第427話 王太子の会議

 


View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子






「私はエインヘリアへ使者を送ろうと思う」


 私が会議に集まる大臣達へそう告げると、小さく無い喧噪が生まれる。


「しかし王太子殿下、エインヘリアは恩知らずの三国共の背後にいる可能性が最も高い国。そんな国にわざわざ使者を送るのですか?」


「あぁ。三国が強気な姿勢に出ているのは英雄という切り札を手に入れたからと見て間違いない。まぁ、彼らの動きを見る限り、それを隠しているつもりなのだろうがな?」


 私が肩を竦めながら言うと、幾人かが馬鹿にしたような苦笑を見せる。


 そんな、危機的状況にありながらも会議室に広がるどこか弛緩した空気に私は満足を覚える。


 こういった会議では、まず肩の力を抜くことが肝要だと私は考えていた。


 深刻な問題に対して深刻な顔をして解決策を話し合っても、得られるのは真面目に話し合いをした満足感程度のもので、そこから良い案はまず生まれない。


 精々現状維持策か、起死回生を狙った博打のような策くらいのものだろう。


 だからこそ、問題の共有はしつつ、私はまず場の空気を軽くすることから会議を始めることが多かった。


「強い力を手に入れて、増長する気持ちは分かりますがな」


「そうだな。我が国にも彼らの様に英雄が所属してくれるような幸運に恵まれていたら、打倒エルディオンを掲げていたかもな」


 呆れたような口調で言う宰相に私が軽口で乗ってみせると、会議室の中に小さくない笑いが起こる。


 普段通り、皆がリラックスした状態で会議に臨めている事を確認した私は本題へと入る。


「しかし現実、突然英雄が国に仕えてくれるなどという幸運に恵まれることはまずありえない。それが三国同時ともなれば……これは偶然などではなく、誰かの企みと見るべきだ。そして、その裏にいる存在として、一番可能性が高いのがエインヘリアだ」


「「……」」


「三国はお互いを牽制し合い、英雄を投入するタイミングを計っていると見て良い。半年近くの戦いで攻め切ることが出来ていないにも拘らず、どこか敵軍の動きに余裕が見えるのが良い証拠だろう」


「……牽制し合っている今のうちに、エインヘリアの狙いを調べておくべきだと?」


「あぁ、今を逃すべきではないだろう」


 宰相の言葉に、私は力強く頷く。


 少々南方戦線が押し込まれてはいるものの、現状想定通りに戦局は動いている。


 動けるうちに動き、先の事態に備えておくべきだ。


「しかし……エインヘリアですか」


 幾人かが不安気に表情を曇らせる。


 勿論、その不安は私も十分理解している。


「ははは!まぁ、そう不安そうな顔をするな!確かにエインヘリアは悪鬼羅刹のような国だし、その軍事力はあの大帝国とさえ互角の戦いをする程。侵攻速度は稲妻の如くで、あっという間に小国を飲み込んだかと思えば、返す刃で商協連盟をも飲み込み……今や大帝国に次ぐ大国で、大陸で一番危険な国だ。うむ、客観的事実を口にしただけだが、私も怖くなってきたな」


 私のおどけた様な言葉に数人が笑みをこぼすが、流石に不安を取り除くことは出来ない。


 そんな彼らを見ながら私は言葉を続ける。


「しかし、今まで直接的な武力で他国を制圧して来たエインヘリアにしては、今回の件は迂遠過ぎると思わないか?」


「それは……はい。確かにそう思います」


「であれば、そこには何らかの理由があるはずだ。そして、現状を打破する為にはその理由を知る事こそ重要だと私は思う」


「相手の事を知らねば、どう対応すれば良いかの方針さえ論じることが出来ないという事ですね」


 宰相の言葉に、私は悠然とした態度で頷いて見せる。


「その通りだ。皆も戦時における情報の重要性は良く知っているだろう?三方面に戦線を抱えた我々が、のらりくらりと相手をいなし続けられているのは、情報を得ることに注力し、相手に先んじて動けているからだ。戦争のために組織強化した情報部だったが……戦後は予算を潤沢に与えて、より多くの情報を集めて貰いたいものだな」


 私がそう言うと、武官文官問わず賛同するように頷く。


 以前より情報の大切さは説いていたが、今回の戦争によってそれらが身に染みてくれたようだな。


 血を流し、身命を賭して戦ってくれている兵達には申し訳なくもあるが、この状況も悪い事ばかりではない。


 まぁ、乗り越えられなければ最悪の一言に尽きるが。


「しかし、エインヘリアにはどう接触するのですか?使節団を送るとなれば相当大回りする必要がありますれば……下手をせずとも片道半年では済みませんぞ?」


「ラ・ラガやゼイオット王国を抜けて使節団を送るのは現実的ではないが……半年は流石に……」


 我がブランテール王国北西の小国ラ・ラガ、そして南西の小国ゼイオット王国……私が考えたのと同様に、使節団に両国を突破させようと考える者はいないようだな。


 まぁ、そんなことを本気で言う者がこの場に居たら御退席願うところだが……。


「エルディオンから船となると……エインヘリアは港をもっているのか?」


「商協連盟を取り込んでいるなら西方にはいくつか港を持っている筈だ」


「大陸の反対側ではないか……エインヘリアの王都は西側なのか?」


「確か東よりだったかと……」


「南で船を降りて北上すれば良いのではないか?」


 エインヘリアまでの移動法について意見を言い合う大臣達だったが、そこに宰相が根本的な問題を投げかける。


「そもそも、エインヘリアが小国等の背後にいるとして、こちらの使者を受け入れますかな?」


 その言葉に大臣達は一瞬で静まり返るが、これは元々私と宰相で予め決めてあった流れだ。


「あぁ。その件だが……妹を頼ろうと思ってな」


 私の言葉に、会議に参加している全員が何を言いたいのかをすぐに察する。


 皆優秀で何よりだ。


「ルフェロン聖王国ですか……あの国はエインヘリアの属国、上手くいくでしょうか?」


「義弟殿は優秀な政治家だ。まだ幼い聖王に代わり政務を取り仕切り、属国という地位にありながらも国を繁栄させている英俊。おそらくエインヘリアともある程度交渉できる立場なのだろう。そうでなければ、あのエインヘリアが併合せずに属国としてルフェロン聖王国の王家を残すはずがない。ルフェロン聖王国はエインヘリアにとって価値のある相手……属国という立場ではあるが、取次ぎくらいはしてくれるだろう」


 妹がルフェロン聖王国に嫁いでいってから、もうそろそろ二十年になろうかというくらいだが……夫婦仲は良好とのことだし、長男は成人したばかりだが既に公爵位を受け継いでいる。


 それに、流石に有益な相手だとしても、エインヘリアが属国相手に進めている策略の内容を教えるはずもないし、義弟殿が我々の要求を断ることはないだろう。


 そして、義弟殿を仲介してもエインヘリアがこちらの要求を突っぱねてくれば……三国の後ろにいる国は確定だな。


 まぁ、相手の狙いを知りたいこちらとしては、対話が出来ないという事態は避けたい所だが……その為の義弟殿の仲介だ。


 義弟殿でダメなら、それこそ大帝国にでも頼まなければならないだろう。


「ルフェロン聖王国に向かうならば、ラ・ラガを抜けるのですか?」


 我が国の北西に位置するラ・ラガは南北に細長い国土を持っており、北方はエインヘリアに併合されたクガルラン王国やドワーフの国ギギル・ポーとそして南方はルフェロン聖王国と国境を接している。


 当然、最短ルートで行くならラ・ラガを横断する必要があるだろう。


「そうなるな。そして当然、使節団というよりも少数での使者を送る形となる」


「「……」」


 隠れ潜みながら少数を使者として派遣することは不可能ではないが……エインヘリアへ初めて送る使者としては少々心もとないものがある。


 礼を失していると言われる可能性も非常に高いが……いくら戦況に余裕があると言っても、半年以上もかけてのんびりとエインヘリアに向かっている場合ではないのだ。


「王太子殿下……人選はどうされるのですか?」


「大人数を割けず、道中も危険が多い……となると、ソイン子爵に行ってもらうのが良いだろうな」


 私がその名を告げると、会議室にいた幾人かが納得した様子を見せ、残りの者達は不満気……いや、気遣わしげな表情を見せる。


 前者はソイン子爵の事を良く知っている人物で、後者は社交界の噂でしか彼を知らない人物だ。


「王太子殿下。何故このような重要な役割を彼に……?」


「ははは!彼は私の友人で……あれで結構抜け目のない男だ。あれだけ噂があっても貴婦人たちの人気はあるし、未だに刺されていないところからも分かるだろう?」


 心配そうに尋ねて来る大臣に私は肩を竦めながら答えてみせる。


 ソイン子爵は、私と同じ年の友人で三十八歳になるのだが……子爵という立場にありながら未だ独身を貫き、社交界で浮名を流している。


 まぁ、簡単に言うと、いい歳して貴族の義務を放棄して女遊びに勤しむ馬鹿……ということだ。


 当然その姿しか知らないものからすれば、彼をエインヘリアへの使者として送るなぞとんでもない事と考えるだろう。


 向こうで女性に手を出したらとんでもない事になるしな。


 しかし、遊び人としての彼は仮の姿……いや、ヤツに言わせれば本当の姿かもしれないが……その実、彼は情報部を取り仕切っている人物なのだ。


 一部の将軍や大臣は彼の素性の事を知っており、その手腕を疑ってはいない。


 少人数で他国に送る人材として彼以上の適任者はいないだろう。


 まぁ、普段が普段なので……使者として推すのが非常に難しい人物ではあるが……。


「彼が口説けるのは女性だけではない。それに、もとよりソイン子爵家は外交の家系だ。彼も当主としてしっかりとそう言った教育は受けている。補佐に真面目な男性をつけておけば、問題は起こすまい」


「「……」」


 私がそう断言すると、やや不安げな表情ながらも全員が納得したように頷く。


 まぁ、事情を知るものからしたら、彼が失敗するようであればどうしようもないと言った想いもあるが、それは告げられないからな。


 彼の事を知らぬ者達に心の中で詫びつつ、私は話を先に進める。


「ではエインヘリアの件については以上とする。次に、各戦線について話をしよう。まずは北西戦線から……」


 こうしてエインヘリアへの対応は決まった。


 義弟殿には迷惑をかけるが、事は国家の一大事……涙を飲んでもらうより他あるまい。


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