第402話 あてんしょんぷりーず
View of クルーエル=マルクーリエ フェイルナーゼン神教教皇
朝食後に突然現れた女狐のせいで少し調子を狂わされたが、どうやらアレは深い狙いがあって来訪したわけではないことが話している内に分かった。
しかし、それが分かったところで、相手は大国スラージアン帝国の皇帝。
私程度では逆らうことなぞ出来るはずもない。
しっかりと話に付き合い、たっぷりと皮肉を交換することにした。
彼女と会った回数は片手で数える程しかないのだが……妙に調子が狂わされるというか、不倶戴天の仇といった感じがするのは何故だろう?
もし、前世などというものが本当にあるのであれば、恐らく殺し合った仲だったに違いない。
「ほっほっほ。教皇猊下、何かお悩みですかな?」
私を案内するように歩いていたリズバーンが、こちらを見ながら朗らかに笑う。
流石に年の功といったところだろう。
私の表情を見て内心を当てられる者は、神教内ではサモアンくらいだ。
あと数年もすればユーリィも察することが出来るようになるかもしれないが、現時点では老獪な彼にしか出来ない芸当と言えよう。
「いえ、悩みという程ではありません。エインヘリアとはどのような所なのか、少し想いを馳せていただけですので」
「そうでしたか。陛下のせいで気分を害されたのではないかと、ひやひやしておりましたぞ」
「そのような事はありません。私は皇帝陛下を尊敬しておりますれば、不快に思うような事などただの一つもございません」
「ほっほっほ、いやはや……申し訳ありませんのう」
苦笑しながら謝るリズバーンは、私の言葉を欠片も信じていない様だ。
まぁ、あれだけの空気を二人で作っていたのだから仕方ないだろうが。
しかし、私はそれ以上何も言わずに微笑むと、聖騎士に背負われているゼウロンに目を向ける。
昨日この街に到着して奇声を上げた後、シュプレイスの手で気絶させられたゼウロンだったが、目が覚めるたびに奇声を上げるのでその度に気絶させられていた。
しかし、そろそろ起こさねばなるまい。
もし、私の話を聞かずに奇声を上げ続ける用であれば、聖地に送り返すつもりだ。
帝国相手でもアレはどうかと思うが、ほぼ初対面であるエインヘリア相手に同じことをされれば、取り返しがつかないことになりかねない。
「リズバーン殿、少々失礼します。そろそろ正気に戻さねばならない者がいますので」
「ほっほっほ、猊下も中々苦労されておりますな。いや、我々『至天』の若い連中も色々と我の強い者が多いので、その苦労はよく分かりますぞ」
先程とはまた違った色の苦笑を見せたリズバーンに笑みを見せた後、私はゼウロンの元へと移動する。
「起こしてもらえますか?」
「はっ!」
聖騎士に声をかけると、背負っていたゼウロンを丁寧に地面に下ろし、気付け薬を嗅がせて一気に覚醒させた。
「っは!?ここは……う、うお……」
「ゼウロン枢機卿、そこまでにしてください。興奮する気持ちは理解出来なくもないですが、これ以上騒ぐようであれば、貴方を聖地に送り返さねばならなくなります」
「っ!?」
騒ぎ出すよりも早く私が釘をさすと、目玉が零れんばかりに目を見開いたゼウロンが硬直する。
「分かりましたか?貴方はフェイルナーゼン神教の枢機卿なのです。その立場にいるからこそ貴方は自由に研究に没頭できているのですし、普段面倒な事は言わない分、ここだけ私達に合わせてくれませんか?」
「し、しかしですね……」
「貴方の行いによって、今後エインヘリアとの繋がりの一切が絶たれても良いのですか?」
「そ、それはダメです!絶対にダメです!」
「えぇ、その通りです。ですので、暫く大人しくしておいて下さい。必ず技術的な話をする機会はあります。ゼウロン枢機卿はその時に働いてもらわねばなりません。その為に、貴方を聖地に送り返すわけにはいかないのです。ですが、貴方の行いはエインヘリアとの関係を悪化させかねない」
「も、申し訳ありません猊下。興奮しすぎないように留意致します」
恐縮した様子で頭を下げるゼウロン。
彼にとって、フェイルナーゼン神教の教義も教会の立場も、一切興味のない事であることは分かっているし、神教内で研究するだけであればそれでも全く構わない。
だが、こうやって外に出る機会が恐らく今後は増えるはず……その時に奇行を繰り返されては、流石に痛手となる。
だからこそ、自重して欲しいのだが……ここで釘を刺したとしても、すぐに忘れてしまうだろう。
しかし、今回に関しては最初が肝心だ。
最初だけ取り繕えば、後は気絶させて宿にでも放り込んでおけばよい。
話が進んで技術的な話になれば、その時改めて彼を参加させれば問題はないだろう。
「申し訳ございませんでした、リズバーン殿」
「ほっほっほ、もう宜しいのですかな?」
「はい。出発前に面倒な所を見せて申し訳ありません」
「いえいえ、本来であれば朝の内にその話をする筈だったところでしょうが、うちの陛下が突然こられましたからな。時間が無かったのは我々のせいでしょう」
相手がリズバーンではなくあの女狐だったら力強く同意するところだが、リズバーン相手にそんな事をしても全く意味はない。
私は、そのような事はけしてないと答えた後、通りに設置された魔力収集装置を正面から見る。
既に周りには帝国の兵と聖騎士が配置され、周囲の安全は確保されている。
この辺りの民には迷惑をかけてしまっているし、早いところ移動するべきだろう。
私と同じように魔力収集装置を見上げ、私とは違い鼻息荒くそわそわしているゼウロンが我慢出来ている内に……。
「リズバーン殿、これからどうすればよろしいのでしょうか?」
「準備が良ければ、いつでもエインヘリアへと転移できますぞ?まずは聖騎士を半数、それから教皇猊下と枢機卿殿を、最後に残った半数の聖騎士を送る手筈となっております。向こうでは既にエインヘリアの者が準備を整えておるじゃろうから、転移後の事はそちらに聞いて貰えるますかの?」
「畏まりました。準備は出来ておりますので、いつでも始めて頂いて構いません。それとリズバーン殿、突然の来訪だったにもかかわらず斯様な手厚い歓待、感謝いたしております。この御礼はいずれ必ず」
「ほっほっほ。猊下は我等にとっても大切なお客様じゃからな。恐らく、今後は以前よりも関わりが増えるじゃろうし、お互い気兼ねないやり取り……とまでは中々いかんじゃろうが、そういった関係を構築できればとは思っておりますのじゃ」
「それは、とてもありがたいお話かと存じます」
「無論、猊下がこれより向かう先……エインヘリアでどのような話をされるか次第でしょうがな」
そう言って微笑むリズバーン殿に笑みを返す。
やはり予想していた通り、帝国の考えはエインヘリアに右に倣えということで確定のようだ。
だからこそ、あの女狐もわざわざここに来たのだろうが……エインヘリアとの話が良い方に転がれば、帝国とも良い関係が構築出来る。
しかし、逆を言えば……エインヘリアとの関係が悪い方に転がれば、帝国との間柄にも影響が出るということ。
一挙両得となるか一挙両失となるか……非常に厄介な話ではある。
レイリューン司教の聞いた話が全て真実であるなら、これ以上簡単な話はない。
しかし、そのままそれを信じてやれる程私は純粋ではない。
あの男……クーガーを送り込んで来るような国だ。
一筋縄で行くはずがない。
密偵としてあり得ない実力……それこそ、シュプレイスやラキュアのような英雄でさえも気取る事の出来ない隠形で、聖地で最も厳重に警備されている私の部屋や、そもそも入り口が限定されている隠し部屋に侵入して情報を浚う。
これはつまり……大げさでも何でもなく、エインヘリアが本気になれば隠しておける情報など存在しないとも言える。
あの日、クーガーは対面して少なからず会話と打ち合わせしたというのに、それ以上の情報を読み取らせなかった。
軽薄な仮面に覆われていたが……あれは凡そ生物と呼べる精神構造ではない。
まだ魔物の感情を読み取れと言われた方が簡単と言えるだろう。
あの密偵を使い、エインヘリアはこちらの全てを知った上で私を招いている。
それは即ち、エインヘリアにとって私は価値があるという事。
それがどういった意味なのか、もうすぐ判明する。
「それでは、転移を始めるとしますかな」
リズバーンの言葉が終わると同時に、先陣となる聖騎士や従者達が唐突に姿を消す。
「これが転移……」
「初めは驚くと思いますが、慣れればこれ程便利な移動手段はありませんのう」
「慣れられるように努力します。それと、最後になりましたが……リズバーン殿、厄介事を押し付けてしまったこと、本当に申し訳ございません。何卒、よろしくお願いいたします」
クーガーとの打ち合わせで、少々面倒な借りを帝国に作ることになってしまったが、エインヘリア側からの申し出なので断ることが出来なかった。
その事について私が謝ると、リズバーンは朗らかに笑って見せる。
「ほっほっほ。どうかお気になさらず。大した労力ではありませんからな。エインヘリアとの会談、上手くいくことをお祈りしておきますのじゃ」
その言葉を最後に、目の前で光が弾けた様な眩しさを感じた私は反射的に目を閉じ……その目を再び開いた時、周囲の景色は様変わりしていた。
「ようこそエインヘリアにお越しくださいました、マルクーリエ教皇猊下。私はエインヘリア王陛下より皆様の案内役を仰せつかりました、外交官のシャイナと申します。以後お見知りおきを」
そして、そこには晴れやかな笑みを浮かべた
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