第381話 留学生について



 執務室でいつものように俺は書類に目を通す。


 普段通り……とは少しだけ違うけどね。


 今俺が目を通しているのは報告書ではなく、履歴書……みたいなものだ。


 これは各国から送られて来た留学生全員分の資料だ。


 留学生はそれぞれの国で選考してもらったので、こちらからはなるべく出自が偏らない様にという程度の注文しかつけていない。


 まだエインヘリアでは、子供達に文字や計算といった極々初歩的な物を教え始めたところだ。


 いや、この世界の学力基準で考えると子供達は十分な学力を得ているみたいだけど、まだ俺達的には十分には程遠い。


 出来れば中学校三年生くらいまでの数学まで教えたいけど……いや、やりすぎか?


 中学三年ってどんなことやったっけ……?


 連立方程式とか証明問題だっけ……?


 ……やっべ、全然覚えてないぞ。


 いや……こういうのは相談して決めた方がいいよね。


 とりあえず、色々な単位とかは小学校二年生でやった記憶があるけど……速度の計算とかは五年生でやった気がする。


 少数やら分数は……三年生とか四年生くらいだっけ?


 微妙に記憶が薄いな。


 この辺りは日常生活に直結する内容だし、しっかり教えた方が良さそうだ。


 図形問題系は……ちょっと何に使ったらいいか分からないけど、グラフとかは大事だよな。


 後は方程式とか関数……この辺りも結構便利だし……って思考が明後日に向かってるな。


 とりあえず今はこの履歴書を確認して……承認をしないとな。


「帝国が一番人数が多くて十人。貴族家出身が五人と平民が五人……代表は……アプルソン子爵?」


 アプルソン子爵って……帝国に作ったエインヘリア産の農場を管理してるとこだよな?


 それが、留学生の代表?


「イルミット、帝国の代表だがヘルミナーデ=アプルソンと言えば、バンガゴンガを派遣した帝国の農場を管理している人物ではなかったか?」


「はい~フェルズ様のおっしゃる通りです~」


「子爵家当主が留学に来てしまって良いのか?」


 農場管理が無かったとしても、他にも貴族家当主としてかなり仕事があると思うんだけど……。


「アプルソン子爵は~転移を自由に使えるので~領地での仕事は学業と並行して行うそうです~」


「それは……随分と忙しい事になりそうだな。出来れば学業に専念してくれる人材の方が助かるんだがな……」


「であれば~アプルソン子爵は断りますか~?」


「いや……彼女は帝国の代表だからな。それを不適格だとこちらから言う訳にもいくまい。まぁ、彼女には苦労してもらう事にはなるだろうが……」


「帝国もその辺は織り込み済みかと~。その上で代表としたのですから~問題ないという事でしょう~」


 ふむ……確かにそれはそうだな。


 恐らくこの人選は、エインヘリアに慣れているという事もあるのだろう。


 まぁ、今回の留学に関しては試金石としての意味合いが強いし、様々なパターンの人物が来てくれるのは助かるしな。


「それもそうだな。まぁ、今後の我が国の教育の為に協力してもらうのだからな、アプルソン子爵にはなるべく便宜を図ってやれ」


「畏まりました~」


 帝国は……後は問題ないかな。


 貴族関係は……流石に貴族本人はアプルソン子爵のみ、後は子女だけだな。


 侯爵、伯爵、子爵、男爵……アプルソン子爵よりも上位の家もあるけど……まぁ、子爵本人だから問題はないのか?


 平民は……英雄育成機関出身が二人と大手商会の子息が一人。


 それと、農村出身が一人と孤児院が一人……か。


 中々バラエティーに富んだ人員だね。


 まぁ、帝国が送り込んで来るような人達だし、問題はないだろう。


「帝国は問題無し、ルフェロン聖王国は……貴族家出身が三人と平民が二人か」


「ルフェロン聖王国の代表は~公爵家の出身となっていますね~。宰相であるグリエル殿の御子息かと~」


「む……?」


 イルミットの言葉に、俺はルフェロン聖王国の代表についての資料に目を落とす。


「ラグルーエン公爵家?グリエル殿は確か王家であるファルクを名乗っていなかったか?」


「摂政となる際に~公爵位を長男に渡し~聖王陛下の臣下ではなく血縁という立場に戻ったようです~。今回代表になったのは~次男のようです~」


 一度王籍降下した後戻れるものなのだろうか?


 いや、実際戻っているんだからいいのか……?


 王権的にはよくなさそうだけど……継承権無しならいいのか?


 ……まぁ、他国の事だしどうでもいいか。


 ん?


 公爵家の息子ではなく、現当主の弟……ってことは、立場はどうなるんだろう?


 当主に子供がいなければ次期当主……って感じか?


 なんか……当主だなんだって面倒くさそう。


「公爵家の者……それもグリエル殿の子息であるならば、ルフェロン聖王国も問題無さそうだな」


 優秀かどうかは分からんけど、グリエル殿の子供ならエインヘリアの事は色々と言い含めているだろうし、しっかり下を押さえてくれるだろう。


 俺がそう言うと、イルミットはにこにことしながら小さく頷く。


「パールディア皇国の代表は……当然、リサラ皇女だな。それと伯爵家の子女が二人。平民は無しか」


 パールディア皇国はまだ建て直し中だし、とりあえず声をかけた感じだけど、リサラ皇女以外にもしっかり選出してくれたようだね。


 流石に平民も、とはいかなかったみたいだけどそれは仕方ない。


 帝国やルフェロン聖王国のように、ちゃんとした平民用の教育機関があるわけでもないしね。


 まぁ、ルフェロン聖王国の教育機関は稼働し始めたばっかりだけど……。


「こちらも特に問題はなし……シャラザ首長国は、五人……元々貴族がいないからその辺は問題ないな」


「一応~重役の子息のようですね~。パールディア皇国と~シャラザ首長国は~まだ教育制度の整備が出来ていませんし~一部の特権階級の者しか教育を受けていませんしね~」


「そうだな。勿論うちの属国である二国にも、その内制度として取り込んでもらいたいが……国全体が持ち直すまでもう少し時間がかかるだろうからな。二年くらいはかかるか?」


「パールディア皇国は~そのくらいかかるかも知れませんね~。シャラザ首長国の方は~もう少し早いかと~」


 そうか、同じようにスティンプラーフから略奪を受けていたとは言え、シャラザ首長国の方は持ち前の軍事力のおかげで、パールディア皇国程押されてたわけじゃないからな。


 パールディア皇国の立て直しは……全力で俺達が手を貸せばもっと早く出来るかもしれないけど、現時点で食料や医療支援をしているからな。


 これ以上手を貸すと、民はともかく皇王さんが困ったことになりそうだしね。


 属国ではあるけど、民が王家を舐めたりしたら面倒なことになる……まぁ、その辺の舵取りはイルミット達がしっかりしてくれるだろう。


「平民出身者達が委縮しなければ良いんだがな」


「難しいでしょうね~。身分の差を一番感じているのは~彼らでしょうから~」


 まぁ、そうだよね。


 そもそも、そう言う風に感じるように、長い年月をかけて王権やら貴族としての権威を高めてきたわけだからね。


 エインヘリアに来たからといって、それをかなぐり捨ててみんな平等です……とかいったところで意味はない。


 身分を振りかざす様な真似は許すつもりはないけど、当然身分による区別……そして礼儀は必要だろう。


 エインヘリアに貴族はいないけど、当たり前だが彼らの国はそうではないし、寧ろここでしっかりとそういった上下関係を学んでもらった方が良いだろう。


 それが良いとか悪いとかではなく、社会がそうであるのならばそれが正しいのだ。


 まぁ、エインヘリアも別に貴族がいないだけで身分差はあるし、万民が平等なんてことはあり得ない。


 そうでなかったら俺が王ではいられないしね。


 しかも相当な独裁政治だし……。


 よくある学園物の物語りみたいに、学生の間は身分差はありません……とか、逆に派閥争いをしたりとか……そういう意味のない事は、エインヘリアの学校においてさせるつもりはない。


 今回の留学生たちには勉強関係も色々と調べさせてもらうけど、そういった身分差だなんだってところもしっかりと見させてもらうつもりだ。


 まぁ、エインヘリアという国自体に畏縮しなければってところだけどね。


「イルミット、教師の方はどうだ?」


「はい~。先日よりエインヘリアに来てもらって~カリキュラムについて会議をしております~」


「そうか。頼むぞイルミット」


「はい~。ある程度内容が決まりましたら~フェルズ様にも会議に参加して頂きたいのですが~よろしいでしょうか~?」


 ……気にならないとは言わないけど、俺が果たして先生方やイルミット達が教育について話しているところに入って行って……何か出来るだろうか?いや、出来ない!


 ここはやはり……。


「ふむ……いや、今回の留学の件に関してはイルミットに一任しよう。今回の件は、学生たちには悪いと思うが試金石。俺がこの時点で関わってしまっては、影響が出てしまって素のデータが取れなくなってしまうからな」


 とか言ってみるしかない。


「なるほど~畏まりました~」


 イルミットはいつも通りにこにことしながらそう答える。


 その笑顔が超怖いです……全て見透かされているんじゃないかと、ひやひやします。


 でも教育に関して口を出すのは……もっとぼろが出そうだしなぁ。


 笑みを絶やさないイルミットの視線から逃げるように、俺は資料へと目を戻した。


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