第382話 お宅訪問:玄関



View of マハルタ=レイリューン フェイルナーゼン神教司教 革新派






 私は今、枢機卿猊下の指示で聖地より遥か南の地……エインヘリアへとやって来ております。


 大国スラージアン帝国を縦断し、さらにその先にある小国を超えた先という距離を移動してきた事もあり、聖地を出立してから既に四か月以上が経過しております。


 ですが、エインヘリアの王都に辿り着くには後四か月程は掛かる見込みとなっており、ようやくエインヘリア国内へと入ることが出来たというところです。


 スラージアン帝国内の移動は、非常に順調な道程だったと言えます。


 流石は大陸最大の国……いえ、素晴らしいのは今代の皇帝ですね。


 彼女は先代と違い領土拡大の野心もなく、内政に力を入れる皇帝です。


 その統治は非常に安定した物で、見事な手腕と言わざるを得ません。


 皇帝が代替わりした直後は国内が非常に乱れ、私達も不安を覚えたものですが……あっという間に立て直してしまいましたからね。


 あの当時は多くの民が不安を覚え、それと比例してフェイルナーゼン神を信仰する民が増えたのですが……私どもとしては、あまりそういった理由で信徒が増えるのは好ましくありません。


 いえ、フェイルナーゼン神に救いを求める事自体は、非常に喜ばしい事です。


 ですが、出来れば絶望の淵より信仰を求めるのではなく、心穏やかに過ごしながらも信仰に目覚めて貰いたいものです。


 それが難しい事は重々承知しておりますが……ままならないものですね。


 フェイルナーゼン神は、慈悲と慈愛によって我々信徒のみならず、この地に住まう全てのモノを救済して下さる偉大な神。


 故に我等はフェイルナーゼン神に感謝し、信仰を捧げなくてはならないのです。


 フェイルナーゼン神の御慈悲を理解すれば、民は感謝し信仰を捧げるのは自明の理……ですがそれで果たして、真に我々は信仰を捧げていると言えるのでしょうか?


 ただの信徒であるならそれは構わないでしょう。


 ですが、我々はフェイルナーゼン神の信徒であると同時に、フェイルナーゼン神教の導き手でもあるのです!


 フェイルナーゼン神の偉大なる御心を広め、信徒を獲得することこそ……フェイルナーゼン神への奉仕と言えるのではないでしょうか?


 革新派と呼ばれる私達はフェイルナーゼン神の偉業を、そして信仰を広く伝え信徒を増やすことを是としております。


 伝統派の……フェイルナーゼン神の御偉業は秘するべきという主張も、理解出来なくはありません。


 フェイルナーゼン神はその行いを吹聴するような事はせず、ただ静かにこの世界を去られたのですから。


 ですが……だからこそ、信徒たる我等がその御業を広く知らしめるべきだと思うのです!


 伝統派と革新派……昔からずっと議論されて来たことではありますが……そもそも神意を我々が計ろうとする事こそ不敬という話もありますね。


 ふぅ……ここには議論する相手もいないというのに少し熱くなってしまったようです。


 まぁ、これまでの道程を思えば私でなくてもこうなってしまうでしょう。


 聖地を出てから二つの小国を通りスラージアン帝国入り……そこまでは順調でした。


 聖地の周辺国は何度も巡行していたこともあり予定通り進み、スラージアン帝国は素晴らしい治安の良さで予定よりも早く抜けることが出来ました。


 しかし、帝国を抜けてその南のサレイル王国に入ってから、私達の動きは一気に遅くなりました。


 治安は一気に悪くなり、そして小さな村の経済状況はかなり悪いものでした。


 故に、一度街へと戻り食材を買い込んでから各村で炊き出しを行い、各領地に教会を建設出来るように領主と交渉を行い、後日正式に司祭を派遣する約束を取り付けることが出来ました。


 帝国以南にはあまりフェイルナーゼン神教は広がっていないので交渉には難儀しましたが、サレイル王国はスラージアン帝国の従属国のようなものですし、スラージアン帝国にて認められている宗教ですからね、なんとかねじ込むことが出来ました。


 まぁ、聖地から遠いのであまり手厚く炊き出し等は出来ないと思いますが……それでも我々の治療魔法と長年蓄えた医療知識は大いに助けとなるでしょう。


 やはり……フェイルナーゼン神教を広く流布することは、民の救済を理念とする我等にとって必要不可欠。


 流石に、私達も無い袖は振れませんし……信徒を増やし、必要な物を集め、その上で救済を行うというのは、神ならぬ人の身で出来る最大限の救済と言えましょう。


 そういった話を丁寧に説明しながらサレイル王国内を移動して来たので、予定よりも大きく遅れてしまいました。


 とは言え、その時はまだエインヘリアに先触れを送ってすらいませんでしたし、予定が狂ったところでさほど問題はありません。


 サレイル王国の国境の街で先触れを出してエインヘリアへの入国許可を求めましたが、こちらの来訪が分かっていたのではないかというような速度で返事が来たのは驚きましたがね。


 許可が出た事自体は安心したのですが……エインヘリアという国に入るという事に不安があったのは、私だけではなく他の者達も同じだったでしょう。


 エインヘリアという国は侵略国家。


 戦争を繰り返し、民を不幸にする諸悪の権化。


 私達の認識では、彼らこそ大陸の平和を……均衡を崩し、多くの民を嘆かせる最悪の国……そうでありました。


 だからこそ、スラージアン帝国にエインヘリアという国が一体何を考えているのか、どういった国なのか、何度も確認しましたが……まともな返答はもらえず、仕方なく私達は独自に調べることにしたのです。


 そこで知ることが出来たのは、エインヘリアという国の意外な姿でした。


 占領した地域では善政を敷き、民を虐げることなく……貴族制を廃し、平等に民を愛する国……そんな話ばかりが入って来るのです。


 無論戦争を繰り返している以上、不幸を生んでいる事は間違いありません。


 ですが、その上でなお多くの民を幸福へと導いている事も確かだったのです。


 不幸を振りまきつつも幸福を齎す……それはある意味、為政者として完璧な姿と言っても良いのかもしれません。


 少なくとも弱き民が求める存在は、エインヘリアのような強き存在であることは間違いありません。


 そして……そのエインヘリアの行いとは別に……長年、様々な医療技術を蓄積してきた私達にとって、絶対に無視できない話があります。


 今回エインヘリアに訪問することになったのは、フェイルナーゼン神教の事を大陸で第二の国となったエインヘリアに認めて貰い、国内での活動を本格化させてもらう事と……あの薬の事を聞きたいからです。


 ポーション。


 あの薬……調べてみるとエインヘリアが極々少数を流しているという話で、その効果は治癒魔法ですら治せない様な怪我を一瞬で癒してしまう物です。


 流している数が僅かという事は、恐らくあの薬はエインヘリアでも貴重品ということでしょう。


 ですが、あれだけの薬を外に流しているということは、自国ではそこそこ確保出来ていると考えて良い筈です。


 勿論、あれ程の薬はエインヘリアにおいて秘中の秘でしょう。


 当然、それを教えて欲しいと言っても教えて貰える筈もありません。


 だから今回の訪問において私がやるべきは、ポーションについて聞き出すことではなく、エインヘリアと良き関係を持つ事です。


 エインヘリアが急速に勢力を伸ばした新興国であることは間違いありません。


 だからこそ、私達の持つ歴史や医療のノウハウは無視できない筈。


 歴史とは知識と知恵です。


 新興国の弱点はその積み重ねがないこと……過去に学ぶというのは国にとって大事なことです。


 若さというのは、年を経た者達からすれば信じられないくらいの勢いがあります。


 ですが、年を経ることでしか得られない老獪さと言うものもあります。


 そして、一度でも勢いのある若者が老獪さに翻弄され足を止めた時……そこから脱するだけの積み重ねが圧倒的に不足し、飲み込まれていくことは少なくありません。


 私達、フェイルナーゼン神教は国ではありませんが、多くの国の興亡を見て来たという歴史があります。


 勿論政治には直接関わってはいませんが、国の重鎮や時には王に色々な助言をしてきたこともあるのが私達の強みです。


 きっと若い国であるエインヘリアにとって、我々は良き助言者となれることでしょう。


 そうして関係を深めることが出来ればいずれは……。


 そこまで考えた私は、少し考えを止めて窓の外に視線を向けます。


 エインヘリアに入って既に数日、国境の街の活気は凄まじいものでした。


 ですが、あの街はサレイル王国との国境の街ではあり、同時にエインヘリアにとって帝国への玄関口でもあります。


 そこで見栄を張るのは当然の事。


 あの活気は、そうあるように作られたものである事は自明の理。


 ですが、今私達が向かっている村は、エインヘリアの王都へと向かう道からは少し外れたところにあります。


 流石にサレイル王国と違って国への挨拶がまだですからね、炊き出し等は出来ませんが……医療相談くらいはしても問題ないでしょう。


 そして……本道から外れた村でこそ、その国の真実の姿が見られるのです。


 エインヘリアが本当に民を慈しむ国であるなら、本道から外れた村であっても何かしらその片鱗が見られる筈。


 私は半分の希望、そして半分の諦念を感じながら馬車の外に広がる光景を……


「なんと……なんという事でしょう……」


 その光景は、私の想像の遥か上を……馬車の小窓から見える光景に、私は涙があふれて来るのを感じます。


「こんな……このような……ことが……」


 国境の街に勝るとも劣らない活気……これが、これが本当に……本道から外れた村の姿なのですか?


 

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