第435話 王太子の差配



View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子






 ソイン子爵……ランバルをエインヘリアに向かわせてから三か月以上が経過した。


 恐らく今頃はルフェロン聖王国内を移動している筈だ。


 ラ・ラガを移動している間は数日おきに連絡を飛ばしてくれていたが、ルフェロン聖王国に入ってからは一切こちらに連絡が届かなくなった。


 国境を超えるという連絡までは来ていたので、恐らく無事にルフェロン聖王国内には入っているはずだが、それ以降連絡が寄越せないという事は何かのトラブルか……それとも以前報告を受けた、エインヘリアの防諜がルフェロン聖王国でも展開されているからか……。


 普通に考えれば、ただの属国であるルフェロン聖王国をエインヘリアが全力で守る必要はない。


 しかし、ランバルの出立前に改めて聞かされたエインヘリアの異常性を考えると、その可能性は捨てきれないものがある。


 多くの国が併呑される中、唯一属国として国も王家も残されたのがルフェロン聖王国だ。


 それだけ、エインヘリアはルフェロン聖王国を重視していると見て良いだろう。


 だからこそ、義弟殿の繋がりを頼る事にしたのだ。


 しかし……今回の件は大失態と言える。


 いくら雪崩のように次から次へと周辺国が我が国に牙をむき、その対応に右往左往していたとは言え、情報部のトップから聞いた情報を適当に聞き流し、更に周辺国の情報を集めるために各国を回らせて連絡を密に取らなくなってしまうとは……。


 いや、お互い状況に対応するのに手いっぱいで、顔を合わせての情報のすり合わせをせず、報告書だけで話を聞いたつもりになっていたのが良くなかった。


 元々情報部の重要性は分かっていたつもりだったが、中々改革することの出来なかった部署だ。


 ランバルの事は信頼していたが、王太子としてそれなりに実績を積んできた私でも、大臣や貴族達を説得するだけの材料がなかった。


 しかし、今回の戦争によって、半ば強権を発動して情報部の強化を図り、情報の大切さを周知させることに成功した。


 私もランバルも……その事に注力し過ぎて、大切なものを見落としていたのだろう。


 エインヘリアへの対応を決めた後、すぐにランバルを呼び出してその方針を告げた時……呆気にとられたような表情をランバルは見せ……以前私が聞き流してしまった情報を再び報告してくれた。


 その報告を聞いて慌てた私は急ぎ宰相を呼び出し、三人でエインヘリアへの対応を修正。


 但し急な方針転換だった為、急ぐ必要のあった我々はそれを会議に通すことなくランバル達を送り出し……その後、方針転換したことを個人個人に告げて回った。


 当然反発は少なくなかったが、しっかりと情報を開示して謝罪した為大きな混乱にはならなかった。


 エインヘリアへの対応も急を要すが、我々は現在戦線を三つも抱えており、内々でいがみ合っている場合ではない。


 無論、今回混乱を招いた責任は全て私にある。


 情報の重要性を説いておきながら、あるまじき失態と言えるだろう。


 故に今回の火消しにはかなり走り回ったし、方々に頭を下げた。


 情報部や宰相にもかなり苦労を掛けてしまったが……無事に方針転換を全員に納得させることが出来たし、改めて情報の重要性というものを認識できたのでただ転んだだけという結果には終わらなかったと言える。


 三国の後ろに何者がいるのかという点については、振りだしに戻ってしまったが……流石に二度も迂闊な事は言えない。


 何かしらの存在がいることは間違いないという事だけを共通認識として、今は情報部を使いそれを徹底的に調べる……エインヘリアという強大な存在が背後にいない可能性が高い今、中途半端な推測で動くのではなく、確実な情報を得るべきだとしたのだ。


 しかし、あのエインヘリアへの方針を決めた会議……思い返してみても恐ろしいものがある。


 エインヘリアという強大な国への恐怖心からか、三国の背後にエインヘリアがいることをほぼ確定と考えて動いていた。


 いや、勿論……エインヘリアの考えを確かめるというのは大事な事ではあるが、しかしそれは疑ってかかる様なやり方であってはならない。


 我々は草むらを少し覗き込むつもりでドラゴンの尾を踏んでいた……いや、踏みにじるところだったのだ。


 三国が隠している英雄とは比べ物にならない程の危険……エインヘリアの諜報能力を考えるなら、こちらの疑念を察知されていたとしてもおかしくない。


 そんな状態でエインヘリアに向かえば……ロクな事にならないであろうことは想像に難くない。


 間一髪だったとも言えるが……ランバルであれば上手くやってくれるだろう。


 エインヘリアとは友好的な関係を築かなければならない……そうでなければ、今回の騒乱を越えたとしても我々の未来は……。


「王太子殿下、南の戦線で動きがありました」


 執務室でエインヘリアの事を考えていると、ランバルの部下……情報部の者が部屋へとやって来た。


「南……エーディン王国か」


 ランバルをエインヘリアに送り出した時は、南の戦線をかなり押し込んで来ていたエーディン王国だったが、その突出が仇となり、南西にあるゼイオット王国から横撃を受けてその戦線を後退させていた。


 本当に彼らが目先の事しか考えていなくて助かる。


 その場限りの不戦条約だろうとなんだろうと……三国の間でそれが交わされれば私達は一気に窮地に立たされただろうが、結局今日に至るまでそのような動きは一度もなかった。


 まぁ、そのお陰でこうして今日まで戦線を維持できているのだから文句はないが……。


「はい。エーディン王国の軍が大規模な移動を開始しました」


「総攻撃という事か?」


「いえ、移動先は我々から見て南西、ゼイオット王国との国境です」


「……」


 エーディン王国はゼイオット王国へ攻撃を仕掛けるという事か。


 ……完全に我々の事を舐めているとしか思えない動きだ。


「こちらの戦線は放棄したのか?」


「いえ、最低限の兵は残している様なので、放棄したという訳ではなさそうです」


「……ふむ」


 既に開戦から一年近くが経とうとしている。


 常に攻め続けている彼らだが、さしたる戦果は無く、一時的に押し込んだとしても他国の横やりが入り、我が国の重要拠点と呼べるような場所は一時的であっても占領できた試しはない。


 戦費は拡大していき、各国の上層部は相当焦れているだろうし、この状況が国民の耳に入っているとすれば厭戦的な空気が広がっていてもおかしくはない。


「情報部による情報操作はどうなっている?」


「エーディン王国に限らず、各国の王都や交易の拠点となっている街を中心に、戦況について噂という形で情報を広めております。少なからずその効果が表面化し始めており、民達の不満はかなり溜まっていると見て間違いありません」


 攻め込んだ側であるにもかかわらず、攻めきれずに一進一退。


 被害ばかり大きくなり、寧ろ地力の差で敵方には余裕がある……更に他国からの横やりもあるとなっては、夫や子供、恋人を兵士として連れ去られている御婦人方からすれば許容できる状況ではない。


 無論、まだ……何か行動を起こす程ではないのだろうが、もう少し不満を募らせて、何かきっかけを与えてやれば、容易く爆発してくれることだろう。


「近々臨時増税もありえると噂を流しております」


 たとえ蜂起が起こらずとも、国内の不満が高まればこちらを攻める余裕はなくなるだろうし、終戦までの道筋は見えていると言いたい所だが……。


「切り札を切るつもりと見て間違いなさそうだな。前線の兵を減らしたのは……こちらの反転攻勢を狙っているのだろう。兵を集めこちらが一気に攻めに転じたところに英雄を突っ込ませる。こちらの軍に大きな損害を与え戦線をずたずたにして、防衛もままならない状態にするといったところか」


「未だ英雄の存在は秘匿されているようですが……その可能性は非常に高いかと」


 敵方としては……切り札を切るなら最大の戦果を求めるのは当然の考えだろう。


 逆に言えば、最大の戦果を得られない状況であれば出し惜しみをする……かといって南の戦線を手薄にするわけにはいかない。


「……南に兵を集めるふりをするか」


「餌に食いつく寸前であると見せかけるという事でしょうか?」


 ランバルの部下の問いに頷いて見せる。


「我々としては時間を稼げれば良いのだからな。国内の不満が煮詰まれば、英雄を抱えていようと兵を引かざるを得まい。軍を展開しているだけで戦費はどんどん嵩んでいく訳だからな」


「畏まりました、ではそのように情報操作を行います」


 情報部の者はすぐに部屋から出て行く。


 彼自身は王城を離れることはないので、情報部の者に命令を伝えに行ったのだろう。


 前回の失敗を生かし、私の補佐として情報部に所属している彼を傍に置くようにしたのだ。


 これによって今までよりも鮮度の良い情報を確実に得ることが出来、その先の指示も素早く行えるようになった。


 情報部の強化は……こういった運用面でも色々と課題がありそうだな。


 それはさて置き、これで恐らく時間が稼げるはずだ。


 問題は問答無用で英雄を投入してきた場合だ。


 そうなった場合、はっきり言って防ぐのは不可能に近い。


 英雄にも色々なタイプがいる為、必ずしも一軍を壊滅させることが出来るとは言えないが、たとえ個人戦が得意な英雄であっても、相手が逃げなければ一万の兵を殺しつくせるのは間違いない。


 広範囲を攻撃できるような魔法を操る英雄であれば、その被害は饒舌に尽くしがたい物になるだろう。


 身も蓋もないが……英雄が攻めて来るという前提では、こちらはいかなる戦術も取りようがない。


 相手がどのような能力か分からない状態ではなおさらだ。


 相手を丸裸になるまで調べ上げ、その上で対抗策を見つけられるかどうか……そういう理不尽な相手が英雄という存在だ。


 ぶつかる事無く引かせる……それが最優の戦術であることは言うまでもないだろう。


 エーディン王国のみならず、他の二国に対しても情報操作は行っているし、時間を稼ぎ相手の攻め気を削り切れば我々の勝利だ。


 しかし、その匙加減を間違えれば英雄という切り札を相手が切ってしまう。


 状況を上手くコントロールして相手の攻め気をいなし、大勝も大敗もしない様に削る……現状を維持することが出来れば、最善なのだ。


 勿論、裏で糸を引いている者達もそれは分かっているだろうし、何処かで何かを仕掛けて来てもおかしくはない。


 しかし、現状我々に出来るのは防戦と情報収集だけだ。


 大きく状況が動かない事を願いながら、私は数日を過ごし……その願いが儚く散る報告を受けてしまう。


 それは、北西の戦線で敵が大規模攻勢をかけて来たという知らせだった。


 

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