第376話 呪文のように唱えてみよう



 さて、何とか言う宗教……うん、使節団が来る前に正式名称覚えとかないとマズい……が来るまでにはまだ半年もある訳で、それまでの間別にぼーっと過ごすわけではない。


 とはいえ……何か急ぎでやらなければならないことがあるわけでもない。


 つまりは、いつも通りということだが……フィリアとかに教会について話は聞いておいた方が良いかもしれないね。


 フィリアとは、留学制度についても少し話がしたいってのもあるし、『至天』のエリアス君がうちで修行したいって言ってるらしいから、どうせならリカルドやエリアス君以外にも希望者がいるなら纏めてうちにくれば良いって伝えてやっても良いだろう。


 エリアス君には……ちょっと色々申し訳ない事をしたりしなかったりしたから……この程度の便宜を図るくらいは全然問題ない。


 そういえば、リカルドはジョウセンに師事しているみたいだけど、成果の程はどんなもんなんだろうか?


 偶に訓練所でリカルドの事を見かけてはいたけど、ジョウセン以外にもぼっこぼこにやられている姿しか見ていないんだが……本当にあれ稽古になっているんだろうか?


 ストレス発散にボコってるだけじゃないよね?


 ……うん、エリアス君に許可出す前にジョウセンや……リカルド本人に一回確認しておこう。


 サンドバッグ増やすだけみたいな結果になったら『至天』にもフィリアにも申し訳なさすぎる。


「そこはもう少しジョウセン達を信用してやったらどうじゃ?」


 若干苦笑しながら俺にそう言うのはフィオ。


 俺をこの世界に呼び出した……いや、生み出した?人物。


 まぁ、五千年ほど前に自身から漏れ出る魔王の魔力によって苦しむ者達を救おうと、自ら作り出した儀式を行い……自分の存在ごと儀式そのものに飲み込まれた魔王だ。


 その時に行われた儀式の結果……五千年後である今、儀式魔法によって吸収され続けた魔王の魔力を使い俺やリーンフェリア達、そしてエインヘリアの全てが生み出された。


 フィオが儀式によって成そうとした願い……魔王の魔力への対抗手段として。


 見た目だけなら清楚な黒髪美人だが……中身が残念極まりないポンコツであるフィオ。


 しかしまぁ……その志は尊いものだと思うし、俺をこの世界に呼んでくれた事には……フェルズとして呼んでくれた事には非常に感謝している。


 だからこそ、コイツの願いである魔王の魔力の対処は……俺が覇王として行動する一番の目的となっていたりする。


 因みに、俺の考えている事はコイツには筒抜けなので、俺がそういう決意を持っている事はバレているし……若干恥ずかしかったりもするが、まぁ、その辺りは今更だ。


 フィオ自身……俺の事は色々と揶揄ってきたりはするが、この事に関してはネタにしてきたりはしていない。


 まぁ、自分の願いでもあるのだから、それは当たり前かもしれないが。


「いや、信用はしている……ぞ?」


 一瞬思考が明後日の方向に飛びかけたが、俺は意識を戻しつつフィオの言葉にかぶりを振り……本当にそうか?と不安を覚える。


 いやね?


 ジョウセン達の事は信用していますよ?


 ただ……そこはかとなく不安を覚えただけで……。


「それを信用していないというんじゃがな」


「……まぁ、そうだな。だが、確認は必要だろう?」


「そうじゃな。間違ってはおらぬよ」


 フィオはそう言って、テーブルの上のカップを手に取り口をつける。


 もはや見慣れた動作だが……コイツ妙に気品があるよな。


 研究ばっかりしてた引きこもり魔王だったはずなんだが……。


「お主は本当に失礼な奴じゃな。他人を貶めないと生きていけない病気かなんかかの?」


「……それはお互い様だと思うがな。ところでフィオ、この前聞き損ねたんだが教会の……あー、なんつったっけ」


 なんか……妙に長いふぇ……なんとか神教。


「フェイルナーゼン神教じゃろ?」


「あぁ、それそれ」


「お主のう……流石に正式名称を覚えていないのはどうかと思うが……」


「い、いや、教会関係者と会うのはまだ先だし……?これからコツコツ覚えていこうかと……」


 俺はジト目を向けて来るフィオからスッと視線を逸らす。


「コツコツも何も名前一つ覚えるだけじゃろうが。テストの暗記問題でもあるまいし……フェイルナーゼン神教と三回も唱えれば大体覚えるじゃろ」


「……」


 フェイルナーゼン神教フェイルナーゼン神教フェイルナーゼン神教……。


「それでそのフェイルーゼ神教だが」


「フェイルナーゼン神教じゃ」


「フェイルナーゼン神教だが……」


 なんか可哀想な物を見るような目で見られているんだが?


「この宗教は……キリクの調べでは数千年前からあるらしいんだが、フェイは知っているか?」


「誰がフェイじゃ」


 ……あれ?


「とりあえず、フェイルナーゼン神とやらは知らんのう。というかキリクは千年とも二千年ともとは言っておったが、二千年と五千年は相当違うじゃろ?」


「……それもそうだな」


 千年単位で違ったら、余裕で幕府も消し飛ぶしな……。


「しかし、あれだな?千年単位で宗教が続いている割には、あまり布教が進んでいないよな?」


「そうかの?」


「二千年もあったら……陸続きの大陸なんだし、もっと広範囲に教会が広がっていてもいいんじゃないかと思ってな」


「ふむ……」


「俺の記憶にある宗教なら……海を越えてまで布教してるぞ?」


 俺には理解出来ないけど……宗教関係の人達にとって、信者を増やすってのは大事な事なのだろう。


 いや、純粋にそれが救いになるって考えている人もいるのかもしれないけど……。


「確かにそうじゃな……」


「それにこの世界は危険もかなり多い。治療や炊き出しを率先してやるような宗教なら、もっと信者が大陸中に居てもいいんじゃないか?」


「確か、伝統派とかいう派閥は、布教活動に精力的ではないと言っておったし、その辺りの兼ね合いかのう?」


「いくら布教活動はしないと言っても、それだけ慈善活動に勤しむ宗教であればそれなりに信仰を集めてもおかしくないと思うんだがな……」


「慈善活動はしつつも教えを広めたくない何かがあるのかのう?」


「……よく分からんが、革新派とかいう連中の話を聞けば分かるのかもな」


 理由があって教えを広めないのか、この世界の人達が信心深くないだけなのか……その辺は分からんけど、えっとふぇ……ふぇるんなーぜ?なんか違う気がするけど……まぁ、教会の思惑はフィリアから話を聞けば分かるか?


「教会とかいっても結局は人の作った組織だしな。何か面倒な思惑とか、権力争いとかあるんだろうな……」


 枢機卿も中立の一人を除いて真っ二つって感じみたいだし……。


「世知辛い話じゃのう。まぁ、神だなんだと言っても、結局は人が生み出したものじゃからな」


「お?フィオも無神論者か?」


「そうじゃな。まぁ、私魔王じゃし……」


「そこはあまり関係ないんじゃないか?」


 神を信じる魔王なんていくらでもいるだろうし……。


「……私の生きた時代は、神に縋る余裕すらなかったからのう」


「……そうか」


 フィオが生きていた時代は、その身から出る魔王の魔力が蔓延していた時代。


 今までそこまで詳しく聞いたことはなかったが……かなりきつい時代だったと聞いている。


「……少しだけ、昔の話を聞いてくれるかの?」


「あぁ」


 手にしていたカップをテーブルに戻し、真剣な表情でこちらを見るフィオに俺は頷いた。


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