第431話 ルフェロン聖王国での会談



View of ザンバール=リンダーエル ブランテール王国事務官






 ルフェロン聖王国の国境へと辿り着いた私達は、そこからの道中、ルフェロン聖王国の護衛に囲まれて王都まで移動することになった。


 最初兵に囲まれた時はソイン子爵の考えが間違っており、やはりエインヘリアが黒幕で私達を捕えに来たのかと思ったのだが……どうやらラ・ラガからの刺客を警戒しての事だったらしい。


 幸いというか……ラ・ラガ国内の移動は、あの街で監視を全て処理したからか、それ以降は特に問題もなく移動することが出来たのだが、だからと言って危険が無かったという訳ではない。


 それは勿論、ルフェロン聖王国内での移動も同じことだ。


 王都までの道中で野盗や魔物に襲われることもあるだろう。


 それ以上に危険なのはラ・ラガの送り込む刺客だが……それをふまえた護衛だ。


 他国の使者が碌な護衛もつけず少人数で移動しようとすれば、国としては最大限護衛をつけようとするのは当然と言える。


 護衛についてくれた方々から聞いた話では、国内の治安は非常に良いので、まず野盗や魔物に襲われることはないとのことだったが……実際王都に辿り着くまで、野盗はおろか魔物の姿さえ一度も目にすることはなかった。


 それにしても、道中で立ち寄った街や村のあの活気はなんなのだろうか?


 治安の良さもさることながら、全体的に民に活気があるし、屋内だけでなく街全体が非常に綺麗で清掃が行き届いている。


 それに道中で頂いた食事は非常に美味で、ブランテール王国ではそれなりに裕福な家に生まれ、美味と言われる食事を何度も味わった私でさえも唸る程の料理を宿で普通に出された時は、この国の生活の質に恐ろしいものを感じた。


 確かソイン子爵が、エインヘリアの怪談話を教えてくれた時に、食事が美味かったというものが混ざっていたが……あれはこういうことだったのかもしれない。


 属国ですらこのレベルなのだ……エインヘリア本国ではもう何段か上の物が出て来てもおかしくはない。


 そんな感じで、ラ・ラガを横断してきた時とは打って変わり、ルフェロン聖王国での旅路は非常に快適なものであった。


 そして王都についてすぐにルフェロン聖王国摂政への面談が叶い、我々は王城に呼ばれ、すぐさま会談が始まった


 参加者は四人。


 ブランテール王国からはソイン子爵と私。


 そして、ルフェロン聖王国からは摂政と……何故か聖王が参加している。


 何故聖王が……?


 面談の申し込みをしたのは摂政だけの筈なんだが……。


 そんな私の疑問を他所に、既にソイン子爵たちは挨拶を交わしている。


「御初御目にかかります、聖王陛下。私はブランテール王国にて子爵位を賜っております、ランバル=ソインと申します」


「うむ、よくぞ参られたソイン子爵」


 通り一遍の挨拶……聖王はまだ成人していない年齢と聞いているが、見た感じ十を超えたあたりだろうか?


 実務に関しては摂政が担っていると聞いているし、ここに聖王自ら来たのはブランテール王国への配慮と言ったところか。


「ラグルーエン公爵も……いえ、失礼いたしました。確か公爵位はご子息に譲られたのでしたな」


「えぇ。今はファルクに戻っております。まぁ、摂政でいる間はですがね。御無沙汰しておりますソイン子爵」


「御無沙汰しております、ファルク摂政。以前お会いしたのは……かれこれ十二年ほど前になりますか」


「えぇ、妻と共にブランテール王国の建国祭に招待いただいた時ですね。ふふっ……相変わらず御婦人方に人気があるのですか?」


「はははっ、人気がある等とは口が裂けても申せませんが、女性を楽しませることは紳士の義務であるという信条は変わっておりません」


 こちらはにこやかに、そして軽い挨拶と言った感じで語り合う。


 摂政の奥方は、我が国の王女殿下……王太子殿下に近しいソイン子爵であれば、元公爵である摂政本人と面識があってもおかしくはない。


 勿論、ある程度の情報はラ・ラガを移動していた際に教えてもらっているので、現状聖王がこの場にいること以外に驚きはない。


 私は得られた情報を頭で整理しつつ、議事録に二人の会話を書き記していく。


 そのまま暫く当たり障りのない会話を続けた二人だったが、先に摂政の方がその雰囲気を変えながら切り込んで来た。


「昨今のブランテール王国の窮状、私や妻は元より、聖王陛下も大変憂慮しておられました。此度の来訪はその件に関する話と考えておりましたが、相違ないでしょうか?」


「はい。御賢察の通り、此度は王太子殿下の名代として参上いたしました」


「我々で貴国の力になれることがあるのでしたら、どのような協力も惜しむことはない……そう言えれば良かったのですが、以前とは違い、我々は一国家として自由に振舞う事を許されぬ身。どこまでそちらの要望に応えられるか……」


 そう言って申し訳なさそうに顔を歪める摂政。


「もとより、ルフェロン聖王国はその力を他国へ向けることを良しとしない国。ラ・ラガの後背をついて欲しいなどとは申しませんよ」


 ソイン子爵が笑みを浮かべながら言うと、摂政は苦笑してみせるが……聖王は分かっていないのかきょとんとした表情を浮かべている。


 この反応……摂政はもしかして聖王の教育を殆どしていないのか?


 元々摂政は王家の人間。


 そして現聖王の叔父という間柄……摂政として国の実権を握り続けるという野望が?


 ……そういえば、ルフェロン聖王国には宰相が居なかったな。


 摂政が必要ない年齢になるまで席を空けておいて、そのまま宰相になり実権を持ち続けようとしているのか?


 元王族と言えど、王位を簒奪するのは外聞が悪いが……宰相として肉親を助けるという在り方であれば、周りも内心はどうあれとやかくは言うまい。


 ……お飾りの聖王には可哀想な話だが、無能な指導者は害悪でしかない。


 現在のルフェロン聖王国を見る限り、摂政の政治手腕は相当なものだ。


 身内の不幸により聖王となるしかなかったお飾りの王よりも、摂政が国を導いた方が民も安心して過ごすことが出来るだろう。


 勿論……宗主国であるエインヘリアがそれを許せば、だが。


 エインヘリアとしては優秀な摂政よりもお飾りの聖王の方が扱いやすい筈……穏やかにも見える摂政だが、その生は薄氷を履むが如くなのかもしれない。


「であれば、貴国がこのタイミングで我が国に来た理由は一つしかありませんね」


「ファルク摂政。貴殿の義兄でもある王太子殿下より書状を預かっております。どうぞ、お納めください」


 ソイン子爵の言葉を受け、私はルフェロン聖王国の従者に書状を渡す。


 恭しくそれを受け取った従者がすぐに摂政へと書状を渡すと、封を開けすぐに書状に目を通したのだが……横に座っていた聖王がその書状を横から覗き込んでいる。


 ……良いのか?


 いや、どうせ書状の中身など理解出来ないのだろうし、問題ないのかもしれないが……いくらお飾りでも、もう少し教育しておいた方が良いのではないだろうか?


 なるべく聖王の事は目に淹れない様に苦心しながら議事録を書き進めていると、書状を覗き込んでいた聖王は飽きたのか背もたれに体を預けつまらなそうな表情を見せる。


 その様子を一瞬横目で摂政は確認していたが、特に何か注意するでもなくソイン子爵へと笑みを向けた。


 わざわざ他国の使者である私達に聖王のこの姿を見せるという事には、何らかの意図があるのだろう。


 恐らくソイン子爵にはその意図は伝わっている筈だが……理解の及ばない自身が情けない。


「確かに、我々であればエインヘリアへの取次ぎは可能です」


 しかし、ここは会談の場。


 自身の未熟さを嘆いている暇などありはしない。


 委細漏らさず記録を残す為、私はペンを走らせることに集中する。


「ありがとうございます。でしたら……」


「ですが、顔つなぎをする以上、私達はブランテール王国の考えを把握しておく必要があります」


「それは当然の事かと」


「エインヘリアは我々にとって同盟国ではなく宗主国。一つのミスが我が国を崩壊させる要因となりかねません。例えば……此度の騒乱の背後に糸を引くものがいると疑い、その真意を確かめようとしている者を取り次いでしまう……とか」


 っ!?


 穏やかな様子で告げられた摂政の言葉に、私の心臓が跳ね上がる。


 この摂政は、これ以上ないくらい正確に上層部の考えを読んでいる!


 議事録を取る手が動揺に震えなかった事は自身を褒めてやりたいと思うが、ふと視線を感じた私は、顔は議事録を書く為下に向けたまま目線だけを上げる。


 視線の主は聖王……恐らく、部屋の中で唯一せわしなく動いている私を見ているだけだろう。


 目線は合わなかったが、流石に不敬とも言える行為なので私はすぐに視線を議事録へと戻す。


 そんな風に動揺を表に出さない様に苦心している私とは違い、ソイン子爵は平然と摂政の言葉を受け、頷いている。


「確かに、そのような不埒な考えを持つ者を取り次いでは貴国もただでは済みますまい。ですが、ご安心戴きたい。王太子殿下も、妹君の嫁がれたルフェロン聖王国を蔑ろにするつもりは全くありません。勿論その名代ある私も、エインヘリアに対するいかなる二心も持ち合わせておりません。我々は、友好の使者として送られたのですから」


「いや、邪推してしまったようで申し訳ありません。そういえば、確かソイン子爵は以前エインヘリアに訪れた事があるとか?であるならば、友好を結ぶ使者としてこれ以上の人選はありませんね」


 にこやかに告げられた言葉は、以前ソイン子爵に私が聞いた、エインヘリアの防諜力を目の当たりにした時の事を言っているのだろう。


 これを聞いた瞬間、先程摂政に対して抱いた考えが間違いであった事に気付いた。


 摂政はいち早くエインヘリアに取り入り、属国という立場を受け入れて国を豊かにしたのだ。


 いや、国の状態を見た時に気付くべきだった。


 いかに摂政が優れた人物であったとしても、この国の状態は一人の力で成し得ることが出来るものではない。


 より上位の……エインヘリアの力が無ければ絶対にありえない姿。


 摂政がこの国の今の姿を望んだのであれば、エインヘリアとの強固な繋がりが必要となる。


 傀儡かどうかはさて置き、エインヘリアと最も繋がりが強く、その影響を受けている人物は摂政に違いない。


 属国でありながら苦しみや悲痛なものを一切感じないのは……摂政の奮闘による物ではなく、エインヘリアの方針という事。


 分からない。


 エインヘリアという国は本当に何を考えているのだ?


「いや、お恥ずかしい。ファルク摂政も御存知でしたか」


「エインヘリアの歓迎は……中々刺激的だったのではないですか?」


「えぇ、この世のものとは思えない程に」


 そう話す二人は……どこか似たような苦笑を浮かべているように見える。


「エインヘリアの事を良く知るソイン子爵であれば、何が貴国にとって一番良いのかは理解されている筈です。私はいち属国の摂政に過ぎませんが……この言葉が少しでも貴殿の力になればと思い、心から伝えさせていただきます。ソイン子爵。貴方が真摯な想いでエインヘリアに向かい、素直な想いで相対したお方と話をすれば……必ず貴国にとって最良の結果が得られるでしょう」


 聞く者全てに安心感を与える様な、非常に穏やかな声音で摂政は言葉を続ける。


「試す様な事を質問したりしましたが、実は既にエインヘリアから使者を歓迎するとの返事をいただいております。明日の昼頃、エインヘリアに向かいますのでそれまでおくつろぎください。もし何か聞きたいことあるようでしたら、話がしたいとメイドにお伝えいただければ、我が国やエインヘリアについて詳しい者と話せるように手配いたします。申し訳ありませんが、私はこれから少々時間を取るのが難しくなっておりまして……」


 そんな言葉を最後に、ルフェロン聖王国での会談は締めくくられた。


 一見すると穏やかな会談にも見えたし、当初の目的も果たしたが……最初から最後まで相手の手のひらといった感覚の拭えないものだったと言える。


 ルフェロン聖王国……いや、エインヘリアという国の不気味さは、ソイン子爵から道中聞いて理解したつもりであったが、その認識が甘かったことをここに来て思い知らされた。


 ソイン子爵が今どのような想いを抱いているのか……早く確認したい。


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