第418話 さぁ、ゲームを始めよう



View of リーナス エインヘリア外交官見習い 元ルモリア王国斥候部隊隊長






「分かってはいたが、やはり無謀だったな」


 誰に向かって言った訳でもない台詞に、隣にいた副長が律儀に反応する。


「ぼやくだけ無駄ですよ、隊長。それで、どうしますか?」


 彼女はルモリア王国時代からの部下で、地獄と表現することさえ生ぬるいエインヘリアの訓練を共に乗り越え……きれずに毎度血反吐を吐いてのたうち回りながらも支え合った戦友だ。


 いや、彼女だけではない。


 この場にいる全ての者が、理不尽な何かに立ち向かう同志であり戦友だ。


 この者達とならば、どんな困難な任務であろうとやり遂げられる。


 そう、どんな困難な任務であろうとやり遂げられるが……この状況を覆す一手は思いつかなかった。


「誰か、案はあるか?」


「「ありません」」


 頼もしい同志たちから即答されると辛いものがあるが、もし俺が尋ねられる側だったとしても同じ返答をしただろう。


 俺達が今いるのは深めの森の中。


 降りしきる雨が俺達の発する音を掻き消してくれるが、同時に俺達に届くはずの周囲の音も掻き消してしまう。


 だが、一つだけ嬉しい材料を言うならば、一応俺達は襲撃者という事だ。


 雨と闇に乗じ、気付かれずにターゲットを誘拐することが出来れば目標達成となる。


 ターゲットはこの森のどこかに護衛と共にいる為、本来であればこうやって固まってじっとせず、散開して情報を集めるべきなのだが……今は時が悪かった。


 動くに動けず、されど動かなければ目標の達成は出来ず……そもそもどうしてこんな事態になってしまったのか、俺はほんの少し前の事を思い返す。






「今日は皆さんに殺し合いをしてもらいまーす」


 そんな物騒な台詞を晴れやかな笑顔で宣言するのは、エインヘリアの外交官であるシャイナ様。


 見た目は非常に愛らしい少女といった感じだが、この場にいる者がその姿に騙されることは絶対にない。


 なんせ彼女はエインヘリアの外交官。


 俺達のような見習いとは違う、本物の外交官なのだ。


 正直言って、シャイナ様の笑顔よりドラゴンが咆哮を上げる姿の方がまだ心穏やかに見られるだろう。


 そんなシャイナ様だが、実は非常に面倒見が良い方で、その訓練を受ければ一端以上の能力を身に着けることが出来る。


 化け物揃いの外交官の中で、一番親身になり、個人的にも色々と相談を聞いて貰えるそうで、見習い達の中でも一際人気の高い御仁でもあった。


 元々基礎教育を担当していたのは同じ外交官であるクーガー様だったのだが、ある時からシャイナ様が全般的に外交官見習いの面倒を見ることになったのだ。


 しかしやはりというか……そこは規格外揃いのエインヘリア重鎮。クーガー様の訓練は筆舌に尽くしがたき地獄といった有様だったが、シャイナ様の訓練も非常に苛酷で、全力を尽くし死力を経て……その上でぎりぎりクリア出来ないレベルで施される。


 あと一歩、あと一歩踏み出すことが出来ればクリア出来るという絶妙さは、本人以上にその能力と性格を把握しているという事。


 負けん気の強い者はシャイナ殿の想定を超えようと、真面目な者は期待に応えようと張り切る訳だ。


 まぁ、心の弱い者はぽっきり折れてしまうのだが……そのアフターケアもしっかりされており、脱落者が出ないこともその恐ろしいまでの手腕の一つと言えよう。


 そんな訓練でひたすら己を苛め抜いた俺達は、どんな任務でも成し遂げられるという自負がある。


 訓練に比べればどのような苛酷もピクニックのようなものだと。


 そしてだからこそ思う……この訓練、どうすれば無事終えることができるのだろうかと。


 言葉をなくした俺達を満足気に見たシャイナ様は、その雰囲気をガラッと変える。


「最近お前ら、ちょっと気合いが足りねぇんじゃねぇか?」


 一気にガラの悪くなったシャイナ様の言葉に、この場にいる外交官見習い達は誰も反応しない。


 しかし、その内心は穏やかなものではない。


 今日ここに集められた外交官見習いは、エインヘリアがまだ小国だった頃から見習いとして訓練を積んで来た者達が中心となっている。


 急激に勢力を拡大したエインヘリアは人材自体が若く、二年程度しか所属していない我々であっても古株なのだ。


 普段は各地に派遣されて任務にあたっている我々が一堂に集められて……こうして説教が始まったという事は、どう考えても無事では済まないだろう。


「訓練を乗り越えたお前達が実戦に投入されて、そろそろ仕事にも慣れてきた頃ってところか?仕事上、お前らが油断するとは思わねぇが……そう自戒していたとしても、何処か慢心があるんじゃねぇか?」


 慢心や油断……それがないとは言い切れないだろう。


 外交官見習いとして登用されている俺達は、元々斥候や密偵などを生業としていた者が殆どだ。


 元より任務はどれも命がけで、油断なんて出来るはずもない。


 しかし、全員が以前とは隔絶した実力を身に着けており、どこか自分達以上の存在はエインヘリアにしか存在しないと言う慢心が無いとは言い切れない。


 勿論、英雄という規格外が存在する以上、我々が手も足も出ないような相手はエインヘリア以外にも存在するとは理解している。


 しかし、そのことが分かっていながらも慢心してしまうのは……俺達の弱さ故なのだろう。


 そしてシャイナ様はそれを指摘している。


「自信を持つ事は悪くねぇ。だが、それがお前達の命を奪いかねないものならば、アタイがそれを綺麗に片付けてやるよ」


 そう言って、先程可愛らしい笑顔を浮かべていた人物と同一人物とは思えない程凶悪な笑みを浮かべる。


「じゃぁ、訓練について説明するぞー。一回しか言わないからよく聞けよー。今日の訓練はお前達を二チームに分けて行う。襲撃者チームと護衛チームだ。襲撃者チームの目的は護衛チームの中にいるターゲットを誘拐して指定ポイントまで連れて行くこと。護衛チームの目的は森で規定日数過ごした上でチェックポイントを全て通過すること。チェックポイントは護衛チーム全員で通過する必要はない。最低五人辿り着ければクリアしたことにしてやる」


 仕事の時と同様、内容については記録に残すことはない。


 故に、訓練内容……ルールについて、全身全霊を込めて聞いておかねば、後々とんでもない事になる可能性が非常に高い。


 ルールの落とし穴や抜け道……間違いなくそれらがあるはずなのだ。


 皆もそれが分かっており、緊張感をもってシャイナ様の言葉に耳を傾けているのが伝わって来る。


「それと、護衛チームには襲撃者が誰を狙っているのかは教えない。まぁ襲撃される中で自然と分かるとは思うけどな。それと襲撃者チームには、護衛チームが森に何日滞在するかは教えない、勿論チェックポイントの位置と数もな」


 目的だけを共有して一部の情報は伏せたままか……条件だけ聞けば襲撃者の方が圧倒的に有利だが……。


「今日ここにいるのは二十五人か……なら、襲撃者チーム七人、護衛チームは十八人だな。負けたチームはしごきを倍にしてやるから安心して負けろ」


 勝った時について何も言及しないのも恐ろしいが、負けるよりはマシだろう。


 絶対に負けられないな……。


「ルールについては以上だ。なんか聞きたい事はあるか?」


「「……」」


「よし、ならチームを分ける。ミーティングは森に向かう道すがらやんな。それと、最初に殺し合いっていったけどアレは冗談だからな?ほんとに仲間を殺したら、アタイが殺すから注意しろよ?九分の一殺しくらいまでにしとけー」


 物騒な事をさらっと言って、手早くチームを発表するシャイナ様。


 俺は襲撃者チームになったのだが……見習いの中でも戦闘力に自信のある者達が集められているようだな。


 森での活動なら、索敵や隠密に長けた者がいると助かったんだが……そういったものが得意な連中は皆護衛チームにいるようだ。


「じゃぁ、森に移動するぞー。あ、一つ言い忘れてたな。勝敗には関係ないからあまり気にしなくてもいいんだが……」


 そう言ってシャイナ様が告げてきた言葉に、俺達はこれ以上ない程の絶望を覚えた。


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