閑章

第413話 歴史に残る戦い



View of サガス=モルアレン 元ヤギン王国貴族






 私は館に集まるヤギン王国を長年支え続けた同胞達の顔を見渡す。


 その様子は正に意気軒高というに相応しく、その誰もが貴族としての誇りとヤギン王国への忠誠に満ち溢れた表情を見せていた。


「侯爵閣下!ついにこの時が来ましたな!」


「うむ。この場にいない者達にも檄文は届いている頃だろう。本日より一ヵ月をかけて王都まで進軍……その進軍ルートを治める者達も合流する手筈となっている。王都に到着するころには十万近い規模の軍になっている筈だ」


 私はワインを片手に興奮した様子で話しかけて来る……確か伯爵だったか?に力強い笑みを見せながら言う。


 本日は我等の手に……ヤギン王国を正しき指導者たちの手に取り戻す為の決起会。


 悪辣な侵略者たちを討ち滅ぼし、在りし日のヤギン王国を取り戻すのだ!


「十万ですか……侯爵閣下の玉体を御守りするには、少しばかり数が足りぬように思いますが……」


「これ以上を集めるとなると時間が足りぬ。進軍ルートにある街や村で戦えるものは全て徴兵する。それと各貴族達の私兵を合わせて十万という試算だ」


「なるほど。民に武器を与え戦わせることで、この聖戦に参加したという誇りを与えてやるのですな。流石は侯爵閣下!慈愛に満ちておられる!」


「ふっ……当然であろう?下賤の者共とは言えヤギン王国に住まう事に違いはない。命を懸けて侵略者共と戦いたかっただろうが、我々にはそれが許されなかったからな」


 ヤギン王国の中枢がエインヘリアに乗っ取られた時、地方領主である我々はその事に気付けなかった。


 更に地方領主の中でもエインヘリアに迎合する者が少なからず存在し、我々憂国の士は身動きを取ることが出来ない状況に陥ったのだ。


 苦汁を舐めつつ雌伏の時を過ごし、私はひそかに同志を集めていった。


 エインヘリアにバレずに人を集めるのには苦労はしたが、その苦労が遂に実り我々は結集することが出来た。


 いや、エインヘリアに占領されてすぐ武装蜂起した者達もいたが、我々はそのような短絡的な行動にはでなかった。


 アレはまだエインヘリアが最大限警戒している時期……あんなときに武装蜂起した所ですぐに鎮圧されるに決まっている。


 もっと計画をしっかり練って、スマートにそして大胆に動かなければいけなかったのだ……あのような蛮勇で国を取り戻せるはずがない。


 案の定蜂起した者共は一瞬で蹴散らされ、その多くが王太子や大臣達と共に処刑された。


 まぁ、馬鹿どもを処理してくれた点だけは、エインヘリアを褒めてやっても良いだろう。


 特に王族。


 先代の王は傲慢で、我々がどれだけ忠言しようとも耳を貸さず政治を取り仕切っていた。


 まぁ、なまじ能力があったこともあり、それなりに国は上手く回っていたが……その息子である王太子は無能以外の何ものでもなかった。


 いや、ワンマンの王に流され、自分達で判断すると言う能力を失っていた宮廷貴族共や大臣どもも似たり寄ったりだったがな。


 自分達で判断した結果、その一歩目で盛大に転び……国ごと崩壊させたのだから、馬鹿は本当に害悪でしかない。


 エインヘリアの発表を信じるならば、王太子や大臣共が共謀して王を殺し、エインヘリアやその他エインヘリアに付き従う国に策略を仕掛け、蛮族諸共返り討ちにあったという事だ。


 正直に言えば、この発表はかなり信憑性が高いように思える。


 あの馬鹿どもならやりかねん……だが、その馬鹿どものせいで我々が割を食うのは納得がいかぬ。


 由緒正しきヤギン王国が滅び、我々は貴族位をはく奪……代官如きに貶められたのだ。


 納得なぞ出来るはずもない!


「いっそのこと、街全体を徴兵してしまえば良いのではないですかな?女子供でも盾代わりくらいにはなるでしょう?」


「私もそれを考えたのだがな、食料の事を考えると中々厳しいのだよ」


「一月程度なら多少飢えさせても良いのでは?」


「いや、飢えとは恐ろしいものだぞ?我々貴族に比べ奴等数だけは多い。行軍中に我々の食料を狙って襲いかかられては面倒だろう?」


「むむ……下賤の者は本能で行動するそうですし、侯爵閣下のおっしゃる通り、食欲に支配され、我々高貴なるものに襲い掛かるということもあるかもしれませんな」


 道理を知らぬとは恐ろしいものだ。


 だが、そのような愚昧な連中でも使い道はある。


「だから、街全体を徴兵するのは王都までの距離を詰めてからだ。王都周辺の村や街は一人残らず徴兵する」


「なるほど!実に合理的なやりかたですな!」


「侯爵閣下は戦略や戦術にも明るいのですな!ヤギン王国の未来は明るいですぞ!」


 私と伯爵の話を聞いていた他の者達も、熱気を帯びながら叫ぶ。


 雰囲気に酔っている者もいるだろうが、ここに集まった者達の力があれば王都を奪還し、ヤギン王国を取り戻すことも容易いだろう。


「侯爵閣下……一つだけ懸念があるのですが」


 そんな熱気を覚ます様に難しい顔をしながら言うのは、私が仕込んだ子飼いの子爵だ。


「なにかね?」


「王族の事です。先王の血筋は既に途絶え、以前先走った者達による反乱で公爵家も途絶えました。正当な血筋は既に絶えてしまったのでは……?」


 子爵の言葉にざわめきが生じ、幾人かの貴族が苦い顔になる。


「なるほど、正当なる王族の血か……確かに王位継承権を持っていた者は今や一人も残っておらぬ。だが、継承権こそ持っておらぬが、私も王族の血を引いている。我が祖母は四代前の王妹であらせられるからな」


「なんと!」


「おぉ……ヤギン王国の希望は潰えていなかったのか」


「侯爵閣下が王族の血を引いておられたとは……まさに我等の盟主に相応しい……」


 先程とは若干趣の異なるざわめきが生じ、私を湛える言葉が聞こえて来る。


 勿論、この中には私が王族の血を引いている事をあらかじめ知っている者達もいるが、この場にて正当なる血統であることを宣言することにこそ意味があるのだ。


 これで私はヤギン王国解放軍において名実ともに旗頭となり、王国解放の暁には王として即位することになる。


 ヤギン王国のあるべき姿……そして栄光への道は既に見えた。


 後は侵略者共を我が国から追い出すだけだ。


 勿論、エインヘリアという国は新興ながらも大国と呼ばれるに相応しいだけの国力を持っている事は十分理解している。


 この一撃でエインヘリアを叩きだすことに成功したとしても、軍備を整えたエインヘリアが再びヤギン王国を攻めてくれば、流石に守りきるのは厳しい。


 だが、エインヘリアはその性質上、多くの貴族に恨まれている。


 占領下に置いた国々で歴史ある我々貴族という地位を廃し、傍若無人に振舞うやり方を納得して受け入れている貴族は一人もいない。


 ただ、その軍事力や国力を恐れて従っているに過ぎないのだ。


 だからこそ、我等が反旗を翻すことに意味がある。


 我等がエインヘリアの現体制に反旗を翻し、国を取り戻し貴族制を復活させることは、エインヘリアの根幹を揺るがしかねない衝撃を与える事となる。


 当然、エインヘリアは我々を認めずに襲い掛かって来るだろうが……我々の行動に触発されたエインヘリアに虐げられる貴族達が蜂起するのは、時間の問題となろう。


 我々はその時が来るまでじっと耐えればよい……ただそれだけだ。


「我々は我々の国を正統な持ち主の元へ戻す。この戦いは苦難に満ちたものとなるだろう、だがこの戦いはヤギン王国の為だけではない。エインヘリアに虐げられし高貴なる血筋の者全てを救う為の聖戦なのだ!我等に呼応し立ち上がるであろうまだ見ぬ同志たちの為に、我々が先鋒となり悪を打ち払う刃となる!」


 私の檄に喊声があがる。


 この会議室にいるのは数十人に過ぎないのだが……正直室内でそこまで騒がれると非常に耳が痛い……だが、その叫びはどこか私に心地良さを与える。


 彼らと共に王都に攻め上がり……エインヘリアの支配から全てを解放するのだ。


 そしてこの戦いを火付けに、エインヘリア国内は戦の炎で焼かれるだろう。


 もしかしたら、それに乗じてヤギン王国の領土を拡大できるかもしれんな。


 いや、それだけではない。


 蜂起した各国から盟主として崇められ……ゆくゆくはエインヘリア全土を我が手中に収める事も十分あり得る。


 ふっ……これは歴史に残る戦いとなるだろう。


 恐らく後世で私は、ヤギン王国中興の祖と呼ばれることになるに違いない。


「諸君!今こそ解放の時だ!目指すはヤギン王国王都!史に名を刻め!」


「「おおっ!」」


 同胞たちの陶酔の含まれた雄たけびを受けながら、私は先頭に立って会議室を後にする。


 街の外では既に一万を超える軍が出陣を待っている状態だ。


 屋敷の外に止めてある馬車にそれぞれ乗り込み、軍と合流したらそのまま王都のある北を目指すのだが、先々で徴兵する必要がある為、若干大回りをすることになる。


 それでも一ヵ月と言う短い時間で王都まで攻め上がらなければならないわけで、時間的な余裕は全く無い。


 多少強行軍にはなるが、ヤギン王国内を我々が行軍するにあたって邪魔をする者なぞいるはずもない、我々は圧政からの解放者なのだから。


 大義を持って、そして速やかな行軍によって一気に王都を落とす。


 馬車の外の街並みは……一見すると活気があるようにも見えるが、エインヘリアに対する不満が溜まっているのが私にはわかる。


 このサガス=モルアレンが……いや、サガス=モルアレン=ヤギンが、侵略者から解放してやろう。


 我が名に懸けて……。


 誓いを改めたところで、私達は街門を抜け、布陣する軍へと合流する。


 このまま行軍を開始しても良いのだが、歴史に残る戦いの始まり……兵達にもその栄誉が如何程のものなのか、しっかりと教えてやれば士気も上がろう。


 そう考えた私は演説の一つでもしてやろうと馬車の扉を開け……目の前に立っていた老騎士に指示を飛ばす。


「そこの者、これより兵達に少しばかり言葉をくれてやる。すぐに用意せよ」


「いや、それは必要ありませんな」


 一瞬何を言われたか理解出来なかった私は思わず固まってしまったが、すぐにその言葉を理解し呆れかえる。


「貴様、私が誰だか分かっていないのか?貴様の意見なぞ聞いておらん、私がやれと言ったら即座に動け。良いか?三度目は言わぬぞ?演説の用意をすぐにいたせ」


 察しの悪い老騎士に再び命を下すが、全く動く様子を見せない。


 ボケているのか?


「そういった台詞は、己の配下にでも言えばよいのではないですかな?まぁ、ここにお主の配下はおらんから、誰も従わんじゃろうが」


「もう良い。御者、適当に騎士を呼んで来い!」


「ほっほっほ、なるほど、確かに御者は盲点じゃった。確かにその者ならお主の命に従うじゃろうな。これは一本取られたわい。まぁ、命を遂行できるかどうかは別じゃが」


「貴様が誰かは知らんが、次期国王たる私にそのような態度を取ってタダで済むと思うなよ?」


「次期国王とはまた、随分と増長しておるようじゃが……お主の行きつく先は断頭台じゃよ」


「なんだと?」


「絞首台のほうが好みじゃったかの?」


「もう良い、黙れ。まともな騎士が来たら切り捨ててやる」


 誰が連れて来た老騎士かは知らぬが、私にこれだけの無礼を働いたのだ。


 どれだけ重用していたとしても、この者の死罪を拒みはすまい。


「ふむ、勘違いもここまで行くと憐れを通り越して感心してしまうのう。しかし、あまり道化が主役顔して舞台に居続けられても苦笑いしか出んじゃろう?そろそろ舞台袖にはけてもらうかのう?」


「……」


 なおもブツブツと訳の分からない事を言う老騎士に冷たい視線を送ると、老騎士が一歩前に出てくる。


 その威容に気圧された訳ではないが、私は一歩下がり、いつでも馬車の中に逃げ込めるように身構える。


「エインヘリアの王フェルズ様の名において、大将軍アランドールが逆賊サガス=モランおよびそれに付き従う者共を捕縛する。大人しくしておれば無駄な怪我はさせんが、抵抗するならばその限りではない。神妙に縛につくがよい」


 ……エインヘリアの王?


 老騎士の言葉を理解した瞬間、私は叫ぶ!


「敵だ!この者を殺せ!敵がいるぞ!」


 私の声に反応してすぐに騎士達が集まる……ことはなく、私の声は風に消えてゆく。


「な……何故誰も来ない!何をしておる!兵共!動け!敵がいるぞ!早く来い!」


「まだ分からんのか?既にこの場に居る者達は投降しておるわ」


 そう言って、さらに一歩こちらに近寄って来る老騎士。


「く、来るな!私を誰だと思っている!この国の王となる……」


「お主……いい加減にしろよ?さっきから聞いていれば調子に乗りおって。この国はフェルズ様の国。この国はエインヘリア。貴様如きが王を名乗る不敬……儂が何時までも我慢できると思うなよ?」


「な、何故だ!何故計画が漏れたのだ!誰が裏切った!?」


「いや、漏れるも何も、あんな檄文飛ばしてなんで漏れないと思ったんじゃ?」


「そ、それにしたって早すぎる!まだ兵を集めただけだぞ!?」


「……魔力収集装置を置物かなんかと勘違いしとりゃせんか?謀反なんぞ五分もせんうちにエインヘリア中に話が行き渡るわ」


 呆れた様な老騎士の言葉に、本来であれば怒りを覚えるところであったが……今は唯々この老騎士が恐ろしかった。


「は、初めから我等の動きがバレていたと?」


「個別に叩くより纏めて潰したほうが楽じゃろ?それに気づいておった者はここに来とらんし、そもそも謀反を起こそうなどと考えん。ここに集まって騒いでおったのは間抜けだけじゃ」


 全て……全てが、侵略者共の手のひらの上だったと……?


 更に老騎士が一歩近づいて来たので、慌てて馬車に乗り込もうと身を翻し……次の瞬間、前触れもなく馬車が粉々に砕け散り、馬が嘶き走り去った。


「あぁ、このような不届き者、生かして捕らえる必要は無さそうじゃな。まぁ、外交官のように上手くはやれんが……しっかりとその身に罪を刻み込んでやろう」


「く、来るな来るな来るな来るな来るなあああああああああああああああああああああ!!」


「来いと言ったり来るなと言ったり、一貫せん奴じゃのう」


 ゆっくりと私に向かって手を伸ばしてくる老騎士の姿を最後に、私の意識は闇に落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る