第420話 おしまい
View of リーナス エインヘリア外交官見習い 元ルモリア王国斥候部隊隊長
護衛チームを発見してから丸一日が経過した。
俺達はチームを二つに分けて遠巻きに彼らを監視していたが、その間鬼の襲撃は十二回。
擦り付けることが上手くいったとは言い難いが、今の所双方のチームに鬼による大きな被害は出ていなかった。
しかし……本当にぎりぎり出ていないといった有様は、自分達がやれているという思いよりも、シャイナ様の絶妙過ぎる手加減に戦々恐々とするのみといった感じだ。
そんな中、双方の陣営にそれなりの疲労が溜まっているが、その度合いはこちらよりも人数の多い向こうの方が高いように見える。
ただ、ここに及んで、未だ護衛チームがチェックポイントに向かう様子を見せないのが気になる。
もうそろそろ訓練開始から二日……俺達が護衛チームを発見する前にチェックポイントを通過している可能性はあるが……シャイナ様がそんな簡単に達成できる条件を設定するとは思えない。
精々一か所……今いる場所が一か所目のチェックポイントである可能性はあるが、二つ目以降まで到達しているということはないだろう。
それにも関わらず相手が動かないという事は……規定日数を森で過ごさなくてはならないという条件はあっても、制限時間はないと見るべきか……それとも二つ目のチェックポイントの開放が三日目以降なのか……。
人情的には、三日目以降にチェックポイントに行かなければならないのであれば、指定の場所に前乗りしたいと考えるのが自然だろう。
襲撃を警戒するなら、尚更動きは最小限にしたい筈。
しかし、現状護衛チームが動く様子はない。
相手も外交官見習いなだけあって、遠目からの監視程度ではこちらに情報は漏らしそうにないし……相手の動きから予測することしか出来ないが……向こうのチームに焦りは見えない以上、この状況は相手の狙い通りでもあると見るべきだ。
疲労はしていても予定通り……あまり良い状況ではないか。
俺がそんな風に状況判断をしつつ相手チームを監視していると、副長が近づいてくるのを感じた。
気配を殺して近づいてくれば戦闘になりかねない為、わざと察知させているのだろう。
「隊長、交代の時間です」
「……相手の動きどう見る?」
俺は護衛チームから視線を外さずに副長に問いかける。
「……そうですね、かなり落ち着いているようですし、今の所相手の狙い通りというところでしょうか?」
「持久戦か、それともチェックポイントに既に到着している事からの余裕か……どちらと見る?」
俺の問いかけに少しだけ副長は考えるそぶりを見せた後、護衛チームが野営している方に視線を飛ばしながら口を開く。
「恐らく一つないし二つ、チェックポイントに到着していると見て良いかと。持久戦を相手が望んでいたとしても、私達は監視しているだけで積極的に仕掛けていません。しかし、持久戦に持ち込むにしても、向こうは移動しなければならないので、守りを固めつつこちらの戦力を削りたいと考える筈です。その場合、こちらが仕掛けてこない今の状況は相手の狙い通りとは言えません。そんな中彼らの余裕は、不自然に見えます」
「……ふむ。相手も外交官見習いだからな、一筋縄ではいかないな」
「そうですね。警備のパターンも毎回変えていますし、こちらの反応からターゲットが誰なのか探ろうとしている感じもあります。勿論反応しないように厳命していますが……」
やはり外交官見習い同士だと考えが似通る上に、対応も読まれやすい。
相手を乱すには、組み立てられた思惑をほんの少しでいいから外す必要があるな。
「持久戦を狙っていたが、このままだと向こうのチームに利する形になりそうだな。ならば、相手の思惑に乗るか」
「ターゲットを取りに行くのですか?」
「いや、軽く当たって相手を削る感じだな。ターゲットがバレたらかなり面倒なことになりそうだ」
ターゲットがバレて一人でも厳重に守られた時点で、三人全員を誘拐しないといけないこちらとしてはアウトだ。
それならば、相手を疲弊させるために襲撃を繰り返したほうが隙を作ることが出来るだろう。
それに、相手のポーションがどの位残っているか分からないが、数を削っておかねば厄介だしな。
「こちらの情報を得るために、わざわざ少人数の見張りを立てて誘っているだろう?殺害が許可されていないからこその囮だが、逆にそれが分かっているこちらとしては手が出し辛い。このままだと相手の思惑通りに状況が推移する……そんな風に焦れてしまったら相手の思うつぼだ。だから余裕のあるこのタイミングで動く。鬼の出現とはずらして、一時間に一回全員で仕掛ける。持久戦の方針は変えず、こちらに被害が出ない立ち回りを基本とする」
「すぐに始めますか?」
「……鬼の出現は気になるが、動いた方が良いだろうな。全員を集めてくれ、俺はどの方面を攻めるか決めておく」
「了解」
チームを呼びに行った副長には視線を向けず、攻めるポイントを決めながら少しだけ別の事を考える。
この訓練の目的はなんなのだろうか?
襲撃チームと護衛チーム……襲撃者の目的が誘拐であるなら、そもそも誘拐すると言う情報が漏れないように動くのが普通だ。
相手に全力で警戒されるような状況にも拘らず不殺で誘拐をするというのは、かなり面倒が多い。
そして向こうは向こうで、自分達の護衛対象が分かっていないのもおかしい。
誰を守れば良いのか分からない以上、おおよそ護衛と呼べる動きが出来るとは思えないしな。
訓練としての前提がおかしい気がする。
……いや、俺達の仕事は任務の裏を考える事ではない。
与えられた任務をどんな状況であっても確実に遂行する。
そう考えれば、今回の不利な状況下での任務は、至って普通の事と言える。
外交官見習いとして動く際、俺達は下準備の段階で有利な状況を作る事に腐心する……それ故、達成困難と思えるような状況に遭遇することが無かった。
しかし、だからこそ……最近感じる事の無かった困難な状況に、途方に暮れているだけなのではないだろうか?
強くなったと思っていたが……相手が同格となった途端、打つ手がないと泣き言を言うとは、所詮仮初の力に過ぎなかったという事だ。
これは、言い訳のしようもないくらい……シャイナ様の言う通り慢心していたということだな。
そう結論付けると同時に、護衛チームの動きから襲撃のポイントを決めた俺は、チームが集まるのを待って突撃を敢行した。
襲撃を開始してから四時間、俺達は四回の襲撃を行い、少なくないダメージを護衛チームへと与えることに成功した。
対するこちらの被害は軽傷程度で、ポーションを使うような程の怪我を負った者はいない。
そして最大の懸念事項であった鬼の襲撃だが……そこそこのダメージで乗り越えることが出来ている。
まぁ、そちらでポーションは減ってしまったが。
しかし、これだけ襲撃をされているのに相手側は動く様子を見せない事から、間違いなく相手はこの場での持久戦狙いと見て良いだろう。
まぁ、少人数に分かれてのチェックポイント狙いなんてすれば、確実にこちらに利することになるからな。
至って普通のやり方だろう。
「ターゲットは全員確認できたか?」
「問題ありません」
「ターゲットの一人は俺が腕を折ったぜ?そのまま放置したから、次の襲撃でも自分がターゲットだとは気づいてない筈だ」
「俺はターゲットとは別の奴をそれなりに痛めつけた。次の襲撃時には復帰していたからポーションは消費させられたと見て良い」
報告を上げて来る声に頷きつつ、俺も口を開く。
「襲撃の際、関係ない奴一人に印をつけておいた。丁寧に隠しておいたが、多分勘の良い奴なら気付いてくれる筈だ」
というか、気付いてくれないと折角の仕掛けが無駄になるが、まぁ気づかれなかったとしても問題ない。
ちょっとした嫌がらせ程度の物だしな。
「さて、次の襲撃で決めるぞ」
「指示通り、ターゲットに気付かれない様に監視対象からは外していますが……大丈夫ですか?」
襲撃時や監視時に、ターゲットからは意識を外す様にチームには指示をしておいた。
勿論、あからさまにターゲットだけを意識から外す様に動けば逆に意識していることがバレるので、あくまでさりげなく予め決めておいた複数名を意識の外に追いやって貰っている。
そして逆に、俺は皆が意識の外に追いやっている連中を含めて、意識しているように見せている。
当然印をつけた相手は俺が意識から外している相手だが……相手はこちらの狙いを絞り切れない筈だ。
「問題ない。狙いを絞らせない様に小細工をして、見張りのローテーションを崩しておいた。誘導が上手くいけば、次の襲撃時にターゲットは固まって配置されているはずだ」
他にも襲撃時に細々とした嫌がらせをしておいたので、それなりに相手は苛立っているだろう。
「なら、仕掛けが上手くいくことを祈りましょう」
「上手くいかなくても次で決めるがな。次の鬼の襲撃……その直後に攻めるぞ」
「「了解」」
さて……鬼が出るか蛇が出るか……思わずそう心の中で呟いた俺は、鬼が出るのは確定事項だったと苦笑する。
そして約二時間後……相手の野営地で軽く暴れた鬼が引っ込んだ直後、俺達は防衛チームに突撃した。
俺の仕掛けが功を奏したのか、ターゲットは纏めて野営地の南方に配置されている。
鬼の襲撃の混乱から立ち直れていない絶好のチャンス。
全てがおあつらえ向きといったチャンスに、決して油断はせず……しかし大胆に襲いかかった。
南方に配置されていたのはスリーマンセルが二組……六人。
そのうちターゲットが三人……これ程の状況が今後ある筈もない。
そう考えたのは俺だけでなく、襲撃メンバー全員だろう。
出来過ぎた状況は罠である可能性もあるが……今まで全力でこちらの狙いを隠してきた中、ここまで完璧な餌を用意することが出来るはずもない。
森から飛び出し、野営地に向かって俺達は全力で走り……その背中を追いかけるように聞こえて来た笛の音に戦慄が走った。
「止まるな!」
仲間と……そして敵方にも動揺が走ったのを感じた俺は指示を飛ばす。
いや、半分以上悲鳴のような物だったかもしれないが。
訓練が始まって約三日……その間三十回近く聞いた笛の音は聞き間違えようがない……鬼出現の合図だ。
さっき襲撃が終わったばかりだと言うのに、もう次の襲撃?
イレギュラー?
いや、違う!
先程の襲撃は鬼が出る二時間の枠の終了ぎりぎり……そして今は既に次の二時間枠ってことか!
このタイミングで……?
くそっ!
運が悪いんじゃない……これは、シャイナ様に誘導されたんだ!
恐らくだが……訓練終了後、予め決めてあった鬼出現のタイムスケジュールが公開される筈。
訓練の裏の目的は……鬼というイレギュラーへの対処だ。
鬼という存在に対し天災として諦め、震えて我慢するのではなく、利用するか、対処するか……完全にランダムなものではなく、冷静に測ればパターンが読めていたのかもしれない。
今にして思えば最初の襲撃以降、明らかに鬼の脅威度は落ちた……あれは、鬼にも意図があるという事の証左ではないか!
それを感じていながらも、何故そうしたかまで考えが及ばなかった時点で不合格だということか。
その事に気付いた俺は、全力より更に一歩先の速度でターゲットへと接近する。
ここで一気にターゲットを確保して離脱すればまだ……。
「はい!目が覚めたらみんな十倍コースでーす!」
耳元で可愛らしい声の……鬼のささやきが聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます