第410話 聖地では



View of ベイロット=ハバレア フェイルナーゼン神教枢機卿 革新派






 エインヘリアに向かった教皇たちが帝国に入ったという情報を最後に連絡が途絶えた。


 いや、正確には使節団からの情報は届いており、何の問題もない事が分かっている。


 しかし問題がないというのは困るのだ!


 私が待っているのは、レフラスが用意した連中からの報告だ。


 使節団からの報告では既に教皇たちはエインヘリアにて会談と調印を無事に終え、今はエインヘリアの視察等を行っているという話なのだ。


 おかしいではないか!


 エインヘリア国内で教皇を暗殺するという話だったのに、会談は終わりいつエインヘリアを離れてもおかしくない状況になっている。


 本来の段取りであれば、会談前に暗殺を実行するはずだったのに、失敗報告すらないのだぞ?


 それはつまり襲撃すらしていないということではないか!


 くそ!


 やはりレフラスに確認を取るべきじゃないか?


 あの日、私の部屋にある隠し部屋で打ち合わせをして以降、レフラスは直接連絡を取り合う事を避けるように言ってきた。


 だが、今この状況で情報共有をしないのはかなりマズイのではないか?


 ことが露見したという訳ではないのだろうが……いや、待てよ?


 教皇は本当に無事なのか?


 暗殺は本当は実行されていて、使節団がそれを隠しているという可能性はあるんじゃないか?


 よく考えてみれば、転移でエインヘリアに移動したという事は、当然暗殺者たちもエインヘリアに飛んでいる訳だ。


 しかしその転移はエインヘリアの許可なしに行う事が出来ない……つまり暗殺者側の連絡は成功したにせよ失敗したにせよ、こちらに届くまでに時間がかかるはず。


 待て、もう少し冷静に……己の願望抜きで考えてみよう。


 教皇が暗殺されたとして……枢機卿である私にそれを隠すはずがない。


 暗殺が失敗していたとしたら……その場合でもやはり襲撃があったと報告があってしかるべきだ。


 何せ、使節団からの報告はエインヘリア到着以降も定期的に送られてきているのだから。


 ということは、やはり教皇は健在であると見て間違いなく、何らかの事情で暗殺者は事を起こせていない……そうなるな。


 しかし、エインヘリアとの会談はつつがなく終了したと報告が来ている。


 もう暫くはエインヘリアに滞在することになるのだろうが……それが何時までの事なのかはわからない。


 やはり早急に動いて貰わねば……いや、まて、落ち着け。


 それをどうやって伝えれば良い?


 既に暗殺者はエインヘリアにいる訳で……今から指示を出しても、どれだけ早馬を走らせたところで数か月はかかる。


 いくらなんでもその頃には教皇たちは聖地に戻ってきている……ど、どうすれば良いのだ!


 やはりレフラスに連絡を……!


 あいつは今聖地の外に出ている筈だが……奴のところの司教に聞けば何処にいるかは分かる。


 そう考えた私はすぐに司教を呼び出そうとして……部屋の外の喧騒に気付く。


「なんだ?」


 普段総本山内は騒がしさとは無縁なので、ちょっとした喧噪でも酷く騒がしく感じるのだが……これはちょっとした騒ぎではない様だ。


 そんな風に私が訝しんでいると、部屋の扉が壊れんばかりの勢いで開け放たれた!


「な、なんだ!?」


 突然の事態に私が硬直していると、部屋に聖騎士が数名なだれ込んで来て私に向かって武器を構える。


「な、の……?な、何をしている!?」


 部屋に飛び込んできた聖騎士に向かって私は怒鳴るが、聖騎士達はこちらを睨んで来るばかりで返事をしない。


「何をしていると聞いている!私が誰か分からぬわけではあるまい!」


「騒がしいのう。何をしとるのかね?」


 開け放たれた扉から、ひょっこりと覗き込むように顔を見せたのはサモアン。


「さ、サモアン枢機卿!助けて下さい!この者達が突然部屋に押し入って来て!」


 即座に私はサモアンへと助けを求める。


 元聖騎士団団長であるサモアンならば、聖騎士達も逆らうはずがない。未だに畏敬の念を抱かれる存在のようだしな。


 しかし、私の言葉にサモアンは飄々とした様子で答えて来る。


「ふむ、とりあえず落ち着きなされ。ハバレア枢機卿」


「ぶ、武器を突きつけられて落ち着けるわけないでしょう!?サモアン枢機卿!貴方なら聖騎士達を止められるでしょう!?」


「いやいや、ハバレア枢機卿。儂が聖騎士団団長だったのは遥か昔の事、今の若い者達は私が聖騎士だったことすら知りませんぞ」


 そんな筈ないだろうが!


 龍殺しを成した生ける伝説、今でも多くの聖騎士に慕われ、訓練に顔を出すだけで士気が馬鹿みたいに高くなることは関係者なら知らぬものはいない。


「冗談はやめてください!私は貴方と違って荒事には慣れていないのです!」


「ふむ。ならば早急にシュプレイスの小僧に何が起こっておるのか確認してやりましょう。ん?小僧は教皇猊下と共にエインヘリアに向かっておったんだったかのう?ならばラキュアの嬢ちゃんかな?」


「な、何でもいいので早く彼らを下げて下さい!」


 こんな風に会話をしているというのに、聖騎士達は真っ直ぐ私を睨むように見ており、武器を下げる様子は一切ない。


「ふむ。しかし、ラキュアの嬢ちゃんは真面目じゃし、何の理由もなくこんなこと……枢機卿であるハバレア殿の部屋に聖騎士を突撃させたりはせんと思うのじゃが、なんぞ心当たりでもあったりせんかの?」


「そんなものありません!」


「フェイルナーゼン神の御名に誓って、心当たりはないと言えるかの?」


「誓います!フェイルナーゼン神の御名に誓って!このような目に遭う心当たりはありません!」


「あい分かった。そう言うのであれば何の問題もない。捕らえよ」


「なっ!?」


 サモアンの命に従い、聖騎士達が私の身体を床に押し付けるようにしながら拘束する。


 その力は凄まじく、荒事とは無縁に過ごしてきた私では身動き一つ出来ない。


「く、苦しい!は、離せ!」


「ハバレアよ。貴様、フェイルナーゼン神の御名に誓って疚しいところはないと申したな?」


「そ、それが、なにか……」


「教皇猊下に害をなそうとしたな?」


「っ!?」


「教皇猊下を暗殺しようとした上に、フェイルナーゼン神の御名に誓いを立てて穢した。貴様……この場で斬られなかった事を感謝しつつ、これから長く続く懺悔の時間に想いを馳せると良い」


 サモアンの言葉が紡がれるに従い、私を押さえつける聖騎士達の力が増していく。


 それに何より……懺悔の時間……それが意味するところを理解した私は、あまりの恐怖に歯の根が合わなくなる。


「あ、あぁ……」


「あぁ、そうじゃ、ちゃんと会話が出来るうちに聞いておかねばならんのだが……知っておったらで構わん。レフラスはどこじゃ?」


「し、しらな……知りません!サモアン枢機卿!おま、お待ちを!お待ちください!違うのです!」


「黙らせよ」


 底冷えするような声でサモアンが命じると、私の口に布が押し込まれる。


 慌てて吐き出そうとするも、聖騎士達の力は強く、簡単に顎は開かれ布によって口を固定されてしまった。


「さて、実働した組織はエインヘリアが処理するとのことじゃったが、私も久しぶりに暴れたかったのう」


 無理やり口に詰め込まれた布に苦しんでいると、サモアンがのんびりした様子でそんなことを言っているのが聞こえて来る。


「しかし、レフラスの居場所は分からず……そちらもエインヘリアに任せるしかないのう。向こうからの申し出とは言え、一から十まで頼ることになるとは……少しは対人訓練も取り入れるべきかのう?」


 サモアンの言葉に反応したのか、私の事を押さえつける騎士達の力が更に増し、呼吸が出来なくなった私の視界が急速に暗くなっていく。


 次に目覚めた時……私に待っているのは地獄だろう。


 可能であれば……このまま目が覚めない事を願う。


 最後に決して叶わぬ願いをしつつ、私は意識を手放した。


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