第377話 五千年の想い



「以前にも話したと思うが、私は魔王という存在が確認されてから四代目……史上四人目の魔王じゃ」


「あぁ」


 フィオが真剣な表情で語り始め、当然俺も茶化す様な事はせず真面目にその言葉に耳を傾ける。


「魔王の寿命はかなり長いようでの、二代目辺りは数百年程生きたそうじゃ。まぁ、魔王が皆同じとは限らんがのう。初代あたりは漏れ出る魔力の量もそこまで多くはなかったようじゃし……」


 ふむ……魔王は長生きするのか?いやフィオの口ぶりからしてよく分からんのかもしれんが……まぁ、自分を含めて魔王が四人しかいないんじゃ確実な事は言えないよね。


「あ、因みに私は十八歳じゃからの?永遠に十八歳でいるというのも魔王の特徴の一つじゃ」


「おい、真面目な話の冒頭にいきなり大嘘ぶち込んで来るな。帰るぞ?」


「馬鹿め、魔王からは逃げられんのじゃ」


「……」


「……」


「……いや、すまんかったから、胡乱気な目で空を見上げんでくれ。真面目にやるのじゃ」


 若干気まずげな様子を見せながらフィオが頭を下げたので、俺はため息をつきつつもう一度フィオへと視線を戻す。


「えっとじゃな……初代の魔王の魔力はそこまで強力なものではなかったみたいでの?この大陸全土ではなく一部の地域に魔王の魔力による被害が出たようじゃ。魔王の脅威を知らしめたのは初代ではなく二代目での。魔王の魔力は大陸全土まで行き渡り魔族、妖精族、魔物のみならず人族の中にも狂化する者が多く出たのじゃ。それによって魔王の脅威を知った世界は、三代目の魔王を早々に排除……まぁ、殺害した訳じゃな。二代目は本人の力もかなりのもので、討伐することも叶わなかったみたいじゃ」


 二代目魔王は今でいう英雄クラスって感じだったんだろうな。


 しかも、困っている人達の為に……ってタイプでもなかったようだ。


 まぁ、自分が一番大切なのは当然だし、そこを責めるのはおかしいだろう。


「一部の範囲にしか影響を及ぼさなかった初代と、影響が広範囲に及んでも本人が凄まじく強くどうする事も出来なかった二代目。二人とも時を経るごとに魔力による影響は少なくなっていったそうじゃ。二人とも最後は寿命によって亡くなったようじゃな。その時に爆発的に魔力が広がったことが確認出来ておるのじゃが、元々残りの魔力が少なくなっていたからか、一部の地域に被害を及ぼすだけですんだようじゃ」


 魔王が死んだら魔力が一気に広がるっていうヤツか……。


 寿命で死んだ場合はまだマシのようだけど……それでも被害は出るんだな。


「しかし三代目は違う。二代目の恐怖に数百年に渡り晒され続けた人々は、大陸全土で魔王を徹底的に捜索して、それを殺した訳じゃが……その結果、大陸を覆う程の広さで、かつてない程の濃度で魔王の魔力が広がった。その時の被害は当時の国をいくつも滅ぼし、大陸に住む半数近くの人々が狂化したとさえ言われておる」


「それは凄まじい被害だな」


 当時どのくらいの人口がいたのか分からないけど、大陸の半数……今の大陸の人口が二億はいかないくらい。


 下手したら、数千万人くらいが一斉に狂化したのかもしれない……。


「わたしも当時の被害は記録としてしか知らぬがのう。そして四代目の私だ。三代目の事があった故、危険物として扱われた私じゃったが……当時は住む者の殆どいない大陸の北方に閉じ込められてのう。最初の頃は人族の世話役だけだったのじゃが、気付いたら魔神化を目論む魔族達が居住の周りに集まっておったな」


「以前言っていた、魔族に軟禁されているような状態だったというのはそれか?」


「うむ。まぁ、私自身……魔王の魔力については色々と研究しておったし、その危険性も分かっておったから、外に出るつもりはなかったがの。狂化の可能性が非常に高い魔族達には離れて欲しかったのじゃが……本人達が自ら望んで狂化したいというのじゃからのう」


「狂化した状態から理性を取り戻し魔神となる、か。どれだけ強くなれるのかは知らんが、自分の理性をベットしてまで力を求めるものかね」


 俺が肩を竦めながらそう言うと、フィオは困ったような表情を見せる。


「当時は今以上に力が物を言う世界じゃったからな。特に三代目の死によって世界が滅びかけた後じゃし。力が強ければ、それこそ王となることも難しくなかったと言える」


「大陸中が魔王の魔力に恐怖していた時代に、随分と脳筋な考え方だな」


 そんなことするよりも色々とやる事はあると思うんだが……。


「荒んだ世界じゃからこそ、シンプルな力が物を言うのじゃよ。お主からすれば、今の世も似たような物に見えるかもしれぬが……」


「腕力だろうが知力だろうが運だろうが……結局力を活かすことが出来た奴が上に行き、上手く扱う事の出来なかった奴が落ちる。荒んだ世界だろうと文明が進んだ世界だろうと、その辺は変わらんだろ」


 どんな世界だろうとそこは変わらないと思う。


 まぁ、既存の権力者は自らの権力を盤石とする為、自らをより磨くのではなく、他者のチャンスを潰すことに腐心することも多い。それを考えれば、混沌としていて、シンプルに己の才覚だけで上に上がっていける世界というのは、ある意味平等といえるだろう。


「勿論、皆が等しく苦しい世界より、既得権益者が幅を利かせながらも多くの者が平和的に暮らせる今の方が良い世界と言えるのだろうけどな」


「ほほほ、今はエインヘリアという規格外の国が幅を利かせる世じゃからな。多くの国は戦々恐々としている事じゃろうが、エインヘリアの統治下に住む民からしたら楽園というのも大げさではないのじゃろうな」


「フィオの考えが正しければ、百年くらいは安泰かもな」


「お主が愛想尽かされなければじゃろ?」


「いや、ほんとそれな……」


 教会がどうとか、魔法大国がどうとか……そんな事よりも俺が一番心配なのはそこだよ。


「ほほほ。まぁ、私の目から見ても、お主は立派に王をやっておるよ。お主がお主である限り、エインヘリアの者達はお主に付き従うじゃろう」


「だといいんだがな……っと、それよりフィオの話を聞かせてくれ」


 いつも通り俺の話になってしまいそうだったので、俺は強引に話を元に戻す。


「う、うむ、そうじゃったな。私に礼儀作法や色々な知識を教えてくれたのは、世話役をして居った人族の者達での。魔王の元に送られてくる連中じゃから、色々と訳アリだったのじゃが……私にとっては良き友であり師であった。何も知らぬ小娘だけでは魔王の魔力の研究なんぞ出来ん。多くの事を世話役の者達から学んだからこそ、私は今の私となれた」


「そうだったのか」


 魔王として軟禁されていたって話は聞いていたが……なんとなく、お姫様みたいな扱いだったのかと思っていたのだが、魔王という意味を考えればそんな筈はないか。


 そこにいるだけで他者を狂わせ、死ぬようなことがあれば大陸そのものを滅ぼしかねない爆弾だからな……。


 大切に扱うはずもない。


 まぁ、生かさず殺さずってことなんだろうけど、それでもぞんざいな扱いでなかったのは……自殺とかされたら大変なことになるからかもしれないな。


「だが……私が生きているだけで魔王の魔力をまき散らしていたことには変わりなく、大陸の端の方に置かれていたとは言え、その被害はかなりのものだったと聞く。己の目では確認出来なかったがの」


 そう言って自嘲するように小さく笑うフィオ。


 恐らく世話係の人族に話を聞いたりしていたのだろうが……。


 あまりフィオには似合わない……いや、させたくない類の表情だ。


「……多くのものを与えてくれた彼らに、私は何も返してやることが出来なかったのじゃ。最初に面倒を見てくれた者達、その子、更にその子……運よくというか、幸いにして彼らの中に狂化するものは……一人を除いておらんかった」


 フィオの表情が非常に暗いものになり、妙に俺はイラっとする。


 いや、ここで俺がイラついたって意味はないんだが……。


「いや、そこも本当の所は分からんのじゃがな。じゃが、私の知る限り一人……私の世話をしてくれていた者の子が狂化してしまったという話を、偶然耳にしてしまってのう。あの時は……流石に堪えたのう……」


 力ない笑みを浮かべながら言うフィオに、なんと声をかければ良いのか……何も浮かびやしない。こうして葛藤している事自体がフィオに伝わっていると思うと、本当に情けないやら不甲斐ないやら。


 そんな俺を見て少しだけ申し訳なさそうにしながら、フィオは話を続ける。


「それまではただ漫然と学び、時を過ごしておったのじゃが……そのことがあってからじゃな、魔王の魔力を消す為の研究を始めたのは。それと、こちらから頼み込んで世話をしてくれていた者達を遠ざけようとしたのじゃが……どれだけ頼んでも数人は離れてくれんでのう。その中には子が狂化してしまった者もおった。誰よりも私の事が憎かっただろうに……」


 辛そうに言うフィオに、俺はかぶりを振る。


「それは違うだろうな。フィオの事が本当に憎かったら、世話なんか絶対しないだろうし……子を奪われたと考えているなら、隙を見てフィオを害していただろうよ。いや、多分お前の事だから殺してくれても構わないくらいの態度で接したんじゃないか?」


「……う、む……」


「俺には子供がいないから、その親の気持ちが分かるなんて絶対に言えない。だが、少なくとも、うちの子達が誰かに殺されるようなことがあったら……どんな事情があろうと絶対にソイツを許すことはないな」


 王としては確実に間違った判断だろうし、公正に欠ける事を言っているのも分かる。


 だが、たとえ暴君だと言われようと、俺は絶対にその相手を殺すだろう。


「しかし……勿論例外はある。もしその下手人が、うちの子だったら……身内同士の諍いが原因だったら、俺は超悩む。どんな事情だったのか徹底的に調べ上げて……その上で、恐らく許してしまうだろう。勿論、罰は与えるがな?」


「……」


「それは、俺が被害者と加害者……両方を愛しているからだ。その上でやむを得ない事情があったのならば、飲み込み……そして許すしかないだろう。失った子の事は勿論大事だが、それと同じくらい残った方も大事なんだ。そうでなければ、自分の大切な物を奪った相手の傍にはいられない。それこそ、気が狂うってもんだ」


 だから……自分の子供が狂化してしまったその人は……きっとフィオの事も愛していたのだと俺は思う。


「それに何より……魔王の魔力による狂化は、フィオ自身のせいじゃないしな?子供が狂化してしまったその人には悪いが、自然災害みたいなもんだ。フィオを恨むのはお門違い……そう考える奴も普通に居たんじゃないか?」


 実際の所、やり場のない怒りをぶつける奴は多いだろう。


 フィオという魔王が存在しなければと考えてしまうのは……肉親を失った者なら当然の感情だと思う。


 しかし、フィオが諸悪の根源かと言えば……それは絶対に違う。


 フィオはただ魔王として生まれてしまっただけ、そこには何の罪もない。


 ただ普通の人として生まれてしまった事が罪であると言うのと同じこと。


「寧ろ、そういう風に考えられる奴じゃないと、フィオの傍で世話をするなんて出来ないだろ?自分だっていつ狂化してもおかしくない訳だしな」


「そ、それは……」


「偶然耳にしてしまったってことは、その人から恨み言の一つも言われてない感じなんじゃないか?」


「……う、うむ。お主の言う通り、ついぞ言われることはなかったのじゃ。その……謝った時も」


 微妙な表情でそう言うフィオ。


「もしかして、謝った時微妙な顔されたか?」


「……そうじゃな。バツが悪そうな……申し訳なさそうな……そんな感じじゃったのう」


「知らせるつもりもなかったんだろうな。多分、お前がそうやって気に病むと分かっていたんだろうよ」


「……」


 現に……どれくらい時間が経っているか分からないけど、それがきっかけで研究を本格的にやり始めたなら体感時間でも数年以上は経っているだろうが……こうやって気に病んでいるしな。


「……むぅ」


 なにやら先程までとは少し違う……少し不満気な表情を見せるフィオに俺は言葉を続ける。


「それで……世話をして貰いながら、例の儀式を完成させたって感じか?」


「そうじゃな。まぁ、結構時間はかかったし、魔族や魔神がちょっかいをかけてきたりすることもあったのじゃが……基本的には研究に没頭しておったのう」


 恐らく外の様子は……世話をしていた人族の人達も極力フィオの耳に届かないようにしていただろうしな。


「一応……研究にも必要だと言って強引に聞き出しておったがのう。二代目の時代より状況は厳しい感じだったようじゃが……流石に三代目の死亡時よりはかなりマシと言った感じじゃな」


 三代目魔王の件は……大を救うために小を犠牲にしようとして、特大を失った感じだもんな。


 恐らくそこで人口も削れ切っていた感じだろうし……フィオの時代の人達はフィオの魔力というよりも、三代目の後遺症から立ち直れていなかった感じなんじゃないだろうか?


 そうとう厳しい状況だったのは間違いないけど……当時の人達はなんとかその冬の時代を乗り切ったんだろうな。


「……まぁ、乗り切ることが出来たのは、お前の儀式のおかげだろうな。もしフィオが儀式を行わなかったら、大陸が滅んでいた可能性はかなり高いと思う」


 フィオのおかげで五千年もの余裕が生まれた訳だしね……まぁ、その間虚弱体質になってしまった魔王達にはちょっと悪いなぁとは思うけど。


「……私以降の魔王達には、謝る事も出来ず本当に申し訳なく思うが……」


 それでもこの大陸に住む多くの人達がフィオの儀式によって救われた。


 救えなかった人よりも、救えた人達のことを想って胸を張ってもらいたい。


 傲慢というか、実に自分勝手な考え方だが……大変だっただろうフィオ以降の魔王達よりも、フィオの方が俺は大事だ。


 三代目を殺した当時の人達の考え方と何が違うと言われるかもしれんが……まぁ、そんなことは知ったこっちゃない。


 何度も言うが、フィオの方が……フィオの心の安寧の方が大事だ。


「う……む……むぅ……」


「フィオ。必ず大陸の隅々まで魔力収集装置を設置してみせる。だから……お前は新規雇用契約書で確実にお前自身が外に出られるように策を練ってくれ。俺は、魔王の魔力の脅威の無くなった世界を……俺の目を通してではなくお前自身の目で見て、俺の隣に立ってお前自身の足で歩いて貰いたい」


「……」


 フィオは俺の言葉には応えず、ただ俯いて肩を震わせていた。


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