第386話 情熱と狂信のあいだ

 


 謁見に来たフェイルナーゼン神教のレイリューン司教が、魔王の魔力という単語を口にした。


 流石にそれを無視する訳にはいかず、かと言って玉座に座って相手を見下ろしながら聞きたい話でもない。


 椅子が超硬いし。


 そんな訳で、俺は一度謁見を終わらせ会議室へと移動した。


 会議に参加するのは俺とキリク、イルミット、エイシャ……それからリーンフェリアが護衛として、それと姿は見えないけどウルルもどこかにいる筈。


 対するフェイルナーゼン神教の出席者は、レイリューン司教一人のみ。


 護衛役である聖騎士すら同席させていないのは……良いのだろうか?


「レイリューン司教。一人で良かったのか?」


「はい。これから私がお話しすることは、司教以上の地位にいるものしか知る事は許されておりません」


 俺の問いかけに、事も無げに答えるレイリューン司教。


 肝が据わっているのか、こちらに害意がないと見ているのか……いや、話の展開によっては、いつエイシャあたりが爆発するか分からんのよ?


 まぁ、その場合聖騎士の護衛がいようといまいと関係ないけど。


「それを俺達に話してしまっても良いのか?」


 今日あったばかりの相手に、門外不出どころか身内であっても閲覧制限が掛かっているような情報をホイホイとこちらに伝えて良いのだろうか?


 しかもキリク達も普通に同席しているのよ?本当にええのん?


「私は革新派という教会内の派閥に属する司教です。この革新派というのは、フェイルナーゼン信教の教えを広く流布すべきという思想を持った派閥でして、相手は選びますがこの件に関しても話して良い事になっているのです。まぁ、司祭や聖騎士の方々に話すことが出来ないのは、ちょっとした柵だと思っていただければ」


 そう言って、苦笑するレイリューン司教。


 教えを広め、秘している事を話しても良い筈なのに、同朋である司祭や聖騎士にそれを教える事の出来ない矛盾を笑っているのだろう。


 まぁ、その辺りの事は俺にとってはどうでも良いことだ。


 柵って言っていたし、多分政治的なアレコレがあるのだろう。


 触らぬ何とかに祟りなしって奴だ。


 しかし……改めて見ても、レイリューン司教の姿には違和感がある。


 俺がイメージする宗教関係者って、白っぽい服装を好むようなきがするんだけど……この人の着ている服は黒がベースだ。


 漆黒って程じゃないんだけど、ちょっと薄い黒って感じで神々しさよりも邪悪さの方が際立っているように見える。


 そしてそれはレイリューン司教だけじゃなくお供としてきた他の三人も同様だった。


 特に聖騎士の人なんか、黒い鎧だったからな。


 聖騎士っていうか……暗黒騎士って呼んだ方がしっくりくる感じだったよね。


 いや、こんなことを考えるのは失礼だとは思うんだけど……アレかな?宗教的なシンボルカラーって奴。


 いや、あんまり迂闊な事は言えないよね。


 そこまで考えてふと……そう言えば元の世界のシスターとか牧師さんとか……普通に黒っぽい服装だったなと思い出す。


 うん、じゃぁ聖騎士が真っ黒の鎧を着て、司教が真っ黒の法衣を纏っていても問題ないか。


 まぁ、それでも禁忌だなんだってのは存在する可能性はある。


 一応、ウルル達に調べて貰った限り表面的にはそういったものはないみたいだけど……何処にスイッチがあるか分かったもんじゃないしな。


 レイリューン司教も……一見すると穏やかそうなんだけど……さっき謁見中に物凄い熱量でエインヘリアの事を語っていた。


 褒めてくれるのは嬉しいけど、あの熱量は……ちょっと引いたもん。


 まぁ、それはそれとして……レイリューン司教が問題ないというのであれば、話を聞かせて貰うとするか。


 有益なものかどうかは分からないけど、こちらの調べではフェイルナーゼン神教は使い道があるって感じだからね。


 こちらには踏み込ませず良いように利用する……キリクはそんな風に考えているみたいだけど……何?その良いとこどり。


 いや、キリクが俺にそう言った以上、確実にそうなるのだろうけど……。


 今回のこの打ち明け話的なのも、キリクの予定通りなのだろうか?


「では、改めまして……このような場を用意して頂き感謝いたします、エインヘリア王陛下。これから話しますことは、フェイルナーゼン神教内はおろか、この大陸でも数えるくらいの者しか知らぬ話です。出来ましたら、この情報の取り扱いは慎重に行っていただけるよう、何卒お願い申し上げます」


「俺の知る限り、フェイルナーゼン神教とは民の事を想い様々な奉仕活動をする宗教だ。そのような教義を持つお前達が伝える相手を慎重に選ぶということは、使い方を誤れば民に多くの混乱、もしくは直接的な被害を齎す。そういう類のものなのだろう?」


「御賢察の通りです、エインヘリア王陛下。まずは先程、謁見の間でお尋ねした魔王の魔力。この件についてご説明させていただきます」


「あぁ」


 魔王の魔力……。


 彼らがどんな情報を持っているか分からないけど、教会の目的は魔王の魔力と関係があるってことだろう。


 聖騎士は魔物に対抗する為の戦力ってことだし、狂化のこととかか?


「魔王の魔力というのはその名の通り、魔王という存在が放出している魔力です。これがただの魔力であれば特に問題なかったのですが、魔王の持つ強大な魔力は生物を狂わせるものなのです」


「狂化だな。魔物や魔族、そして妖精族が正気を失い、突如凄まじい力で暴れだすという現象」


「はい。ですが……魔王の魔力によって狂化するのは我等人族も同じなのです」


 うん。それは知ってる。


 人族は狂化しにくいだけで、しない訳ではないという事は。


 しかし……良く考えてみれば、人族が狂化する可能性があるって話は……知られていない様な?


「その御様子では、ご存知でしたか?」


 俺やキリク達が平然としている姿を見て、レイリューン司教が確認するように問いかけて来る。


「あぁ。司教も城下町を見て来たから分かるだろうが、エインヘリアには多くの妖精族が暮らしている。当然魔王の魔力や狂化という現象については、それなりに調べがついている」


「おぉっ!い、いえ、妖精族が王都にあれだけ住んでいるのですから、その可能性は考えていましたが、まさか独自にそこまで……!?」


 目をくわっと見開きながら、鼻息荒くレイリューン司教が身を乗り出す。


 いや、超怖い。


 この人何が切っ掛けでテンション上がるか分からんな……こっちから何か言うのはやめておいた方が良いか?


 そんな俺の視線に気づいたのか、少し気まずそうに咳払いをしたレイリューン司教が姿勢を正し頭を下げる。


「失礼いたしました。まさか魔王の魔力や狂化について調べているとは思わず……では、魔王については……」


「今代の魔王については……歴代の魔王と比べその身に宿している魔力量が多い。そのくらいだな」


「っ!?こ、今代の魔王と言いましたか?」


 一瞬、レイリューン司教の気配が膨れ上がったけど、すぐに先程の事を思い出したのか、落ち着いた声音で俺にそう確認してくる。


 ……やっぱり俺からは何も言わない方が良さそうだ。


「魔王が代替わりしている事は知っている」


「まさかそのようなことまで……」


 もう何も言わないんだからねっ!


 微妙に抑えきれず、レイリューン司教からあふれ出て来る熱意を感じた俺は、そう決意を固めながら口を開く。


「レイリューン司教。そちらの話を聞かせてくれる筈だが?先程から俺が一方的に話しているぞ?」


「も、申し訳ございません。実は、我等フェイルナーゼン神教は民を救済するという目的の他に、いつか必ず襲い掛かって来る魔王の魔力に対抗するという目的を持っておりました。そして、およそ百年ほど前……遂に魔王がこの世界に復活したのです」


 復活したわけではないけど……歴代の魔王はフィオのやった儀式によって魔力を奪われ続けていただけで、ちゃんと存在はしていたわけだし。


 しかし、魔王の魔力が世界に存在していなかった期間が五千年もあったにもかかわらず、それに対抗しようとする組織があったのは不思議な感じだな。


 十年二十年じゃない、五千年だ。


 魔王の魔力にどれだけ当時の人達が怯え、絶望し、そして警戒していたとしても……その伝承を五千年先まで伝えられるとは到底思えない。


「復活というのは少し正しくない表現ですね。先程エインヘリア王陛下がおっしゃったように、今代の魔王が誕生したという方が正しいでしょう。現出した魔王はゆっくりと、静かにその魔力を大陸へと撒き始めました。そして数千年ぶりに狂化する魔族や魔物が現れたのです。そこでようやく、私達は魔王がこの大陸に復活したことを知ることが出来ました」


 狂化した魔物とかが出たから魔王が誕生したことを知ったのか……ふむ、魔王の魔力に対抗するって目的は、後からとってつけた可能性もあるな。


 魔王の魔力や狂化って言葉自体は、何かしらの資料と合わせて長年保持し続けて来たって可能性はある。


 随分と歴史に自信のある宗教らしいしね……。


 それと、レイリューン司教の表現の仕方から察するに……教会は、魔王本人が魔力をばら撒く意思を持って行動していると考えているようだね。


「狂化の被害は年々数を増しており……特にここ数年は狂化する魔物の数が跳ね上がっており、妖精族への被害も拡大していると確認しております。これはフェイルナーゼン神の御加護が、数千年の時を経て薄れていっている事の証左に違いありません。御加護が弱まったからこそ、魔王の誕生を許し、そして今、狂化の発生率が加速度的に上がり始めたのです。もはや時はあまりない……完全にフェイルナーゼン神の御加護が失われる前に、我々は力を合わせ魔王の魔力へと対抗せねばならないのです!そうでなければ遠からず、この大陸は滅びを迎えるでしょう!」


 ひぇ……ヒートアップした。


 何も言わずに黙って話を聞いてたのに、一気にフルスロットル……やっぱ駄目だ、宗教関係者やっぱ駄目だわ。


 でも、まだ彼らの持っている情報については聞いておきたいし、逃げられないよなぁ。


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