第403話 暗殺者
View of バルカバス 暗殺者 従者として教会使節団に潜入中
暗殺者なんて仕事を生業としている俺だが、昔から運が良い方だった。
まぁ、暗殺者なんてものを生業としている時点で、その程度の運ではあるのだが……それでも致命的な場面での運の良さには定評があった。
仕事中に致命的な事が起こる時点で色々終わっているとは思うが……今の所、結果的に仕事に失敗したことは一度もない。
仲間内では不幸中の豪運等と言われたりもしたが、自ら振り返ってみてもその通りだと思う。
所属している組織に拾われたのは、スラムで最底辺の暮らしをしていたガキの頃。
正確な年齢は分からないが、恐らく五歳前後だったと思う。
拾い上げてくれたのは組織の幹部で、息子のように可愛がってくれたが……その人自身、組織の元暗殺者で修行はめちゃくちゃ厳しかった。
修行中に何度も死んだと思ったが、その倍以上親父には世話になった。
親父には、教えてやれることがこんなもんだけですまないとよく言われたが、親父の技を継ぐと思えば俺は嬉しかった。
それはそれとして、死にかけるたびに逃げたいとも思ったが。
修行をしていた当時は、親父が絶妙な塩梅でぎりぎり死なないラインを見極めてくれているのだろうと思っていたのだが……ある時、割と本気で心配していた親父の顔を見て、そうでは無かったことを悟ったものだ。
毎日のように生を実感出来るような、天才肌の親父が課してくる修行は、凡人の俺をそれなりに腕の立つ暗殺者に育て上げてくれた。
そんな無敵とも思えた大恩ある親父は、暗殺を生業として、そして犯罪組織の幹部をやっていたとは思えない程穏やかに死んだ。
育ててくれた恩を返せたとは思えなかったが……それでも親父は満足そうに逝った。
亡くなる数日前に一人前として認められたが、親父の全てを受け継いだとは口が裂けても言えない。しかし、それでもその辺の連中よりも遥かに腕の良い俺は組織に重宝され、それに比例するように難易度の高い仕事を任されることになった。
俺はその全てに運よく成功して来た。
個人的には、運ではなく実力でそれらの仕事を成功させることが出来たと言えれば良かったのだが、仮に俺が自身の仕事の経緯だけが書かれた報告書を読めば、運が良過ぎだろという感想を覚えたに違いない。
そのくらい俺は、致命的に不幸で……不幸の中で幸運だった。
本来は綿密な計画を立てて、確実に仕事を完遂するのが一流。
故に俺は一流と呼ばれることはないのだろうが……何故か重要な局面を任されるのは俺だ。
とはいえ、今回の仕事で動員されているのは俺だけではない。
噂では俺達の組織以外にも声がかかっていて、少なくない数の刺客が送り込まれているとのことだった。
それだけ依頼主は暗殺を成功させたいという事だろうが、連携の取れない暗殺者なぞ邪魔以外の何物でもない。
うちの組織から出されている刺客は全て俺の指揮下にあるし、親父の……伝説の暗殺者の名前は死した後も絶大な力を持っていて、その弟子である俺に逆らう奴はいないが、他所の連中には親父の七光りなんぞ一切通用しない。
ターゲットは未だかつてない程の地位に就く大物だし、対象を殺害する場所まで指定されている。
自分達の良く知る場所であれば、相手がどれほど大物であろうとやりようはいくらでもあるが、指定されているのは遥か遠方にある大国内。
国賓である以上、警備は凄まじく厳重だろうし土地勘もない。
その上、腕も程度も分からん同業者がいる。
はっきり言って条件は最悪。
従者として使節団に潜り込んだ俺の正直な感想がこれだ。
せめて北方諸国にいる間に暗殺して良いという事であれば、色々と手の打ちようもあったのだが、指令はエインヘリアという南方の国に入ってからだ。
近隣の国であれば暗殺に適した地形や街、人員を自由に使う事が出来るが、帝国以南にまではうちの組織も他の組織も融通は利かせられないし、そもそも情報が少なすぎる。
人員を派遣するのも一苦労だ。
恐らくこの使節団の到着は、道中での施し等を嬉々として行う教会連中の事だから一年くらいは見ておいた方がいいだろう。
準備期間が一年もあると思えば、この厄介な仕事も納得出来なくはない。
ついでにエインヘリアという国についての情報も集めておけるし、一石二鳥というものだ。
俺はそう結論付けて、遠くの地で行う凄まじく時間のかかる暗殺に、せめてもの利点を見出し自分を誤魔化す。
一番の気がかりは……やはり俺達以外の刺客だな。
どうにか上を通して接触を図りたい所だ。
連携はせずとも、お互いの計画を邪魔しない程度に情報は共有しておきたい。
こういった依頼の場合、お互いの邪魔をすることはご法度だが、意図せずに邪魔をしてしまったという言い訳が出来る為、情報共有は必須だ。
そんなことを考えながら北方諸国をゆっくりと南下していたのだが、帝国まであと少しといった所まで来た頃合いで、ようやく上の方で折り合いがついたらしくそれぞれの勢力と情報共有をすることが出来た。
それによると、今回依頼を受けているのは四カ所。
どこもそれなりに名の通った組織で、抱えている暗殺者もそこそこ鍛えられているようだが、組織の規模的に見てもうちにはかなり劣る。
それに……こう言っては何だが、親父という伝説級の暗殺者に鍛えられた俺からすれば、他組織の暗殺者の程度は、どれも似たり寄ったりといった程度にしか見えない。
下手するとうちの連中の方が奴等のトップより上かもしれん。
まぁ、あくまで個人の技量という意味でだが。
チームによる暗殺を得意とする連中であれば、一人一人の技能よりも連携と計画が大事だ。
俺はちょっと苦手な分野だが……これは親父が感覚派の個人プレー専門だったせいだよな。
それはさておき、やはり他の組織の連中もエインヘリアでの仕事を厳命されている為、暫くは準備と計画立てに専念するようだ。
エインヘリアに着くまではまだまだ時間がかかる。
そんなことを考えてながら大人しく従者として働いていたのだが……帝国に入って早々化け物と遭遇してしまった。
ディアルド=リズバーン。
伝説の暗殺者と言われ、英雄を暗殺したことのある親父であっても、絶対にアレの暗殺だけは受けないと断言していた化け物。
その姿を一目見て、親父の言葉の意味を理解出来てしまった。
アレは人の形をした化け物だ。
どんな計画を立てようと、どんな武器を使おうとアレを殺すことは出来ない。
相手をどう殺すか、それだけを考えて生きて来たから分かる生物としての格の違い。
聖騎士の団長もあれと同じ英雄とのことだったが、ふざけるなと言いたい。
アレの暗殺を試みるくらいだったら、聖騎士団を全て殺せと言われた方が遥かにマシだ。
帝国内で殺せという指令じゃなくて、心の底から良かったと思う。
あの化け物がいつまでターゲットと共にいるか分からないが、帝国の外までは着いて来ることはない筈。
帝国内にいる間は全力で気配を殺し、従者としての仕事に邁進しておく方が良さそうだ。
そう考えた俺は部下に全力で気配を殺す様に指示を出した後、俺自身も一切怪しまれるような行動をとらない様に気を付ける。
他の組織の人間だろうが、化け物にあからさまな視線を向けているものが若干名いたが、自殺なら一人でやれと殴りつけるのを堪えるのには苦労した。
そして帝国に着いて翌日、エインヘリアが帝国各地に設置しているという装置を使ってエインヘリアに向かうという話で、教会の使節団は全員その装置の傍にやって来ていた。
これを使ってエインヘリアに行くというが……意味が分からない。
転移という話は漏れ聞こえていたが、それが何を意味するかまで理解出来なかった。
あの化け物さえこの街に居なければ、もう少し情報収集が出来たのだが……あの化け物を前にして余計な行動をとれば、致命傷になりかねない。とてもではないが動くことは出来ないし、部下達にも絶対に動くなと厳命した。
だから碌な情報がないのだが……今は少しでも早くあの化け物から離れたい。
この塔のようなものを使ってどうやって移動すると言うのか……そんなことを考えながら塔を見上げた次の瞬間、視界が一瞬白く染まりそれと同時にあたりの空気が変わる。
反射的に身構えようとした体をぐっと抑える。
殺気は感じない……しかし、明らかに空気が変わった。
その事を訝しむよりも一瞬早く、周囲の景色が一変している事に気付いた俺は呆けたようにあたりを見渡す。
こ、ここは何処だ?
先程までいた街とは明らかに違う場所……周囲の建物の建築様式すら別物だ。
突然の事態に状況把握が遅れる。
離脱するべきか、それともただの従者として狼狽えるだけに留めておくべきか。
そんなことを考えつつ周囲の人間の様子を窺い、俺と同じように動揺しているのを感じ従者として行動することを決める。
俺がそう決めた次の瞬間、先程まではこの場に居なかった教皇たちが少し離れた位置に突然現れた。
俺達もこんな風にこの場所に来たのか?
とりあえず、教皇たちも同じ場所にいるということは、何か攻撃を受けたという訳ではなさそうだ。
無論油断は出来ないが……そんな風に現状を把握しようとしていると、教皇に向かってにこやかに話しける人物の姿が……。
「ようこそエインヘリアにお越しくださいました、マルクーリエ教皇猊下。私は陛下より皆様の案内役を仰せつかりました外交官のシャイナと申します。以後お見知りおきを」
……なんだあれは?
まるで人のような笑みを浮かべながら教皇に話しかける化け物……リズバーンよりも恐ろしい何かがそこにいた。
「初めまして、シャイナ殿。よろしくお願いします」
得体のしれない何かに平然と応える教皇を見てゾッとする。
アレを前にして何故あんな風に振舞えるのだ?
得体のしれない何かも教皇も……恐ろし過ぎて見ていたくはないが、恐ろし過ぎて目が離せない。
しかし、そんな感想を持っているのは俺だけなのか、周囲の者達は落ち着きを取り戻したように動き始める。
い、いや……ここで俺だけが動くことが出来なければ目立ってしまう。
それよりも自然とここから離れつつ情報を……ん?
先程アレはなんと言った?
ようこそエインヘリアにお越しくださいました?
それではまるで、ここがエインヘリアとでも言うような……。
「それにしても、話には聞いていましたが……実際に体験してみると、驚くより他ありませんね。転移と言う物は」
俺は目立たぬように周囲に合わせ動きつつ、二人の会話に耳を傾ける。
……転移と言ったか?
「お楽しみいただけましたか?」
「ふふっ……楽しむ暇もなかったという感じですね。本当に一瞬でエインヘリアまで来てしまったのですから」
「移動にかかる時間は馬鹿に出来ませんし、優秀な方であればある程、移動に割く時間が勿体ないと言う物です。聖地に魔力収集装置が設置されれば、そういった煩わしい時間は限りなくゼロに近づけることが可能となります」
「とても魅力的なお話ですね」
微笑む教皇の姿を見て、二人の会話がゆっくりと己の中で消化されていく……まさか、本当にここはエインヘリアだというのか?
ば、馬鹿な!?
一年はかかる道程を、瞬き程度の時間で移動したというのか!?
マズい!
ここが本当にエインヘリアなのだとしたら、教皇がここにいる間に仕事を終わらせねば……恐らく教皇は帰りもあの装置を使って一瞬で帰るはず。
もはや猶予は殆ど無い。
だが、エインヘリアに送り込んだ人員もまだ国境付近にすら到着していない。
計画も人員も地理情報も……何もかもが足りていない。
それは俺達だけではなく、他の組織の連中も同じだろう。
任務に失敗するくらいなら、他の組織の連中と手を組んで少しでも成功率を上げるべきか?
俺は辺りを見渡し、使節団に潜り込んでいる他の組織の連中を探す。
……?
何故だ?
一人もいないぞ?
俺の部下は全員いるようだが、俺が他組織の刺客だと目していた連中が一人も見当たらない……そうか、確か半数を先に送り、もう半数は後からと言っていたが、あれはこういう意味だったのか。
ということは、他の組織の連中は全員まだ帝国にいるということ。
こっちに来た瞬間、混乱して変な事をしでかさないといいが……巻き込まれるのはごめんだ。
「それでは迎賓館へ案内させていただく前に、事前の取り決め通り、処理させていただこうと思います」
「えぇ、クーガー殿から話は聞いていますが、本当にお力をお借りしても?」
「勿論です。といっても、半数は帝国が処理して下さるのですが……」
こちらに連れて来た方々は合格です。
次の瞬間、俺の視界が真っ暗になり……耳にはそんな言葉がこびりついていた。
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