第393話 忘れていたわけではない



 フィオと大戦争を繰り広げてから数日後、散々やり合ったおかげで色々とキリク達に伝えないといけないことがあったことを思い出した俺は、いつものメンバーを会議室に集めていた。


 いや、本来であればレイリューン司教にも伝えておかなければいけなかったのだけど、フィオをどうやって煽ってやるか考えることに思考を割き過ぎたんだよね。


 っていうか、この件……魔王の魔力関係は情報共有を殆どしていなかったからな。


 まだフィオの事を話すつもりはないけど、もう少し情報を皆に渡しておかないとえらいことになりそうだし……あとアレだ、皆に伝える前に外様であるレイリューン司教に情報を伝えるのは、色々と問題があったので伝えなかった的なアレだ。


 うっかりではなく意図的なヤツである。


「急に集めて悪かったな。あまり長い時間は取らないから少し俺の話を聞いて欲しい」


「フェルズ様のお呼びとあらば、我等の中でそれ以上に優先するようなことはございません」


 俺があいさつ代わりに言った言葉に、キリクは至極真面目な様子でかぶりを振ってみせる。


 うん……ありがたいような、恐ろしいような……いや、もっと大事な事は沢山あると思うよ?


 そんなことを考えつつも、俺は鷹揚に頷いて見せる。


「先日、フェイルナーゼン神教のレイリューン司教がこの城を訪れ、彼らの真の教義……そして魔王の魔力について色々と語っていたが、そろそろ皆にも魔王の魔力について俺の知っている事を共有しておくべきだと思ってな」


「魔王の魔力について、ですか?」


「あぁ。この件に関しては魔力収集装置の事を抜きにしても、俺はフェイルナーゼン神教の者達よりも多くの情報を有しているが……今まではあまり必要が無かったからお前達に教えてはいなかった。だが、今後はフェイルナーゼン神教との件もあるし、キリクやイルミットには色々と対応を任せることもあるだろうからな。正確な情報を渡さずに対処を誤らせてしまったら、厄介なことになりかねない」


「畏まりました。この情報は秘匿情報として取り扱えばよろしいでしょうか?」


 キリクの問いかけに俺は若干悩む。


 危険を広く知らせておきたい気もするけど、情報の流布はリスクも伴う。


 妖精族や魔族、そして何より魔王……中途半端な情報の流布、いや、たとえ正確な情報が出回ったとしても、民衆を混乱させ狂騒させるには十分な内容だ。


 フェイルナーゼン神教が長年真の教義として情報を秘匿し続けてきたのは、それを危惧しての事だろう。


「ひとまずは秘匿とする。だが、この場に居ないうちの連中には共有しておけ」


「畏まりました」


「よし、では説明を始める。まずは基本的な所からだ。魔王の魔力とは、その名の通り魔王の持つ魔力の事だが、これは任意で放出したり止めたりできるものではない。魔王という存在が生きているだけでその身から滲み出る魔力だ。だからレイリューン司教が言っていたように、魔王と交渉すると言うのは無意味だな」


「なるほど……」


 キリクが考え込むように口元に手を当て、その向かい側に座っているイルミットもにこにことしながらも何やら考えているように見える。


「魔王とは必ずしも我々に害意を持つ存在ではない。だから魔王を発見した際に、対話を試みるというのは悪くないと思うがな。俺としては、魔王には魔力収集装置の傍で暮らしてもらいたいと考えている。恐らくそれで、魔王の魔力は完全に封じることが出来るはずだ」


 確証はないけど……フィオの願いを叶えるための手段として呼び出されたのが俺達だからね。


 魔王自身が魔力収集装置の傍で過ごすことで、外部への影響をなくすことが出来るはずだ。


「殺害するのは、魔王が従わずにこちらに害をなそうとしてきた場合のみという事でしょうか?」


「いや、その場合でも魔王を殺害することは避けねばならん」


 そうだった。


 レイリューン司教……というかフェイルナーゼン神教は、魔王の打倒を最終手段みたいに考えていたみたいだけど、それアカンやつや。


「それは、何故でしょうか?」


「魔王が死んだ際、その身に宿していた魔力の全てが爆発的に大陸中に広がっていくことになる。その被害は筆舌に尽くしがたい物になるだろう。被害は魔物や妖精族に留まらず、多くの人族も狂化することになる。そして、その時の魔力を魔力収集装置で防げる保証はどこにもない。安全に行くならば、魔王は殺すことなく魔力収集装置の傍に置くことを目指さねばならん。魔王がこちらに従わぬ場合は……」


 俺がそこで言葉を切ると、キリク達は委細承知とでも言うように頷いて見せる。


 今代の魔王がどんなお人柄か分からない以上、今どういう対応をすると決めたところで相手次第ってところだけど……出来れば平和的解決したいところだよね。


 何より、フィオが悲しむだろうからな……。


「それから、魔王という個人は普通に死ぬが、魔王という存在自体は不滅だ。今代の魔王が死んだとしても次の魔王は必ず生まれる。それも教会の連中が認識している様な長いスパンではない。魔王が死ねばすぐに次の魔王は産まれる」


「……教会に伝わっている話には随分と抜け落ちている部分があるようですね。それが意図的な物なのか、事故や時間経過による失伝なのかは分かりませんが……」


「ここ数千年魔王という存在が確認出来なかったのだし、失伝したとしても何ら不思議ではない。俺としては、よくあれだけの情報が残っていたと感心した物だ」


 教皇がその記録を写本にして継承していっているみたいだけど、他人の字って読みにくいところあるしなぁ……写し間違えとか、誤字脱字とかもありそうだし……そうやって五千年も経てば……それなりに情報は歪んでいくと思うんだよね。


 内容を知っている人も教皇と枢機卿、そして司教までみたいだし……ほんとよくあれだけ原型が残っていると思う。


 信仰って凄いわ……。


「魔王を殺した際の被害について失伝しているのは、少々解せないところはありますが……」


 しかし、キリクとしてはかなり重要とも言える部分が抜け落ちている事が気になるようだ。


「確かにそうだが……数千年にも及ぶ伝承だ。俺達が今更気にしても仕方ないだろう」


 勿論、キリクのいう事も分かる。


 俺は偶々フィオから正確な情報を聞くことが出来たから、魔王を討伐するのは危険だという事が分かっているけど、それを知らぬまま魔王を悪しきものとして討伐するようなことになっていたら……うん、やばいね。


 そんなヤバい情報が削れているということは……まぁ、五千年の歴史の中で常に教皇が清廉潔白だったとは思えないし、自分が死んだ後の世界がどうなろうと知った事かって感じの思想を持ってた人が居てもおかしくない。


 まぁ、それが今の教皇だったりすると厄介かもしれんけどね。


 でも、五千年よ?


 口で言うのは簡単だけど、とんでもない時間よ?


 なんせ……五千年もさかのぼったら、俺の記憶にある世界なら縄文時代よ?


 そこから口伝なりなんなりで、ここまで正確な情報が残ってるって……凄いどころの騒ぎじゃないよ?


 とはいえ、ここでその議論をしても仕方がない。


 少し話題を変えておくか。


「司教以上について、どのような人物か調べはついているな?」


「……ばっちり」


 俺の問いかけに答えたのはキリクではなくウルル。


 説明は必要?といった視線を向けて来たので、俺は軽く頷いて見せる。


「教会には……表立って二つの派閥が存在する……伝統派と革新派……でも……その二つの派閥は……自然とできたものではなく……故意に作られたもの。だから……両派閥は……対立しているわけではなく……己の領分をこなしているに過ぎない……」


 派閥で役割分担をしているだけって感じか。


「でも……革新派に属する枢機卿と……中立の枢機卿が……少し怪しい動きをしている……」


「革新派?レイリューン司教の上司か?」


「違う……もう一人の枢機卿……教義を広める為……裏の連中と組んでる……」


「裏の連中?」


「北方で幅を利かせている……犯罪組織……事件を起こして……教会が解決……」


「マッチポンプで信者を獲得か。宗教家の好きな手口だな」


 何というか、レイリューン司教が凄い聖人風な思考だったから全体的にそういう感じなのかと思ったけど……やっぱり教会にはそういうタイプの奴もいるんだな。


「キリクが、レイリューン司教が聖地に戻ったらひと騒動あると言っていたのは、その連中が関係しているのか?」


「はい。民の救済を謳っているフェイルナーゼン神教ではありますが、一枚岩という訳ではなく、権力や富といった俗物的な物を欲する者もおります」


「それが、件の枢機卿か」


「人の作った組織である以上、権力や欲の扱いに長けた者が上にいくのは当然の事ですが……随分と俗っぽい人物であるのは間違いありません」


 俗っぽい人物か……レイリューン司教が随分とアレな感じだったから、フェイルナーゼン神教のお偉いさんって清貧って感じなのかと思ったけど、上層部全員がそんな感じだったら組織として成り立たないか。


 まぁ、フェイルナーゼン神教とは深いお付き合いをして行くつもりはさらさらないし、権力闘争は好きにやってくれて構わない。


 しかし、魔力収集装置の件を考えると放置ってのもあまりよろしくはないよな。


「教会については様子見だな。レイリューン司教が魔力収集装置やポーションの件を持ち帰り、教会がどう動くか……それ次第だ」


「排除は必要ないと?」


「こちらに不利益になるようならば動く。だが、俺としては、自分達の事は自分達でどうにかして欲しいと言うのが本音だな。彼らの聖地がエインヘリアの傍にあるならともかく、遥か北の果てだ。魔力収集装置の設置が出来なければ、いちいち帝国を超えて飛行船を飛ばさねばなるまい」


 宗教なんて潰そうとすればそれこそ厄介なことになるし、敵対すれば信者を扇動するし……ロクな事にならん。


 うちではあまり信仰がはやってない事だけは救いだけど。


「畏まりました。それでは暫くは監視に留めるという事で」


「それで構わん」


 俺の言葉に会議に参加している全員が頷く。


 まぁ、聖地周辺の国に魔力収集装置の設置を進められるのならば、教会を支援してやる事は吝かでもない。


 宗教はあまりノーサンキュウって感じだけど、一応フィオの世話係の人達から脈々と継がれてきた思想みたいだし、失くしてしまうのもちょっと切ないものがある。


 だからまぁ、近すぎず遠すぎず……程よい距離間で付き合っていきたいと思う。


 いや、出来ればちょっと遠めでお願いしたい。


「フェルズ様。魔王を探しますか?」


 教会の件はひとまず決定したのでキリクが話を元に戻す。


 魔王か……早めに見つけた方が良い気はするけど……あれもこれもと手を伸ばし過ぎるのもな。


 魔王自身は確保した方が良いだろうけど、魔王自身が悪さをしたわけではない。


 いや、している可能性もあるけど……少なくとも、表立ってエインヘリアに敵対するようなことはしていない。


 うちの子達だけで一人の人物を探すのは大変だけど、話を広げ過ぎて魔王狩りみたいなことになったら元も子もないし……その結果魔王が死にました、みたいなことになったら最悪にも程がある。


 教会の上層部には、魔王を殺したら大変なことになるってのを教えておく必要があるけど、今外交官や見習いを魔王捜索に従事させるのは得策ではないだろう。


 教会もそうだし、東の方もそれなりにキナ臭いみたいだし……そちらの調査を優先するべきだ。


「いや、それはまだ良い。魔王の件は皆の心の中に留めておくだけで構わん。魔力収集装置の設置を進めていけば、魔王が何処に居ようと関係はない。可能であれば保護をする……今はその程度の認識で良い」


「畏まりました」


「俺から伝えることは以上だが、確認したいことがある者はいるか?」


 俺はそう言って会議室にいる皆を見回す。


 恐らく皆……俺が何故そんな情報を知っているのか気にはなっているだろうが、それを尋ねて来る者はいない。


 ただそこには俺への圧倒的な信頼が見える。


 俺がその信頼に完璧に応えることは、能力的に難しいだろう。


 だが、心の持ちようとして……俺は彼らの信頼に百パーセント答えるつもりだ。


 皆の信頼とフィオの願いを叶えることは俺の最優先事項と言っても過言ではない。


 どちらか一方ではなくどちらも大事だ。


 だから俺は、今出来る最善を尽くし前へ進んでいく。


 立ちはだかる者は潰すし、手を取り合える相手とは共存していく。


 傲慢と言われようと、独善的と言われようと関係ない。


 俺はエインヘリアの王として民を守り導き、フェルズとして俺自身の願いを叶えるために生きているのだから。


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