第422話 結婚式といふもの

 


「確認してみたところ、貴族ならともかく一般人はバンガゴンガとほぼ同じで結婚式をやるって風習はないそうだ」


「そうじゃな。ついでに言えば、結婚という行為自体結構おおざっぱじゃからな。戸籍をしっかり管理しておる帝国はともかく、他の国であれば庶民が結婚したことをわざわざ書類で提出させたりもしておらんじゃろうな」


 俺はいつも通り、夜空の荒野でフィオと世間話兼相談のような物をしていた。


 今回の議題は結婚についてだ。


 フィオは俺の見聞きしたことを全て認識しているから、わざわざ口頭で説明する必要はないのだけど、まぁ気分的な問題だ。


「それはなんか……味気ないと言うか……」


「そうかの?じゃが、紙切れ一枚役所に提出して今日から夫婦ですってよりマシじゃないかの?」


「いや、確かにそれはそうなんだが……」


 大事なのは本人達の気持ちか。


 俺の元になった奴も……人生のソロプレイヤーだったし、その辺の機微は理解出来ないもんな。


「ぼっち覇王じゃから仕方ないのう」


「くっ……」


 五千年物のぼっち神が囀ってやがるぜ!


「「……」」


 俺達は暫く無言でにらみ合いを続けたが、やがてフィオの奴が先に折れて口を開いた。


「それにしても、バンガゴンガが結婚のう……なんというか、感慨深いのう」


「……そうだな。俺にとっては初めての友人だし、色々と感じるものはあったな」


「お主、泣きそうじゃったしな」


「……気のせいだ。俺は別にバンガゴンガの親でも何でもないんだ。泣く意味が分からん」


 俺はそう答えるが、フィオの奴はニヤニヤとしながらそれ以上何も言わない。


 俺は咳払いをしながら話題を少し変える。


「まぁ、それはさて置き……バンガゴンガの結婚式だ」


「やるのかの?」


「あぁ、やってやりたいと思っている」


 俺の記憶にある結婚式は、結婚をする本人達が頑張って準備をして……やったことはないけど相当面倒そうな印象しかないが……それはきっと参加する側でしかなかったせいだろう。


 そもそも参加することも仕事の付き合いとか、はっきりきっぱり面倒なものばかりだったしな。


 だが……やるのであれば、祝福する側もされる側も心から式をして良かったと思えるようなものにしたい。


「……お主が捻くれておるだけで、普通にお主の記憶の中の世界でも心から祝福し、心から満足しておった者達は多かったじゃろうに」


「……俺の周りにいた連中は文句しか言っていなかったと思うが」


「類が友を呼んだわけじゃ。しかしまぁ、そんな狭量なお主でもバンガゴンガを祝福してやりたいわけじゃな?」


「まぁ、そうなるな。アイツは凄く良い奴だし、色々な面で世話になっている。是非とも幸せになってもらいたい。それに……結婚式という文化がないのであれば、これを機に広めていきたいとも考えている」


「ふむ?まぁ、考えておる事は分かるが……何故かの?」


 フィオは敢えて俺に問いかけて来る。


 俺の頭の中にはまだふわっとした思いがあるだけなので、敢えてこうやって言葉にすることでその考えを明確させようとしてくれているのだろう。


「そうだな……まずエインヘリアという国は、周辺諸国に比べかなり裕福だ。有り余る、とは言わないが、それでも小さな村であっても他国の王都民以上の水準の暮らしをしている……という話も聞いている。衣食住……そこに問題はないと見て良いだろう」


 色々と受けている報告や、他国の使者……特に教会からそのように評価されているし、信憑性は高いだろう。


「それに伴い、嗜好品の類の売れ行きが上がっているみたいだしな」


「ふむ、衣食が足りたならば、次は心の充足を求めることは自然じゃな」


「あぁ。だが、この世界には嗜好品や娯楽が少ない。まぁ、日々の生活に追われることが普通の生き方だったわけだし、その手の分野が伸びないのは仕方ないんだろうがな」


 余裕がないのに遊びの分野が発展する余地はかなり少ない……そういう物は、心の余裕から生まれて来るものだしな。


「甘味や酒……基本的にはコレじゃな。後は精々少し良いものを食べるとか、そんなもんじゃろ?」


「旅行とか……レジャー、観光ってあまり一般的じゃないよな」


「街の外は危険じゃからのう」


「鉄道の開発にはまだまだ時間がかかりそうだし、その辺りはまだ厳しいか」


 エインヘリア国内では魔物の出現も殆どなくなり、野盗等も殆ど存在しない。


 民もその事は知っている筈だけど……それでもそもそも旅行をするって考えがないからな。


「生活の中での潤い……それが必要だと?」


「あぁ。金は沢山あって困るもんじゃないが、使い道はもっと色々なものが必要だ。この世界にも麻薬とかはあるし……余った金でそういった余計なものに手を出してもらっては困る。だからこそ健全な使い道を増やす必要がある」


「娯楽品……ゲームの類はどうじゃ?」


「そっちはアーグル商会に命じて進めている。俺としては金儲けはどうでもいいから、とにかく色々な娯楽を供出して貰って、どんどん金を使って貰いたいが……それだけじゃ足りないと思う」


「それが結婚式だと?」


「結婚式に限らず、冠婚葬祭は……金が動くからな」


「……間違ってはおらんが、中々クソ野郎な台詞じゃな」


 ……確かにアレな台詞だった気はするが、健全な国家運営の為には悪くない方針だと思う。


「知っとるか?生臭坊主というのは肉や魚を貪り食う破戒僧のことじゃない、人の幸や不幸の上に胡坐をかき、それをネタにしたり顔で説教をして金をむさぼり食らう奴等の事じゃ


「俺坊主じゃなくて覇王だし……あと、別に不幸を商売にしようとしている訳じゃないだろ?」


「ほほ……冗談じゃ。じゃが、冠婚葬祭は悪くない目の付け所ではないかの?節目節目のそう言った儀式は、民も受け入れやすいじゃろうし……裕福になったと実感しやすいじゃろうしの。そしていずれはそれが普通の事になる」


 フィオの言う通り、きっと十年もあれば冠婚葬祭は日常の一部として受け入れられる筈だ。


 そうなれば、ウエディングプランナーとか葬儀屋とか……新たな雇用が生まれてくれるだろう。


 お金を使うイベントを考えると同時に、新たな雇用を創出する。


 うむ……今日の覇王はかなり冴えているな。


 キリク並みかもしれない。


「ぷふっ……自惚れ過ぎじゃな」


「……」


 ……なんか、普通に笑われるより思わずといった感じで噴出されたほうが、めっちゃ恥ずかしい感じなんだが?


 いや、キリク並みとか本気で思ってないよ?


 俺は一度も行った事すらない国相手に、控えめに言ってチェックメイトです……とか言えないよ?いや、行った事あっても言えないけど……。


 何それ?


 ゲーム始める前に終了しちゃってるじゃん。


 そんなとんでもない子と並べるわけないじゃん……。


 所詮俺はなんちゃって覇王……二年以上も王として頑張っていながらも、身内だけの会議一つでお腹が痛くなる小者よ!


「う、うむ。いや……お主は頑張っておるよ?そこまで卑屈にならんでも良いんじゃよ?」


「……」


 俺は肩を落としながら無言でフィオを見つめる。


「いやいや、お主はかなり頑張っておると言っても良いと思うのじゃ。うむ、見事なものじゃ。それにこうして国のために色々と考えておるしの?」


「……そうか?」


「うむ。このエインヘリアという大国を築いた上に、大陸屈指の勢力……帝国や教会上層部とも良好な関係を築き、武力を使わずとも大陸の大半に号令をかけられる立場まで一代……どころか二年で辿り着いたのじゃぞ?それに、戦争を繰り返したとは思えぬ程国内は豊かで安定しておるし……ってなんか以前もこんな話をせんかったかの?」


「……そうか?」


「……お主、もう立ち直っておるのは分かっておるからの?」


 俺の心をばっちり読んでいるフィオがジト目で言うが……まぁ、もとよりそこまで卑屈になっていたわけではないしな。


 俺は得意気な顔をしつつ背筋を伸ばし口を開く。


「まぁ、そんな感じで出来る覇王な俺は、新たな産業の先駆けとして、バンガゴンガ達の結婚を盛大に祝ってやりたいわけよ」


「んー、それはどうじゃろうな?正直エインヘリアの王であるお主が盛大にやったら、一般の民が真似してみようとはならんのではないかの?」


「む……?」


 規模がデカすぎて、アレを俺達もやってみたいとはならんと……?


 い、いや、盛大とは言ったが、ちゃんとそこそこのものに自重はするよ?


「有名人の真似をするには、それなりの憧れが必要じゃからな。お主の自身は偉大な王としてそれなりに人気があるかもしれんが……民の前に姿を現すことがないじゃろ?果たして流行を作ることが出来るかというと……」


 ……なるほど。


 覇王のカリスマが足りないと。


 ……。


 ……うちの子達には人気あるんだけどな。


「露出が少ないからの、仕方ないじゃろ。もし冠婚葬祭を産業として起こしたいのであれば、まずはエインヘリアが国として主導するのが良いのではないかの?」


「む……そうなると、何か公共サービスって感じがしないか?」


 お金を使うように仕向けたいわけで、社会保障の一環として提供したいわけではないのだが……。


「別に良いではないか。帝国がやっておる戸籍登録を、エインヘリアでも導入するんじゃろ?ならばついでに冠婚葬祭を執り行えば、書類提出が楽になるじゃろ?」


「あー、確かにそれはあるな」


「民間に業務を任せたいと言うのも分かるが、まずはどういうものか周知せんとの。流行を作りたいのならば、まずはそれが流行っていると誤認させるところからじゃ。そして、それには国が主導してやるのが一番良いじゃろう。そして最終的に民間に業務委託するか、完全に手放して民達に任せるようにすれば、消費促進や雇用創出にもなるじゃろ?」


 フィオの意見に俺は頷く。


 確かに、一度やってみせただけで民がそれを自分達で真似してみようとはならんか……。


 結婚式なんて素人がいきなりやって上手くいくわけないし……キリクやイルミットみたいな規格外が取り仕切れば別なんだろうけど……バンガゴンガの結婚式は、モデルケースとして誰かに取り仕切ってもらうか。


 やりたい人誰かいるかな?


「お主は人に仕事を投げつける事だけは一人前じゃな」


「覇王だからな!」


 俺が普段通りの笑みを浮かべながら言うと、フィオはこれ見よがしにため息をついて見せる。


「バンガゴンガ達の結婚式をするのは悪い考えではないと思うが、リュカーラサの意思をしっかり確認してやるのを忘れずにの?」


「あ……確かにそうだな。有難迷惑になる可能性もあるし……しかし、俺が本人に意思確認をしたら確実に気を使わせそうだよな……」


「確かにそうじゃな」


「バンガゴンガ経由で確認……するしかないよな。リュカーラサは物怖じしないタイプだが……流石に俺の提案と言ってしまったらバンガゴンガを通す意味が……どう話を持って行けば良いんだ?」


 トップからお前らの結婚式、俺が面倒見てやると言われたら……内心どう思っていようと、ありがとうございます、嬉しいです!って答えるに決まっている。


 それは間違いなくお互いを不幸にするだけ……そんなものをやりたいわけじゃない。


「バンガゴンガに、エインヘリアにはそういう儀式があるらしいがやってみたいか?とでも聞いて貰えば良いのではないかの?お主を絡めなければ良い訳じゃし。興味があるならやりたがるじゃろ」


「ふむ……その為には、俺がバンガゴンガに結婚式でどんなことをやるのか説明しないといかんな」


 結婚式……参加した記憶はあるが、めんどくさいとしか思っていなかったからか、かなり朧気というか適当な記憶しか残ってないな。


 うーん、誰かうちの子でそういうのに詳しい子いるかな?


「その辺は女性陣に確認してみるしかないのう」


「……レギオンズにも結婚はあったから、なんとかなるか?」


「恐らくのう。リーンフェリア辺りは中々乙女じゃし、詳しそうじゃ」


「なるほど……」


 俺はそんな風にフィオにアドバイスを貰いながら、バンガゴンガの結婚式について色々と考えを巡らせるのだった。


 エインヘリアに冠婚葬祭の文化が根付くかどうか分からないけど……もしバンガゴンガとリュカーラサが式を望んでくれたら、出来る限り素敵な思い出にしてあげられるように頑張ろうと思う。


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