第384話 お宅訪問:城内



View of マハルタ=レイリューン フェイルナーゼン神教司教 革新派






 王都に着いた我々は、すぐに謁見を申し入れました。


 フェイルナーゼン神教はいち国家という訳ではありませんが、それなりの勢力を持った組織です。


 通常の……北方の小国であれば、私達の申し入れを無視することは出来ないでしょう。


 いえ、かのスラージアン帝国であっても我々を無視することは出来ません……まぁ、嫌な顔はされますが。


 とは言え、ここは大陸南方。


 教会は少なく、フェイルナーゼン神の信徒もあまり居らず、影響力は非常に小さいと言えるでしょう。


 もし、エインヘリアが情報に疎い小国や、傲慢で無知な王の君臨する国であれば私達の申し出を無視するか、突っぱねてくることは考えられます。


 ですが、この理想郷のような国を率いるエインヘリアの王が、こちらの事を深く知る前に拒絶したりするような浅慮な行いはしない筈。


 そんな風に考えて謁見の申し入れをしたのですが……まさか翌日に謁見が叶うとは、予想だにしていませんでしたね。


 私は久しく感じる事の無かった緊張を押し殺しつつ、前を歩くメイドに着いていきます。


 私の供として、司祭が二人と聖騎士が一人後ろについて来ています。


 ここまで共に旅をしてきた他の五名の助司祭と十名の聖騎士は、城下街で待機して貰いました。


 恐らく、今頃城下町を見て回っている頃でしょう。


 城下町と言えば……エインヘリアの城下町は随分と特徴的でしたね。


 一番目に付いたのは……やはり妖精族の多さでしょうか?


 大陸北方はもとより、私の知る限りここまで妖精族が多いのは……ドワーフの国であるギギル・ポー……いえ、今はそのギギル・ポーもエインヘリアのいち地方ですが……あそこくらいですね。


 しかし、あそこは九割以上がドワーフでしたが、ここエインヘリアの城下町は違います。


 半数以上がゴブリン。


 その次に多いのはドワーフ。


 その次が人族で……ハーピーとスプリガンが少々といった感じでした。


 見かけなかったのはエルフくらいでしょうか?


 エルフは大陸南部でも東の方にいると聞いたことがありますし、恐らくこの辺りにはいないのでしょうね。


 もしエインヘリアで最初に見た街が王都だったとしたら、妖精族の国なのかと考えるところだったかもしれません。


 他の街を見ればそうではないことが分かりますが……王都に妖精族が多いのは、ゴブリンを保護している流れ……でしょうか?


 確かゴブリンは南方では迫害されていた筈ですし……。


 そんなことを考えながら歩いていると、窓に反射し後ろの三人が表情を硬くしているのが見えました。


「皆さん、大丈夫ですか?」


「レイリューン司教。は、はは……申し訳ありません。どうにも緊張してしまいまして」


 そう言って司祭の一人が恥ずかしそうに頬を緩ませます。


「大丈夫ですよ。いつも通り、私達は私達に出来る事をお話しするだけです」


「は、はい」


「それに、謁見でエインヘリア王陛下とお話しするのは私だけですしね」


 私が笑いながらそういうと、二人の司祭は空笑いをしますが……一人だけ表情が強張ったままの方がいます。


「……?どうしたのですか?ディオラン殿」


「は……その、申し訳ありません」


 聖騎士であるディオラン殿だ。


 思えば、エインヘリア城に着いて私が馬車を降りた時、ディオラン殿は既に私を待ってくれていましたが……その時も非常に硬い表情をしていたように思います。


 何かあったのでしょうか?


 しかし、それを尋ねるよりも一瞬早く、私達を案内してくれているメイドの方が立ち止まり、こちらに向き直りました。


「こちらでお待ちください。謁見の準備ができ次第お迎えに上がります」


「ありがとうございます」


 メイドの方にお礼を言った私は、用意された控室に入り他の方に気付かれない程度に息をつきます。


 緊張している皆に大丈夫とは言ったものの、私もここに来るだけでかなり疲労を感じています。


 これはなんですかね?


 王城という場所に来ること自体はそれなりに経験があったので、今更緊張することはないと思っていたのですが……何故これほどまでに?


 高圧的に私達を威圧したり、警戒心をあらわにする国は今までいくつも見てきましたが……エインヘリアは少し様子が違います。


 非常に丁寧に対応してくれていますし……そもそも、謁見が申し入れをした翌日に叶うなどとと、相当こちらの事を尊重して下さっていると考えた方が良いでしょう。


 この案内された控室も相当上等なものですし……その考えは間違いではない筈……なのですが、この緊張は……。


「レイリューン司教、少し宜しいでしょうか?」


 私がそんな風に考えていると、ずっと強張った表情をしていたディオラン殿が私に声をかけてきました。


「えぇ、構いませんよ。もしかして、先程から硬い表情をしている理由ですか?」


「はい。その事なのですが……私達聖騎士は、今まで多くの魔物と戦ってきました。その戦いはそこまでの脅威を感じないものから、派遣された騎士団が壊滅する程厳しい戦いまで様々なものがありました」


 突然聖騎士についてディオラン殿が語り始めましたが……私はをそれを遮らずに頷いて見せます。


「えぇ、聖騎士団の皆さんには本当に感謝しています。貴方達の献身があったからこそ、多くの人々が救われたのです」


「それが私達の信仰の形ですので。あ、いえ……それは今は良いのです。実はかつて死地だと覚悟を決めた戦い……ルトランゼの惨劇、あの戦いに私は参加していました」


 ルトランゼの惨劇。


 十年程前、聖地の南東にある小国、ルトランゼで起こった魔物被害事件の別称です。


 長いフェイルナーゼン神教の歴史の中でも殆ど記録にない程の大きな魔物被害……ルトランゼの王都が魔物によって大規模な襲撃を受けルトランゼの騎士団は壊滅、民にも大きな被害を齎しました。


 報告書によれば、魔物の数もさることながら強大な魔物の存在も確認出来たとの事。


 ただ数が多いだけであれば、魔物との戦いに特化した聖騎士団の騎士であれば大きな被害は出なかったはずです。


 しかし、少数の強力な個体……それらが暴れまわったことで、救援に向かった聖騎士団にも凄まじい被害が出ました。


 英雄であった当時の聖騎士団長も、あの戦いで命を落とした程です。


「そうでしたか……ディオラン殿はあの戦いに参加していたのですね」


 私は胸に右手を当ててディオラン殿に頭を下げます。


 あの絶望へと挑んだディオラン殿に敬意を表したのですが……しかし、何故今あの戦いの話を?


「実はあの時の……あの恐るべき暴威を振るった強大な魔物、アレと同じような圧力をこの城にいる者達から感じるのです」


「……それはどういう意味でしょうか?」


 この城にいる者達が魔物……という意味ですか?


「深い意味はありません。ただ……この城にいる者達は凄まじく強いということです」


「な、なるほど。そういう意味でしたか。エインヘリアは短い期間で多くの国を併呑して来た国です。凄まじい強さの将……英雄が複数人いたとしてもおかしくありませんね」


 いえ、おかしくないというよりも、確実にいるでしょう。


 あのスラージアン帝国と戦い、双方あまり被害を出さずに引き分けた訳ですし……英雄が複数人いなければそんな結果にはならない筈です。


 しかし、私が見た限り……まだここに至るまで武人の姿は見かけなかったと思いますが……。


「いえ……レイリューン司教、違うのです。将や兵から感じた圧力ではありません。明らかに文官然としたイルミット殿や、ここまで案内してくれたメイド達……彼女等から凄まじい強さを感じたのです」


「……??」


 真剣な表情で私に話すディオラン殿の視線を受け……私は少し首をかしげてしまいました。


 えっと……つまりどういう事でしょうか?


 内務大臣であるイルミット殿やメイドの方々が、騎士団を壊滅させる魔物のような途轍もない強さを持っていると……ディオラン殿は言っているのですか?


「それは……災厄とさえ言われた魔物と同等の強さをメイドの方々が有していると?彼女達は英雄の偽装した姿だと……そういうのですか?」


「い、いえ。そうではありません。流石に英雄とまではいかないと思いますが……しかし、恐らく私ではここに案内してくれたメイドを倒すことは出来ないでしょう」


「……そんな馬鹿な」


 せ、聖騎士ですよ?ディオラン殿は。


 何処の世界のメイドが、聖騎士よりも強いというのですか。


 そんな人物をメイドにするなんて、人材の無駄遣いでしょう?


 私はエインヘリア王を、理想主義と現実主義を高い次元で融合させた人物だと目しております。


 そんな方が、人材の無駄遣いを……いや、もしやこちらの実力を確かめるために敢えて?


「なるほど……もしかしたら、聖騎士であるディオラン殿の実力を測ろうとしたのではないですか?エインヘリアにとって、今王都に来ている聖騎士達は初めて見る武力。その実力を調べるために敢えて強者に案内をさせたと……」


「何故そのような事を?」


 訝しげな顔を見せるディオラン殿に、私は説明を続けます。


「エインヘリアという国を見た限り、私はエインヘリア王陛下が恐ろしいまでの智謀を持った方だと考えております。理想を現実にする……言葉で言うのは簡単ですが、実在する国の運営方針としてこれほどまでに無謀な事はありません。しかし、現実にそれを見事に成している事は、ディオラン殿もここまで旅をしてきて理解されているでしょう?」


 私の問いかけに神妙に頷くディオラン殿。


「そんなエインヘリア王陛下だからこそ、ここに来て聖騎士の強さを調べたのではないでしょうか?道中で目立った動きをすれば探っている事に気付いていたでしょうし、私達の警戒も高まります。ですが、私達の目的はまだ向こうには伝わっておりませんし、私達の武力である聖騎士の実力を調べることは重要でしょう。いえ、もしかしたら、ここでこうやってその話をする所までも、エインヘリア王陛下の考えの内かもしれませんね」


「そういう事ですか」


 ディオラン殿は聖騎士としてとても優秀な方ですが、強さとしては団長や副団長には遠く及びません。


 あの二人は英雄ですからね……ですが、その二人を除けば聖騎士の中で十指には入る実力の持ち主です。


 彼を聖騎士の強さを調べる試金石とするのは、悪くない差配と言えましょう。


「油断できないとは常々考えていましたが、やはり相当厳しいお方の様ですね、エインヘリア王陛下は」


 私の言葉に、二人の司祭とディオラン殿は表情をより一層引き締めます。


 そして……私達の会話がひと段落するのを待っていたかのようなタイミングで扉がノックされ、先程のメイドの方の声が聞こえてきました。


「お待たせいたしました。謁見の準備が整いました。これよりご案内いたしますが、準備はよろしいでしょうか?」


「えぇ、よろしくお願いします」


 内心の緊張、警戒を握りつぶした私は、にこやかに返事をしました。


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