第426話 ある王太子の憂鬱
View of レイズ=オリアス=ブランテール ブランテール王国王太子
「はぁ……」
私は机の上に広げられた数々の報告書を見ながらため息をつく。
私が王太子という立場にありながら、ブランテール王国の執政を担うようになって既に二年以上の時が経過している。
日常的な政務にはすっかり慣れたものだったが、私を悩ませるこの報告書達は日常的な内容ではけしてない。
父である現国王は数年前より体を壊し、思うように仕事が出来ない状態にあった。
しかし、そんな状態にありながらも、民はおろか貴族達からでさえも退冠を望まれず、いつか病を癒し再びその辣腕を振るう事を期待されている名君でもあった。
そして私も、王太子として日々政務に励んでいるのは、父の心労を少しでも減らす為……必ず、父が再び王として国を導いてくれると信じているからだ。
我が国……ブランテール王国は、肥沃な土地と質の良い鉄鉱石を取れる鉱山を有している中堅国だ。
国土も国力も小国のそれとは比べ物にならぬ程で、立地的にも非常に良い場所にあった。
東の大国と呼ばれる魔法大国エルディオンのすぐ西に位置する我が国は、西方とエルディオンを結ぶ玄関口としても利用されており、流通の拠点としても重宝されているのだ。
勿論、純血主義に凝り固まっているエルディオンとの関係は良好とは言い難いが、彼らは外に領土を広げると言う意欲が薄く、色々と理不尽な要求を突きつけられたり、言いがかりをつけられたりをしたことは多々あるが、本格的な戦争とまでなったことは一度もなかった。
我々としては交易による利益の大きさから、エルディオンに強く出る事は出来ないし、彼らとしても最大の交易相手である我々の足元を見ることはあっても、本格的に敵対するつもりがない故の関係と言えるだろう。
そしてエルディオンを除く周辺国は、我々に比べ国力に劣る小国……それ故、内政に注力し、我が国は発展し続けて来たのだが、一年程前からだろうか、周囲の小国との関係が悪化し始めたのだ。
もとより国力が二倍ではきかない程の地力の差がある為、過去小国が我々に対して強気に出てくることはなかった。
無論我等は彼らを下に見ているつもりはなく、外交的にも隣国として友好的な関係を築いていたし、彼らが災害等で食糧難に陥った時には積極的に支援をしてきた。
故に、突然彼らの姿勢が変わったことに我々は困惑を隠せなかったし、その分初動に遅れがでてしまった。
最初は南方にある小国、エーディン王国との国境沿いの村で起こった水問題だ。
国境に沿う形で一本の川が流れており、その川は周囲の村の大事な水源となっていたのだが、その川が上流にあるエーディン王国側の村に堰き止められ、下流にあった我が国の村が水不足に陥ってしまった。
生活に必要な水、そして農作業に必要な水を失った村は、すぐに現状を領主へと知らせる為に役人に訴えたのだが……その周辺の村を管理していた役人は、既にエーディン王国に買収されており、領主へ報告を上げなかった。
何時まで経っても解消されない水不足に、ついに村人たちは行動を起こしてしまう。
国境を越え、川に作られていた堰を破壊したのだ。
勿論、彼らに非はないと言える。
水というのは生命に関わるものだ。
それを理不尽に奪われた村人が襲撃を強行してしまったのは当然の帰結だ……そして、残念ながらそれは相手の狙い通りの動きと言えるだろう。
当然……越境して他国の施設を破壊した村人たちの行動は侵略行為とみなされ、エーディン王国は法外な賠償を請求。
我々として頭が痛かったのは、ことここに及んでようやくその事態を知ったという事だった。
当然事実確認等は後手に回り、碌な反論も出来ぬまま話は進み、エーディン王国は一方的に国交を断絶した。
正直、我々としてはエーディン王国との国交断絶は外聞こそ悪いものの大した痛手ではない。
勿論取引先が一つなくなったと思えばそこそこのダメージはあるが、向こうから買っているものは特に必要な物ではなく、こちらが手ごろな値段で食料や鉄製品を売っていたに過ぎないからだ。
だからこそ、我々は見誤ったのだ。
エーディン王国から国交断絶を言い渡されて一月も経たない内に、今度は西側の二つの小国がブランテール王国の不当な関税への抗議とエーディン王国への攻撃に対する非難を理由に、国境侵犯を開始した。
正直その行動も理由も訳が分からなかったが、両国は恐らく切っ掛けを待っていたのだろう。
我々からすれば寝耳に水と言った感じだが、瞬く間に三国から宣戦布告を受けた我等は急ぎ国境に戦力を送り防備を固め……まずは小規模なぶつかり合いが起こったのが半年程前の事。
エーディン王国の不可解な動きから始まった動乱。
最初の対応を誤り……さらにその事を甘く見た結果が、今の私達の状況という訳だ。
頭痛を感じながらも机の上に広げられた報告書の一つを手に取った私は、その内容に目を通す。
そこには国境付近で展開されている軍についての報告が書かれている。
「北西はやや押し込まれ気味だが南西は問題無し。しかし、南は前線がかなり後退してしまっている……か」
我が国が周辺の小国よりも国力で優っているとはいえ、流石に三国も同時に相手が出来る程軍備は整えていない。
彼らが本気になって攻めかかってくれば、流石に我々も耐えきれないだろう。
しかし、彼らは何処か我々と戦いながらも、前がかりではないというか……我々以外を警戒しているように見える。
戦端が開かれた最初の頃はそれに気付けず、少なくない犠牲を出してしまったのだが、それに気づいてからは状況を上手く利用して動けるように戦っていた。
今は押し込まれている南方戦線も、南西側を警戒してこれ以上は押し込んでこないだろうし、上手くいけば後退していくことも考えられる。
開戦当初は三つの国がほぼ同時に敵対した為、三国が手を組んでいると思っていたのだが……我々に攻めかかりながらもお互いを牽制し合っているのだ。
同じタイミングで戦端を開きながら連携もせずに、寧ろお互いを牽制する……実にちぐはぐなやり方だと思う。
まぁ、こちらとして三国が手を結び、奪い取った領土を三分割するつもりであった方が大変な事になっていただろうし、反目し合ってくれるならそれに越したことはない。
しかし……そうなって来ると、この状況は説明のつかない部分が出て来る。
彼らが手を組んで攻めかかって来るのであればともかく、彼らはそれぞれ別口で攻めかかってきている……それはつまり、小国である彼らが一国で我々に勝てると考えたという事。
近年彼らが軍備増強に勤しんでいたという話は聞いたことが無い。
我等に気付かれぬように軍備増強をした?
三国揃って、同じタイミングで?
あり得ない。
そもそも、多少戦力拡充した程度でひっくり返せるような戦力差ではないのだ。
開戦からしばらくたって、三国が連携しているわけではない事に気付いた時、次に警戒したのは魔法大国エルディオンの事だった。
領土欲は見せない彼らだが、そんな彼らが遂に動き出したのではないかと考えたのだ。
しかし、開戦から数か月経った今も彼らは動く様子を見せておらず、その線は薄いように思える。
そうなって来ると、考えられるのは一つ。
こちらは開戦当初から、可能性だけは議論されていたがやはりあり得ないと断ぜられてきた事柄だが……やはり間違いないだろう。
三国は英雄を手に入れたという話だ。
攻めかかってきたのが一国だけであれば、その可能性は非常に高かったと言える。
英雄を一人でも迎え入れることが出来れば、その戦力は小国のそれでは収まらない程強大なものとなる……中堅国であるブランテールに襲い掛かって来てもおかしくはない。
しかし、三国全てに英雄が……というのは中々考えにくいものがあった。
いくらなんでも三国に同じタイミングで英雄が現れるなんて、普通では考えられない。
つまり……普通でないことが起こっているのだろう。
恐らく三国の後ろには大国がついている。
北の大帝国、東の魔法大国……そして、西のエインヘリア。
英雄を三人も同時に動かすことが出来る勢力と言えば、今大陸にはこの三勢力しかないだろう。
魔法大国エルディオンは……外への興味が薄く、自国の英雄を彼らの言うところの混血の治める国にわざわざ派遣したりはしないだろう。
スラージアン帝国は……先代の皇帝ならともかく今代の皇帝は内政に特化しており、領土を広げるつもりは無さそうだし、そもそも全く関わった事のない我々にちょっかいを出してきたりはしないだろう。
となると……領土を広げる事に腐心しており、この二年程で幾度となく戦争を繰り返したエインヘリア……かの国の仕業と考えるのが妥当な所だろう。
何故、わざわざ小国に攻めさせているのかは分からないが……小国同士がバラバラに攻め寄せて来ている事から考えても、何かの実験……もしくは遊び感覚?
……腹立たしくはあるがその真意が分からない以上、推測に腹を立てても意味はない。
それよりも、背後にエインヘリアが居たとして……落としどころは何処になる?
何を狙っているのかが分からなければ、決着のつけようがない。
軍門に降れば良いのか、王家が滅びれば良いのか……それとももっと別の何かがあるのか。
使者を送ってみるか?
その程度で相手の腹の内が読めるとは思えないが、何らかの動きを起こせば少しは何かが見えてくるかもしれない。
問題は……誰を、どうやって送るかだな。
現状、我々がエインヘリアへと向かうには、絶賛交戦中である西側の小国を突っ切るか、一度エルディオンへと向かい船を使うか、さらに北上して大帝国を経由して向かうかのどれかだ。
距離的に一番早いのは小国突破だが……交戦中である以上、このルートで使節団を送り出すのは不可能に近いな。
少人数をこっそり送るあたりが関の山だろう。
逆にエルディオン経由ならば、時間はかかるが使節団としての体面を保ったまま移動することが出来るだろう。
しかし、一方的に攻め込まれている状況で数か月もかけて使節団を送ると言うのは……流石に悠長が過ぎる。
それに、一番の問題は……使節団を送ったとして、エインヘリアがとり合ってくれるかどうかという所だな。
エインヘリアが小国の背後にいた場合、門前払いや入国拒否されたとしてもおかしくはない……いや、その可能性の方が高いだろう。
やはり、妹を頼るのが一番成功の可能性が高いか?
元第二王女……私の妹は他国に嫁いでおり、既に王籍は失っているが……その御夫君であれば、恐らくエインヘリアとの窓口になってもらえる筈だ。
御夫君の名はグリエル=ファルク。
現ルフェロン聖王国聖王の叔父にして、摂政を務めるかの御仁であれば……恐らく口利きくらいはしてくれる筈だ。
なんせ、グリエル殿はエインヘリアの属国となりながらも自治権を勝ち取り、その政治手腕で未だかつてない程ルフェロン聖王国を繁栄させているのだから。
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