第399話 同行者と道中



View of クルーエル=マルクーリエ フェイルナーゼン神教教皇






 エインヘリアの外交官を名乗る男、クーガーと話をしてから数週間後、私はゼウロンを伴い聖地を出立した。


 当然、エインヘリアに向かう事が目的ではあるが、この件はかなり揉めることになった。


 教皇である私が聖地を離れることは基本的にはない。


 しかし、今回の件は、たとえ特例を作ってでも私が動くべきと主張した。


 難色を示したのはサモアンとレフラス。


 消極的に否定していたのはプリオラン。


 賛成していたのはハバレア。


 全力で賛同して自分も行く必要があると強く主張したのがゼウロン。


 サモアンは伝統派という立場に則り、一番忠実に判断したと言えるし、中立であるレフラスも表向きは問題ない。


 プリオランは心配性故の否定だが、派閥的に言うならば賛同して然るべきだ。


 ハバレアの対応は、派閥的に何も問題ないがその内心は別。


 そしてゼウロンは……己の欲に忠実なだけだ。


 いっそ清々しくはあるが、研究責任者という立場を考えれば彼の行動は間違っていない。


 当然、会議に参加していた全員がゼウロンに呆れていたが。


 しかし、エインヘリアに向かい魔力収集装置の話を聞くのであれば、ゼウロン以上に適任が居ないのは確か。


 故に、ゼウロンが今回、私と共にエインヘリアに向かうのは何も間違ってはいない。


 間違ってはいないのだが……。


「つまり、同じ魔力という呼び方をしていますが、我々が治癒魔法に使う魔力と魔王の持つ魔力は、本質的に別のものと言えるのです。ですが、従来の方法ではその検出は極めて困難であり、魔王の魔力というものが本当に存在すると実証することは出来ませんでした」


 教皇の前でいきなり教義を否定しだしたのは、枢機卿であるゼウロン。


 現在私がいるのは馬車の中で……何故かゼウロンが向かい合わせに座っており、彼は非常に熱心に話しかけてきている。


「しかし、この魔道具によって魔王の魔力を検出することが出来る!筈なのですが……」


「確か数年前に完成した魔道具だったと記憶していますが、実証出来ないということでお蔵入りになっていたのではありませんか?」


 私の問いかけに満足げに頷くゼウロン。


 欲しかった質問を得られたゼウロンは、更に一段階機嫌を良くしながら私の問いかけに応える。


「そうなのです。この魔道具は周囲に存在する魔王の魔力に反応して、先端部分にある魔石の色が変化する仕組みとなっております。具体的には……」


 そこから始まる恐ろしく長い技術説明は、技術者ではない私では到底理解出来ないような内容だったが、要点だけを掻い摘み、理解した風を装いながらゼウロンに話しかける。


「つまり、聖地や北方周辺国には既に魔王の魔力が蔓延しており、既に魔石の色は変化済み。そしてこの大陸には魔王の魔力が行き渡っている為魔石の色を元に戻すことが出来ず、本当に魔王の魔力に反応して色が変わっているのか、判断出来ないということですね?」


「その通りです。勿論、この魔道具が魔王の魔力に反応して魔石の色を変えたという事については私自身確信しておりますが、試行回数やデータが不足しているのも事実。私の主観による保証では何の意味もありません」


「もし、エインヘリアが謳っている魔力収集装置の効果が真実であれば、その魔道具で判定できるという事ですか」


 問題は、実証され、効果が保証された魔道具ではない為、変化が無かったことがそのままエインヘリアが嘘を言っている証拠にはならないということ。


 変化があれば話は別だが。


「そう言えれば良かったのですが、正直な所反応がある事を期待するといった段階です」


「なるほど、是非それは期待したい所ですね」


 フェイルナーゼン神教の研究部門。


 予算はけして潤沢ではなく、人材も豊富とは言い難い。


 その中にあって、ゼウロンは非常に優秀な研究者だ。


 少々偏屈で、自分の興味のない事は、たとえ教皇の命であっても無視する。


 これといった成果を上げたことはなく、しかし優秀であることは誰もが認めており、妥協も婉曲な言い回しもしない彼の言は誰もが真実だと疑わない。


 枢機卿でありながら聖句の一つも唱えられない教会の異端者。


「エインヘリア。魔王の魔力の件を別にしても、その技術は絶対にこの目で見て、可能であれば習得したいと考えております。勿論、案内をしている司教が嘘をついていたり騙されたりしていなければの話ですが」


「彼が虚言を弄することはありません。あのプリオラン枢機卿の信頼する部下ですからね。騙されている可能性は否定できませんが、エインヘリアは新興とは言え大国です。私達は国家ではありませんが、それと同等の扱いをされることが普通。そんな私達相手に、このような致命的になりかねない嘘はつかないでしょう」


「ふむ、そういう物ですか」


 さして興味もなさそうに答えたゼウロンは、大切そうに魔道具をカバンの中にしまったのだが……すぐに先程とは別の魔道具をカバンから出して説明を始める。


 嬉々として説明を続けるゼウロンの言葉を聞きながら、私は馬車の外に意識を向けた。


 ここは既に帝国の国境近く。


 クーガーという男の話では、帝国からエインヘリアへと転移が出来るように手筈は整えられているという。


 至れり尽くせりといった感じだが、エインヘリアの意図が読めない。


 魔力収集装置を北方諸国に設置する為にしては、やり方が随分と迂遠だ。


 エインヘリアと帝国の関係を考えるのであれば、北方諸国を併呑するくらい難しい話ではないし、わざわざ、我々フェイルナーゼン神教を通して魔力収集装置の設置を進めようとする理由が分からない。


 エインヘリアに行けば、エインヘリアの王に会えば、恐らくその理由が分かる。


 その行いが、考えが本当にフェイルナーゼン神の御心に沿ったものであるならば、私達……いえ、私は協力を惜しまない。


 しかし、その想いがフェイルナーゼン神の御心に反する場合……我々は、エインヘリアを止めることが出来るだろうか?


 大陸南には、あまりフェイルナーゼン神への信仰が広まっていない。


 故に信徒を使った圧力をエインヘリアにかけることは不可能だ。


 可能であれば、エインヘリアの力を使い大陸の広い範囲にフェイルナーゼン神教の教えを広めておきたい。


 魔王が復活する以前であれば、北方の限られた範囲にだけ教えを広め、真の教義については秘していても良かっただろう。


 しかし、魔王が復活し、実際に脅威が迫ってきている昨今、いずれは今のような規模の小さな救いすら施すことが出来なくなる。


 エインヘリアの力を使って信徒を増やし、力をつけて……エインヘリアを止める。


 実に都合の良い、夢想家向きの案件だが……どれだけ力を持てばエインヘリアを止められるだろうか?


 少なくとも帝国以上の力が必要……。


 エインヘリアの内側に潜り込む以外そんな力を得ることは出来ず、潜り込もうとしても潜り込めるとは限らず、潜り込めたとしても食い破ることが可能とは限らない。


 魔王の魔力にエインヘリアという新たな脅威。


 まだ目に見えているエインヘリアの方が与しやすいと考えるべきか。


 そんなことを考えつつ、私はゼウロンの話に耳を傾けること数日、ようやく帝国領内に到着した。






「ほっほっほ、我等スラージアン帝国にようこそおいで下さいましたな。御無沙汰しております、マルクーリエ教皇猊下」


「出迎え感謝いたします。まさか帝国の英雄殿に出迎えて頂けるとは思ってもいませんでした」


 帝国の国境にて私達フェイルナーゼン神教の使節団を出迎えたのは、この大陸において最も高名な帝国の英雄。


 『轟天』の二つ名を持つディアルド=リズバーンだった。


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