第396話 臨時神教会議
View of マハルタ=レイリューン フェイルナーゼン神教司教 革新派
教皇猊下の発議により開催が決まった臨時神教会議。
出席者はクルーエル=マルクーリエ教皇猊下。
ザルカ=プリオラン枢機卿猊下。
ベイロット=ハバレア枢機卿猊下。
デニス=ゼウロン枢機卿猊下。
ドルア=サモアン枢機卿猊下。
ロウ=レフラス枢機卿猊下。
そして私です。
司教という私の立場からすれば、場違いもいいところではありますが、今回の臨時会議はエインヘリアに関する内容なので、私の参加は必要でしょう。
因みに派閥的には、教皇猊下とゼウロン枢機卿猊下とサモアン枢機卿猊下が伝統派。
プリオラン枢機卿猊下とハバレア枢機卿猊下が革新派、レフラス枢機卿猊下が中立となっております。
「皆さん。本日は忙しいところ急遽集まって頂き感謝いたします」
この場において唯一の女性である教皇猊下の涼やかで良く響く声が、広い会議場の中に凛と響き渡り、会議の始まりが告げられます。
私が聖地に戻って来てからこの会議が行われるまで、既に一か月半の時が流れております。
というのも、枢機卿猊下の半数以上が周辺国へと奉仕活動に出ており、戻って来るまでにそれなりの時間を有したのです。
「猊下、最優先でとのことでしたので急ぎ戻ってまいりましたが、一体どうされたのでしょうか?予定では、私は東側諸国を三カ所ほど回る筈だったのですが」
プリオラン枢機卿猊下と同じ革新派であるハバレア枢機卿猊下が、険しい表情を見せながら言います。
私であれば、教皇猊下にそのような口の利き方は恐れ多くて絶対に出来ませんが、教皇猊下も、そして他の枢機卿の方々も特に気にされた様子はありません。
「予定を崩させてしまってすみません、ハバレア枢機卿。ですが、今回の会議は何よりも優先すべきことだと判断いたしました」
「……それは、民の救済よりもですか?」
「その通りです」
「っ!?」
民の救済よりも会議を優先させるという教皇猊下の言葉にハバレア枢機卿猊下だけでなくプリオラン枢機卿猊下を除く全ての方が驚愕の色を見せました。
今代の教皇猊下はまだ年若く、教皇となられたのも三年ほど前……二十歳の頃であったと記憶しています。
何故このように年若い方がフェイルナーゼン神教における最高位に就いていらっしゃるのかというと、とても不幸な事故、そして長年続けられてきた教皇選任の仕組みがあったからに他なりません。
我等フェイルナーゼン神教はフェイルナーゼン神が女性神という事もあり、代々教皇に就任されるのは女性と決まっております。
また、教皇就任時に、次代の教皇を枢機卿と共に選任しておくのです。
次代の教皇に選任された方は当代の教皇猊下の側付きとなり、その責務の全てを傍でサポートしつつ学ばなければなりません。
そして長年の研鑽を経て、大体四十前後の年頃で教皇に就任されるのが慣例となっております。
ですが、先代の教皇が事故によって早逝してしまい、急ぎマルクーリエ教皇猊下が就任されることとなりました。
代々教皇猊下はフェイルナーゼン神の御心を最も理解し、誰よりも慈悲深い方が就任されます。
そして、今代の教皇猊下は年若くとも歴代の教皇猊下何ら劣る事のない慈愛に満ちた方であり、その資質、そして優秀さを疑う者はおりません。
そんな方が、民を救済することよりもこの会議の方が大事と言い放ったのです。
教皇猊下の事を良く知る枢機卿の方々の受けた衝撃は、相当なものに違いないでしょう。
「先日、南方の大国、エインヘリアにそちらのレイリューン司教を送ったことは、皆さん覚えていると思います」
誰もが驚きに言葉を失う中、教皇猊下が私の方に視線を向けながらそうおっしゃると、枢機卿の方々も私の方に視線を向けながら頷きます。
「確か半年くらい前の事ではありませんでしたかな?随分と早い帰還のようですが……何か問題でも?」
伝統派にして、最年長の枢機卿であられるサモアン枢機卿が蓄えた豊かな髭を撫でつけながら尋ねられると、教皇猊下はにっこりと微笑みつつ口を開きました。
「後はレイリューン司教に報告してもらいましょう。当事者から聞き、そして疑問は直接尋ねた方が理解も深まるでしょうしね」
「ふむ、確かに猊下のおっしゃる通りですな。ではレイリューン司教、話を聞かせてくれますか?」
「畏まりました」
教皇猊下とサモアン枢機卿に指名された私は、立ち上がり略式の拝礼を行った後、若干緊張しつつ口を開きます。
「私は十か月程前、エインヘリアと友誼を結ぶ為南へと派遣されました。道中は順調で約四か月の時をかけ、エインヘリアとサレイル王国の国境付近まで辿り着きました」
そして私はレイリューン司教猊下や教皇猊下に以前説明した通り、エインヘリアについて……そして、ポーションと魔力収集装置について説明しました。
プリオラン枢機卿猊下を除く四人の枢機卿の反応は二つ。
一方は真剣な表情で考え込んでおり、私が配った資料を睨みつけるように見ております。
そしてもう一方は、私の話を信じるつもりがないといった様子ですね。
「レイリューン司教。失礼ながら、今の話は本気なのかな?」
少し呆れたような様子を見せながらそう言ったのは、ハバレア枢機卿猊下。
既に資料は脇に置かれ、机の上で手を組んで私の方をじっと見ております。
「嘘偽りがない事をフェイルナーゼン神に誓います。これらは全て、私が実際にエインヘリアの王都に赴き、エインヘリア王陛下から直接窺った話です」
「ふむ……では、この魔力収集装置?の機能についてはちゃんと確認して来たのかね?」
「全ての機能を確認出来た訳ではありません。ただ、転移……」
「全ての機能が確認出来ていないと言うのは片手落ちではないかね?我々が一番気にすべきは、魔王の魔力へ対抗出来るというこの機能だが、当然確認はしてきたのだろう?」
私の言葉を遮るように、ハバレア枢機卿猊下は声を少し大きくしつつ言葉を発する。
「そ、それは……いえ、目に見えた効果は確認することが出来ませんでした」
当然と言えば当然ですが、痛いところを突かれた私は少し顔を顰めてしまいました。
勿論それについては私も一番確認したい所ではありましたが、通信機能や転移機能と違い、狂化しなくなるという効果や魔物そのものが殆どいなくなると言う効果は、パッと見て分かるものではありませんし、狂化した者を正常に戻すことが出来る機能についても、そもそもエインヘリアの勢力圏では狂化する者がいないので確認しようがありません。
「それでは、そのエインヘリアの王の言葉もどれほど信じられるものか分かりませんな」
「ハバレア枢機卿猊下、確かに魔王の魔力に関する機能については確認することが出来ませんでした。ですが、一応エインヘリアには司祭を数名残し、妖精族が本当に狂化することが無いのか確認して貰っています」
「であるなら!その結果を待ってから招集をかければ良かったのではないかな?まぁ十中八九ただの戯言でしょうがね。我々が長年……それこそ、魔王が復活してから百年以上にも渡って研究を重ね、それでも未だにこれといった成果が出せていないのですよ?」
そう言ってハバレア枢機卿猊下は、魔王の魔力の研究責任者であるゼウロン枢機卿猊下の方を一瞥しつつ肩をすくめてみせました。
しかし、当のゼウロン枢機卿猊下はハバレア枢機卿猊下の挑発するような態度が一切目に入っていない様に、私の渡した資料を真剣な表情でめくっています。
そんなゼウロン枢機卿猊下の様子に鼻を鳴らしたハバレア枢機卿猊下が、再び私の方に向き直ります。
「そんなぽっと出の国が、どのようにして魔王の魔力への対抗手段を作り出したと言うのか?寧ろ我々の真の教義を知って、ひと芝居打ったと考える方が妥当でしょう」
「いえ、そのような事は……」
「あぁ、レイリューン司教、君を責めている訳ではない。君は真摯に、そして実直に己の責務を果たそうとしただけなのだから。しかし、世間には詐欺師のように他人を騙すことに長けた者がいることも覚えておいた方が良い。だれもがフェイルナーゼン神の御心を理解し、善を成すわけではないのだ」
「ふむ。確かにハバレア枢機卿の言う通り、実証出来ていないものを信じることは出来ません。ましてや、それを信徒の国に設置するようには勧められますまい」
ハバレア枢機卿猊下に同意するように、中立であるレフラス枢機卿猊下も言葉を発する。
革新派にも伝統派にも属していないレフラス枢機卿猊下はとても慎重な方で、確証が得られない限り説得は不可能と言えましょう。
とは言え、現時点では説得も何もまだ必要ではありません。
ハバレア枢機卿猊下は最初から今回の件を認めるつもりはなく、レフラス枢機卿猊下も確証を得られていない事から否定的。
このお二方については、会議をする前よりこういう風に出られることは分かっておりました。
そしてプリオラン枢機卿猊下と教皇猊下は、この会議の前から前向きに考えて下さっています。
問題は残りの御二方。
伝統派に属する、サモアン枢機卿猊下とゼウロン枢機卿猊下です。
この御二方を味方につけることが出来れば、エインヘリアとの話を進めることが出来ます。
……ここで失敗した場合は、エインヘリアに助力を頼まなければならなくなります。
そしてその場合、私の信用は地に落ち……下手をしなくても命を捧げる必要があるでしょう。
何せ私はエインヘリアにて、既にポーションの対価として魔力収集装置の設置を約束して来ているのですから。
しかし、私の命以上に大事なのは……エインヘリアの力を借りることで、全ての民の救済が叶うという事実です。
仮に魔力収集装置の件で私が騙されていたとしても、それを補って余りある程、エインヘリアという国は素晴らしく、その民に対する態度は理想そのものといった在り方と言えましょう。
フェイルナーゼン神の御心を知る身として、これ以上に優先すべきものはなく、私の身命を賭すに足る決断だったと胸を張って言えます。
勿論、私の役目はエインヘリアや魔力収集装置について説明をして質問に答える事であって、枢機卿の方々の賛同を得る事ではありません。
本格的にそういった話となった際は、プリオラン枢機卿猊下や教皇猊下が話を取り仕切ってくれます。
だからこそ、プリオラン枢機卿猊下の足を引っ張らない為にも私は私の役割を完璧にこなす必要があるのです。
私が決意を固めるのを待っていたかのように、サモアン枢機卿猊下とゼウロン枢機卿猊下が資料から顔をあげられました。
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