第394話 Round.4

 


「それは中々面白い意見だな」


 俺がそう言うと、俺の右手側に座っているエファリアも不敵な笑みを浮かべつつ頷いて見せる。


「そうですわね。ですが、私といたしましては……その意見、認めるわけには参りませんわ」


「へぇ?エファリアは私の意見が受け入れられないと?」


 エファリアの返答を受け、フィリアがピクリと眉を動かす。


 穏やかな昼下がり、俺は定期的に開催されるお茶会へと招待されていた。


 定期的にやるお茶会にしては、参加メンバーが中々凄いことになっているけど……。


 エインヘリアの王である俺。


 スラージアン帝国の皇帝であるフィリア。


 ルフェロン聖王国の聖王であるエファリア。


 それから、最近このお茶会に参加するようになったパールディア皇国の皇女であるリサラ。


 すんごいロイヤルなお茶会だよな……。


 年齢はかなりバラバラだけど。


 上は……三十ちょい手前から下は二歳。


 まぁ間の二人は十二と十七……だったかな?


「……フェルズ。今何か余計な事考えてない?」


「気のせいだろ?」


 本日の主催であるさいねんちょ……フィリアが俺の事をジト目で見つめて来たので、俺は肩をすくめてみせる。


「えぇ。そうですわ、フィリア様。急にどうされたと言うのですか?」


 俺の隣に座るエファリアが、にこにことしながら俺の支援をしてくれる。


 えぇ娘や……。


「まぁ、いいわ。それよりエファリア、話の続きよ。貴女は私の意見が間違っていると?」


「間違っているとまでは申しませんわ。ただ認められないと申しているだけです」


 フィリアの鋭い視線を正面から跳ね返すエファリア。


 本当にこの娘は心臓に毛が生えているね。


 毛針みたいな奴が。


「では、リサラはどう思う?私よりもエファリアが正しい?」


 そう言ってリサラに圧をかけるフィリア。


 実に大人げないやり方である。


「そうですね……私は御二方とも、少し考えが浅いのではないかと思います」


 しかし、そんな圧を物ともせず、リサラが燃え盛る火薬庫に新たな爆弾を投げ込む。


 リサラさん!?


「中々言うじゃないか、リサラ」


「えぇ、まさかここで新たな勢力を投入するつもりですか?」


 二人の王から物凄い圧を受けながら、俺の向かいに座っているリサラはにっこりと微笑み口を開く。


「私は……チョココロネが至高だと思います」


 今日のお茶会の話題は、好きなパンについてだった。






「むぅ……チョココロネか。確かにアレも美味しいけど……やっぱり最高なのはメロンパンよ!」


「確かにメロンパンもとても素敵だとは思いますが、チョココロネには勝てません!ただでさえ美味しいチョコがクリームになってふわっふわなパンの中に入っているのですよ!しかも蓋として普通のチョコがかけられていて……あれこそまさに至高のパンです!」


 エインヘリアのチョココロネは、物凄くチョコの主張が激しいタイプの奴だからな。


 因みに俺はチョココロネが嫌いではないけど、そこまで好きという訳でもない。


「メロンパンは……あんなにシンプルなのに凄く味わい深いわ。メロンの味は一切しないけど……シンプル故、パン本来の甘味とあのクッキーのような甘みが混然一体となった味わいは、チョココロネには無い上品さがあるわ」


 チョココロネ派のリサラとメロンパン派のフィリアが熱く語り合っているのを聞きながら、そういえば、エインヘリアのメニューには無いけど、チョコチップメロンパンなんてものもあったよなと考える俺。


 うん、皇帝と皇女の会話とは……どうでもいいけど、皇帝と皇女って並べると、リサラがフィリアの子供みたいな感じに……。


「……フェルズ?」


「あぁ、メロンパンは上のクッキー生地みたいな部分が美味いよな」


 フィリアから、未だかつてない程の圧力を感じた俺は、とりあえずメロンパン派に迎合することにした。


 ……これが殺気!


「今……本当にそんなこと考えてた?」


「……うちの料理人に、メロンクリームパンの開発を頼んでみるのも良いかもしれない」


「ねぇ、フェルズ本当に……メロンクリームパン?」


 良し釣れた!


「あぁ、クリームパンは知っているだろう?あのクリームをメロンの味に変えたものを、メロンパンの中に入れるんだ。そうすることでメロンパンが本当にメロンの風味のするものに変わるわけだ」


「め、メロン味のクリーム……」


「まぁ、簡単には出来ないだろうが……研究させてみるのも面白いかも知れんな」


 どうやって作るのか皆目見当もつかないけど……俺は指示だけ出す人だからな!


 多分なんやかんやしていい感じに仕上げてくれる筈だ。


「そ、そう。うん、分かったわ。メロンパンにかけるその情熱……つまりフェルズもメロンパンがトップオブトップだと考えているわけね?」


 いや、そこまでメロンパン信者ではないな……。


 目をキラキラさせながらこちらを見て来るフィリアに、俺が何と答えたものか思案していると、今まで大人しかったエファリアが口を開く。


「ふふふっ……お二人とも、甘すぎますわ!色んな意味で!フェルズ様は確かに甘い物もいける口ではありますが、真に求められているものはそのようなものではありませんわ!」


 小さな体を精一杯動かし、身振り手振りを交えながらエファリアが言葉を続ける。


「フェルズ様が求められているのは、究極のパン……それは焼きそばパンですわ!」


 菓子パン同士の鍔迫り合いに総菜パンぶっこんできたわ、この娘。


 いや、別に最初から甘い物縛りではなかったけど……エファリアは誰の影響か知らんけど、女の子っぽいものよりそういうがっつりしたの好きだよね。


 食堂でも丼ものとか大好きだし。


 それにしても……焼きそばパンか。


 炭水化物に炭水化物を掛け合わせるという、ある意味究極の形態。


 中高生男子の強い味方にして、ダイエット中の方々の敵……。


 まぁ……エファリアの言う通り、チョココロネやメロンパンよりも焼きそばパンの方が俺は好きだけど……エファリアがそれを選ぶのは中々ワイルドじゃないか?


 いや、別に悪いとは言わんけど。


「焼きそばパン……私は食べたことが無いわね」


「私もありません」


 力説するエファリアに二人が少し考えるようにしながら言うと、エファリアはハッと二人を馬鹿にするような笑みを浮かべながら口を開く。


 片腹痛しとか言いそう。


「焼きそばパンを食べたことが無いのにパンについて語るなんて、片腹痛いですわ!」


 言いおったわ。


 エファリアも十二歳……いや、もうすぐ十三歳ということもあり、であったころに比べればかなり大きくなった。


 とはいえ、まだ少女と言った感じではあるし、年齢平均よりも若干小さい気もする。


 そんなエファリアが、自信満々に胸を逸らしつつ、焼きそばパンについて更に熱く語っていく。


「焼きそばとパン。一見すると無茶な組み合わせ……ですが、食べてみるとその一体感に必ず驚くことになりますわ。主食と主食を合わせるという暴挙。しかし、計算しつくされたその味は、最初からこのために作られたのではないかと思えるほどの奇跡的融合。まさに究極。焼きそばパンこそ究極の一品と言えるでしょう!」


 若干頬を上気させつつ、焼きそばパンを絶賛するエファリアを見ながら、エインヘリアのご飯って中毒性が高いよなぁとのんびりと考えていると、リサラが穏やかな笑みを浮かべながら俺に話しかけて来た。


「フェルズ様は、どのパンが一番お好きなのですか?」


 このお茶会に参加するようになってから、俺は皇女さんの事をリサラと、そしてリサラは俺の事をフェルズ様と呼ぶようになった。


 まぁ、お茶会に参加する間柄で毎回エインヘリア王陛下と呼ばれるのは堅苦しいし、いつのまにやらエファリアだけではなく、フィリアとまで仲良くなっていたリサラのコミュ力は中々侮れないものがある。


 そんなリサラに問われた俺は少しだけ考える。


 好きなパンか……。


「チョココロネですよね?」


 俺が考えるそぶりを見せた一瞬で、俺をチョココロネ派にしようとするリサラ。


 もっとお姫様然としているタイプかと思ったけど……中々油断ならない娘だ。


「メロンパンが好きよね?」


 リサラに遅れまいとフィリアが俺に意見を押し付けて来る。


「もう、お二人とも何を言っているのですか?フェルズ様が好きなのは焼きそばパンに決まっていますわ。ですよね?フェルズ様?」


 そして何故か勝者の笑みを浮かべながらエファリアが言う。


 いや、まぁ……その三つの中なら焼きそばパンを推すけど……。


 しかし、ふむ……どうしたものか……。


 ここでなんか一つを選ぶと、何故か面倒なことになりそうな気がしてならない。


「チョココロネ」


「メロンパン」


「焼きそばパン」


「プリン」


「……」


 ん?


 今何か一個多かったような……っていうか、小麦粉すら使われていないものが混ざっていたような……誰が言った?


 俺は三人の顔を改めて見てみたが……プリン発言をした奴はいないように思う。


 ……まぁ、それはさて置き……パン界の至高と究極とトップオブトップが出そろったようだ。


 よし、ここは……。


「そうだな。俺は……ハンバーガーが一番好きだな」


「「……」」


 第四……いや、第五の選択肢を選んだ俺は、同じ席についている三人の顔をゆっくりと見返す。


 なんか、全員微妙に不満そうだが……。


「……いや、ハンバーガーは違わないか?」


「何が違うんだ?」


 フィリアが不服そうな顔を見せながら言ったので、俺は首をかしげてみせる。


「そうですわ。ハンバーガーはなんというか……パンの種類とは違う感じがしますわ」


「そうか……?」


 フィリアに続くようにエファリアも少し頬を膨らませながら言う。


 となると次は……。


「お二人のおっしゃる通り……あれは、パンというよりも、パンを使った料理……ではありませんか?」


「む……」


 案の定といった感じで二人に追従して来たリサラの言葉に、俺は思わず言葉をなくす。


 ……確かにハンバーガーは料理……なのだろうか?


 いや、でもサンドウィッチはパンだよな……?


 ならハンバーガーもパンと呼んで良いのでは……?


「いや、サンドウィッチと大して変わらんだろ。それに、エファリアの言っている焼きそばパンだって似たようなものじゃないか?」


「それは違いますわ、フェルズ様。焼きそばパンはあくまでパン……だからこそ、焼きそばとパンではなく焼きそばパンなのですわ!」


 焼きそばパン信者が俺の言葉に反論してくる。


 それを言うなら、ハンバーガーだってハンバーグとパンではないぞ?


 俺は反論しようとしたのだが、それよりも一瞬早くリサラが口を開いた。


「……いえ、ですが……ハンバーガーはとても美味しいですよね。言われてみれば、ハンバーガーが一番かもしれません」


「「っ!?」」


「む?そうか?」


 少しだけ考えるそぶりを見せたリサラが、ハンバーガー派として名乗りを上げる。


「はい。私はチーズが挟まっているものが好きです」


「なるほど……俺はレタスとトマトが挟まっているやつが好きだな」


 俺の言葉に、リサラが嬉しそうに笑う。


 どうやらハンバーガー派という想いに偽りはないようだ。


 その事実に俺が心の中でほくそ笑んでいると、何やら慌てた様子のエファリアが口を開く。


「私も良く考えると焼きそばパンよりも、魚のフライを挟んだハンバーガーの方が好きでしたわ!」


「なっ!エファリアまで……」


 何故かフィリアが狼狽えたような声を出してエファリアの名を呼ぶ。


 しかし、なるほど。


 リサラはチーズバーガー派、エファリアはフィレオフィッシュ派か。


 三人でマッ〇にいけるな。


 ……よし、ハンバーガーショップ作るか。


「くくっ……どうやらフィリアよ。答えが出たようだな。三対一……ハンバーガーが一番、ということのようだな」


「くっ……フェルズ……いや、お前達、色々と卑怯ではないか?」


 恨みがましくいうフィリアに、俺はいつも通り皮肉気に笑って見せる。


 フィリアは悔し気に……何故か俺ではなくエファリアやリサラの方を見ているんだけど……何故だ、勝ったのは俺のハンバーガーなんだが。


 とりあえず、好きなパン論争はそこで決着……俺達はそのまま話題を色々と変えつつ、のんびりとお茶会を楽しんだ。


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