第404話 もはや些末事
View of クルーエル=マルクーリエ フェイルナーゼン神教教皇
エインヘリアの外交官シャイナに案内され迎賓館に入った私は、急ぎ会議室に人を集めた。
参加者は、エインヘリアへの訪問が二度目となるレイリューン司教。
聖騎士団団長のシュプレイス。
魔王の魔力研究責任者にして枢機卿でもあるデニス=ゼウロン
教皇付き助司祭のユーリィ。
それから、以前レイリューン司教とともにエインヘリアに来て、聖地に帰還せずにエインヘリアに残っていた司祭が二人。
明日、エインヘリア王に会う前の最終的な打ち合わせを、この七人で行う。
といってもユーリィは私達の話を聞くだけだが。
「レイリューン司教、始めて下さい」
私が進行を任せると、レイリューンが立ち上がり拝礼をした後、口を開く。
「皆様、長旅お疲れさまでした。まずは……」
「猊下!教皇猊下!これを!これを見て下さい!!」
レイリューンの進行を一顧だにせず、ゼウロンが叫び出す。
……まぁ、ここまでよく我慢したと褒めるべきか?
ここには身内しかいないし、先日の忠告はしっかりと効果があったと見てよさそうだ。
私は、驚き言葉を失っているレイリューンに向かって頷いた後、ゼウロンの方に視線を向ける。
「どうしたのですか?」
「猊下!これです!先日お見せした!この魔道具です!」
テーブルの上に置かれた魔道具……それは先日馬車の中でゼウロンが語っていた魔王の魔力を調べるためのものだ。
「……色が違いますね」
「そうなのです!二度と戻ることが無いと思っていた魔石の色が!この通り!一切曇りのない無色透明な魔石に!戻ったのですううううううう!」
ギリギリのところで耐えていたのだろう……遂にゼウロンが爆発する。
しかし、ゼウロンの興奮も仕方がないと言える。
「やはりそうですか。これはつまり、エインヘリアには魔王の魔力が存在しない……そう考えて良いという事ですか?」
私の問いかけに、会議に参加している者達が色めき立つ。
「そうです!その通りです!猊下!しかもこれはエインヘリアだけではありません!帝国も!帝国のあの街も同じだったのです!」
「貴方があの街に到着した時に様子がおかしかったのは、そういうことでしたか」
未知の装置に興奮していたのかと思っていたのだが、そういうことだったのか。
反応が色々アレだったので放置し過ぎたな。
「これは間違いなく魔力収集装置の効果!エインヘリアは既に魔王の魔力を克服しているのです!」
「実証されたのは喜ばしい事ですね」
こうなって来ると、こちらの対応も変える必要がある。
レイリューンが視察した以上、エインヘリアが民に対し良い政治を行っている事は間違いなかった。
だから魔王の魔力の事が騙りであったとしても、エインヘリアの力と方針を背景に北方を安定させるつもりだったが……今となってはそちらの方がおまけといった感じだ。
魔王の魔力へ対抗可能であることが確定と考えて良い今、北方諸国への魔力収集装置の設置は最優先事項。
いや、魔力収集装置の認識が変わっただけで、やる事自体は変わっていないが……こちらの意識的な問題だ。
「ゼウロン枢機卿、他に気付いたことはありますか?」
「正直な所、魔力収集装置というものは全くの未知です!是非研究……いえ、エインヘリアの技術研究者に御教示頂きたいと……!」
ゼウロンがエインヘリアの技術を習得することは、フェイルナーゼン神教にとってはかなり喜ばしい事ですが、流石にそれは無理だろう。
技術交流というよりも……現時点では格差があり過ぎて一方的に教わるだけ、エインヘリアには何の利点もない話だ。
「我々としては是が非でも推し進めたい話ですが、エインヘリアにとって益のある話とは言い難いですね。こちらからエインヘリアに提供できるような技術や研究はありますか?」
「それは、申し訳ありませんが、エインヘリア側の話を聞かない事にはなんとも言えません」
ゼウロンのもっともな意見に、私は思いの外自分が冷静でなかったことに気付く。
「そうですね。すみません、少し私も気が逸っていたようです。ですが、ゼウロン枢機卿や神教の研究者がエインヘリアにて学ばせて貰えるように考えてみたいと思います。その為にも、明日の会談、冷静に対応するようお願いします。貴方の態度次第で繋がりが絶たれる可能性がある事を常に念頭に入れておいてください」
「お任せを!」
私の言葉に勢い良く頷き、非常に不安を掻き立てる返事をするゼウロン。
自制が効かないところは多々あるが、その探求心や知識欲は本物。
それ故暴走してしまいがちだが、エインヘリアという全くの未知にして到達点とも言える相手を前に、全力で理性を持たせて欲しいものだ。
不安は残るがとりあえずゼウロンが大人しくなったので、私は再びレイリューンに声をかける。
「レイリューン司教、改めてお願いします」
「畏まりました。ゼウロン枢機卿猊下のおかげで魔力収集装置の効果が本物だと実証されましたが、その点についてもう少し報告させていただきます。前回私がエインヘリアへと訪問した際、司祭達にエインヘリアへ残ってもらい、私が確認出来なかった事を実際に見て貰いました。報告をお願いします」
レイリューンが報告を促すと、二人の司祭が緊張した面持ちで報告を上げる。
一つは妖精族について。
王都に数多く住むゴブリンやドワーフ、それからギギル・ポー地方に住むドワーフに話を聞き、エインヘリアの庇護下に置かれてから一切狂化する者が出ていない事、そして一度狂化してしまったものが正常な状態に戻ったことを聞くことが出来たらしい。
エインヘリアの庇護下に置かれるより以前は、ゴブリンの集落では月に一人か二人、ギギル・ポー地方の街ではより多くの犠牲者が出ていたようだったが、それが一切出なくなったとのことで、彼らは魔力収集装置の効果は間違いないと確信しているようだ。
その魔力収集装置の設置には高い技術が必要らしく、ドワーフ達の中でも魔力収集装置を設置出来るのは、エインヘリアから技術指導を受けた一部の者だけとのこと。
そしてもう一つはエインヘリアの統治について。
レイリューンが道中で確認出来た民の暮らしは、外から来た者達に見せる為の張りぼてのようなものではないことが確認出来たようだ。
新たにエインヘリア領土となった元商協連盟に加盟していた地方や、大陸南西部でも他の地域と同様の政策が執られ、まだエインヘリアに組み込まれてから日が浅いながらも着実に生活の質は向上しているという。
また、属国でもエインヘリア国内と同様に生活が向上しており、特にルフェロン聖王国の民は、エインヘリア本国の民と遜色ない程活気に満ち溢れた暮らしをしているようだ。
そしてそれは新たに属国となったパールディア皇国やシャラザ首長国も同様のようで、長き戦いによって荒れ果てた国内もエインヘリアの属国となって一年足らずという時間で見事な復興が遂げられているらしい。
政策自体も驚く様な内容ではあるが、それ以上に恐ろしいのはその早さだ。
新たに領土に組み込んだ土地が新たな支配者を受け入れるには、物理的、心理的なものがそれ相応の時間必要となるのは当然のことで、それらを無視して急速に改革を進めようとすれば、それがどれだけ素晴らしいものであったとしても、反発があるのが当然と言えよう。
だというのに、エインヘリアは恐ろしいまでの早さで領土を拡大し、それらを完璧な形で統治してみせている。
凡そ人の成せることではない。
しかし、現実にエインヘリアという国は存在し、それを成している。
クーガーやシャイナといった規格外の人材。
それらを飼いならし、十全に使い、目先の利益ではなく、先を見据えて二手も三手も先の手を打つ先見性を持った規格外の王。
あの女狐も随分と執心しているようだし、恐らく桁外れなのは能力だけではないのだろう。
明日の会談、一筋縄ではいかない相手なのは間違いないが、同時に少し楽しみでもある。
「エインヘリアについては以上となります。最後に、使節団に紛れていた不届き者の件ですが……」
「それについては私から」
そう言ってシュプレイスが立ち上がり説明を始める。
「教皇猊下の御指示通り、使節団に紛れ込んだ者達には手を出さず今日まで泳がせておきました。そして本日、エインヘリアへの転移直後に捕縛いたしました。しかし、猊下。本当にこの手筈でよろしかったのでしょうか?」
「えぇ、問題ありません。元々使節団に不届き者が紛れ込んでいる事を教えてくれたのはエインヘリアです。私達フェイルナーゼン神教、エインヘリア、そして帝国。三勢力合同で転移先と転移前の刺客を一斉に捕縛しました。彼らを送り込んだ者達は、この三勢力に喧嘩を売ったも同然です」
そう。
使節団に紛れ込んでいた者達は全てエインヘリアの外交官であるクーガーが調べ上げ、どのタイミングで捕らえるかまで綿密に打ち合わせをしてあった。
そしてそれらを転移直後という初体験で誰もが呆気にとられる一瞬をつき、一網打尽にしたのだ。
帝国とエインヘリアは、自国内で使節団の安全を確保することを名目として、我々フェイルナーゼン神教は自衛という名目で彼らを捕えたことになっている。
実際は情報が筒抜けだった為、エインヘリアにとって一番良いタイミングで確保できるように泳がされていただけだが。
一部の聖騎士達には、使節団に刺客が紛れ込んでいる事自体は知らせていたが、彼らはそういったものを調べる技術は有しておらず、刺客がいることは知っていても手を出すことは許されないという状況は、シュプレイスを含む聖騎士達の精神を削っていたと思う。
相手がエインヘリアに入るまで手を出す気が無い事は知っていたが、暗殺者が近くにいることを知っておきながら平然と出来るものは多くないだろう。
「シュプレイス達には心労をかけましたが、今後の事を考えるとエインヘリア側からの提案を断れなかったのです。申し訳ありません」
「猊下、どうかお気になさらず。猊下が最善だと判断されたのであれば、我々は全力でそれに応えるだけです。気は張りましたが、部下達にも良い経験になったことでしょう」
生真面目な様子でシュプレイスが言う。
聖騎士は神教にとって魔物を狩る剣ではあるが、民や神教の者達の盾でもある。
教皇である私を狙っている時点で、彼らにとって刺客達は許されざる大罪を現在進行形で犯していたとも言えよう。
だというのに、外交的理由で罪人に手を出せず放置しているという状況は……相当な精神的苦痛を伴っていたに違いない。
「ありがとうございます、シュプレイス。刺客についてはこれから尋問して情報を得る予定ですが、そこで得た情報はエインヘリアや帝国と共有します。私達は魔物の対応は慣れていますが、人同士の争いには慣れていません。私達を狙ったのが誰なのかは分かりませんが、その対応は両国に任せることになるでしょう」
私の言葉にシュプレイスだけでなく、会議に参加している全員が頷く。
まぁ、実行犯である刺客の素性はともかく、雇い主に関しては調べるまでもなく分かっているが……それを彼らに伝える必要はない。
遠からず分かる事ではあるが、エインヘリア……そして魔力収集装置の事が確認出来た以上、もはや彼らの事は些末事。
今はそれよりもエインヘリアとの関係が何よりも大事だ。
それ以上に優先することはなく、帝国の女狐への借りなぞどうでも良い話だ。
それに、エインヘリアへの借りは、寧ろ関係を深めるために喜ばしい事でさえある。
私は今回の件をそう締めくくり、他の細々とした打ち合わせをして翌日の会談に備えた。
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