第400話 英雄の言葉
View of クルーエル=マルクーリエ フェイルナーゼン神教教皇
『轟天』のリズバーン。
人の身では到達不可能と言われていた空を制し、帝国史はおろか大陸史にさえ名を残す英雄の中の英雄。
私が生まれるよりも遥か昔から、英雄の代名詞として謳われる帝国の切り札。
自ら育て上げ、新たに生み出された英雄に筆頭の座こそ譲ったものの、その力も権威も何ら衰えることはない。
サモアンは若かりし頃、聖騎士団団長として、そして英雄として数多の魔物と戦い、ドラゴンさえ討伐したことがあるのだが……そんな彼をもってしても、ディアルド=リズバーンは化け物だという。
そもそも、八十に近い年齢で未だに現役で戦場に出られるという時点で、化け物以外の何物でもないが。
そんな人物が好々爺のような笑みを浮かべながら使いっ走りをしている姿は、違和感以外の何物でもない。
「ここから街までは我々がご案内させていただきます。何かご要望等ありましたら、何でも言って下され」
「ありがとうございます、リズバーン殿。帝国……いえ、大陸でも最強であらせられるリズバーン殿がいらっしゃれば、道中は聖騎士達も気を抜いて良さそうですね」
「ほっほっほ。最強については随分前に返上致しましたが、道中の安全はお約束致しますのじゃ。夕刻頃には街に尽きます故、ごゆっくりなさって下され」
最後にそう言って私の前を去るリズバーンを見送った後、聖騎士団団長であるシュプレイスが私の傍へとやって来る。
「猊下、帝国から事前に迎えを寄越すとは聞いておりましたが、宜しかったのでしょうか?」
「勿論です。大英雄であるリズバーン殿を案内役兼護衛として寄越して下さったのは、皇帝陛下の御厚意でしょう。何も問題はありません」
私が微笑みながら言うと、シュプレイスは神妙な顔で頷く。
「それと、分かっているとは思いますが、先程の言葉は真に受けないで下さいね?私が信頼しているのは貴方達聖騎士ですので」
「はっ!我等の身命を賭して、猊下のお傍に一切の危険を近寄らせたりはしません!」
「ありがとうございます」
シュプレイスにそう告げた私は馬車へと戻る。
馬車にはゼウロンはおらず、扉を閉じた私は小さくため息をつく。
フィリア=フィンブル=スラージアン。
相変わらず抜け目のない……。
事前に国内を通過する連絡は入れていたが、私がいることは伝えていなかった。
にも拘らずリズバーンを送り込んで来たということ……こちらの動向は把握していると釘を刺している事が一つ。
教皇である私に最大限気を使っているとアピールすることが一つ。
余計な事はするなと暗に告げている事が一つ。
そして、エインヘリアに国賓として招かれている相手を最大限に尊重していると見せることが一つ。
我々の事は鬱陶しいたかり屋程度にしか思っていないだろうに、本当に面倒な相手だ。
帝国という壁さえ南に広がっていなければ、もっと多くの国で信徒を増やすことが出来ただろうに。
いや、帝国の皇帝があの女狐ではなく先代のままであれば、帝国内で信徒を増やし、その実権を掌握することも可能だっただろう。
まぁ……帝国という巨大な国が安定し、民が健やかに暮らしているというのは非常に素晴らしいことではあるが……それでもやはり取りこぼしはある。
国を運営していくことが綺麗事でないことは十分理解しているが、フェイルナーゼン神教の教義として弱者が零れてしまう事を仕方ないという訳にはいかない。
それに魔王の魔力の件もある。
やはり、フィリア=フィンブル=スラージアンとは一度正式に話す機会を作るべきだな。
今回、教皇が聖地を離れるという前例を作ったことで、帝国行きも問題はなく行える。
最優先はエインヘリアの意思を確認して、可能であればこちら側へと引き込む。
そして恐らく、エインヘリアを引き込むことが出来れば、帝国をこちらに恭順させることも可能だろう。
傍から見て、帝国はそのくらいエインヘリアに気を使っている。
そう考えるきっかけとなったと思えば、あの女狐がリズバーンを送り込んできたことにも感謝するべきだな。
それに、大陸最高位の英雄を実際に見ることが出来た聖騎士達にとって、良い刺激となったことだろう。
臨戦態勢に入らずとも感じるあの独特の空気……戦いに関しては全くの素人である私でも、只人とは違う隔絶した何かを感じることが出来るのだ。
武芸者である彼らならば、あの邂逅だけで多くの事を学び取ってくれたに違いない。
現にシュプレイスは……これ以上ないくらい気合が入っていたようだし、帝国兵が護衛についてくれているとは思えない程、護衛の聖騎士達の纏う空気がピリッとしたものになっていた。
英雄というカテゴリーで考えれば、シュプレイスや聖騎士団副団長であるラキュアもリズバーンと同格ではあるが、やはり同じ英雄と呼ばれる存在であっても格というものがある。
実際、帝国には二十人を下らない数の英雄が在籍しているが、その強さは大きく違うことが知られている。
特にリズバーンを含む二つ名持ちは、隔絶した強さらしい。
シュプレイスやラキュアは魔物と戦う事を使命としている英雄なので、戦争等で人と戦う英雄達とは方向性が違うが、帝国の英雄達と比べてどの程度の強さなのか気にならないと言えば嘘になる。
無論、聖騎士は魔物への対抗手段であり、その武を競い合う必要はないが……以前サモアンが、聖騎士の戦力向上について会議をした際に、他人と競い合う事でより高みへと至れることもあると言っていたのを思い出したのだ。
当時は、周辺国に派遣されて魔物の脅威を取り除くという聖騎士の立場上、他国の騎士と武を競い合うのは色々と問題があるという判断で見送ったのだが、相手が帝国であればまた話は別だ。
帝国は、聖騎士の助力を必要としていないからな。
勿論、これはこちらの都合だけであって、帝国には一切メリットがない話。
もしそういった交流をするのであれば、何らかの餌を用意しておく必要があるだろう。
そんなことを考えつつ馬車に揺られ、私達は帝国の街へと辿り着いたのだが……。
「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
街について早々、ゼウロンが壊れた。
「こ、これは!これはああああああああああああああああああああああああああ!?」
興奮しているのは分かるが、これは非常にマズい。
聖職者として何一つ仕事が出来ない男ではあるが、ゼウロンは一応枢機卿。
フェイルナーゼン神教における最高位職に就いている人物なのだ。
そんな男が、街の大通りで奇声を上げているのは……フェイルナーゼン神の名に傷をつける愚行と言える。
「シュプレイス、許可します。ゼウロン枢機卿を大人しくさせて下さい」
「御意」
奇声を上げ続けるゼウロンを止めるようにシュプレイスに命じると、次の瞬間ゼウロンの傍に移動したシュプレイスがぐったりとした彼を抱き上げていた。
何をしたのか全く分からなかったが、とりあえずゼウロンが大人しくなったので良しとしておこう。
とりあえずひと段落を見せた狂騒から視線を外すと、苦笑するような表情のリズバーンと目が合う。
「申し訳ありません、リズバーン殿。お騒がせしました」
「ほっほっほ。彼が興奮していたのは、あの装置のことですかな?」
私が謝ると、リズバーンは目を細めながら塔のような建造物の方に顔を向ける。
「あれが、エインヘリアの?」
「えぇ。魔力収集装置……帝国の技術者では丁寧に指導されても作ることが能わない超技術。エインヘリアという国が、どれほど規格外なのかを象徴するような代物ですのう」
「リズバーン殿から見ても、エインヘリアは規格外ですか?」
私の問いかけに、リズバーンは心底おかしいというように笑う。
「ほっほっほ。既にエインヘリアの情報は齎されているでしょう?であれば、その全てを真実として受け止めて、更にその上でエインヘリアはそれを超えて来る……そう考えて向かう事をお勧めするのじゃ。これは純粋に先達からのアドバイスと思ってくれると嬉しいのう」
そう言って笑うリズバーンの表情には一切の嘘が無い。
「……感謝いたします、リズバーン殿。正直、まだエインヘリアについては計りかねているので、その御言葉、胸に刻んでおきたいと存じます」
「良き旅となる事を祈っておりますぞ。さて、そろそろ本日の宿に案内いたそう。猊下も長旅で疲れておるじゃろうから、是非くつろいでいただきたい」
「お言葉に甘えて、じっくりと休ませていただきます」
礼を言うと、妙に嬉しそうに頷いたリズバーンに案内されて領主館へと案内された私は、長旅で凝り固まった体をゆっくりと休めることが出来た。
幸い、シュプレイスによって気絶させられたゼウロンはそのまま目覚める事なく、静かに一夜を明かすことが出来たのだが、その翌日リズバーン以上に厄介な相手が私の前に現れた。
「久しいな、クルーエル=マルクーリエ。貴殿の教皇就任式以来か?」
「お久しぶりでございます、フィリア=フィンブル=スラージアン皇帝陛下」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた女狐が私の向かいに座っていた。
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