第415話 土いじり子爵の優雅な一日・終
View of ヘルミナーデ=アプルソン スラージアン帝国子爵
「ぬわぁんで貴方が講師になっているんですの!」
わたくしは取れたてのトウモロコシを両手に抱え、いい笑顔で空を見上げているセイバスに向かって泥の塊を投げつけつつ叫びます。
しかしセイバスは慌てることなく、泥の細かな飛沫でさえも大きく避けて躱し、嘘くさい笑顔を消し普段通りの表情でこちらを見ながら口を開きました。
「避けやすい石ではなく泥を選び、肉体的なダメージよりも精神的なダメージを優先する陰湿さ、流石はお嬢様です」
「主人を主人とも思わぬ言動を繰り返す貴方には負けますわ!それよりもどういうことですの!」
セイバスの抱えているトウモロコシを受け取り、籠に入れつつわたくしが尋ねると、セイバスは地面に残された種をしっかりと回収しながら答えます。
「どう……とはどういう事でしょうか?」
「真顔で聞き返されたことに戦慄を覚えますわ……」
セイバスがテキパキと収穫したトウモロコシを受け取り、丁寧に籠の中に並べ一つの籠に二十個のトウモロコシが入ったら畑の外に運び出し、新しい籠を手にセイバスの元へと戻ります。
「もう一度聞きますわ。何故、領地の管理を任せているアプルソン家の執事である貴方が、エインヘリアで帝国式礼儀作法の講師をやっているんですの!?」
「あぁ、その事ですか」
さも初めて聞いたみたいな顔でセイバスは言っていますが……わたくし一番始めにそう尋ねましたわよね!?
「それは当然……べらぼうにお給金が良かったからですが?」
「……」
「最近は魔力収集装置のおかげで帝都にも一瞬でいけますし、行く機会も増えましたからね。何かと入用になることが多いのですよ」
「……そ、それは……」
確かにセイバスはわたくしと共に帝都に……そして帝城に行く機会が少なくありませんわ。
失礼のないように身だしなみを整えるのは当然。服だけでなく装飾品や香水、髪や爪等もしっかりと手入れして登城せねばなりません。
当然そういった物にはお金がかかりますし、お金をかけねば恥となります。
わたくしは今まで領地から出ることなく畑仕事をして過ごしていた為、そういったことに疎かったのですが、セイバスに窘められ気を付けるようにしておりました。
ですが、自分の事ばかりでセイバスの方にまで気が回っておりませんでしたわ!
しかし、セイバスは帝都やエインヘリアに行くときも、身だしなみに隙はありませんでした……それはつまり、身銭を切ってなんとか整えていたという事。
くっ……執事に金銭的な苦労を掛けるなんて、主人として失格ですわ!
「申し訳……」
「いえ、この前もエインヘリアに行った時にですね?ドワーフ製のクッションで面白いものが売っていまして……座ると変な音が鳴るのです」
「何処にお金をかけているんですの!と言いますか、それって貴方が先日わたくしの椅子に仕込んだクッションですわね?」
あの時はめちゃくちゃびっくりしましたし、それ以上に滅茶苦茶恥ずかしかったですわ!
淑女の椅子に、この執事はなんつーもんを仕込んでいるんですの!
「因みに、お値段なんと金貨一枚」
「真っ二つにしてしまいましたわ!?」
ききき、金貨一枚!?
銀貨ではなく金貨!?
とてもお下品な音を鳴らしたクッションを、両手で引きちぎってしまいましたわよ!?
わたくしは新しい籠にトウモロコシを並べながらわなわなと震えます。
「流石ドワーフ製品ですね。高い技術力にそれに見合った金額」
「その高い技術力と金額で完成したのがあのジョークグッズですの!?とんでもねー無駄遣いですわ!」
作る方も買う方もですわ!
「私としては大変満足といった出来でしたが」
「金貨一枚が真っ二つになったんですのよ!?」
「真っ二つにしたのはお嬢様です」
「うぐっ!?」
金貨……金貨が真っ二つ……金貨があれば、アプルソン領の物価なら数か月は暮らせるのですよ……?
それがクッション一個で真っ二つ……。
わたくしはショックで呆然自失となりながらも、次の籠を持ってきてトウモロコシを詰めていきます。
「アプルソン領も随分とお金が増えてきて、それに伴い私達が各地で色々と仕入れたものを皆さん購入していますし、流石に数か月を金貨一枚ってことはないと思いますがね」
さも当然の如くわたくしの考えを読みながらそれに返答するセイバスですが、あまりの衝撃にそれにツッコむ元気すらありませんわ。
「それにしたってクッション一つで金貨一枚は高すぎですわ……」
「それだけエインヘリアという国は余裕があるという事ですね。それに私としては、金貨一枚以上の価値があったと満足できておりますので」
「……正気ですの?」
「えぇ。ですが、そう言った楽しみのおかげで少々懐が心もとないのも事実。そういうわけで副業に手を出してみた訳です」
「懐が寒くなった理由に納得がいきませんし、そもそも子爵家の執事が副業をすることがおかしいですし、その副業に他国の国家プロジェクトを選ぶところはどうかしているとしか思えませんわ」
「気恥ずかしいですね」
丁寧にトウモロコシの種を拾い、専用の入れ物に丁重に収めながら言うセイバスに半眼を向けます。
「思いっきり恥ですわ!」
最後のトウモロコシを籠に入れたわたくしは、セイバスと共に畑を後にします。
セイバスはその道すがら、同じようにトウモロコシの収穫をしていた領民の皆さんから、回収した種を受け取り、いくつか指示を出してから私の後ろにつきました。
「わたくしと貴方が二人揃って領地を開けるのは問題があるでしょう?」
「確かに問題がないとは申しませんが、私が見ていないところでお嬢様がとんでもない事をしていないかと領民の皆さんがおっしゃるので」
「本当ですの!?」
領民の皆さんはわたくしのことをどう思っていますの!?
「えぇ、皆さんの目が私にそう訴えておりました」
「それ絶対勘違いですわ!」
どうせあれですわ!
畑仕事中の世間話で、ヘルミナーデ様はどうされていますかねぇ?的な話題に出たとかその程度ですわ!
「私を含めて領民一同。お嬢様の事をとても心配しており、会えない時間を寂しく思っているのですよ」
「会えない時間って……毎日領地に戻って、こうして畑作業にも参加しているではありませんか」
「そうでしたか?」
「貴方が一番よく知っているでしょう!?」
っていうか領民の皆さんとも普通に毎日挨拶していますわ!
「わたくしが留学生としてエインヘリアで研鑽を積んでいる間も、アプルソン領の農業はしっかりと管理していかねばなりません。その為にもセイバス、貴方は領地でしっかりと仕事をして貰わねば困りますわ」
「それはご命令でしょうか?」
「……そうですわね。アプルソン家当主として、貴方まで領地を離れることは認められません。給金については、収入も増えておりますし少し見直すこととします」
「なるほど。私の自由は認められないと……そういうことですね?」
微妙に棘のある雰囲気……などは一切なく、ただ確認するように尋ねて来るセイバスに若干の罪悪感を覚えます。
普通の貴族家と違い、アプルソン家は子爵とは名ばかりの非常に小さな家です。
その家人であるセイバスは家族も同然……いえ、領民の皆さん全てが家族同然の存在です。
そんな相手に命令をするということに、物凄く後ろめたさを覚えます。
それに、わたくしは留学生としてエインヘリアで多くの事を学んでおり、それを非常に楽しんでいるというのも後ろめたさを擽る要因にもなっております。
「……そうですわね」
「分かりました。このセイバス、お嬢様がそうおっしゃるのであれば、非常勤講師としてお嬢様の礼儀作法の講義を落第とさせていただきましょう」
「……なんですって?」
「当然でしょう。権力をかさに着て教師を脅す。礼儀作法のれの字もない所業と言えませんか?」
キリっとした表情でそう言うセイバスの顔をまじまじと見てしまいます。
「……それはまぁ、そうですが……え?」
わたくしも命令をしたくて命令した訳ではないのですが……いえ、それもただの言い訳ですわね……ですが……何かこう……あら?
この執事、わたくしの命令を聞く気ゼロじゃありませんこと?
「そもそも、私が講師として教壇に立つ事は、帝国とエインヘリアで交わした約定によるもの。子爵如きが口を挟めるとお思いですか?」
「……」
「それと、先程も申し上げましたが、私は非常勤講師ですので、週に三度、それぞれ九十分ずつ講義を行うだけです。まぁ準備等もありますので二時間半程は領地を離れることになるとは思いますが、何かあればすぐに学校に連絡があるようになっておりますし、ある程度はグッテさん達でも対処可能なくらいには皆さん作業を熟知しておられます」
「……」
「農場拡大の話も出ておりますし、そろそろ私達が居なくても問題なく作業出来るようになっていただかなくては、今後の計画にも支障が出ます。それもあってお嬢様の留学という話になった筈ですよ?お忘れですか?」
「……」
「何か言いたい事はございますか?」
「……とりあえず、子爵如きとかのたまう者に礼儀作法を教える資格はありませんわ!!」
道に撒かれた砂利石を掴みセイバス目掛けて思いっきり投げつけました。
後、貴族の権力云々と言っていますが……教師としての権力をぶん回しているではありませんか!
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