第409話 一方その頃



View of ダウンドリー 犯罪組織『酒蔵』幹部






 俺は普段通り、組織の酒造部門の作った酒を飲みながら部下の報告に耳を傾けていた。


「って感じで、コルポ一家ってのが隣国で勢力を伸ばしているみたいです。ハッソン一家から救援要請が来てます」


「ハッソンの連中はそんなに押されてんのか?」


「結構やばい感じみたいです。若い連中の勢いって奴ですかね?」


 よく分かって無さそうな感じでそう口にする部下に、まだ開けてない酒瓶を投げわたしながら俺は肩を竦める。


「コルポ一家ってのはその手のタイプか。そりゃ厄介だな。ハッソンの奴等が押されるのも無理ねぇ」


「そうなんですか?俺からしたらハッソン一家の方がよっぽど怖いんですが」


「そりゃ、おめぇはハッソン一家の恐ろしさを良く知ってるからな。だがコルポの連中はそれを本当の意味で理解してねぇんだよ。だから自分達の腕力に任せて暴れる。俺達みたいなかっちりした組織はよ、そういう無軌道な暴力に弱いんだよ」


 俺がそういうと、受け取った酒瓶の封を開けずにしっかりと持ったまま部下は首を傾げる。


「つまりだ、今この部屋に突然十人位が押し込んできたら……どうなる?」


「相手の武器と練度次第ですけど、まぁ十中八九、俺も兄貴も死にますね」


「あぁ、死ぬな。だが、今この場に突然俺達を狙って襲いかかってくる奴は……まぁ、ほぼ間違いなくいないと考えられる。それは何故だ?」


「そりゃぁ……この辺りはうちのシマですし、この建物には俺達以外の連中もいます。こんなところに殴り込みをかけたら、下手しなくてもこの部屋に辿り着く前に全滅しますよ」


 よく分かっていないといった表情を見せながらも真面目に応える部下に、俺は笑って見せる。


 俺の言いたい事を本当に理解していないならただの馬鹿だが、残念ながらコイツはそこら辺の馬鹿より遥かに賢い。


 そうでなければ組織の大幹部である俺の部屋にこうして一人で来て、報告なんて出来る訳がない。


「その通りだ。ついでに言うなら、現時点でうちに殴り込みをかけるような連中がいるって情報は全く無いからな。それが分かってるからこうしてのんびり酒を飲むことが出来る」


 俺は酒を飲みながら言葉を続ける。


「ハッソンの連中も俺と同じだ。向こうで力を持った勢力であるという自負があり、情報を握って構成員も多い。だがコルポの若い連中は若さに任せ無軌道に暴れる。そこには事前情報も戦力差を考える頭も何もあったもんじゃねぇ。行き当たりばったりに暴れるから情報を集める暇もなく、いきなり襲われる。そういった場当たり的な襲撃だから、対処が難しく良いようにやられる。一度それが上手く行っちまうと、相手は調子に乗って更に襲撃を繰り返す……って流れだな」


「通り魔的なやり口にハッソン一家は後手後手に回ってるってことですか」


「ハッソンがうちに救援を求めたのは情報収集の為だ。コルポの連中を一網打尽……一手で壊滅する為のな」


「じゃぁコルポ一家がやられるのも時間の問題ってことですね」


「話はそう簡単じゃねぇよ。老舗が若いのに潰される時は、その勢いを止められなかった時だからな。どっしり構えて大物を気取ってる間に負債が膨れ上がって、飲まれちまうって訳だ」


 俺がそう言うと、うへぇと言った顔を見せる部下。


「えっと……結局どっちが有利なんですか?」


「あ?そんなの決まってんだろ?うちが手を貸すんだぞ?」


「あ、もう手を貸すのは確定なんですね」


「ハッソンとは長い付き合いだし、何より向こうのボスはうちの酒のファンだから。顧客は大事にするべきだ」


 俺がそう告げると、部下は頭を下げる。


「了解です。じゃぁこの件はすぐに指示を出しておきます」


「おう」


 コイツは俺の部下だが、組織内での立場はそんなに低くない。


 いや、寧ろ高い方だろう。


 コイツが一声かければ百人単位で人を動かす事も容易いのだが……どうも言動が下っ端っぽいんだよな。


「報告はこんなもんか?」


「えぇ、これで終わりです」


「ならいつまでも酒を持ってねぇで飲めよ。真面目な奴だな、渡した時点で飲んで良いって意味と思うだろ?」


「俺は仕事を済ませてからゆっくりやりたいタイプなんですよ」


「飲みながらやって、終わってからまた飲みゃいいじゃねぇか」


 俺が首を傾げながら言うと、苦笑しながら部下は酒を煽る。


 何かおかしなこと言ったか?


「そういえば兄貴、暗殺の連中から連絡が途絶えたらしいですよ」


「暗殺?あぁ、お偉方から依頼を受けたヤツか。どのチームが出てんだ?」


「えっと……バルカバスって奴がリーダーですね」


「バルカバスって、おやっさんの弟子かよ。ならなんも問題ねぇだろ」


「兄貴も他の幹部の方々と同じ反応ですね。そんな凄い人なんですか?」


 部下の質問に思わず俺は呆気にとられちまったが、次の瞬間色々な感情が沸き上がって表情が渋くなる。


「……兄貴?どうかしましたか?」


「いや、時の流れって奴をひしひしと感じちまったよ」


「いや、そんな急に老け込まないで下さいよ」


「……あの頃は、他の組織だけじゃなくって『酒蔵』の中でもみんなビビり倒していたもんだったんだがなぁ」


 いや、おやっさん自体は気さくな感じで、とても暗殺なんて仕事をしているような感じに見えない人だったんだが……やっぱり怖いもんは怖い。


「あ、あー、伝説のって奴ですか?俺が組織に入った時には、もう引退してましたからねぇ……」


「かー、マジかよ。お前でもそんな感じなのかよ。そら俺も禿げあがるわ」


 俺はつるっとした頭を撫でながら色々とショックを受ける。


「いや、兄貴は昔からそんな感じでしたが……」


「あ?」


「いや、気のせいです」


「あ?毛のせい?」


「……なんでこういう人たちって皆繊細なんですかね?」


「ばっか、おめぇ、繊細だからこうなんだろうが!」


 ほんと無神経な奴だな。


 その在り余ってる毛髪、毟るぞ?


「兄貴、謝るんで憎しみを込めながら俺の頭を見ないで下さい」


「あ?」


「……えっと、伝説と言われる暗殺者の方が凄いのは分かるんですが、そのお弟子さんがそこまで信頼されるのは、師匠が凄腕だからですか?」


「……おやっさんが全く関係ないとは言わねぇが、俺達が信頼しているのはあいつ自身の腕がいいからだ。どんな無茶でも成功させるからな」


「その割には……その伝説の人みたいに有名って感じじゃないですよね?」


 そもそも暗殺者は有名になったらいけねぇと思うんだが……。


「おやっさんはなぁ……暗殺者の割にいちいち派手だったからな」


 予告状とか出した事もあったよな。


「暗殺者が派手って……いいんですか?」


「ターゲットが死んでるんだから過程はどうでもいいんじゃねぇ?」


 俺が肩を竦めながら言うと、部下はジト目になりながら口を開く。


「そういう大雑把な事をいってるから、その人も派手にやり散らかしたんじゃないですかね?」


「いーんだよ。昔はそういう時代だったんだ。若い内から細かい事言ってると出世できねぇぞ?コロポックルとかいう連中を見習ったらどうだ?」


「コルポ一家ですよ。後、そういった短絡的な連中を見習っても良いとこ早死にするだけです」


「はっはっは!ちげぇねぇ!お前は賢いな!出世するぞ!」


 俺が新しい酒瓶を投げながら笑うと、部下は酒瓶を受け取り、今度は俺の許可を待たずに封を開ける。


「にしても兄貴、今回の仕事は……ちょっと相手が大物過ぎませんかね?」


「あ?あぁ……確かにな」


「正直噛まない方が良かったんじゃって思ってるんですけど」


 眉を顰めながら言う部下に、俺は空になった酒瓶をテーブルの上に置きながら告げる。


「そりゃ無理ってもんだ。こんなでけぇ話、持ち込まれちまった時点で俺達に断るなんて選択肢はねぇんだよ」


「どういうことですか?」


 首を傾げる部下に俺は新しい酒瓶を手に取りつつ説明しようとして……コイツが理解していながら敢えて聞いて来ている事に気付いた。


 まぁ、俺に気持ちよく喋らせようって魂胆なんだろうが……。


「話を聞いた時点で、断ればこっちが消されるってことだ。依頼人の詳しい素性は知らねぇが、俺達を潰すくらい訳ねぇ筈だ」


「それなのにわざわざ俺達に依頼を……足がつかねぇようにってことですか?」


「失敗して俺達が突き止められようと、依頼人の素性を知らない以上、それ以上は辿れないからな」


「捨て駒ですか。面白くありませんね」


「はっ!日陰者がそんなもんいちいち気にすんな。俺達は俺達をビビる相手にだけ威張ってりゃいいんだよ」


「……ほんと兄貴って、見た目に反して繊細ですよね」


「そういうお前は一言二言多いな?」


 おべんちゃらは使わずに相手の気分を良くさせておきながら、軽口を叩いて距離を縮める……本当に器用な奴だ。


「だが、お前はほんと出世が早そうだ」


「え?本当ですか?」


「いや、それは諦めた方がいいっスね」


 部下が少し嬉しそうに笑みを浮かべた次の瞬間、俺達しかいない筈の部屋に第三者の声が響き、即座に俺達は椅子から立ち上がり武器を抜く。


「誰だ!」


 武器を構え部屋の中を見渡すも、やはり誰もいない。


 しかし、俺だけじゃなく部下までもが同時に反応した以上、酒による幻聴などではありえない。


 確実に誰かがこの部屋に……そこまで考えた俺の耳に、何か重たいものが床に落ちたような音が飛び込んで来る。


 音の発生源に目を向ければ、部下が床に倒れている……しかしそれ以外には誰もいない。


「くそっ!何処に居やがる!」


 とにかく大声を出して部屋の外に異常事態を知らせる!


 相手の姿さえ確認出来ない以上、俺に出来るのはこれしかない!


「安心するっス。どんなに騒いでも誰も来ないっスよ」


 全然安心できない台詞を姿すら見せぬ襲撃者が発する。


 ……ちっ、どうやらここまでのようだ。


 碌な死に方はしないと思っていたが、こんな訳の分からん最後になるとはな。


「大丈夫っスよ。とりあえずは、死なないっス」


 何が起きているかすら理解出来ないまま、俺は意識を失った。


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