第401話 女狐

 


View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 胡散臭い笑みを浮かべた教皇が、ほぼ詐欺師といった声音で挨拶を返してくる。


 その姿は何処からどう見ても女狐と表現するのが相応しい。


 この女をエインヘリアに向かわせるのは、個人的には非常に反対したい所だが、エインヘリアからの要望とあっては断る事は出来ない。


 個人的には本当に反対したい所だが、仕方ない。


 まぁ、エインヘリアの狙いは分かる。


 この女狐はともかく、大陸北方において教会の力は侮る事が出来ない。


 面倒を避けるのであれば、教会の力を利用するという考えは至極真っ当といえよう。


 個人的には全力で反対したい所だが、仕方ない。


「どうも先程からご自身を納得させるのにお忙しそうですが、そろそろお話をしませんか?こうして目の前にいるのにご自身の内側とだけお話をされるのは寂しいものですので」


「実は今日ここに来ることを決めたのは今朝の事でな。西にある農地に視察に行く予定だったのだが、先方の都合がつかず、折角だから珍しい人物の顔でも見ておこうと思って来てみたのだ」


「驚きました。帝国内で陛下の来訪よりも優先させることがあるのですか?」


「当然だ。私の時間は安くないが、それ以上に大切なものは存在する。特に他国が絡むことであればな」


 私がそう言うと、女狐は穏やかに微笑む。


「なるほど。どうやら私達は同じ相手に懸想しているようですね」


 け、懸想!?


 思わず叫びそうになった私だったが、軽く嘆息してかぶりを振るに留める。


「そちらの懸想相手が誰かは知らぬが、一筋縄ではいかない相手なのだろうな」


「ふふっ……それを一番よくご存知なのは陛下では?」


 本当に面倒な女狐だ。


 今日私がここに来ることは予想出来なかった筈。


 その為にわざわざ昨日ディアルド爺に出迎えをさせたのだ。


 目くらましとしては豪華すぎる……そんな風にこの女狐は考えている筈。


 そして当然、更にその先……私の来訪目的にまで考えが進んでいるだろう。


 だが……正解にはそう簡単には辿り着くまい。


「当然だな。かの国との付き合いは我々の方が長い」


「長い、といってもまだ一年程度の付き合いでは?」


「貴殿も行けば分かる。彼の国との一年の付き合いが、どれほど濃厚であるかをな」


「大帝国……大陸で最大の国であるスラージアン帝国の皇帝陛下が、そう称されますか」


 口も目も、穏やかな笑みを見せているが、目の奥から僅かにこちらを窺うような色を感じる。


 突然齎されたこの場で、少しでもこちらから情報を得ようとしているのが手に取るように分かるが……まだ明かしてやるつもりはないぞ?


「当然だな。エインヘリアはそう称する他術がない。しかし、一つ気になるのだが……エインヘリアは大陸の南を領土とする国。対する教会は大陸の北を聖地とし、多くの信徒を抱えている。教会の教えはあまり南方では盛んではない筈だが、何故エインヘリアに手を出すのかな?」


「まぁ、手を出すだなんて恐れ多い。私共といたしましては、是非我等の理想を叶えるために、遠き地にある大国エインヘリアにご助力して頂きたいと考えているだけです」


「我々にそうしているように、エインヘリアにも金銭を求めると?」


「ふふっ……民を救済する為には金銭が欠かせませんので。ですが、エインヘリアにそのようなものをわざわざ求めると?」


 まぁ、それはそうだろう。


 魔力収集装置の事を知っている以上、教会もそれを求めているのだろう。


 しかし、私達帝国と違って、聖地ともう一つ小さな街しか保有していない教会が、魔力収集装置を求めるのは何故だろうか?


 確かに移動時間は短縮できるが……そこまで街の距離が離れているということもない。


 馬車で半日も移動すれば移動出来る距離だったはず……勿論転移という移動手段が得られるならばそれに越したことはないと言えるが、重要度はそこまで高くないだろう。


 ならば、魔力収集装置を設置する意味は?


 魔力収集装置を設置する最大の利点は、言うまでもなくどんな距離であろうと一瞬で移動することが可能な転移機能に尽きる。


 しかし、教会の保有している領地にそこまで転移や通信機能が必要だとは思えない。


 となると……狂化対策か?


 大陸北部には妖精族が殆どいない筈だが、人族が狂化しない訳ではないとフェルズは言っていたし、その原因である魔王の魔力とやらは……教会の考え方……全ての民に救済をという考えにとって、けして看過できないものだろう。


 それに、魔物の被害を抑えるという意味で、魔力収集装置はかなり大きな役割を果たしている。


 教会は魔物の討伐に腐心しているし、そちらが主な理由かもしれん。


 しかしそうなると、やはり設置数に違和感が……この女狐がわざわざ慣例を破ってまでエインヘリアに行くほどかとというと、やはり足りないな。


 勿論魔力収集装置の設置というのは慣例を破るには十分過ぎる程の理由ではあるが、それはあくまで普通の国家であればの話だ。


 教会という領土の狭さで言えば、そこまで大きな見返りとは言い難い。


 ……なるほど。


 フェルズの奴、教会を使って北方諸国を実質手に入れるつもりか。


 そしてこの女狐はその思惑に乗った……いや、寧ろ教会が主導してエインヘリアという抑止力を背景に北方を安定させるつもりか。


 現時点で教会は北方諸国にかなりの影響力はあるが、その力は完璧とは言い難い。


 しかし、エインヘリアを後ろ盾とすることで支配力を盤石なものとする……この女狐の考えそうなことだ。


 民の救済……その理念に嘘はないのだろうし、事実身を削る勢いでそれを実現させているが、この女狐は、それを他者にまで強いる。


 それも、自らの意思でそうしていると思い込ませるようにだ。


 悪辣な善意の強要とでも言えば良いだろうか。


 フェルズがこの女狐に騙される可能性は皆無だが、民の救済を謳う女狐に北方の管理を任せようと考えてもおかしくはないか……。


「愚問であったな。アレの価値を知っていれば、引きこもりの教皇自ら尻尾を振りに行ってもおかしくはない」


「えぇ、そうですね。きっと大陸最大の国を謳っている王であっても、涎を垂らして尻尾を振るに違いありません」


「はははっ……」


「ふふふっ……」


 空気がギシリと音を立て、リズバーンや教会の聖騎士が若干表情を変える。


 警戒……というよりも若干呆れ顔だが。


 しかし、まぁ良い。


 私が今日ここに来た目的は……教会の意図を探るとか、エインヘリアの狙いを読み解くとか……そういう物ではない。


 エインヘリアへと招かれたこの気に入らない女狐を、全力で混乱させてやりたいだけなのだから。






View of クルーエル=マルクーリエ フェイルナーゼン神教教皇






 意図が読めない。


 何故この女狐はここにいる?


 フェイルナーゼン神教とスラージアン帝国は、それなりに距離を保った関係だ。


 金銭の要求はすれど、その見返りに北部の方で軽い医療活動や貧困への支援を教会でやる程度。


 そんな、ある意味疎遠な関係で終止しているのは、この女狐が先代とは比べるべくもなく為政者として優秀であるからに他ならない。


 たった十年足らずで国内の混乱を全て収め、名実供に帝国を大陸で一番の国にしてみせた手腕、まさに英傑というに相応しい人物だ。


 仮にこの女狐が我々の教義に賛同してくれれば、フェイルナーゼン神教はエインヘリアが台頭するよりも早く、大陸中に信徒を増やすことが出来ただろう。


 しかし、全てを救済せねばならない我々と違い、帝国が救うのは自国の民のみ。


 そして、帝国がこれ以上領土を拡大させることを一番嫌っているのは、この女狐本人だ。


 帝国が、そしてフィリア=フィンブル=スラージアンという人物が管理出来る限界まで領土が広がっている事を、彼女が一番よく理解している。


 帝国を利用して影響力を拡大したい私と、フェイルナーゼン神教の影響力を北方だけに抑えておきたいこの女狐。


 根本的な部分で、私とこの女狐は相容れないのだ。


 故に私は彼女を取り込めず、彼女は私を信用しない。


 それにしても、今日はいつにもましてこの女狐の思考が読めない。


 本当に厄介な相手だ。


 ただ、唯一安心できるのは、お互いがお互いの事をそう思っているということ。


 食えない相手で気に食わない相手。


 互いにそう思うからこそ、一番良い距離間で付き合う事が出来るのも事実。


 仮にこの女狐が手を組もうと提案して来たとしたら、私は常に背中どころか周囲全てを警戒するだろうし、私が帝国の民の為に活動をしたいと言っても、一欠けらもこの女狐は信じないだろう。


 帝国と協力関係になるためには、まず先に関係を結ばなければならない相手がいる。


 そんな風に考えつつ、この謎の会談は私達がエインヘリアに向かう直前まで続けられた。


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