第412話 いつもの会議



 俺は会議室の一番奥にある席にゆったりと腰をかけつつ、いつも通りキリクの宣言で会議が始まるのを眺めていた。


 これまで数多の会議、そして会談に参加し順調に経験を積んだ覇王にとって、今更定期開催されている会議なぞ恐れるに足らず。


 もはや会議マスター……いや、会議の覇王と呼んでも良いのではないだろうか?


 ふりじゃないよ?


 そんな風に悦に浸りつつ、俺はキリクの話に耳を傾ける。


「北方諸国については、以上の順番でフェイルナーゼン神教の枢機卿であるプリオラン枢機卿が回ります。なおエインヘリアからはシャイナがプリオラン枢機卿に同行して、魔力収集装置の説明を執り行います」


 基本的にうちの会議は、キリクの報告をうんうんと頷いていれば大体良いように纏めてくれるので、非常に楽なもんです。


「それと、聖地に魔力収集装置を設置する為、ヘパイを派遣します。本当は北方諸国もヘパイに任せたい所ですが、交渉には時間がかかるでしょうし、今回は聖地にある二カ所のみの設置になりますね」


 うん、この辺は予想通り。


 シャイナが北に派遣されるなら妙な事にはならないだろうし、俺が考えているよりも早く魔力収集装置の設置が始まるかも知れない。


 まぁ、相変わらず国内や帝国への設置も完了していない訳だから、北方も要所要所にとりあえずって感じになるだろうけどね。


「クーガーについては暫く専属で任にあたるので、当分他の仕事に従事できません。ですが、本人が外交官見習いに再教育が必要だと言っていましたね。今回新たに見習いとしてスカウトした者達の教育もありますし、この機に新たな育成計画を立てても良いかもしれません」


 外交官見習いの再教育……?


 結構頑張って働いてくれているし、ミスがあったって話も聞いてないけど……何かあったのか?


「何故クーガーは再教育を必要だと?」


「クーガーが言うには実戦で試したところ、基本がなっていなかったとのことです」


「なるほど、確かにそれは良くないな」


 基本が出来ていないというのは、現場に出ている者としては致命的と言える。


 特に外交官は一つのミスが死につながる危険な仕事だ。


 貴重な人材を失わない為にも、ここは厳しく再教育してもらうべきだろう。


 そんな風に俺は納得した。


 ……納得はしたけど少し自分にツッコむ。


 外交官ってそんな命がけの役職だっけ?


 いや、国家の命運を担う事もあるし、その行い一つで戦争になりかねない立場ではあるけど……成功か死かみたいなシビアな感じだっただろうか?いや、今更だけどね?


「それと、今回の件に関わっていた北方諸国の犯罪組織ですが、こちらも軒並み綺麗に片付けました。勿論、商協連盟の時と同様、ただ潰しただけでは色々と荒れるだけなので、表向きは世代交代で幹部が入れ替わったという事になっています」


 一気に複数の組織がそんなことになれば、流石に中身が入れ替わったとバレるんじゃないだろうか?


「当然、他の組織もその事に気付くことでしょう。しかし、それはそれで構いません。中身が入れ替わったことに気付き、こちらを侮るようなら潰して乗っ取ります。何もしてこないのであれば、徐々に勢力を奪っていきます。大事なのは、我々の制御下でそういった争いが起こるかどうかというところなので」


 あぁ、なるほど。


 俺達が困るのは、裏の権力争いが激化して治安が悪化すること。


 北方諸国に迷惑をかけることになるし、フェイルナーゼン神教的にも北方が荒れることは絶対に認められないことだろう。


 北方諸国の方は気付かないかもしれないけど、教会は俺達のせいだって絶対に分かるだろうし、今この段階でそれはマズい。


 だけど、裏のいざこざをこっちが掌握できているのであれば話は別。


 犯罪組織なんていくら潰そうが後からいくらでも湧いてくるし、空白地帯が生まれれば必ず他所から利権を求めて参入してくるものだ。


 それは治安の良いエインヘリアであっても同じこと。


 だからこそ、ムドーラ商会という犯罪組織の運営を国がやっているんだからね。


 エインヘリアの犯罪組織は国家公務員よ。


 でも……流石に他国の犯罪組織をうちの公務員にするのは……色々マズくないかしら?


「しっかりと教育したものを送り込むので、地元の犯罪組織に後れを取る事も、背後にエインヘリアがいることもバレることはないでしょう」


 キリクが自信満々にそう締めたので、まぁ問題はないだろう。


 ……盲信じゃないよ?正当な信頼だよ?


「教会を狙っていた勢力については近い内に調べがつきますが……移動手段が馬なので時間がかかりそうですね」


「クーガーなら~仲良くすればすぐに背後の事なんて聞き出せるんじゃないかしら~?」


 イルミットがにこにことしながらキリクに問いかけると、キリクもその通りだと言うように頷きながら答える。


「確かに、情報を抜き取るだけなら即座に得られるでしょう。ですが、今回はクーガーにそのまま相手方に潜り込んでもらう事にしました」


 なるほど……?


 教会の枢機卿というトップクラスの地位にいた人が裏切ったのか、それとも潜り込んでいた人が出世したのかは分からないけど、そんな地位に人を送り込める時点で、その裏に居る組織はかなり力を持っているに違いない。


 しかし、裏からこっそりと調べるのが外交官のいつものやり方だったけど、今回は正面から堂々と潜り込んで活動させる……その理由は、なんだろうか?


 覇王じゃないんだし、ノリとかそういうのではないと思うが……。


 もしかしたら、キリクはある程度その枢機卿の後ろにいる組織に目途が立っているのかもしれない。


 だからこそ、クーガーをその組織に潜り込ませるという手を選んだって感じか?


 予測はしていても、確証が取れるまでキリクは明言はしないだろうけど。


「先程も言ったように、クーガーの方はまだ時間がかかります。その時が来るまで少々お待ちください。教会を含む北方については以上となります。次に先日報告した東の戦争についてです」


 そう言ったキリクは、以前の会議で話した中堅国と小国三国の戦争について話を始める。


「今はどの戦線も小競り合いや威力偵察といった感じですね。攻め込まれているのは中堅国の方です。戦いが本格化するのは時間の問題にも見えますが、小国同士がけん制し合っているので戦いは混迷を極める物になると思われます」


 狙われているのは中堅国だけど、実質四つ巴の戦いって訳だよね。


 野心があるのは三つの小国、中堅国は専守防衛って感じか?


 ただ、小国はそれぞれ英雄を抱え込んでいるんだよね。


 うちの子達と比べると一般兵より多少頑丈ってくらいの評価ではあるけど、この世界の戦力として英雄は破格の強さだからね。


 小国だったら英雄が一人所属しているだけで相当デカい顔が出来るし、実際戦いになったら一人で戦局を変えるだけの力があると言われている。


「その中堅国に英雄は所属していないのだったか?」


「はい。中堅国に英雄の存在は確認出来ません。また、小国の方は英雄の存在を隠しているようですが、中堅国には英雄を手に入れたことがバレているようですね」


 隠してるのにあっさりバレてるのか……いや、小国が格上の中堅国相手に仕掛けて来たらまずそこを疑うか。


 しかし、ここだけ聞いていると、小国の方はちょっと考え無しというか……英雄を手に入れて調子に乗ったアホって感じがするよね。


 まぁ、アホが戦略兵器振りかざして暴れるのは迷惑この上ないけど……。


「既に外交官見習いを各国に送り込み情報を集めております。まずはこちらの資料を確認ください」


 そう言って配られた資料に目を落とす。


 暫く会議室に紙をめくる音だけが鳴り響く。


 資料を確認しながら、俺なりに今後の動きについて思いを巡らせる……エインヘリアが一番利益を得るにはどうするべきか。


 王として、自国の利益を求めることは当然……その上で俺の目的を果たすには……。


 俺は軽い様子で資料をめくる振りをしながら、全力で知略85の頭脳をぶん回す。


 く……ここに来てなんて難しい議題をぶっ込んで来るんだ。


 正直会議ではしたり顔で頷きつつ、偶に「くくっ……」って笑っとけば何とかなると思っていたのに……資料をここで出してくるという事は、この後この議題について意見を求めますってことでしょ?


 そして、大方針を決めるのは俺の仕事……くっ……お腹が痛くなってきた気がする。


 事前に考える時間が欲しかった……。


 いや、東の事は聞いていた訳だし、もう少し真剣に考えておくべきだったのだ。


 久しく感じていなかった焦りに、背中に冷たいものが流れるのを感じる。


 大丈夫……大丈夫だ。


 最悪の場合、アランドールとかを送り込んで小国三つ潰して、中堅国とは仲良くする方向に持って行けば良いんだし。


 あ、待て待て。


 突然都合よく三国に現れた英雄についても、絶対何か裏がありそうだし、その調査も……。


 は、早く大方針を決めねば……会議室に響く資料をめくる音が少なくなって来た!


 資料に目を落とした俺が視線をあげたら……多分キリクが会議を再開してしまう!


 俺はフェルズ……覇王フェルズだ。


 何の因果か二年という歳月ですっかり覇王的会議参加術をマスターしたと思った直後に参謀に裏切られ、お腹が痛くなって来た覇王だ。


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