第411話 間違いなく多忙



 教皇……クルーエルとの会談も無事に終わり、北の方でも色々と変な動きをしていた連中を叩き潰して色々と綺麗にした……らしい。


 まぁ、その辺はキリクとかが張り切っていたので俺は良く知らない。


 今回の俺のお仕事はクルーエルと程よい感じに仲良くして、程よい距離間で今後とも付き合って行けるようにすることだ。


 因みにその仕事は思ったよりも上手くいっており、クルーエルからは役職ではなく名前で呼んで欲しいとさえ言われた。


 俺にとって一番良かったのは、クルーエルが想像していたよりも普通だったことだ。


 いや、能力的にはめっちゃ凄い感じなんだけど、性格的なものがね?


 宗教系のお偉いさんって事で、生臭か狂信者の二択だと思っていたんだけど、クルーエルは物腰柔らかな優しいタイプの聖職者だった。


 聖女系とでもいうのだろうか?


 十代の頃から教皇として働いているらしく、その能力は疑うべくもないのだけど、その人柄はフェイルナーゼン神教という民の救済を謳っている団体のトップに相応しいものと言える。


 為政者的な、ちょっとシビアな感じの視点も持っているけど、本質的に善性の人って感じかな?


 真面目一辺倒ではなく結構話の通じるタイプだし、仲良くやっていけそうではある。


 まぁ、頭の良い人であるのは間違いなさそうだし、油断できないタイプでもあるんだけどね。


 気になるのは、偶に話している最中にぼーっとすることがあるというか、偶にこちらを見ているのに焦点があってないことがあるところだ。


 疲れているだけかもしれないけど……まぁ、組織のトップってのは気苦労が多いものだしね。


 ふとした拍子にぼーっとしてしまうのだろう。


 エインヘリアにいる間は……流石に気は休まらないだろうけど、エインヘリアの食事は毎度のことながら気に入って貰えているようだし、少しは日頃の疲れを癒してもらいたい所だ。


 教会をエインヘリア側に潜り込ませるつもりはないけど、北方の管理者として長い付き合いになるだろうし、身体には気を付けて貰いたいと思う。


 さて、そんなクルーエルだが、ここ数日はエインヘリアやその属国をあちこち視察しているらしい。


 最初の一回は俺も視察に同行、というか案内をしたけど、連日あちこち飛び回っているからね……流石に全部に付き合う事は出来ない。


 まぁ……俺自身そんなに忙しくないし、付き合おうと思えば普通に付き合えるんだけど、何か多分見栄的なものだと思う。


 忙しいアピールってやつかもしれない。


 勿論、俺はちゃんと仕事はしていましたよ?


 日々の書類仕事やら訓練やら……えー、後は……面談とかしてました。


 俺的には、教会の方はなんだか予想していたよりも遥かにあっさりと片付けることが出来たこともあり、もう次に目を向けている段階が来ていると考えている。つまり、そういったなんやかんやで忙しかったりするのだ。


 次は……えっと……南西部への支援と、北方への魔力収集装置の設置だな。


 南西部と言っても、今のところ問題も……少し前にヤギン地方で元貴族共が決起して、一時間くらいで鎮圧されたりとかくらいしか起こってないから問題無し。


 北方に関しては、クルーエル達が聖地に戻って周辺諸国との話し合いを進めるまであんまり動けない……まぁ、聖地ともう一つの街は教会管理らしいからそこに魔力収集装置を設置するくらいか?


 そういえば、東の方でなんかデカい戦争が起きそうとかなんとかキリクが前に言ってたけど、そっち方面に介入するのもありかもしれない。


 東の方には魔力収集装置の設置が進んでないし、良い足掛かりになるだろう。


 後は……そうそう、留学生たちの様子見もしないとな。


 切磋琢磨している的な報告は入っているけど、お忍びで視察してもいいかもしれない。


 多分印象が薄まるアイテム……『韜晦する者』とか使えば潜り込めるだろうしね。


 仮面の留学生か……まぁ、俺とバレなきゃなんでもいいし、他に良さげなアイテムが無いか宝物殿か倉庫を漁ってみても良いだろう。


 ふむ……北は時間がかかる、南西は問題無し、他の地方も問題無し、東に戦乱の兆しあり。


 俺の目的は大陸中に魔力収集装置を設置することだ。


 となれば、やはり東に積極的に介入するべきだろうな。


 それにしても……この大陸の中で帝国の次に警戒していた教会が、思っていたよりも話の通じる相手で良かったわ。


 北方と中央に関しては信頼して任せられる相手が出来たと見て良い……いや、教会に関してはまだ付き合い始めたばかりで実績もないのだから、信頼して任せるというのは早計かもしれないけど……少なくとも橋頭堡となる魔力収集装置の設置が聖地に出来れば……最悪、エインヘリアのパワーオブジャスティスを炸裂させればどうとでもなる。


 いや、出来ればそれは避けたい所だけどね?帝国も不安を覚えるだろうし。


 まぁ、大丈夫だとは思う。


 教会の教義やクルーエルを始めとした教会関係者の人柄からして、魔力収集装置の件は全力で取り組んでくれることだろう。


 レイリューン司教のような……狂信的なやべぇ感じはクルーエルには一切ないけど、民を救うという一点において、物凄い真剣さが伝わって来るんだよね。


 うちの国は魔力収集装置によるパワープレイで、ありえないくらい税が低く、そのくせ福祉に富んでいる。


 治安も良いし、商売もしやすい、仕事は溢れているし、インフラは整備されているし、保証も充実しているし、ご飯も美味い。


 間違いなく、この大陸で一番暮らしやすい国だろう。


 クルーエル的には、エインヘリアがもっと領土を広めて大陸中を支配して欲しいみたいだけど……流石にそれは面倒だ。


 キリクやイルミットなら大陸中を支配下に置いても上手くやれそうだけど……俺には色んな意味で無理だね。


 出来ればこれ以上領土は広げずに、国の管理はその国の人達に頑張ってもらいたい。


 出来れば東の魔法大国ってところにも、魔力収集装置を設置する協力を取り付けたい所だけど……何かねぇ、話によると選民思想の強いお国柄らしいし、帝国ともかなり仲が悪いみたいだし……ぶつかり合う予感しかしないよね。


 まだまだ先は長そうだ……。


 そんなことを考えながら、執務室で特に何かの作業をする訳でもなくぼーっとしていると、扉がノックされた。


「フェルズ様、帝国皇帝より連絡が入っております」


「帝国から?何かあったのか?」


「いえ、私信だそうです」


 私信か……お茶会の誘いとかだろうか?






View of ロウ=レフラス フェイルナーゼン神教枢機卿 中立






「間違いないのか?」


「えぇ、数日前に『酒蔵』に持ち込まれた情報です。襲撃は失敗。その情報が聖地にももうすぐ届く頃かと」


 私は突如現れた『酒蔵』の構成員を名乗る男の言葉に内心ため息をつく。


 本来であれば突如現れた男の話を信じることはないのだが、状況が状況なので男の話を真剣に聞くことにした。


 私が今いるのは人気のない路地裏。


 本来フェイルナーゼン神教の枢機卿という立場の人間が一人でうろつくには相応しくない場所だ。


 勿論、法衣は脱いでおり、スラムの貧民に紛れ込むに相応しい恰好をしているが。


 こんな場所に私がいるのは、裏工作の為に普段使用している組織とは別の組織に接触する為だった。


 しかし、その組織の拠点に向かう道すがら私は謎の集団に襲われ、あわや命を落とすというところをこの男に助けられたのだ。


 この男が本当に『酒蔵』の構成員かどうかは知らないが、命を助けられたのは事実。


 路地裏に倒れている数人の男を見下ろしながら、今後の動きについて急ぎ考えを巡らせる。


 先程聞いたこの男の情報、更に私にこうして刺客が送り込まれている以上、私の指示で暗殺が行われたことはバレていると見て間違いない。


 枢機卿の地位は惜しいが、所詮仮初の役職。


 利用出来ない以上意味はない。


「この刺客について心当たりはあるか?」


 私の問いに少し考えるそぶりを見せた男は、確信はありませんがと言いながら言葉を続ける。


「恐らく帝国かエインヘリアの密偵……見た感じ帝国では無さそうですが」


「ふむ?根拠は?」


「以前帝国の暗部の連中とやり合ったことがあるんで、なんとなく……としか言えませんが」


「そうか」


 エインヘリアの刺客がここに来たという事は……もはや北方はエインヘリアの手に落ちたと考えるべきだな。


「ところで……お前は随分と腕が良いな」


「大したことはありません、タイミングが良かっただけですよ。刺客が一番無防備になるのは、ターゲットに刃を突き立てる瞬間ですからね。襲い掛かる直前までは周囲への警戒も強いんですが、その一瞬だけは意識がそこに集中しちゃうんですよ。まぁ、四人もいてそんなんじゃ、この連中自体大した腕じゃありませんよ」


 そんな風に軽く言うが、そういった方面に詳しくない私でもそんな簡単な話ではないことくらい分かる。


 あっという間に四人の刺客を倒した事と言い、今こうして目の前に立って話をしていながらも、ふと意識を逸らした瞬間に霞のように消えるのではないだろうかというような雰囲気と言い、私が今まで見て来た暗部や密偵達に比べても遥か上に存在している手練れのように思える。


「なるほど。だが、その一瞬を的確に突くには、やはり相応の実力が必要だろう。ところで、クライアントである私をギリギリまで餌とした訳だし、少しばかりこちらの頼みを聞いて貰えないか?」


 私の言葉に男は少し驚いたような表情をした後、気まずげに口を開く。


「……どんな頼みですか?」


「護衛だ。私はこれから南へ向かう」


「護衛ですか。組織からは貴方の安全は最優先と言われていますし、それは構いませんが……」


「ならばすぐに発つ。居場所が割れているようだからな」


「分かりました、国境は越えますか?」


 旅の準備をしていないので不安は多いが、ここに至って北方にいる必要はない。


 事を成せなかったことは心苦しいが、ここからリカバリーするのは不可能だし、少しでも得た情報を持ち帰る方が良いだろう。


「……帝国の国境は越えるつもりだ」


「それは中々の長旅になりますね。まぁ、依頼とあらば否はありませんが。ですが、直接南に向かう前に一度西の村に行ってもいいですか?」


「何かあるのか?」


「拠点って程じゃないんですけど、馬や物資がいくらか確保出来ます。長旅になりますし、流石に無手で刺客から逃げるのは厳しいですしね」


「それは助かるな。分かった、ならばまずは西に向かおう」


 この男を信じるのは危険だが、少なくとも味方と連絡が取れるまではこの男に頼るほか手はない。


 いや、この男の腕を鑑みれば引き抜いても良い人材だろう。


 旅の中でその辺りを見極めたい所だが……。


「了解っス」


「ん?」


 雰囲気を変えた男に首をかしげると、男は肩をすくめてみせる。


「これから長い付き合いになりそうっスからね。少し砕けさせてもらうっス」


「……好きにしろ」


 私がそう言うと、頷いた男が歩き出す。


「じゃぁ、早いところ移動するっス。因みに目的地とか聞いてもいいっスか?」


「……とりあえずは南だ」


「了解っス」


 これが終わったら再訓練っスね、私に背を向けながら言った男のつぶやきを最後に、私達は街を脱した。


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