第375話 やってしまうんか?

 


「通称教会……正式名称はフェイルナーゼン神教です。その歴史は千年とも二千年とも言われておりますが、正確な事は分かっておりません」


 キリクが教会について説明を始める。


 正式名称は……信仰している神の名前なんだろうか?


 当然、聞いたことはない名前だけど……教会の人間と会う以上、その辺の基本知識は押さえとかないと、何が逆鱗になるかわかったもんじゃないからな。


 やっぱり神聖な生物とか、食べたらいけない物とかあったりするのだろうか?


 その辺のタブーは要チェックだな。


「その名の通りフェイルナーゼンという神を信仰しているとのことです。組織体制は、教皇をトップに五人の枢機卿。この六人が教会における政治中枢です。枢機卿はあくまで教皇の補佐ではありますが、枢機卿自身の権威もかなり強いですね。枢機卿の下に二人ずつ司教がおり、協会内での権力者と呼べる者達はこの辺りまでですね。その下は司祭、そして助司祭となっていますが……彼らに中央での権力は無いに等しいといえます」


 教皇、枢機卿、司教、司祭、助司祭か……まぁ、階級があるのは当然としても、気のせいか政治的なドロドロがプンプンしてくるのは……俺の心が汚れているせいだろうか?


 後……聖女とかはいないんだな。


 少し期待してたんだけど……まぁ、別にいいか。


 それよりも集中して話を聞かないと……。


「司祭以下は各地の教会に出向し、そこで教会としての活動を行います。布教……というよりも慈善活動ですね。炊き出しや医療関係の仕事を無償で行っております」


「ほう?」


 非常に単純だとは思うけど……その話を聞いた瞬間、ドロドロの権力争いをする金満宗教から、清貧な慈愛に満ちた宗教のように感じてしまう。


 うん……俺が騙されやすいことは理解できた。


「教会の表向きな収入源は献金や布施。特に教会が強い勢力を持っている大陸北方の国からの献金が大きいですね。帝国もかなり教会に献金しています。帝国北部には信者が多いので帝国もあまり教会を無下には出来ないようですね」


 ……まぁ、先立つ物は必要だよね。


 いくら宗教家であっても、霞を食って生きているわけではないしね……。


「それと、教会には自治領があります。周辺国から承認を受けた領土でして、広さはそこまででもありません。街が二つ……一つは教会総本山のある街で聖地と呼ばれている街。もう一つは聖地への玄関口と呼ばれている小さな街です」


 宗教国家と呼べる程規模は大きくないみたいだけど、街二つ……周辺国に自治が認められているってことは、大陸北方での影響力はかなりあるのかもしれない。


 帝国以南ではあまり教会が幅を利かせていないというか……たまーに教会の建物を見るよなぁってくらいだし、色々な治療とか炊き出しとか……うちの国では全く必要ないもんね。


「街は二つしかなく、領土も広くありませんが、食料……特に小麦の生産に力を入れていて、その自給率は十割を超えているようですね。炊き出しに使われている小麦もその殆どが教会領土で作った物だそうです」


「それは、凄いな」


 てっきり教会の人達は普段修行とかして過ごしているもんだと思ってたけど、農業をして過ごしているのだろうか?


「はい。フェルズ様のおっしゃる通り、領土の広さから考えるとあり得ない程の生産力を保有しています。総本山にいる司祭以下の者は農作業も大事な務めの一つのようです。また、信者たちも積極的に農作業に従事しているようですね」


 教会の教えは農業に根差した物とかなのだろうか?


 まぁ、農耕は大事だし、そこから宗教が生まれてもおかしくはないよね。


 ってことはさっきキリクが言ってた宗教の名前……なんとかかんとか神は、農耕の神様か豊穣の神様とかなんだろうか?


「それと、教会には戦力として聖騎士団が存在しています。騎士の数は二百程度で、この聖騎士という者達は対人用の戦力ではなく、魔物と戦う為の戦力のようですね。教会の領土だけではなく、周辺国に魔物被害が出ると教会は聖騎士を派遣しています」


「ふむ。教会の戦力は対魔物用ということか」


「そのようです。戦術に関しても人相手のものではなく、魔物相手に戦う為のものに特化している様です」


 ……なんか聞けば聞くほど、宗教相手だからと嫌厭していた俺が浅はかだったのでは?というような感じが……。


「そして教会の規模ですが……信者を合わせると、教会の関係者は一千万人近くに上ります」


「それは、中々の規模だな」


 中堅国一つ分くらいの人間が全て関係者か……俺が最初考えていたよりも随分と穏やかな宗教みたいだし……加賀の一向一揆みたいなことにはならないかな?


 うん、この教会であれば寄付してもいいかもしれないな。


 魔物被害に対してわざわざ騎士団を作るくらいだから、魔力収集装置の設置にも協力して貰えるかもしれない。


 うちの魔力収集装置は狂化だけじゃなく、魔物の被害も抑えられる可能性が高いみたいだしね。


「では次に、教会内の派閥についてです」


 ……派閥?


 いや……なんか穏やかそうな宗教だなって思ったけど……やっぱり派閥とかあるのか。


 ……そりゃそうか、人が三人集まれば派閥は出来るらしいし、一千万も関係者がいて派閥が出来ない訳がないか。


「教皇と枢機卿の内二名が主導している伝統派。もう一つが枢機卿二名が先導している革新派です。残る枢機卿一名は中立を保っている様です」


 伝統派と革新派か……いがみ合ったりしてるのかねぇ?


 いや、主義主張こそ違えど同じ神を信仰しているってことで仲が良い可能性も……無きにしも非ず……か?


 まぁ、世の宗教の全てが過激派ってわけじゃないだろうしね……いや、この世界にはこの宗教しか存在しないのか……?


 他の宗教があるって話は聞いたことないけど……もしかしたら土着の信仰はあるかもしれないね。


「伝統派はその名の通り、昔ながらの教えを守ろうとしている派閥。革新派は教えを広め、今までよりも信者を多く獲得しようとしている……といったところでしょうか?申し訳ございません、それぞれの主張に関してはもう少し調査が必要となっております」


「ふむ……今こちらに向かっている使節団とやらは、どちらかの派閥が主導して派遣したものなのか?」


「はい。今回送られてくる使節団は、革新派の者が主として送り込んで来るもののようです」


 革新派か……どんな話を持って来るか知らんけど……普通に考えればエインヘリア国内での布教活動の許可を求めるとか、献金を要求してくるとかだろうか?


 まさかいきなり国教にしろとかは言ってこないと思うが……。


「ふむ……相手がどんな話を持ってくるつもりなのかは分かっているか?」


「エインヘリア国内で教会が活動することの許可、それから献金……といったところですね」


「なるほど……であれば……」


 俺がキリクに向かって笑みを浮かべてみせると、キリクは力強く頷く。


「はい。エインヘリアにそのような介入は必要ありません。宗教とは救いや拠り所を求めるもの。エインヘリアの民が、神というあやふやかつ中途半端な存在に救いを求めることはないでしょう」


フェルズ様がいらっしゃるのです。よく分からない神に縋る必要はありません。ここは……どうでしょうか?件の使節団がエインヘリア国内に足を踏み入れた瞬間、滅却するというのは」


 いや、どうでしょうちゃうわ……。


 何その過激な提案!?


 エイシャさんがかつてない程……いや、エイシャは元々過激だったけど、あれ?


 今まで大人しかったからあまり気にしてないのかと思ってたけど、説明が一段落するの待ってた感じ?


「待ちなさいエイシャ。確かに偽神を信奉するような愚かな者共ではありますが、少しくらいは弁明の機会を与えるべきでしょう。フェルズ様から許可を頂き、彼らを呼び込むために餌は撒いておいたのです……有無も言わさず消し去ってしまっては片手落ちというもの。彼らには、ちゃんと役割を用意してありますので」


 そう言ってキリクが眼鏡をクイっと上げる。


 あ……これ、終わったわ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る