第417話 Round.5



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 こういった話に、自分が人一倍慣れていない事はよく理解しているつもりだ。


 間違いなく十五歳程年下のエファリアよりも劣っているだろう。


 しかしそんな私でも……サロンに入った瞬間、教会の女狐がフェルズに良からぬ感情を抱いている事が一目で分かった。


 ……いえ、この女狐がエインヘリアを訪問し、フェルズと会うと聞いた時から嫌な予感はあった。


 そしてなんとか仕事を片付けエインヘリアへとやってきたのだけど……案の定というかなんというか……。


 この女狐にもそんな感情があったのかと驚くところではあるけど、相手がフェルズであれば無理もない気もするわね。


 このフェルズという男は……狙っているのか無自覚なのか分からないけど、物凄くドキッとするようなことを平然と言う。


 更に恐ろしいのは、それが口先だけのものでなく、その行動で本心から言っているのだと納得させて来ることね。


 有言実行……しかもそのレベルが恐ろしく高いものだから、手に負えないというか、否が応にも惹きつけられるというか……まぁ、何にしても、この女狐が私とほど近い感情をフェルズに抱いている事は間違いないわね。


 その感情を許さないと言う程狭量ではないけど、面白くないのは事実。


 そして、恐らくそれは向こうも同じね。


 この毒々しいまでの濃い緑色をしたお茶が良い証拠だろう。


 どうやったら舌が痺れる程苦いお茶を入れられるのか……しかも笑顔で。


 ほんっとコイツは性格が悪いと思う。


 そのくせ外面を取り繕う能力が高く、ぱっとみ慈悲深く清廉で楚々とした印象を相手に抱かせるのだから、まさに女狐というのが相応しい人物ね。


 フェルズは騙されないと思うけど……大丈夫よね?


「随分と長い事エインヘリアにいるみたいだが、聖地の方は良いのか?」


「御心配頂きありがとうございます、皇帝陛下。ですが、現在聖地周辺を色々と掃除している最中でして」


 私の軽い嫌味に平然と応える女狐。


「掃除……?何かあったのか?」


「いえ、大したことではありません。暫く泳がせておいた魚を収穫するついでに、周辺国の犯罪組織を潰す……いえ、潰してもらうことにしただけです」


「なるほど。エインヘリアが北方で動いていると。そういえば、この前ディアルドが北方から流れて来たゴミの処理をしていたな。その流れか?」


 私がフェルズの方を見ながら尋ねると、ショートケーキを食べ終えてそこはかとなく満足そうにしていたフェルズが頷く。


「北方には教会が主導して魔力収集装置を設置していく予定だからな。礼代わりに掃除を代行してやった。商協連盟並みに綺麗になったぞ」


「商協連盟……?それはまた随分と大掛かりな掃除だったようだな」


 元商協連盟が支配していた地域では金を持つ者が絶大な力を持つことから、多くの非合法組織が幅をきかせていた。


 その力は表の権力者の集まりである議会……その中でも最高位の力を持つ執行役員のトップにほど近い位置に、犯罪組織の人間が居座っていたことからも分かる。


 そして、そこにエインヘリアが乗り込み、あっという間に表も裏も掌握してしまった事も……。


 それと同じことが北方でも起きているという事は……魔力収集装置を設置するよりも早く、エインヘリアは北方での裏の立場を確立しているという事。


 そして表は教会が魔力収集装置を使って平和的に支配すると言う訳ね。


 帝国としては、エインヘリアに南北を取られ抑えつけられる形にはなるけど……少なくとも当面は問題ないわね。


 将来的には問題が起こるかも知れないけど……それを避けるためには、やはりフェルズ……エインヘリアとの血の繋がりが必要不可欠じゃないかしら……?


 そんなことを考えていると、冷めた目でこちらを見ている女狐が目に入る。


「フェルズ様にはフェイルナーゼン神教の教義に賛同して頂いたのみならず、多くの民を苦しめていた犯罪組織の対処をしていただき、なんとお礼を言えば良いのか」


「くくっ……気にする必要はない。知っての通り、魔力収集装置の設置は最優先で行わなければならない事だ。北方でその指揮を執るのはフェイルナーゼン神教となる。俺達が教会の手助けをすることは当然と言えよう」


 そう言いながら、女狐に向かって笑いかけるフェルズ。


 対する女狐は……なんかうっとりした表情でフェルズの事を見た後、私に向かって挑発的な視線を向けて来る。


 何故かその視線は、お前にはこの会話の本当の意味は分からないだろう?と言っているように見えた。


 イラっとした私は、女狐の事は極力視界に入れない様にしながらフェルズに話しかける。


「魔力収集装置と言えば、帝国内でも設置がかなり進んでいるな。大都市や北と南東の国境沿いには転移機能付きの、そして中規模都市以下には簡易版の魔力収集装置が」


「あぁ、作業自体は順調に進んでいるが、やはり人手不足でな。技術者を増やすことが出来れば話は早いのだが、中々難しくてな」


「我が国の魔導技師達では習得不可能だったしな」


「帝国に限らず、人族ではやはり魔力操作や感知といった点で難しいようだからな」


 フェルズが表情を難しいものにしながら言う。


 魔力収集装置を設置する技術者不足は、エインヘリアにとって頭の痛い問題なのだろう。


 なんとか手伝えることが無いかと、色々とディアルド爺や宰相であるキルロイ達と考えた事はあるが、現状良い手は見つかっていない。


「そういえば、ゼウロンはどうしていますか?」


 女狐がふと思い出したと言うような表情を見せながら、フェルズに問う。


 あざとい……。


 少しでも若く見せようとしているのか、人差し指を顎に軽く当てつつ小首をかしげるポーズは……お前そんなキャラじゃないだろうとお茶をかけてやりたくなるほど小憎たらしい。


 そのまま指と首が折れてしまえばいいと思う。


 それはさておき、ゼウロンとは……確か枢機卿の名前だったかしら?


 何故女狐がその名前を出したのかは分からないけど……枢機卿の中でも一番外に出てこない人だし。


「あぁ、開発部で色々と技術交流をしているようだな。寝る暇も惜しんでドワーフ達と物作りに励んでいるらしい。だが、やはり魔力操作については上手くいっていないらしく、報告では魔力収集装置の設置は無理だろうとのことだ」


「ゼウロンでも無理なのですか……」


 どうやらゼウロンという枢機卿は技術者のようだ。


 道理であまり表に出てこない筈ね。


 でも教会内部に研究者を……しかも枢機卿という立場で囲っているなんて、何を研究させていたのかしら?


 そんなことを考え、一瞬会話に参加しなかったのがマズかったのか、女狐がさらに言葉を重ねてしまう。


「フェルズ様。御存知とは思いますが、北方には少なくない数の魔族の方々が暮らしております。彼らがエインヘリアに移住することを許可して頂けないでしょうか?」


「魔族か……」


「はい。彼らは妖精族よりも狂化しやすく、今この瞬間も狂化の恐怖に怯えております。聖地に魔力収集装置を設置することは既に決まっておりますが、それ以外の北方の地ではまず交渉からとなっており、彼らの不安を払拭するにはかなりの時間を有します。可能であれば、希望する者達をエインヘリアへと移住させてあげたいのです」


「ふむ。俺としては構わん。というよりも積極的に移住して貰えると嬉しいが、国として、民が他国へと移住してしまうのは認められないのではないか?」


 確かにフェルズの言う通り、国民を他所の国に移住させたいと言って良い顔をする国はいないだろう。


 ただしそれは普通の民であればの話ね。


 帝国には魔族は住んでいないけど、女狐の話から察するに……。


「いえ、突然狂化するというリスクがある以上、国は魔族の存在を持て余しております。魔族を救済する手段があると言えば、各国は喜んで彼らを送り出してくれる筈です」


「なるほど。であれば、我等は拒むつもりはない。犯罪者であっても受け入れると約束しよう。勿論、法に照らし合わせ適切な刑罰を与えるがな?移住したからと言って恩赦を与えるような真似はしない」


「十分でございます。それと、魔族の方々は魔力の扱いに長けております。もしかしたら魔力収集装置の設置技術を習得できるやもしれません」


 しまった!


 この女狐、だからこの場で魔族の話を突然……!


「ほう?それは興味深いな。ゴブリンやハーピー達は魔力の扱いは問題なかったが、技術的に難しくてな。スプリガンはモノづくりよりも商売が好きで、性格的に技術者としては不向きだし……魔族が技術を覚えてくれるとありがたいな」


 フェルズが機嫌良さげにそう言うと、女狐が嬉しそうに頷く。


「魔族の方々は魔導具を作る仕事に従事している方も少なくありませんし、恐らくフェルズ様のご希望に応えられると愚考いたします」


「それは頼もしいな。是非我が国に来て貰いたいものだ。いや、勿論技術者でなくても受け入れるが、今は技術者が喉から手が出るほど欲しいからな」


「ふふっ、心得ております。早急に魔族の方々に声をかけるようにしましょう。急ぎ魔力収集装置とは別件で各国に知らせを出しておきます」


「狂化の事もある、可能な限り急いで動くべきだな。分かった、魔力収集装置の件とは別に動いてくれ。こちらの受け入れは何時でも、そしてどれだけの人数が居ても可能だ。狂化していても構わん。寝かせるなりなんなりしておけば、治療はこちらで責任をもって請け負おう」


「畏まりました……フェルズ様」


 フェルズの言葉に再び陶酔するような表情になった女狐が、口元を押さえるように手を動かす。


 くっ……二人の会話に口を挟む隙が無かった。


 私が内心臍を噛んでいると、フェルズが私達から視線を外し、メイドに向かっていくつか指示を出す。


 どうやら参謀に今の件を伝えるように伝言を頼んでいるようだが……フェルズの視線が私達から離れた瞬間、女狐がめちゃくちゃ勝ち誇った笑顔で私の事を睥睨してくる。


 こ、こいつ……元から気に食わない女だったけど、ここに来ていけ好かないどころか殺意さえ覚えるくらい腹立たしいんだけど……?


 コイツが聖地に戻ったらリズバーンでも送り込んで、聖地ごと吹き飛ばそうかしら?


 ニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべながらお茶を飲む女狐の顔面に、手あたり次第に硬いものを叩き込みたい気持ちを抑え込みつつ、私はゆっくりとお茶を飲み……渋すぎる!!


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