第390話 本懐



 めっちゃ泣いてる。


 レイリューン司教が、俺の方見ながらめっちゃ泣いてる。


 多分四十過ぎくらいのおっちゃんが、俺の事見ながら真顔でダバダバと涙を流している。


 正直……ちょっとどころじゃなく怖い。


 いや、気持ちは分からんでもないよ……?


 いや、やっぱ分からんか……俺には信仰のしの字もないし、全てを捧げてでも叶えたい願いとか、託された想いとかもない。


 俺がフィオの望みを叶えてやりたいのは、感謝が半分であとの半分は……まぁそれはどうでも良い。


 とにかく……宗教の人がそういった……なんだろう?教義……本懐?まぁなんか長年の願いみたいなものを、目の前で叶えて進ぜようみたいなことを言われたらこうなるのも、当然なのかな?


 でも、とりあえず話をしているのは俺じゃなくってキリクだから、こっち見ないで下さい。


 後、涙拭おう?


「一つまだ実証出来ていないのは、魔族にも問題なく効果があるかどうかですね。残念ながらエインヘリアには魔族の方がおらず、その辺りの確認が出来ていないのですよ」


 凄まじい事になっているレイリューン司教の事が見えていないのか、キリクは普段通り淡々とした様子で普通に話を続ける。


 うちの子の心臓が強すぎる……。






View of マハルタ=レイリューン フェイルナーゼン神教司教 革新派






「……」


「レイリューン司教?」


「……は!?はい、大丈夫です、聞いております。魔族ですか……信徒の中には魔族の方々も多数おりますが、やはり北方に住んでおられる方が殆どですからね。しかし、彼らは妖精族以上に……」


「そういった話は聞いております。我々としてはその点に関しても力になりたいとは思っていますが、確証はありません」


「そ、それでも構いません!可能性があるのであれば……どうか、彼らに救いの手を……」


「畏まりました。その辺りについても話を詰めていきましょう。ですが、その前にもう一つだけ、魔力収集装置の効果として……狂化した魔物はもとより、通常の魔物でさえもその発生数を減らすことが出来ます」


「っ!?」


 もはや、何度目の衝撃でしょうか?


 狂化した魔物に関しては、少しだけ想像できていましたが……まさか通常の魔物でさえも……?


 私は再び視界が滲みそうになるのを感じ、慌てて目元を押さえます。


「ただし、こちらに関しては、それなりの数を広範囲に設置する必要があります。先程の魔物被害が少なくなっているという話は、ここに帰結いたします」


「……」


 確かに先程魔力収集装置の機能を聞いた際、通常の魔物による襲撃も減っているという話に疑問を覚えましたが、あれはこういう事だったのですね……。


「さて、魔力収集装置の機能に関する話はこのくらいにして、本題に戻りましょう」


「……本題?」


 ……何の話をしていたのか、恥ずかしながら全く思い出せません。


「定期的にお譲りするポーション。その対価として、我々エインヘリアはフェイルナーゼン神教の聖地、および自治領。そして聖地周辺国への魔力収集装置の設置を求めます」


「……?」


 対価に……魔力収集装置の設置?


 え……?


 え……?


 え……?いや、おかしいですよね?


 対価……対価ってどういう意味でしたっけ?


「あ、あの、キリク殿。少々お待ちください。ポーションを融通して頂く対価として我々が支払うのが、魔力収集装置の設置ですか?それは、その……建造費用を我々が支払いという話でしょうか?」


「いえ。建造に関わる費用や物資は全て我々が支払います。私達が求めているのは魔力収集装置を設置する許可。それと場所の提供です。魔力収集装置は例外なく全ての集落への設置が必要です。そして、各集落での設置場所にも条件が色々とあり、その辺りの交渉も含めてフェイルナーゼン神教の方でご負担して頂きたく存じます」


「な、なるほど。因みに設置後の稼働費用……ランニングコストは如何程なのでしょうか?」


「基本的にはメンテナンスを必要としない機構となっておりますし、一度稼働させてしまえば、追加の費用や作業は必要ありません。収集した魔力を使い稼働しておりますので」


「……」


 た、確かにそういった交渉は労力を伴いますが……はっきり言って得られる恩恵の対価として、釣り合っているとは到底思えません。


 と言いますか……私達フェイルナーゼン神教としては、これこそ我等が求めた最終目標でもある訳で、諸手を上げて歓迎するどころか、地面に頭を擦り付けてでも設置を求めたい代物です。


 設置の上、定期的にポーションを融通してもらえる……いや、どう考えてもおかしいです!


「あぁ、ご安心ください。副作用のようなものはありませんよ。人族も妖精族も、何の問題もなく実に健康的に過ごせておりますし、農作物への影響もありませんし、家畜に害があったりというようなこともございません。魔物が減少してしまうので、狩りや魔物狩りを生業としている方々には影響がありますが」


「……失礼ながら、キリク殿。やはりポーションを融通して頂ける対価になり得ないと思うのですが……」


「それは、見解の相違と言うものです。レイリューン司教、貴方は魔力収集装置についてどう思いましたか?」


「何度となくエインヘリアについてこう称させてもらっていますが、大変素晴らしいものかと。魔力収集装置の設置が進めば、魔王の魔力に怯える事……いえ、魔王そのものに怯える必要が無くなると言うものです!」


 それこそフェイルナーゼン神教の悲願。


 全ての民が、心穏やかに生を全うできる世界……それがついに実現するのです!


 もちろん、魔王の魔力だけが民を苛むものと言うつもりはありません。


 ですが、人の手で抗えぬ最大の脅威を払うことが出来たというのは、未来への希望というより他なりません。


「なるほど、確かにフェイルナーゼン神教の司教であるレイリューン司教であれば、そう考えてくださるのは当然ですね。しかし、果たして聖地周辺の諸国はどうでしょうか?」


「どういうことでしょうか?」


「聖地の周辺ではフェイルナーゼン神教が強い力を持っています。それこそ、小国の王よりも遥かに大きな力……影響力がありますね?」


「……確かに周辺諸国にはフェイルナーゼン神の信徒が多く、影響力がないとは言いません」


「ですが、教会は各国の政治に口を出すことなく、宗教としての性質も民を優先する慈愛に満ちたものです。だからこそ、魔力収集装置の話を聞いてもそういう風に考えて下さるのでしょうが、周辺国の為政者たちはそう考えてはくれません」


 そう言ったキリク殿が、微笑を浮かべつつ機能一覧を見るように促してきました。


 何度見ても信じられない機能でありとても素晴らしい……いや、そういう事ですか。


「確かにこれは……設置を認めてもらうのは中々難しいかもしれません」


 そうだ。


 この魔力収集装置の機能は素晴らしい。


 いや、素晴らし過ぎるのです。


 これを国内に設置するということは、急所をエインヘリアに差し出すという事に他なりません。


「えぇ。レイリューン司教のお察しの通り……国として、魔力収集装置の設置を受け入れるという判断は恭順を示す事他ならず、それが民の為と説明されたとしても、とてもではありませんが首を縦に振ることはないでしょう」


「……」


 それを許せば、エインヘリアの気分次第で自国が滅ぼされるかもしれない。


 いや、かもではなく……その時は確実に訪れる。


 為政者であれば、そういった考えが最初に浮かぶのは当然の事と言えましょう。


 エインヘリアは確かに民を愛し、これ以上ない程の幸福を民に与えてくれます。


 ですが……それは、民に対してだけです。


 既存の権力者からすれば、己の世界を、秩序を破壊する侵略者以外の何物でもなく、その行いはけして許容できるものではありません。


 魔力収集装置さえあれば、飛び地であろうと僻地であろうと、エインヘリアが治める事は難しくなく、攻めてこない保証はどこにもないのですから。


「一応、転移や通信機能のない簡易版の魔力収集装置もあります。魔王の魔力への対抗だけを考えるならば、こちらを設置するだけでも十分な代物です」


「であれば!」


 一番懸念される転移や通信の機能がないのであれば何も問題はないではありませんか!


「レイリューン司教は本当に人が良い。レイリューン司教のような方々であれば、まず人を信じるところから始めるのでしょうが……為政者の多くは人を疑うところから始めます。魔力収集装置という未知の装置。これを設置すれば魔王の魔力による影響をなくすことが出来るので、転移や通信機能の無い簡易版を貴国に設置したい。そう申し出たとして、一体どれだけの人が我々の言葉を信じるでしょうか?」


「そ、それは……」


 確かに、それをあっさり信じる様な為政者はいないでしょう。


 というか、そんな為政者には国を任せられません。


 未知の技術で作られたものに対し、これにはそんな機能はありませんと言われたからと言って納得出来る筈がない……何せ、エインヘリア国内では転移や通信機能が使われているのですから。


 機能を隠し、使用していないだけで機能そのものは存在している。


 そしてここぞという時にその機能を使い、こちらをだまし討ちするつもりだ。


 そう考えて当然でしょう。


 機能がある事は証明できても、その機能が無い事を証明するには……魔力収集装置に関する全ての情報を公開し、その技術の全てを習得してもらうより他なく……これ程の超技術を他国に公開することのデメリットは、色々と考えの足りない私でも想像できるというものです。


「そういう訳で、魔力収集装置の設置を他国に設置するのは非常に難しいのですよ。北方の国々と我々エインヘリアの間には帝国があって、中々手出ししがたいですしね」


「確かに、魔力収集装置を北方の国々に設置することを飲ませるというのは、かなりの労力を必要としそうだという事は分かりました。私個人としては、ポーションの対価に釣り合うのかどうかは計りかねますが……このお話、是非お受けさせていただきたく存じます」


 確かに国としては、魔力収集装置を受け入れがたいでしょう。


 しかし、フェイルナーゼン神教において、この事は至上の目的となります。


 この話を聞いた時点で、私に断るという選択肢はありません。


 北方の国だけではありません、この大陸に存在する全ての国に対し働きかけるのが当然と言えましょう。


 私がキリク殿に頭を下げながら決意を燃やしていると、キリク殿がにこやかに口を開きました。


「よろしくお願いします、レイリューン司教。一つ説得の材料となれば良いのですが、魔力収集装置はエインヘリア国内はもとより、属国であるルフェロン聖王国、パールディア皇国、シャラザ首長国でも設置が進められており、その効果によって情報伝達速度の向上や経済の活性化に大きな影響が出ているのですが……これはエインヘリアとその属国だけの話ではありません。既にスラージアン帝国内においても魔力収集装置の設置は始まっており、その効果を実感してもらっております」


「す、スラージアン帝国にも設置が進められているのですか!?」


「えぇ。しかも、帝国に設置している魔力収集装置は転移機能がついているものとなっております」


「なんと……」


 エインヘリアとスラージアン帝国は対等な関係……もしくは、多少帝国有利な関係かと考えていたのですが……この事を考えると、パワーバランスは寧ろ……。


 ここに来てその事に気付いた私は、改めてエインヘリアという国の底知れなさに心胆を寒からしめました。


 そして、会談が終わった私は急ぎ聖地への帰途についたのですが……転移を使わせて貰い、帝国の最北まで一瞬で移動した時は……転移の事を知らなかった同行者達の唖然とした姿に、少しだけほっとしたのは秘密です。


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