第407話 これだけは言っとかんと



 心臓が……痛い。


 あぁ、遂に来ちゃったよ、教皇さん。


 教皇よ?教皇。


 黄〇十二宮突破しないと会えないんじゃないの?


 なんでそっちから来ちゃうの?


 いや、分かるよ?


 うちとのやり取りは大商い……というか、教会にとってめちゃくちゃデカい案件だからね?


 レイリューン司教より上の人間が出てくるのは分からないでもない。


 でもさ、いきなり来るかね?トップが。


 しかも暗殺者付きで。


 フットワーク軽すぎじゃない?


 そう思ったけど、教皇が聖地を離れることは殆ど無く、今回の行幸はレア中のレアと言えるイベントらしい。


 それだけうちとの関係を重視した……っていうアピールなんだろうけど、覇王的には面倒なことこの上無いのでマイナス印象だ。


 大体あれよ。


 お茶会とかでフィリアと会うのはいいけど、仕事で皇帝フィリアと会うのは未だに慣れないからね?


 俺そう言う系覇王よ?


 気軽に「来ちゃった」ってしたらダメなのよ?


 ほんと勘弁してほしいわぁ。


 ……そんな風に色々ぐちぐちと心の中で言ったところで、来てるもんは来てるんだし、覇王力を全開にして対応せねばなるまい。


 って訳で、俺は普段通り尊大な様子で笑みを浮かべながら教皇さんに話しかけたんだけど……はて?


「……」


 俺が仲良くやろうぜ的な事を言ったら、何故か教皇さんが固まってしまったんだけど……あれ?仲良くしに来たんじゃなかったのか?


 あれ?


 もしかして、魔王の魔力に対抗するのは神の使徒である我等の役目。ぽっと出のお前らはすっこんでろ!的な感じのクレームつけに来たとか?


 いや、違うよね?


 クーガーがしっかり教皇さんと打ち合わせをして、予定をしっかり立ててうちに来たんだよね?


「教皇?どうかされたか?」


「……いえ、申し訳ありません。陛下のおっしゃった目的が気になってしまって」


 一瞬固まってしまった事が恥ずかしかったのか、若干頬を紅潮させつつ教皇さんは少し視線を落とした。


「あぁ、それについてはレイリューン司教には話していなかったな。しかし、それを話すのは構わないのだが、そちらの護衛の騎士は魔力の件は良いのかな?」


 確か、教会の真の教義については司教以上の人しか知らないんじゃなかったっけ?


 あれ?でもこの場はそういう話をするって分かりきっているんだから、問題ない人を連れて来るよね?普通は。


「我々の事情に御配慮頂き感謝します。護衛という立場上、先程レイリューンは紹介しませんでしたが、彼は聖騎士団団長。真の教義については理解しております」


 やっぱり大丈夫だったか……まぁ、そりゃそうだよね?


 秘密を知らない人をこの場に連れ込んだりしないよね?


 そのくらい言われなくても分かるだろ?って思われてそうだが……いや、ちゃんとした確認は大事だと思うんだ!


 だから俺は悪くないし、間違ってもいない!


「ならば遠慮は必要ないな。俺の目的は……魔王の魔力によって不幸になる者を、この大陸から一人残らず消すことだ」


「……魔王の魔力を消すのではなく、不幸になる者を消す?」


 俺の言い回しが気になったのだろう。


 教皇さんは先程までとは少し雰囲気を変えて尋ねて来る。


 ……それはそうと、繰り返されて気付いたけど、消すって言い方かなり不穏だったかもしれないな。今更だけど。


「あぁ。今の所魔王の魔力自体を消す手立てはないからな」


「魔王を発見出来れば、魔力を出すことを止めるように説得できるのでは?消す……とは少し違いますが」


「それは不可能だ」


 多分だけど……少なくともフィオは漏れ出る魔力を押さえることが出来なかった。


 もしかしたら今代の魔王は出来るかもしれない……でも次の魔王は出来ないかもしれない。


 それじゃぁ全く意味がないしね。


「何故でしょうか?」


「そうだったな……一つ教皇に伝えておかなければならないことがあったな」


 前回、フィオをどうやって揶揄おうか悩んでいたせいで、レイリューン司教に伝え忘れていた件を思い出した俺は、魔王の魔力について情報を開示しようと口を開いた。


「……な、なんでしょうか?」


 俺の言葉に反応して、再び教皇さんの様子が変わる。


 何か微妙に肩に力が入ったというか……緊張している感じか?


 脅すとでも思われているのだろうか?


「魔王についてだ。以前レイリューン司教が魔王について……魔王を発見した際、魔力を放出しない様に要求すると言っていたが、それは無理な話だ。魔王の魔力は、魔王が意図的に出しているものではないからな。だが問題はそこではなく、交渉が決裂した場合、魔王を討伐することもやむなしと言っていたことだ」


「……民を救うために魔王を討伐するというやり方は認められないと?」


「いや、そうではない。問題は魔王が死ぬと、その身に宿っていた魔力が一気に拡散し、大陸中に広がる」


「っ!?」


「その時の被害は……おそらく筆舌に尽くしがたいものとなるだろう」


 多分ね。


 今代の魔王の魔力は、少なくともフィオ以降の魔王の中で一番強い筈だし、とんでもないことになるに違いない。


 フィオの話を信じれば……魔王には自然死してもらうのが一番被害は少ない筈だ。


「そして厄介な事に、魔王が死ぬと間を置かずにすぐ次代の魔王が誕生する。魔王という存在は討伐するだけ無駄ということだな」


「……」


 教会に代々伝わっている情報とは違うものを突然突き付けられて……そう簡単に信じることは出来ないだろう。


 いや、レイリューン司教辺りは全力で信じそうだけど……普通は否定から入る。


 そもそもこっちは根拠も何も提示できていないしね。


 俺はフィオを信じているし、行動方針の元として考えているけど……長年言い伝えられてきた教義や考え方を信じるのが当然だ。


 しかし、フィリアとかエファリアみたいに即座にその先の事に頭が回るタイプの人達は……。


「魔力収集装置であれば、魔王が死亡した際の魔力の拡散も防げると?」


 否定や肯定よりも先にまずは話を進める。


 なんとなくそんな感じはしていたけど、教皇さんもフィリアみたいに現実主義かつ頭の回るタイプのようだ。


 ……キリクに丸投げしたい。


 しかし、ここでいきなりバトンタッチはおかしいし……もう少し頑張るしかないな。


「そう断言出来れば良かったのだがな。流石にその時が来るまで分からん……いや、それも今後の研究次第かもしれんがな」


 俺がそう言うと、教皇さんの隣の枢機卿が目をくわッと開きながらこっちを見る。


 いや、怖いんじゃが?


 確か枢機卿だけど研究責任者って話だったな。


 なんかコイツからは……ドワーフ達と同じ匂いがする。


 レイリューン司教とは方向性の違うやべぇ感じ……よし、彼の事はオトノハに任せよう。


 多分翌日にはオトノハ信者になっているはずだ。


「少し話が飛んでしまったが、俺は魔王の魔力によって誰かが不幸となることが気に食わない。それが魔王本人であってもな」


「魔王本人……?」


「先程も言ったが、魔王の魔力は魔王本人が意図的に放出しているものではない。魔王本人がどんな風にその事を思っているかは分からんが、もし周りが狂化して行くことに心を痛めている様であれば、俺はそれも救わねばならん。その為には大陸中に魔力収集装置を設置して、魔王の魔力による影響を消し去る必要がある」


 俺の言葉に教皇さんが真剣な表情……いや、そこはかとなく睨む様な強めの視線を向けて来る。


 ……どこか気に障る様な言葉があっただろうか?


 魔王の事も救いたいってところか?


 いや、フェイルナーゼン神教は、俺が予想していたよりもかなり優しいというか、慈愛に満ちた宗教だ。


 とても塩の神様を崇めているとは思えない程の甘さ……たとえ元凶となっている魔王という存在も救いたいと言っても嫌がりはしないと思ったんだが……。


「確かに、魔王本人の意思とは関係なく、狂化という事態を引き起こしてしまっているのであれば、救いの手が必要と言えるかもしれません。因みに……魔王が死亡した際の話は、間違いないのでしょうか?」


「あぁ、間違いない。当然魔王は生物……いずれは寿命で死ぬが、魔王の魔力による被害を最小限に抑えるにはその形が一番だ。歳を重ねるごとに内包する魔王の魔力は減っていくからな」


「……魔王自身は発見次第保護する方向が良さそうですね」


「そうだな。だが、先程も言ったように今代の魔王がどんな性格なのかは分からん。狂化によって苦しむ者達を見て愉悦を感じる様な者である可能性も否定は出来んな」


「つまり、魔王を発見しない事には、その処遇について話は進められないということですね」


「そうなるな」


 うちの魔王は中々のお人好しだが、今代の魔王が極悪人って可能性は普通にあるしね。


 もしそう言うタイプだった場合は……まぁ、非人道的な確保の仕方になるだろう。


 その場合、何かのはずみで魔王が逃げたりしたら……世界がとんでもないことになる可能性があるな。


 ゲームの終盤に差し掛かったところで明かされる魔王の真実……実は昔こんなことがあって人類を憎んでいる的な奴だ。


 ……安易に殺すことが出来ないのは中々厄介な話だよね。


 自殺もさせられない訳だし……。


 改めて、魔王という存在の厄介さに辟易していると、興味深げにこちらを見ている教皇さんと目が合った。


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