第391話 覇王の得意技



「ご苦労だったな、キリク」


 レイリューン司教がうちに来て、色々と話をしてからとんぼ返りのように速攻帰ってから数日、今日は定期会議の日だ。


 キリク達は教会とのなんやかんやで後処理があって色々と忙しかったみたいだけど、俺の方は殆ど日常業務って感じだったね。


 あ、レイリューン司教は聖地にとんぼ返りしたけど、司祭の人は何人かエインヘリアに残って各地を回るって言ってたかな?


 それはそうと……俺的には、早くフィオと会って色々と……お話をしてやりたいんだが、あんにゃろう、月一回の予定日を過ぎたというのに呼び出しがかからないんだよね。


 間違いなく逃げてやがる。


 だが……くくっ……次に会うのが楽しみだぜ。


 そんなことを考えて微笑を浮かべつつキリクを労うと、言われたキリクは何故か苦笑を見せる。


「いえ、大したことは。それよりもフェルズ様、今回は本当に驚きました」


「ん?」


 何が!?


 キリクが驚いたって……それは大事よ!?


「……私も……知らなかった……」


 !?


 う、ウルルが知らなかった!?


 外務大臣にして、エインヘリアに集まる情報の全てを知っているウルルが知らなかった!?


 ま、マズい。


 俺がのんびりと日常パートをこなしている間に、世間ではとんでもないことが起こっていたようだ。


 どうやってフィオを煽ってやろうか考えてる場合じゃねぇ!?


 一体何が……。


「まさか、フェルズ様が教会の真の教義を御存知だったとは。どうりで教会に対しあれ程寛容さを見せる訳ですね」


「……隠しているものがある事は分かっていたけど……正攻法では……調べられなかった……流石フェルズ様……」


 なるほど……覇王がね……。


「くくっ……そう難しい話ではない」


 何が!?


 いや、二人の言っている事は分かる……意味はね?


 俺が教会の真の教義を知っていたから、レイリューン司教に対してあんな態度をとったと……そして真の教義についてはウルルでも調べられていなかったと。


 なるほどなるほど……そんなことあるわけないじゃないですか。


 覇王が真の教義を知っていた?


 何をおっしゃるやら……覇王はレイリューン司教の話を聞いて頭の中で整理するだけでいっぱいいっぱいだったわ!


 だからその後の交渉はキリクに全てを任せたというのに……なんでそんな感想が出てくるのかしら?


「当初私が考えていたプランは破棄せざるを得ませんでしたが……ふふっ、フェルズ様もお人が悪い。まさかこのような計画を立てていらっしゃったとは……」


「くくっ……そういう訳ではない。ただ成るように成ったというだけよ」


「……やはり、まだまだ足元にも及びませんね」


 俺の方がな!?


 キリクの自嘲するような呟きに、俺は全力でツッコミを入れたかったのだが、それをしてしまうと色々台無しなので全力で堪える。


「エイシャも、すみませんでしたね。折角会談に参加してもらったというのに」


 キリクが若干申し訳なさそうにしながらエイシャに声をかける。


 それを受けたエイシャは、気にしていないと言うように微笑を浮かべつつかぶりを振った。


「問題ありません。全てはフェルズ様の御心のままに」


「当初の予定では、フェイルナーゼンなどという偽神を信奉する者共の目を覚まさせてやるつもりでしたが、性急にことを勧める必要はありませんでしたね」


 ……何するつもりやったん?キリクさん?


 完全に宗教戦争勃発させるかのような物言いなんですが?


フェルズ様がそれをお望みであれば、全力で本当の神という存在を魂に刻み込んで差し上げるつもりでしたが……本当によろしかったのですか?」


 エイシャが俺の方に顔を向けながら首をかしげて来る。


 魂に刻み込むって……イッタイナニヲスルキナンダ?


「……信仰と言うものは強制するものではない。真に信ずべきものが何なのか、それは己の内に自問自答してこそ得られる答えだ。縋り、祈り、信じる。それを誰に捧げるかは各々が好きに決めれば良い事だ」


「……」


 表情を一切変えることなく黙り込むエイシャに、俺は苦笑しながら言葉を続ける。


「くくっ……エイシャからすれば納得は出来ないのだろうがな」


「……そう、ですね。確かに私は全ての民がフェルズ様を崇めるべきだと考えております」


 それは全力でお断りしたい未来ですね。


 道行く人がみんなフェルズ様とか言い出したら、覇王は心を病んでしまいそうだ。


「ですが、フェルズ様は民の自由な心を大事にしておられますし、私からそれを強制するつもりはありません」


「そうか」


 そう言ってにっこりと微笑むエイシャに向かって、俺は軽く頷いて見せる。


 エイシャは大司教という地位についているが、元々レギオンズには宗教関係のイベントは存在しておらず、どちらかというとRPG的なヒーラーポジションって感じだった。


 回復系である聖属性の魔法と、それらを補強する各種アビリティを全力で覚えさせた回復特化キャラであり、信仰だとか神様だとかそのあたりは全然関係ない。


 大司教の役職も回復力の強化がされるってだけの役職だったからね。


 だから城内に神殿だか教会だかは一応存在しているけど、維持費もかからないグラフィックだけの存在でしかなかった。


 そして、こっちの世界に来てからも布教活動のような事はしておらず、俺が任せているのも治療院や移動診療と言った医療関係に関したものばかり。


 そんな訳で。そこまで宗教的なあれこれには力を入れていないのかと思っていたんだけど……教会の人がうちに来るって話が出たあたりから、敵愾心をばりばり出してたからなぁ。


 思いのほか教会が穏やかな感じだったから良かったものの……いや、違うか。


 キリクの元々のプランではなんか教会がどえらい事になっていたような気がする……例えば……数か月後には信徒一千万人がフェルズ様とか呼ぶようになっているとか……。


 草の根一本残らないくらい、聖地が更地になるとか……うん、前者の方がありそうだな。


 なんにしても、キリクがエイシャと教会に対して何か企んでいたのは間違いない……教会の真の教義って奴を聞くことが出来て、本当に良かったと思う。


 命拾いしたわ……色んな人が。


 そういった意味では、うちに来た人がレイリューン司教で本当に良かった。


 ちょっとスイッチ入ると怖いけど……他の人だったら、また違った流れになっていた可能性は否定できない。


 殲滅……もしくは改宗ルートに突入せずに本当に良かった。


 とは言え……少しエイシャの望みくらいは聞いてあげておいた方が良いかもしれない。


 ゲーム的な流れで医療関係を任せていたけど、実は布教とかしたいのかもしれないし。


「エイシャ。お前にはずっと医療にまつわる仕事を任せてきたが、大司教として布教活動等に従事したいか?」


「そうですね……フェルズ様の偉大さを全ての民に知らしめたいという想いはあります。ですが、私が布教せずとも、遠からず全ての民がフェルズ様の偉大さを知る日が来ることでしょうし、そうなれば自ずから信徒となる者で溢れかえるでしょう。なので、急いて動く必要はないと考えております」


 エイシャはそう言って微笑むが、どことなく……いや、顔に思いっきり、やりたいですと書いてあるような感じがする。


 どうしよう……許可を出すか?


 いや、とんでもないことになる可能性が高いし……しかし、ここで止めてって言うのはおかしいよな。


 ならなんで聞いたしって感じだ。


「エイシャがやりたいのであれば、俺はそれを止めるつもりはない。だが、古来より宗教とは金や力が集まりやすいものだ。俺はそう言った連中が、調子に乗って政治に口を出してくることを危惧している。無論、エイシャであればそういった者共のかじ取りを完璧にやれるとは思っているがな」


 政教分離は本当に大事だと思う。


 政治が宗教を強要することも、宗教が政治に口を出すことも……まぁ、碌な事にならないと思う。


 別に宗教の全てが悪いとは言わんけど、世の中には集まる事で調子に乗る輩が多いからな。


 いや、それは宗教に限った事ではないんだけど……宗教ってのは同じ考えを持った……というか思想を持った人達が集まる場所だからね。


 意思を統一しやすいというか、上の意思が下に反映されやすいというか……まぁ、心の底から一向一揆が怖いんですよ。


「その危惧は私も理解しております。勿論、フェルズ様のおっしゃる通り任せて頂けるのでしたら、完璧に統制してみせますが……」


 まぁ、多分エイシャなら問題はないだろう。


 キリクやイルミットもいるし、俺の意に沿わない暴走は絶対にしない筈だ。


 でもな……エインヘリア発の宗教……北方で流行っている教会とは性質上ぶつかり合わないとは思うけど……フェルズ教vsフィオ教だな。


 うん、ゾッとしないね。


 っていうか、今それを許可してしまったらフィオの奴を弄れなくなるな……。


 エイシャにやりたい事をやらせてやりたい気もするけど……やはり宗教に関してはしっかりと考えてから進めたい。


「……エイシャ、もう少しだけ待ってくれるか?今は教会……フェイルナーゼン神教とやり取りを始めたばかりだからな。ここで宗教的に大きく動いて、向こうを刺激するのは得策ではない。今回の件が滞りなく終わり、北方への魔力収集装置の設置が始まってから腰を据えて考えさせてほしい」


「お心遣いいただき感謝いたします、フェルズ様。時が満ちたその時は、必ず全力を持って取り組ませていただきます」


 ふんすっと言わんばかりにエイシャが気合の入った返事をする。


 うん……程々にね?


 なんか……とんでもない事を言ってしまった気がする……。


 大丈夫か?


 大丈夫かこれ?


 ……。


 ……。


 よし、今後のフェルズ先生の活躍に期待しよう!


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