第388話 失態の先に



View of マハルタ=レイリューン フェイルナーゼン神教司教 革新派






「まず最初に確認しておきたいのですが、教会としては現状魔王の魔力への対抗手段は存在せず、今代の魔王に関する情報も保持していない。間違いありませんか?」


「はい」


 エインヘリア王にキリクと呼ばれた男性……確か宰相……いや、参謀でしたね。


 エインヘリア王とはまた違った意味で緊張感のある相手ですね。


「では、魔王についてですが、魔王の所在が分かった際フェイルナーゼン神教としてはどのような対応を取るつもりですか?」


「我々が魔王を発見した場合でですか……まずは対話を試みる予定ですが」


「対話とは……魔王の魔力を放出しないように要求すると?」


「はい」


「それが能わぬ時は?」


「討伐するしかないと、我々は考えております」


 恐らく、この考えはフェイルナーゼン神の神意に背く行為でしょう。


 慈悲深きフェイルナーゼン神であれば、間違いなく相手が魔王であったとしても殺害という手段はとらない筈です。


 しかし、多くの……大陸の全てを救う為には他の方法は……。


「なるほど」


 私の言葉に頷いたキリク殿はエインヘリア王へと視線を向ける。


 釣られた私がエインヘリア王の方を見るも、怜悧な視線はそのまま……口を出してくることはないようですが、少し雰囲気が変わられたような……?


 しかし、覚えた違和感を確認するよりも早くキリク殿が口を開いたため、私は思考をそちらに集中させます。


「教会側のスタンスは理解出来ました。その上で、先程の御提案……いえ、要求についてまずは返答させていただきます。我が国といたしましては、そちらの要求を飲むほどのメリットが感じられません」


「っ……」


 先程、エインヘリア王は我々の持つ医療知識について興味を持たれていた様子ではありましたが……こちらの求めているものに対し、差し出せるものがあまりにも少ないのは事実。


 国として考えるのであれば、当然の答えと言えるでしょう。


 エインヘリアは南方の国。


 対して我等フェイルナーゼン神教の影響力が強いのは、スラージアン帝国よりもさらに北……我々への支援は帝国との関係を悪化させるものになりかねないでしょう。


 我々が武力によって他国に手を伸ばす事はあり得ませんが、聖地を中心にフェイルナーゼン神の信徒は一千万人程存在します。


 これは、帝国がいかに強大な力を有していても決して無視できる数字ではありません。


 そんなフェイルナーゼン神教とエインヘリアが関係を密にすれば……帝国がどう考えるかは想像に難くありません。


 しかも、私は帝国への口利きも要求した訳で……。


「御理解いただけましたか?」


「……こちらの考えが至らず、とんだ御無礼を」


 私は勢いよく頭を下げます。


 このエインヘリアという国は、民の事を本当によく考え、助け、導く国であり、魔王の魔力について危機感を持ち、動いている国……まさにフェイルナーゼン神教の求める理想を体現したかのような国です。


 だからこそ、当たり前のことが頭から抜けていました。


 彼らはあくまでエインヘリアという国家。


 その慈悲は自国の民に向けられるもので、我等のように全ての民に等しく与えるものではありません。


 国家である以上、それはわざわざ言うまでもなく当然のことで、浮かれすぎてその当たり前を今になってようやく思い出しました。


「御理解いただけたのであれば問題はありません」


 エインヘリアという国を見て……エインヘリア王と会って……有頂天になっていたようです。


 この国ならば、この王ならばと。


「さて、それでは話を続けましょう?」


「……え?」


「どうかされましたか?」


 眼鏡を指で押し上げながら意外そうな声で尋ねて来るキリク殿を、私は呆けた様に見てしまいました。


「い、いえ。話はここまでなのかと……」


 話は……というか、私の命もここまでだと覚悟していましたが。


 しかし、キリク殿の様子を見る限り……本当に話を続けようとしているようにしか……。


「ここまで?メリットが感じられないとは言いましたが、まだ何もこちらから伝えてはおりませんよ?」


「そ、それは……」


 確かにエインヘリアからはまだ何も話は聞いていない……いや、正確にはエインヘリア王から魔王の魔力についてエインヘリアが有している情報を開示してもらった程度です。


 ここに至るまで、エインヘリアからの話と言うものは一つも聞いていない気がします。


「そういう訳ですので、そろそろ本題に入らせていただこうと思います。まずはフェイルナーゼン神教への物資、資金の提供ですが、これについては一端保留とさせていただきます。次に帝国への口利きですが、こちらはお断りさせていただきます。我々と帝国は対等な関係です。帝国があなた方に対してエインヘリアの情報を伏せた様に、我々も帝国のやり方に対し口を出すことは出来ません」


 資金援助等が保留とされる理由は分かりませんが、帝国への対応は至極当然と言えましょう。


「ですが、我々には貴方方に提供できる物がいくつかあります。そしてそれらは、どれもあなた方が欲してやまないものであり、エインヘリア以外では提供できない物です」


 キリク殿の言葉に、私はエインヘリアに来ることになったきっかけの一つを思い出す。


「そ、それはもしや……」


「まずは、こちらです」


 そう言って懐から取り出した小瓶を机の上へと置くキリク殿。


 間違いない!


「……ポーション、ですか?」


「御明察の通りです」


 そういって微笑を浮かべるキリク殿だったが……私の視線はその手元、ポーションに釘付けだった。


 私はエインヘリアという国に触れ……エインヘリアという理想に溺れていたことを改めて思い知らされてしまいました。


 そうだ……元々私は二つの事を目的としてこの国を訪れたのでした。


 それを忘れ、私は何を浮かれ、暴走し、そして打ちのめされているのでしょうか。


 その事に惨めさと、自責……そして何よりも己が本分を忘れたことに対する激しい怒りが私の心に去来しました。


「こちらを融通して頂けると?」


「本来、このポーションは極少数を他国へと売っているもので、その金額は金貨五百枚となっております」


「五百枚……」


「元々は半値以下だったのですが、出荷を絞り切っていることもあり随分と価格が上がってしまいましたね。さて、ポーションの価格はともかく、これを定期的に数本ずつ差し上げましょう」


 ポーションを我々が手に入れた時の金額は、確か金貨一千二百枚だった筈です。


 それに比べれば良心的な価格と言えますが……。


「希少なポーションを提供して頂けるのは非常に嬉しいのですが、流石に定期的に数千枚の支払いが出来る程、教会に余裕はありません」


 フェイルナーゼン神教は、スラージアン帝国を含め周辺国からかなり多くの寄付を集めていますが、その寄付は全て民への救済や魔王の魔力の研究資金に回されており、ポーションに回せる金額は殆どないと言えます。


 私は財務を担当しているわけではないので正確な事は言えませんし、エインヘリアがどの程度の頻度でポーションを融通してくれるか分かりませんが……恐らく年に十本買えるかどうかといった感じで間違いはない筈です。


「えぇ、失礼ながら教会の財務状況はある程度把握しているので、定期購入が難しい事は理解しております。ですが、ポーションは貴方達にとって喉から手が出る程欲しいもののはず。これがあれば救うことが出来る存在は少なくなく、これが無ければ救う事の出来ない存在は数えるのも馬鹿らしくなる程でしょう」


「……」


 その通りです。


 我々の施す治癒魔法では、死に瀕するような大怪我を癒すことは出来ませんし、即効性もありません。


 もしポーションを複数用意することが出来れば、緊急性の高い怪我をした方々を救うことが出来るでしょう。


 少ない数であっても確保しておきたかったのですが……定期的に購入するというのは、フェイルナーゼン神教の財政が持たないでしょう。


 いえ……勿論ポーションを融通してもらいたいという考えがあってエインヘリアには来たのですが……先の失態があるせいで値段交渉もしにくいですし。


「なので、月に三本提供しましょう。勿論金銭による対価は必要としません」


「ほ、本当ですか!?」


「えぇ」


 思わず身を乗り出した私に微笑みながら頷いて見せるキリク殿。


 しかし、その笑顔はこちらに安心を与えるものには見えず、私は背筋に冷たい汗が流れるのを感じました。


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