第437話 北方戦線



View of ガランディ=リンダーエル ブランテール王国伯爵






 ラ・ラガの連中が我が国に攻め込んで来てから、もうすぐ一年になろうかというところ。


 碌に戦線を押し込めず一進一退を続ける状況に業を煮やしたのか、遂に奴等大軍を引き連れてやってきおった。


 少し前から敵の動きに違和感を覚えていた私は相手の監視を強化していたのだが、ここで一気に攻勢を仕掛けて来るとは少々意外ではあった。


 恐らく南のエーディン王国と南西のゼイオット王国の動きを見ての事なのだろうが、短絡に過ぎんか?


 物見の報告では敵の数は四万程。


 この一年近い戦いで相応の被害がある事から考えても、ラ・ラガは限界まで軍を吐き出していると見て間違いない。


 乾坤一擲……我等が王太子殿下であれば、けして手を出さない類の博打……いや、無謀な行いだな。


 こやつらは、目先に戦いしか見えておらんのではないか?


 そう呆れかえりたくなるような行動だが……そうやって馬鹿にするだけでは済まない問題がある。


 かねてより懸念されていた英雄の存在だ。


 アレが動き出せば、この大砦であっても恐らく陥落は免れまい。


 私のいる大砦には一万七千程の兵が詰めており、周囲の小砦には二千五百から五千の兵を置いておる。


 流石に小砦が四万の兵に囲まれれば陥落してしまうだろうが、私のいる大砦であれば四万に攻められたところで跳ね返すことは可能だ。


「問題は、どのタイミングで英雄が動くかだな」


「やはり英雄がいますか……」


 高所から布陣している敵軍を睥睨しながら私が呟くと、表情をこわばらせた副官が呟く。


「おるであろうな。南の二国の動きを好機と見て全力で押し通るつもりだろう。全軍を絞り出しておいて今更英雄を出し惜しみはすまいよ」


 戦局をしっかり見据えておれば、そのような行動に今出るのは無謀であることは分かりそうなものだが、ラ・ラガは確実にそのことが見えておらん。


 この大攻勢は我々にとってもラ・ラガにとっても最悪の一手だ。


「……厳しい戦いになりますね」


「向こうの指揮官が何を考えているかで、投入されるタイミングは変わるだろうがな」


「……自身の功名心を優先したら、英雄は温存すると?」


「うむ」


 ここから見る限り、敵軍は砦攻めの為の布陣を始めている。


 恐らく初手から英雄を投入して強引に砦攻めをするつもりはないという事だろう。


 英雄の力を使って砦を突破しても、それは英雄の功績であって指揮官である自分の功績とはならない……そのように考えているのだろう。


 ラ・ラガの状況を考えれば最速でこの砦を突破し、背後に広がる穀倉地帯……肥沃な土地に攻め込み、都市を制圧していくべきだ。


 しかし、敵軍はのんびりと砦攻めの準備をしている。


 国の思惑や置かれた状況の事を考えず、のんびりと布陣を指示している指揮官は最高の人材だな。


 勿論、我々にとってだが。


「斥候には英雄の居場所を探る事を優先させろ。他の小砦に向かうようなことはないと思うが、万が一そう言った動きが見えたらすぐに伝令を出す必要がある」


「畏まりました」


「物見には、少数で動く部隊がいないか気を付けて見るように厳命しろ」


「工作部隊ですか?」


 副官の言葉に頷きながら続けて指示を出す。


「敵軍の布陣を見る限り、初手から英雄という切り札を切るつもりは無さそうだ。おそらく……まずは純粋な力押しでくる。二日目までは恐らくそんな感じだ。二日目の夜辺りから小細工を弄してくる……といった感じだろうな」


 この手の連中が考えるのは、まず自分の功績。


 そして身の安全。


 何度か普通に砦を攻めて跳ね返されれば、次は小細工に走り、それが防がれればダラダラと攻略を続ける。


 時間をかけて良い状況であればその辺りで兵糧攻めに方針を変えるだろうが、流石に今回の戦いで兵糧攻めは選ぶまい。


「破壊工作ですね」


「うむ。こちらとしては、三日目あたりに山場を演出してやりたい所だな。完璧に防ぎきってしまうと英雄の投入が早まるだろう。少しは向こうの指揮官殿にも希望を持たせてやらないとな」


「兵達には苦労をかけますが……致し方ありませんね」


「仕掛けは私の麾下の連中にやらせる。指揮は……アヴェスタで良いか」


「かなり危険ですよ?御子息にもしものことがあっては……」


 アヴェスタは我がリンダーエル伯爵家の次男だ。


 長男のギディアルと比べると個人の武勇よりも指揮等で光るタイプだ。


 まぁ、頭脳派と呼ぶには程遠い指揮官だが、こういう戦いでは頼りになる。


 ……そう考えると、我が家は後に生まれた者の方が頭が回るという事だな。


 ザンバールは我が家から出た天才だしな。


 もしや四男を作ったら……物凄い事になるのではないだろうか?


 いや、あのザンバールを超えるような子が生まれるとは思えないが……もしかしたら……あるのか?


 今度妻に相談してみようか……。


「この戦いが終わったら……む?」


 副官に話しかけようとしたら敵軍の方で砂煙があがるのが目に入った。


「動き始めた様ですね。既に配備は済んでおりますが……正面の攻め手が少々多いようですね」


 敵軍の進路を読んだ副官が、配置を変えるか窺うように言う。


「そのようだな。配置はこのままで問題ないが、戦いが始まる前に最後尾の砦に伝令を。以前から警戒しているように、奴等は必ず後方の村や街に略奪を仕掛けて来る。恐らく、王都から後詰が送られてくる筈だから彼らと協力して民を守れと」


「畏まりました」


 ひとまず指示はこれくらいで良い。


 後は部下達に任せていてもラ・ラガの攻撃程度問題なく対応出来るだろう。


 此度の戦いで問題となるのは砦の後方への略奪と英雄の存在……これだけだ。


「まぁ、その二つが死活問題な訳だが……」


「将軍?申し訳ございません、何かおっしゃいましたか?」


「いや、気にするな。骨の折れる仕事だと思ってな」


「そうでしたか。我々としては将軍の指揮下で戦う以上、何の不安もないのですがね」


 長年副官として連れ添っただけあって、肝の座った事だ。


 今回の戦いが、どれほど勝ち目の薄い戦いであることを理解した上で言っているのだ。


 ならば私は彼の上に立つ者として……勝利を手繰り寄せねばなるまい。


「仕方ない、軽口が叩けなくなるまで……いや、そうなってからも酷使するから、そのつもりでいてくれ」


「はっ!」


 副官の小気味良い返事を聞きながら、私は敵軍を睨みつけた。







 ラ・ラガの軍勢が攻め寄せて来てから今日で十日となった。


 開戦序盤では隙を見せ、このまま攻め落とせるのではないかと期待させるように戦っていたが、さしもの敵指揮官もそれがブラフであったことには気付いているだろう。


 それでも執拗に切り札を切らない辺り……負けが込んで引っ込みがつかなくなっているのかもしれないな。


 まぁ、こちらとしては願ったり叶ったりというヤツだ。


 しかし、流石にこちらも死傷者が増えて来ている。


 出来れば負傷兵を下げ、他の砦から援軍を引き入れたいが……いくら敵指揮官の目が節穴であっても兵の補充を許す程愚かではあるまい。


 包囲されている為、後方の状況は定期的に上がる狼煙でしか確認できないが、今のところ問題は起きていない様だ。


 一万七千いた兵も、十日に及ぶ攻防で数を減らしてしまったが、それでもまだ一万五千以上の兵が戦うことが出来る。


 しかし、終わりの見えぬ防衛戦は確実に彼らの体力を削り、日に日に戦闘による被害は拡大している。


 まぁ……ここから見る限り、その被害は我等以上に向こうの方が甚大のようだが。


 私が想像していたよりも遥かにラ・ラガの軍勢は考え無しの突撃を繰り返し、自ら被害を拡大させていった。


 ピンチを演出するような戦い方は、五日目くらいまでは行っていたが……それ以上に考えなしの包囲、突撃を繰り返す彼らにこちらも正面から跳ね返す他無くなって行った。


 その分こちらの被害は抑えられ、向こうの被害は拡大していったのだから、普通の戦争であれば文句なしの戦果なのだが……今回はそうではないからな。


 いい加減、敵がいつ切り札を切ってもおかしくない状況まで来てしまっている。


 いや、まともな神経の指揮官であれば、とっくに英雄を投入しているだろう。


 ここまでくると、実は英雄が敵軍にいるというのは我々の考えすぎだったのではないかと思いたくなるが……流石にそれはないだろう。


 そんなことを考えつつ、そろそろ動き出すであろう敵軍の方を見ていると、敵軍の本陣が慌ただしく動いているように感じられる。


「本陣の様子がおかしいか?」


「……確かに。旗の様子が……」


 細かい様子は当然見えないが、立てられている旗の様子がどうにもおかしい。


 まるで奇襲でも受けたかのような慌ただしさというか……。


「こちらから奇襲を仕掛けるようなことはないが……もしやゼイオット王国が動いたか?」


 南方で動き……ゼイオット王国が北に向かって進軍を始めたという急報でも入り、慌てて転身しようとしているという可能性は十分にある。


 寧ろそれこそこちらの狙い……唯一の勝利条件だが……。


 私は副官と並び敵本陣の方を注視する。


 動きがあるのは敵本陣だけ……しかし、旗の乱れ様から随分と慌ただしいように見える。


「やった……のか?」


 私の漏らした呟きに副官は反応せずに、ただ何一つ見逃すまいと真剣な表情で敵本陣を睨みつけている。


 そのまま暫く我々が無言で監視を続けていると、突然敵本陣で小さな爆発が起こった。


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