十一章 東進を開始する我覇王

第421話 覇王サスペンス劇場



「血痕?」


「あぁ」


 随分と穏やかではない話だな……。


 俺は真剣な表情でこちらを見て来るバンガゴンガを正面に見据え、俺も真面目に考える。


 バンガゴンガは真剣かつ怒りを滲ませた表情を湛えているようだ。


 ……以前はどんな表情でも凶悪に見えていたが、二年以上の付き合いという事もあり、最近はその表情の違いも判断がつくようになって来たと思う。


 いや、今はバンガゴンガの表情よりも血痕について詳しく聞かないとな。


「その血痕はどこで?」


「そりゃぁ、勿論エインヘリアでだが」


 ……範囲広すぎない?


 あれ?これはもしかして、エインヘリアが戦争で領土拡大している事に対する非難的な奴ですか?


 血に塗れた国……的な?


 ……いや、バンガゴンガがそんな皮肉めいたこと言うはずないよな、ヒューイじゃあるまいし。


 もう少しちゃんと情報を集めよう。


「すまん、バンガゴンガ。もう少し詳しく聞かせてくれるか?」


「あ、あぁ、そうだな。いや、どう言えばいいのか」


「ゆっくりで構わない。分かっている情報だけ教えてくれ」


 バンガゴンガが意外と慌てている事に気付いた俺は急かすことはせず、まずは簡単な所から話す様に伝える。


 こういう時は、相手と明らかに違うテンションを見せることで冷静になるものだからな。


 余裕のある俺の態度が伝わったのか、少し肩の力を抜いたバンガゴンガの表情が和らぐ。


「すまねぇな。柄にもなく緊張していたみたいだ」


「くくっ……気にすることはない。誰しも非日常に対して常に心構えをしておけるものではないのだからな」


「そうだな、確かにフェルズの言う通りだ。男としては少し情けなくもあるが、今回の件はそれを良く実感できたと思う」


 肩の力が抜けたバンガゴンガが、若干穏やかな表情を見せながら言う。


 しかし、小さく深呼吸をしたバンガゴンガは真面目な表情に戻りゆっくりと口を開く。


「リュカが……」


「リュカーラサが関係あるのか!?」


 出て来た名前に思わず声を上げてしまう……心構えが出来ていなかったようだ。


 リュカーラサ……バンガゴンガがリュカと呼ぶエルフは、バンガゴンガの幼馴染というか昔からの知り合いで、ベイルーラ地方にあるハーピーの集落出身の女性だ。


 バンガゴンガとの仲が非常に良好で、俺の勧めもあり今はバンガゴンガの家で一緒に住んでいるのだが……そうか、リュカーラサが事件に関係あるからバンガゴンガはあんな態度に。


「いや、すまない続けてくれ」


「?……あぁ。そうだな、順序立てて話そう。昨日の夕食の時だ……」


 ゆ、夕食時……事件というか……サスペンスの始まりのような……あれ?これバンガゴンガが犯人とかって話じゃないよね?


 一瞬そんな事を考えてしまった俺はバンガゴンガの顔をじっと見るが……うん、普段通りいかついけど紳士的なゴブリンだ、大丈夫だ。


 俺が微妙に失礼な事を考えている間もバンガゴンガの話は続けられる。


「リュカが先日地元に帰ることがあってな、その時の話になったんだ。なんでも幼馴染のハーピー……男なんだがな?そいつが……」


 ち、痴情のもつれてきな奴か?


 リュカーラサ……あんなさっぱりきっぱりしてるタイプなのにドロドロしてるのか?


 まさかリュカーラサが加害者……?


 ど、ドキドキが止まらないな……嫌な意味で。


 そんな風に戦々恐々としている俺には気付かず、バンガゴンガは真剣な様子で言葉を続けていく。


「リュカとそいつが妹みたいに接していた娘と、結婚したらしい」


 血痕した?


 ……。


 血痕は残る物では?


「それがすごく幸せそうだったって、嬉しそうに話していてな。それでまぁ……その……なんだ?」


 ……血痕。


「リュカの幸せそうな顔にあてられたというか、ついというか……いや、ついとかで言っちゃいけねぇって事は理解してるし、元々そのつもりはあったんだ。だが、切っ掛けって言うか……そのタイミングが無くてな……?」


 普段の頼りがいのある姿からは程遠い……何やら歯に物が挟まったような、非常にはっきりしない様子で言い訳っぽくあれこれ言うバンガゴンガ。


 ……血痕?


「まぁ……そんなわけで、言ったんだよ。結婚してくれ……ってよ」


 けっこんしてくれ?


 ……ん?


 ……んん?


 ……んんん?


 けっこんしてくれって……結婚のことなの!?


 え?誰が?


 バンガゴンガが!?


「そしたら、まぁ……喜んでくれたんだとは思うんだが、リュカが泣きだしちまってな」


 そう言いながら、バンガゴンガは普段以上に凶悪な顔で苦笑する。


「暫くして……情けないが俺はその間何も出来なかったんだが……なんとか落ち着いてくれたんだな。本人は泣きはらしていてかっこ悪いって言ってたが……笑顔で受け入れて貰えたよ」


 お、おおぅ。


「……そうか。バンガゴンガが、結婚か」


「……あぁ」


「「……」」


 しみじみと俺が呟くと、バンガゴンガも色々な感情を滲ませながら頷き……俺達の間に何とも言えない沈黙が降りる。


 俺は肩の力を抜き、普段よりも少し表情を和らげて口を開く。


「おめでとう、バンガゴンガ。友人として、二人の結婚は非常に嬉しく思う」


「ありがとう、フェルズ。お前があの日、俺を救ってくれたから、俺は……いや、俺達はこの幸せを感じることが出来た。だから、俺が一番感謝しているのは、そして誰よりもこの事を伝えたかったのは、お前だ。フェルズ」


 バンガゴンガに真っ直ぐ見つめられながら告げられた言葉に、何故か鼻の奥がツンとする。


 い、イカン……これ以上は覇王として非常にイカン……。


 こみ上げる感情を堪えるように……俺は普段通りの皮肉気な笑みを浮かべながら口を開く。


「くくっ……俺は自分の目的のためにお前を助けたに過ぎん。だが、それでもお前が俺に感謝すると言うのであれば、その分リュカーラサを幸せにしてやれ。慈しみ育み繋げ、俺にとってそれが一番だ」


「……あぁ、分かった。フェルズ、ありがとう。いや……必ずこの想いを繋げていってみせる」


「期待している」


 俺が短くそう言うと、バンガゴンガはにやりと野性味のある笑みを浮かべる。


 その笑みを見ながら、ふと気付いたことがあったので尋ねてみた。


「ところで、結婚式はいつやるんだ?」


 俺は軽い気持ちで尋ねたのだが、問われたバンガゴンガはきょとんとした表情を見せる。


「結婚式……?結婚の……式典か?」


「……知らないのか?結婚式ってのは……」


 ……結婚式……結婚式ってなんだ?


 あれって何のためにやるのん?


 ……あー、誓いの儀式か。


 これから先の人生を共に歩み、二つの家族を結び付け……そして新しい家族として生きてゆくという誓い。


 そして、そんな二人を祝福する為の儀式ってところか。


「簡単に言うと……結婚する二人を祝福する儀式って感じだな。妖精族にはそういったものはないのか?」


「そうだな。俺達はお互いの両親や、知人友人に結婚したことを報告するくらいか?勿論その時に祝福の言葉を送るが……そのくらいじゃないか?」


「なるほどな……」


 ……そうか、結婚式はしないのか。


 もしかして妖精族だけじゃなくって、人族も同じなのか?


 いや、貴族とかはやってそうだよな……でも一般人は?


 ちょっと確認してみるか……。


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