第419話 鬼



View of リーナス エインヘリア外交官見習い 元ルモリア王国斥候部隊隊長






「こうしていても仕方ない、一度状況整理をする。動けない者はいるか?」


 俺が襲撃者チームの七人に声をかけると、全員が問題ないと答える。


 この訓練が開始してから既に十二時間が経過しているが、ここがただの森であれば俺達が十二時間程度で動けなくなるようなことはあり得ない。


 しかし現実問題として、俺達はまだ動くことが可能かと確認しなければならない程疲弊している。


 それは、シャイナ様がルール説明の後に軽い様子で言った、ありえないくらいに重いルールが原因だ。


 そのルールとは。


 二時間に一回……一定時間、鬼が出現して暴れまわるというルール。


 鬼というのは……シャイナ様の事だ。


 一時間に一回、シャイナ様が森にいる両チームどちらとも敵対する存在として暴れまわると言うもので、接触したらぼっこぼこにされるというものだ。


 何より恐ろしいのは……鬼にやられたとしてもぼこぼこにされるだけで、そのまま訓練は継続されるということ。


 リタイアとなるわけではなく、殴られ損……つまり、完全なる嫌がらせの罰ゲームでしかないのだ。


 我々は任務のためにポーションを常に携帯しているのだが、最初の襲撃でチームの所持していた半数のポーションが奪われ、その上で数人が骨折させられた。


 当然治療にポーションを使用した為、更にポーションの数は減り、もはや十本と残っていなかった。


 これ以上鬼に襲撃をされたら行動不能になる……最初の襲撃でそれを実感させられた俺達は、鬼出現の合図である笛の音が聞こえた瞬間、全力で身を隠すことに専念した。


 シャイナ様も訓練という事もあり、ある程度手加減をしてくれているようで、最初の襲撃以降俺達は鬼の襲撃を受けていないが……安全性を優先した為護衛チームを発見すら出来ていないのが現状だ。


「何にしても、護衛チームを発見しない事には始まらん。引き続き探索をしていくしかない」


「ですが隊長、さっきのはかなりやばかったですよ」


「……あぁ」


 訓練開始から十二時間経過している事もあり、俺達は少々焦っていた。


 そのせいで、鬼出現の合図である笛の音に反応が遅れ、あわや鬼に見つかるところ……いや、見つかってしまったのだ。


 ただ、運が良かったのか、シャイナ様の手心なのかは分からないが、その直後に鬼の行動時間の終了を告げる笛の音が鳴り、シャイナ様はこちらに背を向けて去って行った。


「残りのポーションは一人一個ずつ。あそこで襲撃されていたら、終わっていたな」


「……二時間の内、いつ鬼が出るか分からないのもきついですね。おかげで森の探索が遅々として進まない」


「鬼の件は置いておくとしても、誘拐するターゲットも問題だ。てっきり一人を誘拐すれば良いと思っていたのに三人も誘拐せねばならんとは……」


「ターゲットが向こうのチームに知らされていないのは救いだな。向こうは向こうで動きがかなり取りづらくなっている筈だ」


「……これ考えた人絶対性格悪い」


「お、おい。滅多な事は言うなよ。死ぬぞ?」


 各々が不満を口にするが、今は鬼が帰ったばかりのチャンスタイム。


 無駄には出来ない。


 いや、十二時間を超えた為、すぐにでも鬼の出現時間になる可能性はあるが……今動かなければ、無駄に鬼に怯えるだけの時間を過ごすことになってしまう。


「恐らく護衛チームの方も、俺達に知らされていない面倒な条件を抱えている筈だ。それが何なのかは分からんが、何にしても相手を見つけない事には始まらない。とりあえず、方針は今までと同じだ。ツーマンセルで動く。俺は適当にどこかに混ざるから、最優先で護衛チームを見つける。この十二時間で森の南東側は大体探索が完了したから南西と北東を調べていく。一時間後、鬼の出現がまだだったらこの地点で落ち合って情報共有。鬼の出現後だったら探索を一時間延長。質問は?」


「「……」」


 俺が地面に描かれた地図の一点を指しながら尋ねると、全員問題ないと言うように頷く。


「行動開始」


 皆が俺の号令に従って散開していく。


 俺はその中で、北東部を調べに向かう組に合流して動く。


 南西部は調査に二組が向かっているのでこちらに合流したのだが……なんとなく、護衛チームが北東部にいる様な気がするのだ。


 そしてその勘は当たっていた。






「十三時間……ようやく発見出来たが、やはり相手は一塊で動いているな」


 俺は一緒に北東部を探索していたチームを監視に残し、他チームとの合流地点へとやって来ていた。


「スリーマンセルを基本に全周囲警戒。俺達と違って周囲の探索はしていないようだ。チェックポイントを通過しなければならないのにあの動きということは、向こうのチームは森の地図を持っていると考えてよさそうだな」


 地面に略図を描きながら、俺は南西部を調べていた二チームへと説明を続ける。


「確認出来た限りでは、かなり疲弊しているようだな。恐らく鬼の襲撃を俺達以上に受けていると見て良い。ただ人数が多い分、物資にはまだ余裕があるのかもしれない。それと野営の準備をしっかりとしている様だった。シャイナ様の言っていた規定日数というのは一日二日という訳ではなさそうだな」


「そうこちらに誤認させる策かもしれませんよ?」


 その言葉に俺は頷く。


「その可能性もある。鬼の襲撃を考えたら、拠点を作るという行為はリスクが高いからな。こちらにまだ時間的な余裕があると思わせる策。制限時間が分からないこちらとしては非常に効果的と言えるだろう。それに、鬼の事を考えなければ拠点というのは、襲撃者への対抗策としては順当なものと言える。特に、彼らは襲撃者がいることは知っていてもターゲットが誰なのかまでは知らないからな」


 守りを固め、襲撃してきたこちらを撃退してからチェックポイントに向かう。


 襲撃者の数が判明しているこの状況、道中の安全を考えるなら手堅い策と言える。


「……都合よくスリーマンセルの見張りが全員ターゲットだったら楽なのにな」


「そんな都合が良いこと起きる訳ないでしょ?隊長、どう攻めますか?」


 軽口を言った男に呆れたような視線を向けた後、俺に尋ねて来る副長。


「ターゲットが複数人いる以上、こちらの人数的に一度の襲撃で目標を達成することは不可能に近いな。だが、複数回襲撃すればターゲットが一人でない事は確実にバレる」


「バレたら何か問題がありますか?」


「複数ターゲットがいるとバレた場合、というよりも複数回襲撃をすることで相手は今よりも動きやすくなるだろうな。殺害出来ない以上、相手を無力化する手段に乏しいだろう?だから襲撃を繰り返せば、自分が誘拐のターゲットになっていない事に気付けるはずだ。そうなれば自由に動くことが出来る人材が増えてしまう。俺達はチェックポイントの到達を阻止するのが目的ではないが、相手がクリア条件を満たしやすくなるのは得策とは言えないだろう?」


 俺の言葉に四人が難しい表情で考え込む。


 改めてこの訓練の勝利条件の厄介さを認識したのだろう。


「護衛チームの数を減らせないのが厄介ですね。相手も当然ポーションはあるでしょうし……いっそのことターゲット以外も誘拐して縛って隠しておきますか?」


「その場合、見張りというか世話係が必要になるぞ?ただでさえこちらの方が人数が少ないのに、見張りにも人数を割かれると、肝心のターゲットの誘拐がおぼつかなくならないか?」


「全員で襲撃したとして、一度の襲撃で攫えるのはどう考えても二人が限度だ。四回成功させれば人数差なくなるが、こちらは戦闘が得意なメンバーと言っても、そこまで隔絶した実力差があるわけじゃない……複数回の襲撃を無傷で成功させられるとは思えないぞ?」


「となると……」


 四人が意見を出し合い、言葉にはせず意見が纏まったようにこちらを見る。


「持久戦だな。相手を発見出来た以上、無理に攻めることはせず監視を強化しておく。プレッシャーを与え相手を疲弊させることが出来れば、隙をついて一撃で仕留めることが可能だろう。懸念材料は……」


「鬼ですね」


 俺が言葉を切ると副官が続けた。


「あぁ。当然と言えば当然だが、鬼の動きだけは読めない。シャイナ様の事だから、平等に俺達を叩き潰すはず。だが、襲撃の回数が六回で俺達への襲撃は最初の一回以降ないってことは……」


「最初の一回でやり過ぎた……とかですかね?」


「もしくは、最初の襲撃で恐怖を叩き込んで、こちらの動きを制限しているか……だな。だが、前回俺達に姿を見せたって事は、いつこちらが襲われてもおかしくはない状況だ。この訓練に勝利するには……鬼の被害から逃げる必要がある」


 俺の言葉に、全員が今までで一番難しい表情になる。


「……見つかったらアウトですよね」


「いや、そもそも本気で探されたら絶対に見つかるだろ」


「……最悪、護衛チームの方に擦り付ける方法で行くしかないな」


「そ、そんな魔物みたいな対処法でいいんですか?」


 俺の言葉に副長が空笑いしながら言うが……正直それ以外に方法が思い当たらない。


 あれはもう天災のようなものだし。


「他に対処法があるなら採用するが?」


「……すみません、隊長の作戦で行きましょう」


 項垂れた副長に苦笑した俺は、四人を護衛チームの拠点へと案内した。


 さぁ、ここからは根競べだ。


 先に音を上げた方が……後運が悪い方が負ける。地獄の耐久勝負だ。


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