第408話 れいせいです



View of クルーエル=マルクーリエ フェイルナーゼン神教教皇






 しょ、正面から目が合ってしまった!?


 い、いや、正面に座っているのだから普通に起こり得る話だ。


 何ら問題はないし、寧ろここで逸らす方が失礼に当たる。


 そう考えた私は、虚ろにならない程度に視線をぼかしつつ、エインヘリア王の顔を見る。


 ……。


 ……。


 ……。


 って、マズい!


 気を抜くと香りの照準がエインヘリア王のそれに無意識に合ってしまうし……座って対談をしているだけだというのに動機が激しく、息が苦しい。


 何か……何か言わなくては……。


「……魔王についてはよく分かりました。ですが、我等の代々受け継いできた伝承の中に、魔王についてそこまで明確な事は残されていませんでした」


「ふむ、自分達の知る情報と違うから信じられないと?」


 こちらの頑迷さを嘲るでもなく、ただ純粋に事実を確認するように尋ねて来るエインヘリア王。


 全てを鵜呑みに出来るはずがない。


 それをよく理解しているからこその問いかけだ。


「申し訳ありません、エインヘリア王陛下。そうではありません。数千年にも渡る伝承、それが完璧な形で伝えられているとは、流石に私も考えられません。特に神教発足当時は口伝で伝えられていたそうなので、情報の欠落や解釈を間違えたりといった事が頻繁にあったと思います」


「口伝か。道理で俺の知る情報と違いがあるわけだ。しかし、そういう事情を鑑みるなら、逆に信仰心というものの強さが良く伝わって来るというものだ」


 そう言って皮肉気に笑うエインヘリア王。


 か、かっこ……違う!


「数千年……一体何人の人間がこの情報を伝えて来たのかは分からないが、百や二百等という数字ではないのだろう。長い継承の中、形が変容してしまうのは致し方なき事。しかし強い信仰があったからこそ、今日に至るまで真の教義にまつわる情報が受け継がれてきたわけだ。実に見事で、本当に興味深いな」


 連綿と受け継がれてきた教義に……その歴史に敬意を見せるエインヘリア王。


 その姿からは人の営みに対する深い愛が感じられた。


 思わず見とれ……ない!


「……エインヘリア王陛下は、人を愛されておられるのですね」


「全ての民を救済しようとしているそちらに比べれば、俺の愛なぞ限定的なものだ」


「そうでしょうか?エインヘリアの行っている施策は、我々フェイルナーゼン神教の目指す民の在り方そのものとも言えるのですが」


 まだこの目で見てはいないが、この期に及んで散々報告を受けているエインヘリアの姿が欺瞞とは考えない。


 その施策が、エインヘリアという国の強大な軍事力と経済力に支えられたものである事は十分理解している。


 故に、エインヘリアとその庇護下にある国以外の場所で、同じ施策を執ることは不可能だろう。


 しかし、その身を限界まで広げている帝国と違い、エインヘリアにはまだまだ余力がある。


 それは、他の国にはない技術であったり、圧倒的な数の英雄という軍事力であったり、それらを管理し、施策を実行する文官の質の高さであったりと理由はいくつも挙げられるが、その根幹はその全てを束ねる英傑……エインヘリア王の存在が大きい。


 帝国の女狐も中々の傑物ではあるが、エインヘリア王の成した事を考えれば……比べるのは些か気の毒と言う物だ。


 そんなエインヘリアであれば、これからも領土を広げ、より多くの民を救済出来るに違いない。


「エインヘリアの民にとってはそうかもしれんが、俺にとって大事なのはエインヘリアに生きる民、そしてエインヘリアの庇護下にある民達だけだ。他所の国の民まで面倒は見られんよ」


「本当にそうでしょうか?」


「どういう意味だ?」


「いえ、勝手なイメージですが、エインヘリア王陛下は助けを求められれば、たとえそれが敵国の民であろうと手を差し伸べるのではありませんか?」


「ふむ、それは当然だな。敵国の民を救えばその民はこちらの味方になる。労せず敵国の力を削り、こちらの力を増やすことができるのだ、助けない理由がどこにもないな」


 そんな簡単な話でないことは百も承知だろうに、エインヘリア王は事も無げに答える。


 そしてそれが虚勢でないことは、この王の姿を一度でも目にしたことがある人物なら理解出来るだろう。


 あぁ、本当に……根本的に在り方が違う……。


「私達も同じです、エインヘリア王陛下。助けを求められるから助けている。それだけなのです。一つ違うところは、フェイルナーゼン神教には国境という括りが存在しないという事、ただそれだけです」


「その志は素晴らしいものだ。我々は立場上、他国の民にそれをしてやることは出来ん。魔王の魔力の件に関しては教会と協力して事に当たるつもりだが、そちらの表向きの教義については、支援を幾ばくかさせてもらうという事に留まるだろうな」


「支援については、ありがたく受けさせて頂きたく存じます」


「魔力収集装置の設置が進めば、北方も安定するだろう。各国への交渉は任せて良いのだろう?」


「えぇ、問題ありません」


「もし、手早く交渉を進めるのに金子が必要であれば、遠慮なく言ってくれ。小国を三、四個買い上げるくらいの額はすぐに用意出来るだろう」


 確かに交渉を進める上で非常に助かる提案ではあるが、私達神教に対しここまで即物的……というよりもストレートに物を言う者はいなかった。


 こちらを平民の集まりと侮る貴族は昔から少なくなかったが、エインヘリア王のこれはそういう中身の無い尊大さとは違い、ただ遠回しに取り繕った言い方を好まないだけだろう。


 よく言えば実直な、悪く言えば礼儀知らず……ですが、それでもこちらに不快感を与えないのは、エインヘリア王だからこそなのだろう。


 ……けしてその身から生じる香りに絆され、何でも許せるみたいな状態になっているわけではない。


 けしてない。


 そんなわけがない。


 わたしはれいせいだ。


 ……。


「教皇、どうかしたのか?」


「……いえ、なんでもありません。御言葉に甘えて、必要になった際にはお力添えをお願いいたしたく存じます」


「あぁ、遠慮なく言ってくれ。俺の……いや、俺達の目的は魔王の魔力への迅速な対応。装置の設置にはそれなりに時間が必要だが、設置に至るまでにはもっと時間がかかるからな。多少の金銭で削れる時間があるならば、積極的に削っていってくれ」


 時間という物を何よりも重視していると、エインヘリア王は語る。


 その考えには大いに賛成するところだ。


 魔力収集装置や飛行船という物を所持し、世界の距離を縮め、時間を加速させると言っても過言ではないエインヘリアの在り方は、恐らくエインヘリア王の在り方そのものなのだろう。


「北方諸国への交渉はどの程度時間がかかる?」


「聖地に近い国は一月もかからないかと。しかし、聖地から距離がある国は移動だけでもそれなりに時間が必要となりますので……」


「ふむ……ならば飛行船を出してやろう。騒ぎにはなるだろうが、それも含めて上手く使ってくれ」


「……エインヘリア王陛下は過激でいらっしゃいますね」


 皮肉気な笑みを浮かべるエインヘリア王に苦笑してみせる。


 ただし、正面からしっかりと見ることが出来ずに視点はぼかしてだが。


「話を早く進めるには悪くないだろう?」


「おっしゃる通りかと」


 肩をすくめてみせるエインヘリア王の言葉に頷きながら、ふわふわしがちな思考を全力で切り替える。


 元々エインヘリアの力で北方を安定させるつもりだったが、どうやらエインヘリア王も最初からその方向で考えていたのだろう。


 勿論、魔力収集装置を設置する時点でそうなることはほぼ確定ではあったが、エインヘリア王は北方の管理を私達フェイルナーゼン神教に任せる腹積もりらしい。


 最初は交渉のみを我々に任せ、魔力収集装置による実効支配を狙っているのだと思っていたが、飛行船を出し神教とエインヘリアが親密な関係であることを知らしめるやり方は、我々が主導権を取って管理しろと言っているに等しい。


 北方の管理者として、我々フェイルナーゼン神教はエインヘリア王の御眼鏡に適ったと見てよさそうだ。


「魔力収集装置や魔王の魔力について、確認しておきたい事はあるか?」


「魔力収集装置について技術的なことを教えて頂くことは可能でしょうか?」


「あぁ、構わない。オトノハ、会談の後に説明して差し上げろ」


「畏まりました」


 エインヘリア王の言葉に、開発部長と紹介されたオトノハという名の女性が頷く。


 ゼウロンの鼻息が荒くなってしまったが、確認しなかったらそれはそれで面倒なことになっただろうし、仕方ない。


「感謝いたします。それと、魔王や魔王の魔力についてもっと詳しい話を聞かせて頂けると……」


「ふむ。大体知っている事は伝えたと思うが……」


「では、どうやってそれらの知識を得ることが出来たのでしょうか?我々フェイルナーゼン神教に伝わる物よりも多くの事をエインヘリア王はご存知のようですし」


「……それについては現時点では明かすことは出来ないな」


「現時点では……ですか?」


「あぁ。もう少し親密になってから……といったところだな」


「し、親密ですか!?」


 ……しまった!


 思わずこうふ……声を荒げてしまった!


 しかも、意識の外に追いやろうとしていたのに、思いっきりエインヘリア王の香りを吸い込んで……。


 まずい……くらくらする……。


「し、失礼しました。確かに、込み入った話をするにはまだお互いの事を知りませんし、時間が必要ですね」


 何とか踏みとどまった私は、笑みを浮かべながらそう答える。


「そうだな。となると……残るは、捕らえた刺客共についてだな」


 そう口にしたエインヘリア王の雰囲気が変わり、当然私も意識を切り替えた。


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