第387話 フェイルナーゼン神



「魔王の魔力への対抗手段は用意できたのか?」


 ヒートアップしているレイリューン司教に水をぶっかけるつもりでそう尋ねてみる。


 このままだと演説が続きそうだしね。


 もし、彼らが魔王の魔力への解決策を見つけているのなら何も問題はないけど、恐らくそれはない。


 見つけているのであれば、その教義というか、真の目的を秘する必要はないしね。


 教会が魔王の魔力の事を大ぴらにしないのは、解決策もない状態で情報をばら撒くことで大混乱が起こるからだろう。


 勿論情報を広めることで、協力者が増えてそこから良い案が生まれる可能性はある。


 しかし、残念ながら九割以上の者は、混乱したり絶望したり……まぁ、ロクでもない行動に走ってしまう可能性が非常に高い。


 だからこそ教会は、長年魔王の魔力に関する情報を秘匿して来たのだろう。


「そ、それは……」


 案の定……俺の問いかけに、テンションが急降下するレイリューン司祭。


「では、今代の魔王の所在については?」


「そ、それも未だ発見には至らず……」


 悔しげというか憂いているというか、なんかもう負の感情がぐちゃぐちゃになった表情で苦しげに言うレイリューン司教。


 彼にとって、フェイルナーゼン神教の教えと言うものが、これ以上ないくらいに優先すべきであるという事が伝わって来るね。


 残念ながら、その気持ちを理解してやる事はできないけど。


「つまり現状、魔王の魔力への対処と言えば……狂化した魔物に対して聖騎士を派遣するだけ、といったところか?」


「はい……」


 完全に消沈してしまったレイリューン司教だが……まだ聞きたいがあるんだよな。


 いや、別にレイリューン司教の心をバッキバキにしたいわけではなく、ただ普通のテンション……冷静に情報を話して頂きたいだけなんだけどね?


「となると、気になるのはその加護というものだな。俺はそのような話、聞いたことがなかったのだが」


「お、おぉ!加護でございますか!?」


 あかん……ローからハイになる速度がジェットコースターどころじゃないんだけど……いや、でもこれは初めて聞く話だし、聞かない訳にはいかないよね。


「加護の事を説明させていただく前に、フェイルナーゼン神についてお話しさせていただきたく存じます。少々長くなりますが、お付き合いいただけますよう何卒宜しくお願い致します」


 そう言ったレイリューン司教はおもむろに立ち上がり、謳うように語りだす。


 少しテンション下げて欲しい……なんか色々と頭に入ってこないんだわ……。


「実は、我々が奉っているフェイルナーゼン神とは、実在の人物なのです。勿論、遥か過去の人物ではありますが、その偉業は歴史上比類なきものであり、その御心はとても尊いものなのです。ですが故あってその存在は歴史より抹消されており……その存在を知るものは、その当時であっても殆どいなかったと伝えられております」


 よかった。


 立ち上がった割に普通のテンションだ。


 いや……今気にすべきはレイリューン司教のテンションではないな。


 歴史上類を見ない偉大な人物か……まぁ、当然ながら俺はこの世界の歴史は知らないし、歴史から抹消されていようとなかろうとあまり関係ないが……。


 しかし、教会の教義から考えて、魔王の魔力と関係のある人物だよな?


 あれ?でも魔王の魔力は、フィオの儀式によって百年ほど前まで全力で使用されていた訳だし……ん?


「フェイルナーゼン神は数千年前、当時この大陸中に蔓延していた魔王の魔力を全て除去し、その後数千年に渡り魔王の魔力よりこの大陸を守護してくださったのです」


「……ほう?」


 それ……なんか、聞き覚えありますね?


 物凄く……聞き覚えありますね?


「しかし、フェイルナーゼン神は魔王の魔力を除去した時に全ての力を失い……身罷られました」


 ……知ってる。


 そいつ知ってるわ、俺。


 そいつ、つい先日誕生日祝ってくれたし。


「その身を賭して大陸に住む全ての民を救済したフェイルナーゼン神。当時の民でさえその事を知らず、ただ突然消失した魔王の魔力に歓喜したのです。しかしフェイルナーゼン神教の創始者たちは違います。フェイルナーゼン神に感謝し、その偉業を、そしていつか風化してしまうであろう魔王の魔力の脅威を今日まで伝えて来たのです。いえ、それらを伝承することこそフェイルナーゼン神教の目的の一つと言えます」


 フェイルナーゼン神教……目的多いな。


 いや、全部魔王関係だと思えば一貫していると言えばしているのか。


 しかし、これは間違いなく……。


「あまりにも長い時が経ち過ぎて、もはやフェイルナーゼン神が生きておられた時代が何時の事なのか、はっきりとした資料は残っておりません。しかし、その想いや全ての民を救済するという理念、そして魔王の魔力という抗い難き脅威の事だけは途絶えることなく代々の教皇、枢機卿、司教へと受け継がれてきたのです」


「……」


「フェイルナーゼン神教は、当時フェイルナーゼン神のお世話をしていた者達が、その偉業を後世に伝えるべく伝承したことが始まりだったと伝えられております」


 あぁ……なるほど。


 そんな人たちが居たってのも、聞いたなぁ。


 ついこの前。


「当時の記録は……既に原典は失われておりますが、代々の教皇によって厳重に写本が管理されており、痛む前に何十回……いえ、何百回も写本が作られているそうです。そこに書かれているフェイルナーゼン神の生前の行い、想い、そして命を賭して成した結果。初めて真の聖典を目にした時、私は真の意味でフェイルナーゼン神の信徒となり、その御心の一握程度でも実現させることが出来ればと邁進してまいりました」


 そこまで話したレイリューン司教は目を瞑り、祈りをささげるようなポーズをとる。


「そして加護とは、数千年に渡り魔王の魔力を押さえ続けて来た物です。しかし、いくらフェイルナーゼン神が偉大な御方であっても、永遠に魔王の魔力を封じ続けられるわけではありません。いつか必ず魔王は産まれ、この大陸を絶望に沈めると……伝承にはありました。フェイルナーゼン神の御加護によって、この大陸は延命されているに過ぎないのです。だからこそ、我々はその御力で守られている間に魔王の魔力への対抗手段を見つけなければなりません」


 祈る事を止め、力強くそう言ったレイリューン司教だったが……すぐに表情が暗いものになった。


「しかし、先程エインヘリア王陛下にご指摘された通り、聖地で魔王の魔力についての研究は進めているものの、成果は芳しくなく」


 まぁ……研究に関しては、俺的にはどうでもいいな。


 既に魔力収集装置という対抗手段はある……。


 とはいえ、魔力収集装置はエインヘリアの勢力圏の外だと、設置するのが厄介だからね……代替手段があったら嬉しかったんだけど、そう簡単にはいかないやね。


「ですが、我々は歩みを止めるわけにはいきません。我々が諦めてしまっては、フェイルナーゼン神の愛した無辜の民が不幸になるということ。時代こそ違えど、魔王の魔力によって再び世界が闇に包まれようものなら……フェイルナーゼン神がどれだけ嘆き悲しまれることか!」


 ……そろそろ情報は出尽くした感じなのだろうか?


 正直この人の神推しが強すぎて、必要な情報が微妙に流されている気がしてならないが……いや、この際、彼らの言うフェイルナーゼン神とやらが、どこぞの魔王であるかどうかはどうでも良いか。


 ほぼ確定な気はするけど……それよりも重要なのは、彼らが魔王の魔力をどうにかしたいと考えている事、そして俺達にはどうにかする手段があるという事。


 これだけの熱量を持って、魔王の魔力をどうにかしたいと語っているレイリューン司教……とてもじゃないけど演技とは思えないし、敬虔な信徒と見て問題ないだろう。


 勿論、そう見えるからといって、信用出来るかどうかは別問題だけど……キリクは教会を上手く使えると評していた。


 それはつまり……教会という勢力は、俺の目的を叶えるために有益ということだ。


 さて、そうなってくると……どういう風に話を展開すれば良いか……。


 正直今まで見せて来たレイリューン司教の姿が本心から来るものであれば、魔力収集装置の事を説明すれば二つ返事で受け入れそうな雰囲気はある。


 だけど、あの姿を鵜呑みにするのは……流石に危険だろう。


 相手は教会においてかなり上位の権力を持つ人物。


 覇王の浅い観察眼を誤魔化すなんて朝飯前といったところに違いない。


 とりあえず、レイリューン司教の話……少なくとも数千年前のフェイルナーゼン神とやらの話は、ほぼ間違いなくフィオの事だ。


 フィオ……願いを叶える儀式とやらを行い、魔王の魔力五千年分と自分自身を消費して、俺達エインヘリアをこの世界に生み出した魔王。


 フィルオーネ=ナジュラス。


 フィオの名前が伝承によって歪んだのか、失伝したのかは分からないけど……この世界の人はおろか、うちの子達にさえ俺の夢に出て来るフィオの事は伝えていない。


 俺の夢の中にだけ出てくるアイツの事を、ピンポイントで教会の連中が話を持って来るなんてことはありえない。


 それはつまり、フェイルナーゼン神を真に祀っているということだろう。


 フィオが生前住んでいたのは大陸北方らしいし、人族の世話係が居たって話もこの前聞いた。


 その人達が開祖なのか、それともフィオの事を伝承していく中で神格化されたのかは分からないけど、フィオが望んだ魔王の魔力への対抗を、こうして五千年後まで伝承し続けて来たっていうのは……凄い事だと思うし、なんとなく嬉しさを覚える。


 しかし、だ。


 俺はエインヘリアの王。


 確かにフィオの願いを叶えるというのは俺の目標ではあるが、だからと言って何も考えずに教会連中を身内認定する訳にはいかない。


 だからこそ……俺が取るべき手は一つだ。


「レイリューン司教。フェイルナーゼン神教の成り立ち、そして真の教義とその目的。その全てを語ってくれた……相違ないか?」


「はい。エインヘリア王陛下」


 俺の確認に、真摯な様子で頷いて見せるレイリューン司教。


「ふむ……ならば、その上で教会はエインヘリアに何を求める?」


「大陸南西部における魔物および狂化個体への対処は、今までも行ってきたかと存じます。なので、大陸北部への備えとして……教会への物資、資金を融通して頂きたく。それと、スラージアン帝国に対し、我々へとこれまで以上に協力するよう、働きかけて頂けないでしょうか?」


 金と物とコネを使わせろ……ってことだね。


 布教に関しては……うちには必要ないって思ったというところかな?


「本来であれば、その見返りとして聖騎士の派遣や医療支援等を行うのですが」


「聖騎士の派遣は必要ないが……医療に関してはそちらに一日の長があるからな。病に関する知識は我々としても欲している」


 病気への対処として万能薬はあるけど……病気自体の知識はあって困らない、というか寧ろ率先して欲しい。


 長い歴史で蓄えた病気に関する知識は、元々この世界の風土を全く知らない俺達からしたら、非常に有益だ。


 とは言え……ここから先はやはり、確実な手を打つべきだろう。


「キリク」


「はっ」


「お前に任せる」


「畏まりました」


 丸投げ。


 これこそ覇王に出来る完璧な回答だ。


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