浮かべてそう告げると、副官が痛みを堪えるような表情を見せる。
先程私が言ったように、わざわざ自分達が巻き込まれるような仕掛けは作らないが、それでも辛うじて巻き込まれないといった物でしかない。
何か一つでもアクシデントがあれば、私は砦と共に潰れることになるだろう。
そして命と砦を懸けても……あの暴れっぷりでは、正直どのくらい足止めになるか分かったものではないが……やらぬよりはマシだろう。
「しょ、将軍!空飛ぶ船が敵軍頭上を通過……もうすぐこの砦の上に到達します!」
船の監視を任せ、ずっと上を見上げていた部下が報告をして来る。
どうやら空飛ぶ船に意識を集中し過ぎて、私達の話がほとんど耳に入っていなかったようだ。
しかし……いくらなんでも速すぎる!
最初見た時は辛うじて船であることが分かるくらいの距離だったというのに、あれからさほど時間は経っていないぞ!?
もし空飛ぶ船が撤退する我が軍に攻撃を仕掛けて来たら……我々は成す術も無く全滅してしまうかもしれない。
くそ!一体何がどうなっているのだ!
「……今砦の外に出ている者達には東側の敵に突撃を命じろ。本来であれば小砦からの援軍が来てから突破を図るつもりだったが、英雄の強さを侮り過ぎていた。援軍は間に合わんが、敵の数はそう多くなく混乱もしている。一点集中すれば必ず突破できる。突破後は各自の判断でバラバラに逃げよ!軍として固まって撤退をすれば、あの船にやられかねん!」
恐らく、敵軍は碌な追撃も出来ない筈だ。
ならば散逸して逃げる方が生存率は上がるだろう。
「は、はっ!」
私の指示を受け部下が二人駆け出していく。
「さて、お前達も早く行け。下で暴れまわっている馬鹿は私と殿の連中に任せろ。というか、お前達が居たら私が気持ちよく砦を潰せないから早く行ってくれ。こんなデカい砦を合法的に壊せる機会はもうないだろうからな」
「……御武運を」
副官が絞り出すように言った言葉を最後に、全員がこの場を離れていく。
もし、私が脱出に失敗しても、彼らであれば得た情報を十全に使い、必ずあの化け物を封じ込めてくれる筈だ。
しかし、その為には力ある者達が必ず必要となる。
「ギディアル!その身体では足手まといだ!動けるものを連れて東へ向かえ!」
私の言葉に、こちらに顔は向けずにギディアルが悔しげに表情を歪ませる。
しかし、両腕を振り回し暴れる男からじりじりと距離を取り、倒れている兵達に声をかけていく姿は……猪突猛進な所はまだあるが、将として成長し始めているように見える。
お前達が無事であれば……リンダーエル家は安泰だ。
だが……国が無くなってしまえば元も子もない。
だから、私が身命を賭して時間を稼ぐ……と言いたい所だが、地で暴れる馬鹿はともかく、空を行く船はどうしたものか……。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
周囲にいた兵達が引き始めたからか、雄たけびを上げた男が、遂に砦本体の壁に殴りかかる。
「ギディアルは上手く兵を纏めたようだな。それにしても……あれだけ暴れまわって疲れる素振りすら見えなければ、ここから見る限り血の一滴も流していないようだな」
砦に向かって拳を振るう男を見ながら悪態をつく。
ただの拳による攻撃で砦は揺れ、壁にも亀裂が入っていく……壁が壊れるのも時間の問題だろう。
「時間を十分に稼げたとは言えんが……それでも退避は順調に進んでいる。後は貴様が内部に入りさえすれば、この砦諸共潰してやる。贅沢な棺桶というヤツだ」
誰の、とは言わないがな。
一際大きく拳を振りかぶった男の姿を見ながら、私は不敵に笑って見せる。
あの一撃は、恐らく亀裂の入った壁を砕くだろう。
そのまま奴が砦の中に入って来るかは分からないが、そうなれば……そう考えると同時に男が砦に向かって拳を放つ。
やけにその姿が私の目にゆっくり移り……突如上から降って来た一条の光が壁を殴りつけようとしている男の腕を貫き、バランスを崩した男が地面へと倒れる。
「な、なんだ?」
思わず上を見上げた私の目に、空を飛ぶ船が砦のはるか上空にいるのが映った。
まさか……アレが何かしたのか!?
そう思い、私は地面に倒れた男を注視する。
……腕に何か……まさか、アレは矢か!?
矢が腕を貫通し、男を地面に縫い留めているのか!?
我が軍の兵がどれだけ矢を放とうが体表で弾かれていたというのに、貫通した上に地面に縫い留める!?
しかも、あの船からの一撃だとすれば……いったいどれほどの距離があるというのだ?
真上にある船は他に目印になるものがなく、どれだけ距離があるのか判別がつかない。
あり得ない威力にありえない精度。
私はあまりの出来事に、一瞬男の事を忘れ呆然と船を見上げてしまった。
すると、船から飛び出した黒い何かがこちらに向かって落ちて来るのが見え……アレは人か!?
私は驚き、副官に話しかけようとして……この場には自分一人しかいない事を思い出し、剣を抜く!
船から飛び降りて来た人物は、とても高所から飛び降りて来たとは思えない程ふわりと胸壁へと降り立つ。
「ふっ……五月蠅い虫かと思えば、まさか筋肉達磨だとはな。全てを穿つ我が矢とはいえ、つまらぬものを射ってしまったな」
左手に持った美麗な弓。
目元を完全に隠したマスク。
風に煽られ、はためく長いコート。
空を飛ぶ船から飛び降りたというのに、軽い段差から降りたかのような自然な佇まいだが、何処か芝居がかっているようにも見える。
しかし、それら全てを吹き飛ばす圧倒的な強者の気配……。
下で暴れる男から感じていた威圧感とは比べ物ならない程強烈なそれにより、握りしめた愛用の剣が、まるで子供が遊びで振るう小枝の如く頼りない物の様に感じてしまう。
「それにしても……ふっ……老将が殿となり、砦を自爆させ相手ごと屠るという策か……いいな」
「き、貴様は何者だ!」
「……ふっ、俺は遥か西より来たりし弓聖。我が主君の命により、忘恩の獣を駆逐しに参上した」
「西の……弓聖?」
西……当然ラ・ラガではあるまい。
ならば、ルフェロン聖王国か……いや、惚ける必要はあるまい。
このような人材を抱えている国……西には一国しかないだろう。
「まだ知らせは届いていないだろうが、我々は同盟関係にある。その約定に従い、つい先程通りかかった王都を一つ制圧して来たところだ。下で喚いている獣を飼っている国だったか?」
「……」
同盟……?いや、それより王都を制圧して来た?
ま、待て、情報が多すぎる……。
「下にいる獣と、外に布陣する愚か者共を処理すれば、北方戦線とやらから脅威は一切なくなる。ここに来たついでだ、下の獣は……倒してしまっても構わんだろう?」
そう言って、右手で自身の顔を掴むようにしながら肩越しにこちらに視線を飛ばした男は、おもむろに着ていたコートを脱ぎ裏返しにして着直すと、胸壁から飛び降りていった。
……何の意味が?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます