第425話 移民局局長……とか?



 とんでもない誤解が生まれ、そして即座に消えていった日から数日、俺はフェイルナーゼン神教の教皇であるクルーエルと会っていた。


 因みにお茶会などではなく、一応仕事ではあるのだが……クルーエルは随分と力を抜いた様子で、どちらかというと私的な会談という感じだった。


 いや、偶に妙に肩に力が入ることがあるけど……基本的には力を抜いている……筈だ。


 そんなクルーエルに、俺は先日のお茶会での出来事を話していた。


「まぁ……どこをどう勘違いしたらそのようなことに」


「俺も少々言葉が足りなかったとは思うが、それにしても酷い話だと思わないか?」


 俺が肩を竦めながら同意を求めると、クルーエルは力強く頷く。


「えぇ、本当に酷い話です。そのような誤解をするとは……特に皇帝陛下はもう少しフェルズ様のお話をちゃんと聞くべきですね。会話とは、お互いの話をまず聞くところから始めなくてはなりません」


「……うむ。しかしまぁ、俺にも非はあったからな。恐らく新しい菓子に気を取られて会話を中途半端に聞いていたのだろう。そこまで真剣に考える必要はない、あくまで私的な茶会の雑談なのだからな」


 真剣な表情でフィリアの批判を始めたクルーエルに、俺は苦笑しつつフォローを入れる。


 ただのお気楽お茶会の笑い話にそこまで過剰に反応しなくてもいいんですよ?


 クルーエルは潔癖というか、凄まじく真面目なようだな……まぁ教皇という立場を考えればさもありなんというところだけど。


 しかし、こんなアホな話で皇帝と教皇の関係がギスギスした物になるのは避けねばならんよね?


 それと……雑談よりもまじめに仕事の話を進めた方が良いだろうか?


 いや……寧ろ、仕事の合間を縫ってエインヘリアくんだりまで来たんだからとっとと話進めろや!的なアレなのかもしれない。


 愛想笑い察しろや!って思っている可能性も……。


 色々怖くなってきた俺は、やや強引に話を切り替えることにした。


「さて……今日クルーエルがエインヘリアまでわざわざ来てくれたのは、例の件だな?」


「……?はい。以前フェルズ様にお話しさせていただきました、魔族の移住についてです。フェイルナーゼン神教の管理する街に住んでいる魔族の方々の移住の準備が整いましたので、その御報告を」


 一瞬クルーエルが別の感情を見せたように感じたけど……一瞬過ぎてそれが何なのか分からなかった。


 でもまぁ、すぐに真面目な感じで報告を始めたから俺の判断は間違っていなかったのだろう。


「受け入れ作業は既に始まっているが、まずは五世帯……三十名程だったな?」


「はい。聖地とその隣の街に住んでいた魔族はこれで全員です。後は北方諸国の各地に散らばっておりますので、二陣以降は時間を要するかと」


「ふむ……纏まって暮らしてはいないのだな」


 なんとなく、以前クルーエルから話を聞いた時からそんな気はしていたのだけど、やはり魔族の集落とかがあるわけではないようだな。


 こちらとしては纏まってくれていた方がありがたかったけど、まぁそれは言っても詮無き事……今は少しでも早く魔族の移住を進めるべきだろう。


「出来る限り急いでやってくれ。もし狂化する魔族が出たら、先んじて渡した薬を使って寝かせるように」


 この薬は以前ドワーフの国ギギル・ポーにて、ドワーフ達が狂化した仲間を寝かせていた薬だ。


 ドワーフ以外の種族にも問題なく効果がある事は確認しており、寝ている間は生命活動そのものを押さえ、長時間寝かせていても衰弱死する危険が少ない代物である。


 ギギル・ポーの場合、しっかりとした医療体制が整っていたこととドワーフ達の持つ頑強さもあり、かなり長期間でも問題なく寝かせたまま生存が可能であったけど、流石に魔族を薬だけで何か月も持たせることは出来ないようだ。


 まだ各国に連絡を飛ばし始めた段階なので、飛行船を使っても全ての魔族の移住にはそれなりの時間がかかる。


 それに、もし狂化して暴れる魔族が出たとしても、薬を飲ませるのはかなり危険を伴う。


 ドワーフ達は持ち前の頑丈さと、何よりも自分達の仲間を救いたいという強い意志があったからこそ、怪我を恐れず薬を飲ませることが出来ていたけど……北方諸国に住んでいる魔族を、ドワーフ達と同じ熱量で北方諸国が助けようとするとは思えない。


「但し、戦力的に厳しいようなら無理して薬を使う必要はない。最優先は人命だからな。もし魔族を取り押さえる際に怪我をした者が出たら、すぐに報告を。ポーションを出す用意はしてある」


 魔族には申し訳ないが、エインヘリアから絶対に薬で寝かしつけろとは言わない。


 俺達の立場でそれを言ってしまえば、犠牲が出ようとも北方諸国は魔族に薬を飲ませようとするだろうけど……流石に犠牲を払ってまで魔族を救う必要はない。勿論出来る限り頑張って欲しいけど、無理なものは無理だろうしね。


 他人を救うのは……言い方はアレだが、余裕のある時だけで良いのだ。


 成功すれば素晴らしい人物だと賞賛されるかもしれないが、失敗すれば他の人に余計な迷惑をかけたり、最悪被害が拡大する恐れもあるからね。


「度重なる御慈悲に、感謝の念が堪えません」


「くくっ……クルーエル、いや、教皇が感謝するような事ではないだろう?俺がそうしたいからしているだけだ」


 いつも通り、皮肉気に口元を歪ませながら俺が言うと、これまたいつも通り口元を押さえるように手を当てつつクルーエルが微笑む。


 若干目の焦点があってないような気もするけど……まぁこれもクルーエルの癖というか、よくやる表情だし気にしなくても大丈夫だろう。


 因みに、移住してきた魔族はバンガゴンガに任せてある。


 役職的には対外妖精族担当ではあるけど、外からの受け入れという事でバンガゴンガに任せることにしたのだ。


 実績も経験もあるし、問題ないだろうけど……役職名を変えた方がいいかもな。


 魔族と妖精族を一緒にするなって言いだす人がいないとも限らんし。


 俺からすると役職とかどうでもいいやん、って感じなんだけど……気にする人は気にするからな……まぁ、価値観ってのは人それぞれだし、それが悪いとは言わないけど、面倒は面倒だ。


「本当に……フェルズ様は素晴らしいお方です。ここまでフェイルナーゼン神の御心を体現されておられる方は、歴代の教皇の中にもいらっしゃらなかったでしょう。何より素晴らしいのは……フェルズ様がフェイルナーゼン神の信徒でないという事です」


 どこかうっとりとした様子で言うクルーエルに、俺は首を傾げる。


「信徒が体現している方が良いのではないか?」


 そんな俺の言葉に、頬を上気させたままクルーエルはかぶりを振ってみせる。


「確かに信徒であるならばフェイルナーゼン神の御心に従うべきです。ですが、その御心を知らず……自然と、自らの内より産まれた想いのまま行動し、いと尊き御心に寄り添っているという事実。偶然というにはあまりにも……」


 再び口元を手で押さえつつ、これ以上ない程とろけそうな表情でクルーエルが言う。


 余程フェイルナーゼン神教の教えと俺の行動が一致していて嬉しいのだろうけど……まぁ、完全に偶然って訳じゃないからなぁ。


 フェイルナーゼン神……フィオの儀式によって呼び出された俺は、その願いを叶えることも目的の一つだ。


 だから、クルーエルの崇めるフェイルナーゼン神と志を同じくしていると言うのは、偶然ではなく必然。


 宗教的な……何か運命とかそういう物を感じて陶酔しているのだろうけど、そこはかとなくむず痒いというか申し訳ないと言うか……そんな感じがするよね。


 でもまぁ、俺以上にむず痒いというか身悶えしているのは……間違いなく、今この瞬間も俺の見聞きしている事を見ているフィオだろう。


 ……うん、それを考えたらクルーエルに対しての申し訳なさ以外は消し飛んだな。


 フィオが復活したあかつきには……フェイルナーゼン神教の対応はフィオに任せるとしよう。


 きっと楽しんでくれる筈だ……そうだろう?


「くくっ……」


「……フェルズ様?」


 やっべ……心の含み笑いが表に出てた。


 ご、誤魔化さねば……迸れ!覇王力!


「いや、民の暮らしを豊かにしたい……ただそれだけの単純な考えだ。余程の愚王でもない限り、どんな為政者であっても同じことを考えているだろう。クルーエルが言う程大仰なものではない」


「ですが……」


 クルーエルが不満気に口を開くが、俺は畳み掛けるように言葉を続ける。


「確かに、魔王の魔力への対応に関しては違うかもしれん。だがそれは、俺が魔王の魔力と言う物の脅威について、他の者達よりも詳しかったと言うだけの事。脅威を知り、そして対抗するための手段さえ持ち合わせていれば、俺でなくとも同じ考えに至るはずだ」


「……たとえ、それを知り得たとしても、二心なくそれを成せるのはフェルズ様を置いて他に居りません。ただ知識があり、ただ力があれば成せると言うようなものではなく、そこに確かな信念と慈悲の心が無ければフェルズ様の……奇跡とも言うべき偉業は成し得ないのです」


 静かだが圧倒的な熱量をもって語られるクルーエルの言葉に、若干押されてしまう。


 やはり、宗教系の人は熱量が違うな……俺の覇王力では押し切れないようだ。


「……まだ道半ばだ。この大陸全ての土地から魔王の魔力の影響をなくすその日まで、クルーエル……力を貸してもらうぞ」


「っ!?……は、はい!必ずフェイルナーゼン神の……そしてフェルズ様の理想を実現させましょう!その時までこのクルーエル、この身この心全てを捧げさせていただきます!」


 重い……けど、教皇であるクルーエルなら当然の反応か……。


「期待している。残すは……東だ」


 俺が笑みを浮かべながらそう言うと、口元を押さえたクルーエルが小さく震えながら頷いた。


 ……吐かないよね?


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