第436話 頭の痛い問題



View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子






 北西のラ・ラガが大規模攻勢をかけて来たという情報が入ってすぐ、私は緊急会議を招集した。


 急だったために参加出来ている人数は少ないが、情報共有と意思決定をする分には問題ない。


「皆も既に聞いているとは思うが、ラ・ラガが大規模攻勢に転じた。これは南方のエーディン王国がゼイオット王国との国境に軍を大移動させたことを受けての動きだ。エーディン王国軍と対峙する為、ゼイオット王国軍も南方に軍を移動、両国が対峙する隙をついてラ・ラガが攻勢に出た……なんとも分かりやすい図式だが、正直頭の痛い問題だ」


 普段通り軽口を交えつつ私は会議を始める。


 ラ・ラガは両国を出し抜くチャンスと見て攻勢に出たのだろうが、単純すぎるとしか言いようがない。


 エーディン王国の狙いは誘い受けだし、ゼイオット王国はラ・ラガを油断させるために南方に集中しているように見せかけているだけだ。


 エーディン王国もゼイオット王国も本気でぶつかり合うつもりはなく、この停滞した状況を動かすために一手芝居を打っただけだというのに、ラ・ラガはそれに全力で乗った。


 はっきり言って、これは我々にかなりマズい状況と言える。


 ラ・ラガの軍勢の圧力はかなり強く、今までの様に適当に相手をするという訳にはいかず、かなり本気で抗戦しなくてはならない。


 北方戦線の指揮官は我が国の筆頭武官とも言えるリンダーエル将軍なので、数万規模の相手なら抜かれることはないが……問題はその中に英雄が混ざっていた場合だ。


 いくらリンダーエル将軍が歴戦の将であっても、同程度の規模の敵軍に英雄まで混ざっていてはどうしようもないだろう。


 そして北方の戦線が崩壊すると、その後ろに広がるのは穀倉地帯……南と違い北方の戦線が押し込まれるのは非常にマズいのだ。


 だからこそ、一番頼りになるリンダーエル将軍を送り込んでいるのだが……。


「リンダーエル将軍であればラ・ラガの攻勢如き跳ね返してくれるのでは?」


「北方戦線に配置しているこちらの軍はおよそ三万。対するラ・ラガは四万程、砦に籠って戦えば問題ない数字でしょう」


「しかし、砦を無視して穀倉地帯に進軍されれば、被害がとんでもない事になりませんか?」


 大臣達が北方の対応について意見を言い合っているのを聞きながら、情報を整理する。


 大臣達の言う通り、一万程度の戦力差であれば、リンダーエル将軍であれば対応可能だろう。


 そして、砦を無視して穀倉地帯に向けて敵が進軍すれば、その背後をリンダーエル将軍は必ず突く。


 仮に軍を分けたとしても、数が同数以下になれば各個撃破も容易いだろう。


 後詰は必要だろうが、問題はない……寧ろ、敵が全面攻勢に出て国内の戦力の殆どを集中させたことで、ここを乗り切ればこれ以上ラ・ラガは我々を攻撃出来るだけの戦力が無くなるという事になる。


 そうなった場合、当然ゼイオット王国は一気にラ・ラガを攻め落とすだろう。


 いや、我々がラ・ラガの侵攻軍を撃退せずとも、足止めをしていれば必ずゼイオット王国はラ・ラガを攻める。


 そこまで耐えきれば我々の勝利となる。


 しかしそれは……ラ・ラガに英雄が居なければという前提が必要となる。


 先程考えていたように、ラ・ラガが侵攻軍の中に英雄が帯同されていれば……北方戦線は崩壊するだろう。


 それを防ぐには……英雄を出させないこと、これに尽きるが……恐らく、今回の攻勢は見せかけのものではない。


 もしラ・ラガの本当の狙いが我々ではなくゼイオット王国であれば、英雄はゼイオット王国を攻める軍の方に帯同させているだろうが……今回ラ・ラガが我々に向けた軍は四万。


 これは彼らの出せるほぼ全軍と同数……強制徴兵したという情報も入っていないし、このラ・ラガの攻勢が見せかけだけのものなら相当な知者の引いた絵図という事になるが……まぁ、それはないだろう。


 英雄とは最上級の戦力ではあるが、軍ではない。


 辺り一帯を焼け野原にする力はあっても、いくつもの街を制圧して統治下に収める事は出来ないし、支配を維持することも出来ない。


 それらを可能とするには数の力……軍が拠点を占拠し駐留する必要があるのだ。


 そして守りに英雄を置いていたとしても、英雄が守れるのは一つの戦場のみ。


 軍が複数に分かれて進軍してくれば、英雄が一か所で戦っている間に、防衛するだけの戦力が無いラ・ラガは蹂躙されつくすだろう。


 だからこそ、ラ・ラガは攻撃に全てを注ぎ込み、短時間でケリをつけようと考えている。


 十中八九英雄は北方戦線に投入される……それを前提として考えねばなるまい。


 一応英雄を引かせる策はある……三国全てに各国が英雄を保持している事を知らせてしまえば良い。


 そうなれば彼ら自身の持つ英雄の存在が抑止力となり、英雄を動かす事を躊躇うようになるはずだ。


 ラ・ラガあたりは英雄を保持していない我々を後回しにして、脅威となり得る二国を先に潰そうと動くかもしれない。


 そうなってくれれば、非常にありがたいのだが……それはあまりにも自分達にとって都合の良過ぎる考えと言える。


 この策を実行した場合の最悪のパターンは、各国が英雄を保持しているという情報を得た結果……三国間で不可侵条約が結ばれること。


 もしこうなってしまった場合……我々の行く末は滅亡以外ないだろう。


 三国はこぞって英雄を我が国に派遣し領地を切り取っていく……もしくは連合軍で我々を潰し、均等にその領土を分けるか?


 いや、そうなると土地や資源的に南側にはあまり旨味が無い……まぁ、それがきっかけで次の戦になるかも知れないが……その時我々は滅んでいるしどうしようもないな。


 せめて我が国の民が戦禍に巻き込まれない事を願うが……。


 まぁ、滅亡後の事はさて置き、我々が各国に英雄の存在を漏らさなかったのは、この最悪のシナリオを恐れての事だ。


 のらりくらりと状況を引き延ばし、持久戦で相手を引かせる予定だったが……ラ・ラガがここまで短絡的な行動に出るとは想定外だった。


 英雄を出し惜しみしてくれれば最高の結果だが、おそらくそうはならないだろう。


 寧ろ、今回のラ・ラガの短絡的な動きからすれば、今までよく我慢出来たものだと思う。


 もしくは……裏で糸を引くものから何らかの指示があったと見るべきか?


 まぁ、真相はどうあれ……英雄が出て来るならば、ここからはどれだけ被害を抑えられるかという話になって来る。


 一番現実的なのは他国の力を借りるという事だが……隣国であるエルディオンは戦争開始時に救援を求めたが、国内の対応が忙しく今は手が貸せないと突っぱねられた。


 まぁ、それはいつもの事だし、もとより期待はしていなかったが。


 ……やはりエインヘリアの力を借りるしかないだろうか?


 ランバルが今エインヘリアへと向かっている事は非常に大きいが、問題はルフェロン聖王国内に入ってしまった彼らに、こちらの指示はおろか状況すら伝えられない事だな。


 一、二か月英雄が国内で暴れるだけで、その被害は甚大なものになりかねない。


 エインヘリアの力を借りるとしても、その頃には既に被害は相当なものになっているだろうし……何よりあの国の力を借りて、果たして我が国は我が国のままでいられるのだろうか?


 本当に頭が痛い。


 ……今を乗り切ると同時に先の事も考えておかねば、この先の一手の遅れ、一手の失敗は国の崩壊に直結しかねない。


 しかし、何にしてもまずは北方戦線、そしてラ・ラガに先手を取られた南方のエーディン王国の動きに注視する必要がある。


 北方戦線か……今この時、一体どうなっているのか……。


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