第392話 神との邂逅
未来の俺に向かってとんでもない爆弾を送りつけたような気がしたけど、多分明日の俺は今日の俺よりも成長している筈だから大丈夫。
きっとこう……なんやかんやあれして上手い事アレしてくれるはず。
……なんか最近このパターン多くない?
いや、気のせいだな、うん。
それにしても、本当に教会が穏やかな宗教で良かったと思う。
俺的宗教観って……なんかこう、責任を取らなくて良い死後の安堵を保証して、現世で毟り取り上の連中が享楽を得る為の道具って感じだったから、あそこまで現世の救済……今を生きている人達の為に全力を尽くすってのは、意外も意外って感じだった。
しかもフェイルナーゼン神教の元となったのは、ついこの前聞いたばかりのフィオのお世話係の人達って言うのだから、世間は狭いというか、時間ってのは連綿と繋がっているものなんだなぁと、何処か壮大なものを感じたりとかしたりして……。
まぁ、何にせよ。
教会とはあまり密接な関係にはなりたくないけど、遠い地でいい感じに頑張ってくれれば良いなぁと思う。
ただ……この前の会議の時にキリクが言っていたんだけど、どうやら民を救うという教義を掲げ、それを実践している教会ではあるけれど、全員が全員レイリューン司教の様に清廉潔白という訳ではないらしい。
当初のキリクの予定では、ポーションを使い教会をおびき寄せ、それを足掛かりに教会を掌握……不穏分子を一掃し、更には教義その物にもテコ入れをするつもりだったそうだ。
その前フリとして、エイシャを会議に参加させ、エインヘリアにおける宗教勢力を見せていたとのことだった。
俺が教会を警戒している事を感じ取っていたキリクは、教会その物を解体して、新たな教義、新たな神を信仰させるように目論んでいたのだとか……。
その神って……絶対俺やん?
いや……ほんっと、フェイルナーゼン神教が魔王の魔力に対抗したいと考える組織で良かったわ……。
そんなことを考えつつ、俺はすっかり見慣れた夜空から視線を外し、辺りを見渡す。
「往生際が悪いな。色んな意味で」
俺の視界には、寂寥とした荒野が広がるばかり。
普段であればニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ、その美貌を残念な色に染めながらフィオの奴が姿を見せるというのに……その姿は何処にもない。
相当俺と顔を合わせたくないようだけど、この場所に俺を呼んでいる時点で話す気は固めている筈だが……最後の最期で踏ん切りがつかないとかそんな感じなのだろう。
実に情けない!
魔王にあるまじき……いや、神にあるまじき未練がましさといえよう!
「……」
「そろそろ出て来てもいいんじゃないっスかねぇ?いい加減こんな場所に放置されても困るんですけどぉ?」
「……」
なんか気配のようなものを感じる気はするんだけど……フィオの姿は一向に見えやしない。
いつもだったら、ぶつくさ文句を言いつつも出て来そうなものなんだけど……それだけ衝撃が大きかったということだろう。
しかし……ここまで呼んでおいて、それはないんじゃないですかね?
ここで放置って、嫌がらせ以外の何物でもないと思うんですが……。
とりあえず……フィオから接触があるまで待つか。
普段だったらフィオが椅子やテーブルを出してくれるんだけど、そのフィオが居ないからな……仕方なく俺は地面に胡坐をかいて、魔王の登場を待つことにした。
いや……登場というか、そういえば初めて会った時は姿を見せず声だけでやり取りが出来ていたよな?
なんかさっきからなんとなく気配的な物を感じるし……確実にアイツ近くにいるよな。
そんな事を考えつつ目を瞑って暫く待つことしばし、やがて唇にぬるっとした感触を覚えた俺はゆっくりと目を開き……起きる時間を教えてくれたルミナの頭を指で撫でる。
……あんにゃろう、呼び出すだけ呼び出して、結局顔を見せなかったぞ。
一通りルミナをわしゃわしゃと撫でた俺は、若干憮然としながらその日一日を過ごした。
「お前な……」
「……いや、まぁ……その、なんというか……正直すまんかった」
「……」
若干不機嫌なまま一日を過ごした俺は、その日の夜再びフィオに夢の中に呼び出されていた。
「……え?何?なんなの?もしかして俺を寝不足にして倒れさせたいとか、そう言うアレなの?」
「……じゃからすまんかったって言っておるじゃろ?」
「すまんかった?」
「……すみませんでした」
微妙にぐぬぬって感じの表情を見せながら、それでもぺこりと頭を下げるフィオ。
呼び出しておいて待ちぼうけさせたからな……それなりに申し訳ないとは思っているのだろう。
まぁ、ねちねち言っても仕方ないし、許してやるとするか。
「いや、流石神様っスわぁ。まさか夢の中に呼び出しておいて待ちぼうけ食らわすとは、正に天上天下唯我独尊っすわぁ」
「うぐ……お主許すとか考えておったのに、口から出てきたのがそれかの?」
「よっ、カミサマ!フェイルナーゼン神!」
「やめるのじゃ!私が悪かったのじゃ!ごめんなさいでした!」
顔を赤くし若干涙目になったフィオが勢いよく頭を下げる。
うむ、虐め過ぎたかもしれない。
本格的に泣き出す前に止めておこう。
「まぁ、しかしあれだな?今回の件は驚いたな」
「う、うむ。まさか五千年後の世界で神格化されておるとは……正直悶え死にするかと思ったのじゃ」
「俺としては……まぁ、悪くない気分だったがな?」
「……」
呪いでも送りつけようとしているのか、怨念じみた視線を向けて来るフィオにそういう意味じゃないと俺はかぶりを振ってみせる。
うん。
フィオの事を揶揄う云々はさて置き……副次効果とはいえ、魔王の魔力を数千年に渡り消失させたフィオの功績は、忘れ去られるにはあまりにも大きすぎるというものだ。
例え人知れず行われたことだとしても……フィオはその命を賭しているわけだしな。
「そう思ってくれるのは、何とも面映ゆいものじゃが……私の場合、自ら生じさせていた魔力を処理しただけじゃからの……マッチポンプも良いところじゃろ?それなのに神格化されておるなどと……」
「恥辱の極みだな」
「やかましいわ!」
恥ずかしがっている様な、怒っている様な、げんなりしている様な……なんか色々な感情がごちゃ混ぜになった感じの表情をしつつフィオが叫ぶ。
まぁ、中々整理しにくい感情なのは分からんでもないが……。
フィオからすれば、マッチポンプな上に色々やらかした結果だもんな……。
それが、己の命を賭して大陸の全ての民を救済し、数千年の安寧を与えた聖人と呼ばれ、更には神格化……名前こそ変化しているものの一宗派の信仰対象だからな。
五千年間失敗を語り継がれた神様だからな……いや、神話なんてそんなもんか?
「大丈夫だ、フィオ。神なんて大体失敗を語り継がれるもんだ」
「全然大丈夫じゃないんじゃが!?」
もがー!と叫びながらフィオが頭を掻きむしる。
綺麗な長い黒髪がばっさばっさ振り回されているが、全然絡まる様子が無いのは凄いな。
実際、フィオが頭を掻きむしるのを止めると同時に、重力に従い長い黒髪はさらさらと音を立てるように流れ落ちてゆく。
フィオ自身もぞんざいな様子で手櫛でぱっぱと髪を整えているが、はっきり言ってそれすらも必要がないだろう。
針金みたいなストレートヘアだな。
「まさかあやつらが、私の事を後世まで伝えていこうとするとはのう」
「お前の世話係だったって人達か。随分と慕われていたみたいだな」
「私が世話をして貰っていただけで、彼らに何かを返した訳ではないんじゃがの……」
そう言って苦笑するフィオは、昔に想いを馳せているのだろう……懐かしむ様な、呆れる様な……だが、とても優しい表情をしている。
まぁ、五千年の時が経っていると言っても、フィオの主観からすれば数年前まで一緒に過ごしていた人達だからな。
そういう表情になるのも分かる。
「意図したやり方とは違ったが、魔王の魔力を消しさったじゃないか」
「それはそうじゃが……まぁ、あの者達が無事にその後も生を繋ぐことが出来たと分かっただけでも儲けものじゃな」
「五千年も続いた信仰ってのも凄まじい話だよな。それだけ、フィオの事を語った奴等の熱が凄かったってことか」
「流石にそれだけで五千年もの間語り継がれることはないじゃろうが、宗教になってしまうくらいじゃからな……」
「開祖は別らしいが……相当慕われて感謝されていたのは間違いないだろうな。恐らくだが、世話をしていた人たちも、フィオを神格化したかったわけじゃなく、感謝を忘れない様にって感じで語り継いでいたんだろうな」
どんな関係だったか、そこまで詳しく話を聞いたわけじゃないが……コイツの人柄を見るに、慕われていたのは間違いないだろう。
非常に自責的というか、抱え込むというか……それでいて、周りには非常に気を使うタイプ……普段は傲岸不遜って感じなのに、根は真面目というか優しいというか。
「……」
「……お前が呼び出した塩が、聖なる塩とか言われて祀られてたりしてな」
「絶対に教会には行きたくないのじゃ!」
「そうは言っても、これから色々と交渉したりすることはあると思うがな」
「呼びつければ良いじゃろ?」
「流石神様!」
俺の煽りに、フィオが歯を剥き出しにしながら睨みつけて来る。
そんな顔されても神格化したのは俺じゃないし?
っていうか、今のはフィオが悪くない?
「いや、お主は大国エインヘリアの王じゃろう?普通は自ら足を運ばぬぞ?」
「……なるほど。それはそうかもしれんが……俺はフットワークの軽い系覇王だからな。聖地とやらにも興味があるし……」
「聖地のう……」
「もしかしたらお前が五千年前に暮らしてた場所かもな」
「あり得ないとは言い切れんが……五千年もあったら地形もだいぶ変わっておるじゃろうし、私が住んでいた場所と全く同じとは思えんのう」
「地震とか火山噴火とか無ければ、意外と残ってんじゃないか?」
「少なくとも住んでいた場所は残っておらんじゃろうな。石造りではあったが、平地じゃったし、風化して跡形も残っておらんはずじゃ」
「神の家とか呼ばれて、全力で保全されているかもしれないがな」
俺がそういうと、若干頬をひきつらせながらフィオがかぶりを振る。
「……いくらなんでもそれはないじゃろ?」
「レイリューン司教みたいな熱量の人物が昔にもいれば、全力で残すんじゃないか?」
うん、あの人なら全力で当時のまま残せるように全力を尽くしそうだ。
いつ頃フィオが神格化されたのかにもよるとは思うけどね。
「まぁ、家は残ってないかもな。もし家が残るレベルだったら、そもそもお前の名前が変化していないと思うんだよな」
「ふむ、フェイルナーゼン神か。微妙に原型が残っておる様じゃが……確かに家とかが残っておるレベルじゃったら、名前も正確なものが残っていて良さそうじゃな」
「それに……恐らくだが、フィオが魔王だったってのも残っていない……いや、どこかのタイミングでそれを意図的に消したって可能性が高そうだな」
「まぁ、奉ずるべき神が世界を混乱に貶める元凶だったというのはマズいじゃろうしな」
「だが、こうして神格化されて五千年たった今も祀られているってことは、当時の人達がフィオにそれだけ感謝したってことの表れじゃないか?少なくとも、当時の人達はお前が魔王であったことは知っていた訳だしな」
その上でフィオの事が語り継がれ、宗教にまでなったんだ。
当時の人達……フィオのお世話係だった人たちがどれほど感謝していたのか、伝わって来るってもんだ。
「魔王になりたくて魔王になったわけじゃない。だが自分の業と向き合い、それを調伏せしめた。その結果、大陸に蔓延していた魔王の魔力はなくなり、次代の魔王が……少なくとも表向きは産まれることなく、その恐怖から解放されたんだ。さすがに神ってのは行き過ぎかもしれないが、英雄として祀られても全然おかしくないと思うがな」
「……」
むず痒そうにするフィオに、俺はいつも通り皮肉気に笑って見せる。
「五千年の間、お前がこの大陸から魔王の魔力を消して人々を救ったのは事実。まぁ、虚弱になった魔王達は苦労したかもしれないが……お前と同じ苦悩をせずに済んだとも言える。それに、五千年でどれだけの魔王が誕生したか分からないけど、彼らが死んでその魔力が一気に大陸中に広がった時の事を考えれば……下手すればこの大陸から生物がいなくなっていたかもしれん」
長くても数百年に一回カタストロフが起きる感じだし……三代目までの魔王で世界が滅びかけた事を考えれば、今もこうして大陸中に多くの国があり、そこで一億以上の人達が暮らしているのは、フィオの儀式のお陰と考えるのは大げさではない筈だ。
「だからまぁ、宗教にまでなったのはアレだが……フィオのやったことは尊敬に値すると思うし、俺としては、その功績が後世まで語り継がれているのは嬉しかったりする」
「……」
俺が言葉を続けると、フィオは微妙に顔を赤くしつつ視線を逸らす。
「キリクの話では、聖地にレイリューン司教が戻ってからひと騒動あるそうだが、それが終われば北方にも魔力収集装置の設置を進められるようになる。あとひと踏ん張りと言うにはまだ先は長いが、それでも大陸の半分以上……いや四分の三くらいに設置出来るようになった訳だ。五千年前にお前が願った世界が実現するまで、そう遠くはないって感じだな」
笑いながら俺がそう言うと、フィオは逸らしていた視線を俺の方へと戻す。
「……たった二年でここまでやれるとは、最初お主に会った時は思わなかったのじゃ」
「うちの子達は優秀だからな」
あの子達が主体で動けば、もっと早くエインヘリアを大きくして、各地に魔力収集装置を設置しただろうけど……まぁ、トップが俺だからな。
「いや、そうは思わんのじゃ。お主だからこそ、ここまでエインヘリアという規格外を纏め上げ、やってくることが出来た。私はそう思うのじゃ」
「そんなことないだろ。正直キリク達が居ればどんなアホがトップでも、このくらい余裕だろ」
俺自身が細かく指示を出してあれやこれやを処理している訳じゃないし、大方針に関しても殆ど流れに任せてって感じだ。
最初の頃こそ魔石を確保するために色々考えて動いていたけど、キリク達が率先して色々企ててくれるようになってからは殆どお任せ状態。
俺だからこそってのは言い過ぎどころか、ほぼあり得ないって言うか。
「それこそあり得ないのじゃ。確かに戦力的に負けることは考え難いじゃろうが、今のエインヘリアの躍進はお主が王であったからこそ成し得たのじゃ。そこは自信をもって良いところじゃし、自信を持たねばお主を信じ着いて行っている者達が気の毒じゃぞ?」
「むぅ……」
俺だから出来たってところはまだ大いに疑問ではあるけど……俺が自信をもって進まなければ、うちの子達が気の毒っていうのはその通りだ。
俺には彼らに対する責任がある。
いや、うちの子達だけじゃない。
エインヘリアに住む民。
エファリア達属国の人達。
それにうちと同盟関係にある帝国。
その全てに悪いよな……なんちゃって覇王ではあるが、残念ながら俺は大国エインヘリア王なのだから。
今まで殆ど自覚なく突っ走ってきたけど、俺には……俺の差配には、多くの人の人生がかかっていると言っても過言ではないわけで……虚勢だろうがなんだろうが、自信と信念をもって行動するべきだし、それが彼らに対する誠意というものだろう。
「そう、だな。確かにその通りだ。迷うことはあるかも知れんが、それでも自分の判断を否定することも卑下することも出来ない立場だったな」
「そんな立場を押し付けてしまった事は……」
「それについては何度も言っている通り、感謝こそすれ恨むつもりは一切ない」
俺はフィオの言葉を遮るように言う。
「まぁ、弱音くらいは吐かせて貰えると嬉しいんだがな?」
「……お主が弱る様な事があればいつでも話を聞くのじゃ。とは言っても、なんだかんだ言ってお主図太いからのう」
「そんなことないだろう?俺は随分繊細な筈だ」
「お主が悩んだのなんて……チラ見していることが女性陣にもろバレだったと知った時くらいじゃろ?」
「……」
「その図太さだけは並みの王よりも上じゃな」
「いやぁ、神様には負けるっスわ」
「……」
「……」
覇王と神の戦いが今ここに始まった。
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