第430話 胃薬
View of グリエル=ファルク ルフェロン聖王国摂政 エファリアの叔父
あぁ……隠居したい。
いや、まだまだ隠居するような歳ではないのだが、既に公爵位は成人した息子に譲ったわけで……隠居してもいいのではないだろうか?
王族として生まれた私だったが、とうの昔に継承権は破棄して摂政という立場についている。
摂政とは、年齢的に経験不足の王や健康状態に問題がある王に代わり政務を取り仕切る役職なのだが……果たして、今代の聖王陛下に摂政は必要なのだろうか?
今代の聖王陛下……私の姪であるエファリアは、確かにまだ幼い。
後二年程で成人となるが、成人以前の王が即位すれば摂政という役職が必要になるのは当然と言える。
だが……はっきり言ってエファリアの実務能力は、その年齢に見合わないレベルだ。
正直公爵家当主であり、既に成人している我が息子よりも上だ。
寧ろ息子の方にはサポートが必要だと思う。
しかしエファリアは、交渉力や調整力、判断力……全てにおいて優秀としか言いようがないし、何だったら摂政である私の方が相談したいくらいだ。
……摂政……いるか?
いや、流石にまだ年齢が年齢なので体力的には不足している部分はある。
聖王としてやらなければならない仕事は毎日山の様にあるし、次から次へと増えていく。
それらを凄まじい処理速度で捌いていく姿は、その容姿とは裏腹に頼もしさしかないが、それでも大人と子供といった体力の差はあり、活動できる時間は流石に私の方が長い。
まぁ、短期集中の処理能力は……正直ちょっと負けている気もするが……気にしたら本当に心が折れそうになるので、極力気にしない事にしている。
……いや、そもそもエファリアが実務をばりばりやってるなら、ほんと摂政いらないだろう?
エファリアの弱点は年齢だけ。
いや、その弱点も……年齢や見た目で侮る相手を釣り上げる武器として使っている節がある程強かだ。
……エインヘリアだったらエファリアの年齢を二、三歳上げる薬位作ることが出来るのではないだろうか?
私は机の引き出しに常備しているポーションを取り出しながら、そんなことを考える。
減った髪を増やすことが出来るのだから、ちょっと年齢を増やす事くらい出来る気がする……今度聞いてみるか?
そんなことを考えつつ、ポーションを一気に飲む。
胃の痛みがなくなった……気がする。
この胃の痛みは政務から来るものではない。
これは……エファリアの交友関係が問題だった。
エインヘリア王陛下になつくのは……まぁ、良いとしよう。ぎりぎり。
宗主国であるエインヘリアとの関係は何よりも大事だ。
若干エファリアの、エインヘリア王陛下に対する態度が気安く……物凄く心臓に悪いが、まぁ良しとしよう。ぎりぎり。
しかし、大帝国の皇帝は……どうだろうか?
エインヘリアと同盟関係にあるスラージアン帝国の皇帝が、エインヘリアの属国に過ぎないルフェロン聖王国の聖王と親しくするというのは、何か色々おかしい気がする。
いや、皇帝が友人の家に遊びに来る程度の感覚で我が国の城に来たり、聖王が帝城に鼻歌交じりに遊びに行くのは……もはや怪奇現象と言っても過言ではない。
何をどうしたら大国の王二人とうちの姪が、城の中庭でお茶会をすることになると言うのだ?
しかもかなりの頻度で。
そして……給仕をするメイド達から聞いた話では……エファリアと皇帝は、エインヘリア王陛下を巡ってやり合っていると言う話だ。
私はそれを初めて聞いた日、生まれて初めて血を吐いたよ。
エインヘリアの庇護下にある以上、あり得ないとは思うが……帝国がその気になれば、ルフェロン聖王国は一夜にして滅びる……そのくらい国力差があるんだぞ!?
そんな相手に対して……何故そんな……しかもメイド達の話ではエファリアの方が上手だと……勘弁してほしい。
そんな身も心もボロボロになる仕事……早く辞めたいのだが、一つ懸念があったりする。
あの一件……宰相であるランガスの失脚以来……宰相の座が空きっぱなしなのだ。
国家運営において文官のトップである宰相の地位は絶対に必要……にも拘らず、現在適切な人材がいないという事で空席のままとなっているのだ。
これについて私は幾人かを推挙しているのだが、聖王であるエファリアに却下されてしまっている。
……ほんと摂政って必要?
聖王の代理とも言える摂政の方針を、聖王自身が却下出来るって……摂政要らなくない?
というか、エファリア……成人と同時に私を宰相にするつもりじゃないだろうか?
どんな人物を推しても首を縦に振らないエファリアの目論見は……非常に避けたい未来と言える。
私としては摂政の役目が終わったら、公爵位も譲ったことだしのんびりと家で嫁と過ごしたいのだが……。
そんなことを考えながら空になったポーションの瓶を引き出しに戻していると、部屋の外から入室を求める声が聞こえて来た。
「休憩中失礼いたします、摂政閣下」
「ヘルディオ伯爵?何かあったのかい?」
執務室に入ってきたのはファラン=ヘルディオ伯爵。
エファリアが国を脱した時にその補佐として付けた彼女だったが、国に戻って来てからも私とエファリア、二人の補佐として働いて貰っている。
「はい、東の国境からブランテール王国の使者が来られたと連絡が入りしました」
「ブランテール王国か。今は戦争中だった筈だが、敵国を抜けて来たとはなかなか大胆だね。しかし、エインヘリアではなく私達に?」
「そのように連絡が入っております。そして摂政閣下への御目通りを願い出ると」
「私に?あぁ、なるほど。であれば……」
ブランテール王国の現状を考えるに、来訪の目的はエインヘリアとの顔つなぎだろう。
そして私を指名するという事は、妻との縁を頼ってという事だ。
厄介事にも感じるが……顔つなぎに関しては、特に問題はない。
エインヘリアからは、そういう事があったら積極的につなぐように言われているからね。
問題は、彼らがどういうつもりでやってきたかというところだ。
彼らは今三つの国から攻め込まれている状況……いくら小国とはいえ、三か国が手を組めば中堅国であるブランテール王国と言えど、苦戦しているのは間違いない。
妻もその辺りは心配していたが、流石にただの小国、しかもエインヘリアの属国に過ぎない我々が口を出せる問題ではないので静観していたのだが……敵地を突破してまで使者を送って来るとは、思った以上に危険な状態なのかもしれない。
顔つなぎをするにあたって、こちらとしてもその辺りをしっかりと把握しておかねば厄介な事に巻き込まれかねないからね。
「とりあえず入国の許可はすぐに出してくれ。規模はどれくらいだ?」
「ソイン子爵という使者の方と文官が一人。それに護衛の兵が二人だけ。馬車一台という少数ですね」
「敵地を突破して来たのだから少数なのは予想通りだが、それにしても随分少ないね。ラ・ラガの動きも気になるし、こちらで護衛を用意した方が良さそうだ。治安維持部隊を回せるか?」
「畏まりました、すぐに手配しておきます」
魔力収集装置を使って転移して貰えば、安全かつ一瞬で王都まで使者を転移させることが出来るのだが……流石にエインヘリアも許可は出してくれないだろうし、今回は時間をかけて王都まで護衛するしかないな。
そう考えた私は……自分の考えに苦笑してしまう。
そんな私の様子を見たヘルディオ伯爵が、首を傾げながら問いかけて来た。
「どうかされましたか?」
「いや、私も随分とエインヘリアに毒されたものだと思ってな。国境からここまで、時間をかけて護衛をするしかない……そんなことを考えてしまったのだよ」
「そういう事でしたか。確かに、最近移動するとなったら転移を使ってあっという間にと言うのが普通でしたし……国境から王都まで馬車で移動するというのは、物凄く不便に感じてしまいます」
「とんでもない技術にとんでもないやり口……そして考え方だと思っていたが、人というのは慣れるものなのだな。我がことながら恐ろしく感じたよ。本当に、最初はどうなる事かと思ったものだが……」
人は環境に適応する生物だとどこかで聞いたことはあったが……あのエインヘリアという劇物にさえも、慣れてしまう物なのだな。
「エインヘリア産の食料に美食の数々は、一度味わってしまえば忘れられずまた食べたいと思いますし、市井でもエインヘリアの食材を使った料理の研究が盛んにおこなわれているみたいですね。属国へなった事の不満は……この二年でほぼなくなったと見てよいでしょう」
「寧ろ属国であることを忘れてしまうくらいの待遇だよ。一番反発が大きいと考えていた軍部も、最初に見せてもらったエインヘリアの演習で、スマルキ将軍がこちら側についてくれたから大人しくしてくれたし……」
「あの演習は本当に効果的でしたね……アレのおかげで政情が不安定なあの時期に、軍部の暴走という最悪の事態を完璧に封じ込めることが出来ました。まぁ、軍部解体という話が出て心穏やかでいられる武官はいらっしゃらなかったでしょうが……抵抗すれば、アレが襲い掛かって来ると知れば、まず動けるとは思えませんし」
「命を懸けてこの国を守ろうとしてくれていた彼らには申し訳なかったけど……でも治安維持に回されたとはいえ、以前と同じかそれ以上に国のために働いてくれていると思うよ」
「エインヘリアの要求する治安レベルが異常なまでに高いですからね……以前よりも練度が上がっているのではないでしょうか?」
「おかげで今回の護衛も安心して任せられるというものだね。まぁ、練度という意味で言うなら情報局局員だけど……」
なんというか……エインヘリアでの研修によって、情報局の局員たちは人外レベルにまで極まってしまったからな。
エファリアは物凄い喜んでいたけど……私はあの……突然どこからともなくスッと出て来る彼らに、未だ慣れないよ。
「多分言わなくても大丈夫だと思うけど、護衛に情報局の局員も二、三人つけておいてくれ」
「畏まりました」
ちょっと話が逸れてしまったが、ブランテール王国の使者に関してはこれで問題ないだろう。
後は彼らが王都に来てから話を聞けば良い。
「あぁ、キリク様に報告はしておかないといけないな」
「キリク様ですか……あの方でしたら、この事を予見していてもおかしくないですね」
「そうだね……まぁ、だからと言って報告しないという手はないのだけど」
そう言って私は報告書を書くために紙を取り出す。
「使者の方々の名前を一覧でくれるかい?」
「あ、申し訳ありません。こちらに」
ヘルディオ伯爵から書類を受け取りながら、私は少しだけ考えを巡らせる。
ブランテール王国……ブランテール王は内政面に優れた名君との呼び名高き王であったが、今は病床に伏せていると聞く。
今国のかじ取りをしているのは王太子……私より少し下の年齢の義兄だが、彼もまた即位すれば名君の名高き人物となろう。
今回の窮状に対し、何を考え使者を送り出したのか……個人的には、妻の母国である以上なんとか力になってやりたくはある。
勿論、ルフェロン聖王国がエインヘリアの属国でなかったとしても、外征をしないという我々の立ち位置では、ブランテール王国への援護は大したものは出来なかっただろう。
だが、今は違う。
もし、我々の宗主国、エインヘリアが介入するのであれば……小国三つは勿論……下手をすれば、ブランテール王国も地図から姿を消すことになるのは間違いない。
やがて来る使者……そしてエインヘリアとの会談、そして妻の想いを考えると……胃が痛くなって来た。
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