第416話 何の変哲もないお茶会の始まり
「フェルズ様、こちら西方で見つけたお茶です。少し苦みがあるのですが、これがエインヘリアの甘いお菓子と非常によく合うのです」
クルーエルが淹れてくれたお茶とどら焼きが並べておかれる。
お茶は……どうやら緑茶のようだ。
エインヘリアにも緑茶はあるけど、この世界の緑茶というのは初めて見たな。
西方で見つけたってことは、商協連盟で取り扱っていたのかもな。
「ふむ、それは興味深いな。しかし、クルーエルは自分で茶を入れるのだな」
俺がそう言うと、クルーエルは笑みを見せながら頷く。
「はい。私は今でこそ教皇という立場ではありますが、数年前までは教皇付きの助司祭として先代教皇の身の回りのお世話をしておりましたので。身の回りの事は大抵一人で出来ますよ」
「なるほど、教皇という立場のイメージからすれば不思議な感じがするが、それがフェイルナーゼン神教の教皇だと違和感が無くなるな」
「どういう意味でしょうか?」
首を傾げながら、お茶の準備を終えたクルーエルが俺の向かい側に座り、俺はそれを待ってから口を開いた。
「信徒一千万人を持つフェイルナーゼン神教のトップ。本人の意思とは関係なく、その権力は小国の王を遥かに超えるものだ。そんな存在が自らの身の回りのことを自分で全てやれると言うのは、まぁあまり普通ではない。だが、それと同時に、フェイルナーゼン神教の教義を考えれば、民に傅かれるのではなく、自分で自分の世話をするというのは自然に思えるということだ」
「……そういう事でしたか」
俺が口元を歪ませながら言うと、一瞬口元を手でふさぐような動きを見せた後、にっこりとクルーエルは笑みを浮かべお茶を一口飲む。
クルーエルのこの動作はよく見るので、恐らく彼女の癖なのだろう。
そんなことを考えつつお茶を一口飲んで……なんとなく、緑茶はティーカップで飲むより湯のみで飲みたいと考える。
エインヘリアには普通に湯のみもあるし使っても良いのだけど、今回お茶を用意してくれたのはクルーエルだからな。
「クルーエルはこの茶が気に入ったのか?」
「えぇ、普段飲んでいる紅茶よりも好きですね」
「ふむ、ならばうちのメイドにこの茶……緑茶の淹れ方を教えてもらうと良い」
「淹れ方ですか?」
「あぁ、クルーエルの淹れてくれた茶も美味いが、緑茶には緑茶の淹れ方があるからな。俺も普段からよく飲むから、メイド達であれば良い淹れ方を知っている筈だ」
「そうだったのですね……中途半端なものをお出ししてしまって……」
「いや、クルーエルが俺のために淹れてくれたのだ。不満などないし、中途半端だとも思っていない。茶において一番大事なのは淹れる者の心というしな」
「……っ」
俺がそう言って感謝を伝えると、再び口元に手をやったクルーエルが俯く。
……舌噛んだ?
ちょっと心配になった俺は声をかけようとしたのだが、それよりも一瞬早く本日のもう一人のゲストがサロンへとやって来た。
「すまない、少し遅くなった」
「いや、丁度始めたところだ」
サロンに入ってきたのは帝国皇帝のフィリア。
先日俺宛に連絡があり、近い内にクルーエルを交えて話がしたいと打診があったのだ。
教会の教皇を交えて三人で会うのならば公的な会談でなくて良いのか確認したが、元々フィリアとクルーエルは知人という事らしく、あくまで知人として会いたいとのことだった。
「教皇は、ぼーっとしてどうしたのかな?」
「……おや、皇帝陛下いらしていたのですね」
私人として、って話だったのに二人とも普通に役職で呼び合っているな。
フィリアがクルーエルに話しかけながら開いている席に座ると、クルーエルは入れ替わるように立ち上がり、お茶の準備を始める。
「教皇が茶を……?」
「あぁ、西方を視察した時に気に入った茶があったらしくてな。手ずから淹れてくれたのだ」
「……へぇ」
お茶の用意をするクルーエルを、妙に迫力のある目で見ているフィリア。
毒とか入れたりしないと思うよ?
「どうぞ、皇帝陛下。お口に合えば良いのですが」
「教皇自ら茶を入れてくれるとは、光栄だな。ありがたく頂戴いたそう」
そう言って、何故か挑むような笑みを浮かべつつフィリアが茶を飲んで……一瞬顔を顰めたか?
「……変わった味の茶だな」
「お口に合いませんでしたか?」
「……いや、随分としぶ……苦みが強い茶だと思ってな」
「こちらのお菓子を食べると丁度良いですよ」
クルーエルがにこやかにそう言って、フィリアにどら焼きを差し出す。
クルーエルはあんこ系というか、和菓子系のお菓子が好みのようだ。
緑茶と言い……中々趣味が渋い。
そんなことを考えつつ、俺は自分の前に置かれたお茶に手を伸ばし……フィリアがソーサーに戻したティーカップの中身が目に入る。
……気のせいか、妙に色が濃いような……角度の問題か?
「しかし、フィリア。わざわざ連絡を寄越すから何かと思ったが、何かあったのか?」
「……いや、何かがあったと言うか、何か起こっていないかと思ってな」
「どういうことだ?」
「いや、フェルズが気にするような事ではない。そうそう、土産を持って来たんだ。以前レシピを教えてもらったものだが、うちの料理人が作った物だ」
フィリアの台詞に続いて、メイドの子達が俺達の前にお皿を置いていく。
「イチゴのショートケーキか」
「あぁ。イチゴや小麦はアプルソン領で採れたものだ。中々上手く出来ていると思うが、フェルズに味見してもらいたくてな」
「なるほどな。見た目は文句なしだと思うが……」
そう言いながら、俺はケーキにフォークを入れる。
想像した通りの柔らかさで一口サイズに切れたケーキを、口へと運ぶ。
柔らかい甘みが口に広がり、クリームが口の中で溶けてゆく。
「……これは」
俺と同じくケーキを口にしたクルーエルが目を真ん丸にして驚いている。
「……美味いな。うちのケーキと遜色ないのではないか?」
「そうか。いや、うちの料理人達が随分頑張ってくれてな。ようやく私にも食べさせてくれたので、今回は礼を兼ねて土産とさせてもらった」
「ルフェロン聖王国はシュークリーム、スラージアン帝国はショートケーキか。そう言えばパールディア皇国はプリンだったかな?色々と研究してくれているようで何よりだ」
「エインヘリアの食事はどれも美味だが、菓子の類は我々のそれとは次元が違うからな。今度は、教えて貰ったレシピを発展させたものを持ってきたいものだが……」
「くくっ……それは楽しみだ」
俺の言葉に、不敵な笑みを浮かべつつフィリアが頷く。
まぁ、作るのはフィリアじゃなくって料理人だと思うけど……まぁそれは言わない御約束だ。
「エインヘリアのお料理のレシピを、各国に教えているのですか?」
やや難しい顔をしながらケーキを味わっていたクルーエルが尋ねて来る。
「あぁ。教えた料理を自分達で発展させることが条件だがな」
恐らくこの条件を出さなくても、各々の国で料理人が色々と試行錯誤して発展させるとは思うけど……一応ね。
「……それは、私達でも?」
「あぁ。勿論構わない。何のレシピが欲しいんだ?」
「……では、このどら焼きのレシピを」
「分かった。用意させよう」
俺が直接言わなくても、部屋の隅で待機しているメイドの子が準備してくれるだろう。
使節団の中に料理人がいるかどうか知らないけど、いなければ誰か聖地から呼んだ方がいいかもね。
そんな風に、まずはお茶菓子の話題から……俺達のお茶会は始まった。
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