第379話 前哨戦
View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女
パールディア皇国がエインヘリアの属国になってから数か月……我が国は私が未だかつて見たことがない程、活気に満ち溢れています。
いえ、私だけでなく御父様も記憶にないという事でしたし、もしかしたらパールディア皇国史上初めての光景なのかもしれません。
活気ある街の様子自体は……エインヘリアやその属国であるルフェロン聖王国を視察した際に何度も目にしておりました。
その光景は非常に羨ましく……妬ましささえ覚えました。
大陸屈指の大国へと急速に成長したエインヘリアであれば、毎日がお祭りであるかのような活気も理解出来るのですが……その属国であるルフェロン聖王国までもがその恩恵を享受しているというのは、非常に理解に苦しむものでした。
ですが、エインヘリア王陛下……そしてルフェロン聖王国の聖王陛下に色々と話を聞いて納得出来ました。
エインヘリアが執る対属国政策、軍の解体と宗主国であるエインヘリアの軍が自由に国内で行動出来るという二点を除けば、非常に優遇されたものでした。
勿論軍事の全てを宗主国に委ねるという事は、抵抗するための牙を全て奪われたも同然。
普通に考えればエインヘリア本国が攻め込まれ危機に陥った時、ルフェロン聖王国は真っ先に切り捨てられることでしょう。
しかし、聖王陛下は絶対にそんな事にならないという確信を持っている様でした。
それは偏にエインヘリア王陛下への信頼……そしてエインヘリアという国の、強さへの信頼がそうさせるのでしょう。
実際、私もエインヘリア王陛下の御人柄は信頼出来ると、確信をもって言えます。
勿論それだけで、国の行く末を他国に委ねることは出来ませんが……少なくとも、エインヘリアが危機に陥って属国を守ることが出来ない様な状況になった場合……たとえ属国がどれだけ軍備を整えていたとしても、その原因への対抗は不可能でしょう。
そう考えたからこそ、ルフェロン聖王国は属国となる事を受け入れたのだと思います。
何故なら、我が国はそう考え属国となる事を推し進めたのですから。
それに、軍を解体するといっても、各集落の治安維持のために衛兵を持つ事は禁じられていません……いえ、寧ろ推奨されています。
集落内の犯罪に対する対処は衛兵たちが、外敵や魔物への対処は、エインヘリアが転移を使いあっという間にやって下さいますし……民に取っても非常に安心できる状態と言えますね。
軍事費を削り、その分の予算を他に回すことが出来るようになったこともあり、衛兵の質も上がり、全体的な治安もかなり良くなっていると聞きます。
経済と軍事……ほぼ全てをエインヘリアに頼っている状態ではありますが、不思議と不安感無いのは、頼っている相手があまりにも強大過ぎるからなのでしょうね。
そんなことを考えながら、私は案内されるままにルフェロン聖王城の庭園を進みます。
そう、私は今ルフェロン聖王国の王城にいます。
「急な呼びかけであったのによく来てくれた、リサラ皇女殿」
「いえ、お招きいただきありがとうございます、ルフェロン聖王陛下」
案内された先に用意されていたテーブルには既にルフェロン聖王陛下がいらっしゃいました。
「本当に急でごめんなさい、リサラ」
「今日は特に予定もなかったので大丈夫です、エファリア様。まぁ、突然だったので少し驚きましたが……」
私がテーブルに着くとエファリア様は口調を緩めつつ、苦笑しました。
エファリア様とは以前の視察で随分と良くして頂き、友人として接する事を許して頂いております。
なので、最初の挨拶以降はお互いを名前で呼び、言葉も少し崩しました。
「実は、もう一人お客様を招待しているのだけど、その方が今日突然時間が空いたとのことで……」
「そうだったのですね」
招待しているのに相手方の都合に合わせたという事は……相手はエファリア様よりも上位の方ということですね。
しかし、属国とはいえ一国の王であるエファリア様よりも上位の方となると、エインヘリアの重鎮……もしくはエインヘリア王陛下でしょうか?
ですが、そうであればルフェロン聖王国ではなくエインヘリアに招待されるような気がしますし、やはり違う気がします。
「その、もう一人招待されている方についてお聞きしても?」
「ふふふ、それは来てからのお楽しみという事にしておきますわ。まぁ、最初は驚くと思いますが……」
「エファリア様は……とても悪戯好きでいらっしゃいますよね?」
口元を少し緩ませながら言うエファリア様に、私は苦笑しながら言います。
ルフェロン聖王国の視察をさせて頂いた時も、こちらが驚く姿を見てとても楽しそうにしていらっしゃいましたし……。
「そんなことありませんわ。私は皆さんが心穏やかに過ごしているところを見るのが一番好きなので」
そう言って……エファリア様はにんまりと笑みを見せます。
その笑みは、けしてこちらに安心を与える様なものではなく、寧ろ不安を掻き立てられるような……明らかに含みがあると言っている様な笑みです。
……一体どんな方が来られるのでしょうか。
酷い事にはならないと思うのですが……物凄く不安です。
「それにしてもパールディア皇国……大陸南西部の件は無事に片がついたようで良かったですわ」
不安を煽る笑みを消し、今度は本当に澄んだ笑みを浮かべながらエファリア様が話題を変えます。
切り替えの早さは、やはり幼くとも一国の王という事なのでしょう。
こういった強かさは見習いたいものですね。
「はい。パールディア皇国、それからシャラザ首長国にとっては最良の結果になったと思います」
「聞いた限りではスティンプラーフもですわ。彼らはあまりにも周りの国々と文化形態が違い過ぎます。だからこそ、エインヘリアの庇護下に置かれたことで、様々な事を学ぶ時間を得ることが出来ました。時間と知識、彼らが手に入れたそれは……どれだけ望んでも得られるものではありませんからね」
「確かに、エファリア様のおっしゃる通りですね。彼らの武力は確かに私達にとっては脅威でしたが、それでも彼らがあのまま北へと進出していけば、エインヘリアと直接ぶつかることになった事でしょう。ヤギン王国の狙いはそれだったみたいですが」
最終的にヤギン王国は、エインヘリアと手を組んでスティンプラーフを討ち、大陸南西部の全てを得るつもりだったようですね。
まぁ、エインヘリアがそのような企みを看破できず、ヤギン王国の良い様に使われることなどあり得ないでしょうが。
「ヤギン王国は未だ現実が見えておらず、反抗している者もいるみたいですね」
「はい。直接戦い敗れた訳でもなく、自分達が他所の国を直接攻めた訳ではない……そう言っているみたいですね」
そう言いたくなる気持ちも分からなくはないですが……ヤギン王国の策略によって甚大な被害を受けていた私達からすれば、とてもではありませんがその態度は許せないものと言えます。
「国を率いていた者達の企みによって、大陸南西部の国々が受けた被害は相当なものだというのに、その恩恵を受けておきながらその言い様は実に不愉快ですね。そう喚く者達は、フェルズ様の御慈悲によって生かされている事を理解出来ていないのでしょうが……」
「エインヘリア王陛下は、そういった者達をあぶり出すつもりの様ですね」
「やはりそうですか。エインヘリアの政治形態から考えれば、そのようなことを言いだす者は必要ありませんからね。貴族制を廃するという一点だけで、エインヘリアが必要としないであろう者達は暴れ出すでしょうし」
一斉大掃除ですねとエファリア様がにこやかに言う。
「流石に、明日からいきなり貴族ではなくなりますと言われても……普通は受け入れられませんし、不満が出るのは当然ですね」
「そうですね。聖王国でも……フェルズ様は属国の条件として貴族制を廃止すると、当時の宰相に突き付けましたからね」
「属国の……?」
確かにエインヘリアでは貴族制と取っていませんが、属国にまでそれを要求していなかったはずですが……。
「その条件のおかげで宰相派の暴走を引き出すことが出来ましたからね。正式に調印した条件の中に、貴族制の事は一言も書かれていませんわ」
「なるほど、そういう事でしたか」
今回ヤギン王国で起こっているのは、当時のルフェロン聖王国で起こった事の規模を大きくした感じなのですね。
勿論ヤギン王国はエインヘリアに併呑されたわけで、ルフェロン聖王国と違い本当に貴族はいなくなるわけですが……。
「フェルズ様達であれば、きっちり処理されるでしょう」
「今は膿を出す段階というわけですね」
私がそういうと、にっこりと微笑んだエファリア様は私から視線を外しました。
その視線の先には……先程私をここまで案内してくれたメイドと、その後ろに一人の女性がいた。
あの方が、もう一人の客……という事でしょうが、やはりエインヘリアの方ではなさそうです。
「すまないな、エファリア。少し遅くなってしまった」
こちらにやって来た女性はそう言ってエファリア様に笑いかけた後、私の方を向いて口を開いた。
「初めまして、パールディア皇国の皇女殿。私はスラージアン帝国皇帝、フィリア=フィンブル=スラージアンだ」
その名を聞いた私は、目の前が真っ暗になったような気がして……すぐに挨拶を返すことが出ませんでした。
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