第423話 お茶会の前の一幕
View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝
「今日二人に集まってもらったのは、少々聞き捨てならない……いや、共有しておいた方が良い情報を耳にしたからだ。因みにフェルズは一時間程ずらして時間を伝えたから後からの参加となる」
私はなんだかんだと最近関わりが深くなった二人を見渡しながらそう口にする。
ここは帝城の中庭……そこに建てられた東屋で、席に座っているのは私を除いて二人。
一人はルフェロン聖王国の聖王……十二歳とは思えない程の胆力と聡明さを兼ね備えた俊英、エファリア。
彼女ほど実体と見た目がかけ離れている人物はいない様に思う。
この少女のような見た目に騙された奴は……相当ひどい目に遭うだろう。
もしかしたら少女の皮を被った悪魔かもしれないわね。
そんなエファリアが紅茶を片手にこちらを見ながら小さく微笑む。
さて……もう一人はパールディア皇国の皇女であるリサラ。
所謂姫と言った立場に相応しい気品を持ち合わせながら、自らが王族であり国と言う大樹の担い手である自負を持つ、芯のある人物だ。
初めて会った時の印象はさほどでもない……王族という地位に守られた姫と言った印象だった。
しかしよくよく話してみれば、その地位に甘やかされただけの人物ではないことが分かった。
一見した時の雰囲気と違い、意外と強かな一面がある……いや、王族として当然と言えば当然なのだが……その強かさは、私にとってかなり厄介な類の代物だった。
そんな二人に向かい、私は真剣な表情で語り掛けると、ティーカップをソーサーに戻したエファリアが表情を引き締めながら口を開く。
「フェイルナーゼン神教の教皇の件でしょうか?」
「それもあったな……まぁ、今回の件に比べれば些末事だが、一応アレの事も話しておくか。完全に大事の前の小事だがな」
いや……小事とは言ったが……あの女狐は油断ならないわ。
万が一に備えて、エファリア達と情報共有をしておくことは必要ね。
「私見ではあるけど、めぎ……教皇であるクルーエル=マルクーリエはフェルズに色目を使っていた」
「「……」」
「あの女とはそれなりに付き合いがあってな。まぁ金に煩い女狐だ。油断ならない奴で、私はアレ以上に腹黒い女を知らない。教皇なだけあって外面はいいし容姿にも優れている。何より頭の回転も悪くないこともあり、信徒たちからの人気は非常に高い。私から見ても為政者や管理者としての能力は非常に高いものがあるな」
「なるほど……そんな人がフェルズ様に……」
口元に拳を当てつつ、エファリアが呟く。
とても十二歳の女の子の醸し出す貫禄ではないけど……今この時だけは頼もしさを感じるわね。
そんなエファリアを見ていて思い出したのだけど、フェルズと話している時……あの女狐が、妙に口元を押さえる様な動きをしていたのだけど、あれは何だったのかしら?
あんな癖はなかったはずだけど……。
そんなことを考えていると、リサラが私に向かって尋ねて来たのでそちらへと向き直る。
「フェイルナーゼン神教の教皇……南方ではあまり教会自体が多くありませんし、教皇についても殆ど知らないのですが……エインヘリアと対等な関係を結べるほどの力があるのですか?」
リサラは女狐よりもその背景である教会の方が気になるようね。
いえ……フェルズと関係を結ぶのであれば、当然その背景である教会の力はけして無視できるものではないし、妥当な目の付け所だけど。
「教会は北方諸国を中心に信徒が一千万人程いると言われている。帝国でも北の方では強く信仰されているな。教会のやっている事は慈善事業というか……医療や食料支援が主な活動。弱者救済だな。国が手の届かない場所に対して手を差し伸べる聖者たちといった感じだ」
私が肩をすくめて言うと、リサラが納得したように頷く。
「食糧支援はともかく、彼らの医療技術は大したものでな。国の医療機関よりも遥かに高度な技術や魔法を有している。それがあるからこそ、こちらも無視できないのだがな」
そう。
やつらの人気取りとも言える弱者救済だが、そこには確かな信念と技術が根底に在るのよね。
ただ口先だけで救済を謳う生臭共であれば、軽くあしらってやれたのだが……あんな夢みたいな理想を掲げながら、本人達は至って真剣。
それはあの女狐も同じで、国や権力者たちを金づるくらいにしか見ていないくせに、フェイルナーゼン神教の教義に対しては非常に真摯なひたむきさを見せる。
その上で、綺麗ごとだけではその救済が果たせない事もよく理解しており、悪辣な手練手管を平然と行使してきて、本当に厄介極まりない存在ね。
「医療技術を盾に国から金を巻き上げ、それを弱者救済に使う。だからと言って権力者達への反抗だとか、既得権益者の打倒だとか……そういう物騒な思想はなく、世界を変革させる旗頭になろうとは一切考えていない。勿論人の作った組織である以上、全員が全員権力欲が無いって訳ではないが……そういった俗物の方が少数派という、ある意味私達にとっては恐ろしい組織と言えるな」
「それは……本当に恐ろしいですね。歴史は長いのですか?」
「私も詳しくは知らないが、本人達は数千年を謳っている。それは大げさにしても、数百年続いているのは間違いない」
「俄かには信じがたい組織ですね……ですが、エインヘリアと手を結ぶのに相応しくもあります」
リサラは難しい表情のまま納得したように言う。
「……エインヘリアの在り方は、教会としては絶賛出来るだろうし、エインヘリアとしても北方でかなりの力を有している教会は手を組むに値する相手だろう」
現にあの女狐は聖地に戻ってから、北方諸国に対して魔力収集装置の設置をするように働きかけているらしい。
既に聖地には魔力収集装置を設置して、何度かエインヘリアと聖地を行き来しているようだし。
教皇は聖地を離れないって話は何処に行ったのよ!
「北方におけるエインヘリアの協力者という訳ですね。因みにその教皇は、おいくつなのでしょうか?」
リサラとの会話を黙って聞いていたエファリアから質問が来た。
「……確か二十二、三だった筈だ」
「……」
フェルズの年齢は聞いたことが無いけど……恐らく私達の中で一番あの女狐がフェルズと近い年齢だと思う。
少々上かもしれないけど……誤差みたいなものね。
「……詳しい事は直接お会いしない事には分からないですね」
口元に当てていた拳をテーブルに戻したエファリアが言う。
表情も普段通りの……あどけないものになっているが、騙されてはいけない。
この表情の裏で、そこらの大臣達よりもよっぽど多くの事を計算しているのがエファリアだ。
「既に聖地には魔力収集装置を設置してあり、エインヘリアへの移動の許可も出ているようだな。会ってみるか?」
「出来れば私的な立場で会えると嬉しいのですが」
「……恐らく大丈夫だ。仲が良いとは口が裂けても言えんが、アレが教皇になる以前からの知り合いでな。私的に会うことは不可能ではない。リサラはどうする?」
「私も同席させてください」
「分かった。近い内に時間を作ろう」
「よろしくお願いします、フィリア様」
よし、とりあえずエファリアとリサラの協力は取り付けた。
……年下の女の子に頼るってなんか情けない気もするけど……正直あの手の話でエファリアに勝てる気がしないのよね……。
「では、そろそろ本題に入ろうか」
私は胸中に浮かんだがっかり感を振り払い、話題を変える。
「……教皇の話がついでというのは、中々怖いですね」
「そうですね……」
二人が若干緊張したように表情を硬くするけど……今回の話題は二人とも絶対に聞き捨てならない筈。
「……フェルズが結婚式をしようとしているらしい」
「「っ!?」」
二人は驚愕に顔を染め……エファリアに至っては立ち上がっているわね。
「お、お相手は!?お相手は一体!?」
「それは分からない。私も、フェルズが結婚式について色々と調べているとしか報告を受けていないからな」
「……」
「し、調べているだけなら、フェルズ様が結婚するとは限らないのでは?」
表情から感情を一切消したエファリアと、若干狼狽えながらも色々と尋ねて来るリサラ。
「そうかもしれんが……王自ら他国の結婚式について調べる理由とはなんだ?フェルズはあれで他国の文化を尊重するだろう?結婚にあたり相手の国の結婚式がどういう物か調べてもおかしくはない」
結婚式についてフェルズから直接尋ねられたのは、エインヘリアで訓練に参加させて貰っている『至天』だ。
これはやはり……帝国の者をフェルズが娶るつもりなのではないだろうか?
だ、誰かしら?
て、帝国でフェルズと親しい人物って……だ、誰が居たかしら?
「結婚式……そういえば、パールディア皇国の文化を担当している講師が、エインヘリアの方から、パールディア皇国の結婚式について最近尋ねられたと聞きましたね」
「ぱ、パールディア皇国の?」
あ、あれ?
いえ……フェルズの立場からすれば、複数の妃を娶る事は不思議でも何でもないけど、初手から複数と婚姻を結ぶとは予想外だったわね……。
「……ルフェロン聖王国の講師からはそのような報告は受けておりませんが、もしうちにも確認している様でしたら……各国における結婚式そのものを調べている可能性が高そうですわね。特定の国の誰かを想定しているのではなく」
そ、そうなの?
い、いや、これから求婚という可能性もあるんじゃないかしら?
「エファリアは、あくまで文化的な知識として結婚式を調べていると?」
「いえ、直接お話しさせて頂いたわけではありませんし、まだ断言は出来ませんが、その可能性もあるかと。ですが、このタイミングというのが気になります」
「タイミング?」
どのタイミングだろうか?
「教皇です」
「っ!?」
め、女狐!?
まさか!そんな!?
「教皇と会った直後に、フェルズ様が突然結婚式に興味を持たれたというのが気になります。歳も近いとの事ですし……」
「「……」」
そういえば……この前、二人は目線で会話をしていたような……そして、それを見せつけてあの女狐が優越感に浸っていたような……。
あ、あれは心が通じ合っている的なやりとり!?
いや!そんなことはない筈!
フェルズがあんな性悪女狐に騙される訳が!
辺りを重たい沈黙が支配していたのだが……そんな空気を一切気にしない軽い声が、少し離れた位置から聞こえて来た。
「む?もう集まっていたのか?少し早いくらいだと思っていたのだがな」
「「……」」
普段通り、他を圧倒するような気配を身に纏いながらも、余裕のある態度でこちらに近づいてくるのは、改めて言うまでもないが……フェルズだ。
……なんか、心なしか機嫌が良いようにみえるんだけど?
まさか本当に女狐と?
「今日は新しい菓子を持ってきたから、是非感想を聞かせてくれ」
私達の視線も空気も一切気にせずに、フェルズが着席する。
……普段から妙な所で鈍いし、普段であればそういった面は意外性もあって可愛く見えるけど、今はただただ憎たらしく見えるわね。
フェルズの前にお茶を置いたメイドが下がるのを待って……私達は詰問を開始する。
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