第374話 あれやこれやそれやどれや
エインヘリアの明日を決める会議は、いつもと同じようにキリクが進行で進められる。
まずは国内の状況について。
元商協連盟領やベイルーラ地方に関しては、順調に治安維持やエインヘリアの施策が浸透していっているようだ。
ベイルーラ地方はそれはもうボロボロだったけど、かなり立て直しは進んでいる。
焼けてしまった穀倉地帯も公共事業として作業員を雇い、一気に整えることが出来た。
流石にうちの種を使った訳じゃないから農作物の収穫はまだまだ先の話だけど、食料の支援はしてあるし、穀倉地帯に元々住んでいた人たちも戻って来て以前と同じような……いや、現地の人の話では、以前よりも良い暮らしが出来ているとのことだ。
まぁ、開墾と治水をしっかりやったしね。
特に用水路とか、かなりしっかりと整備した。
後は……焼けた灰が土に絡んで、なんかいい感じに土が肥えたらしい。
怪我の功名とも言えるけど……嬉しくはないやね。
そして商協連盟の方は貧富の差がかなり凄い事になっていたんだけど……勿論、お金持ちが悪いってことではない。
あくどい事をして稼いでいた連中はしっかり償ってもらっているけど、自分達の才覚で稼いでいた商人や地道に働いて稼いだ雇われ人も普通に多いしね。
働く術を得られなかった孤児や怪我や病気によって職を失った人達……こういった経済的な弱者については、他の地域同様しっかりと保証やサポートをして社会復帰の手助けをしている。
問題は犯罪で生計を立てていた連中や、しょうもない理由で借金をして身持ちを崩したような奴……それからただ単に怠けていた残念な奴……この辺りは、正直国庫を使って面倒を見たくはないんだけど、こういった連中を放置するとスラムに居ついたりして治安の悪化に繋がるからね。
その辺りの更生は、本人達の意思次第って感じだから非常に難しいんだけど、アランドールや治安維持部隊、それにムドーラ商会がその辺りを上手くコントロールしているようだ。
特に……綺麗なムドーラ商会が上手くやっているらしい。
元々ドロップアウトした連中の受け皿とかをやっていたし、内情は変わってもその辺はお手の物って事か。
まぁ、元商協連盟領は広さが広さだからまだ時間はかかるだろうけど、いずれは他の地域と同様にそういった人たちの所得も上がって行くだろうし、犯罪に走る人はしっかり罰せられるようになっていくだろう。
後は、新しく属国になった二か国とヤギン王国地方とスティンプラーフ地方だね。
属国になった方は特に問題ない、あの二国においてエインヘリアの人気はかなりのものらしく、民すら諸手を上げて属国化を歓迎しているらしい。
いや、普通はあり得ない事だと思うけど……どうやら、属国になる事でエインヘリアに守られるという安心感が大きいらしい。
まぁ、民衆にとっては辛い時に手を差し伸べたエインヘリアを好意的に思うのは当然だろうし、国の方針としてもエインヘリア万歳って感じだから問題はないだろう。
スティンプラーフに関しても、ラフジャスを連れて各部族を回らせたことで、かなりスムーズに話は進んでいるようだ。
こちらは文化的な違いを教えるという事で、時間をかけて浸透させていく必要があるが……今の所力で押さえつけている状態には違いないので油断は出来ない。
今のところは従順みたいだけどね。
しかしそれ以上に面倒なのは、元ヤギン王国領だ。
色々と残念過ぎる上層部は軒並みさよならしたものの、当然ながら自分達が戦いに敗れたという自覚のない彼らは、こちらの統治を受け入れてはいない。
まぁ、地方貴族達には先に根回しをしておいたし、騒いでいるのは中央に近い貴族というか……甘い汁を吸っていた連中なんだけどね。
民の反発は思った程ではない……まぁ、うちの統治下になって搾取されたり、今までの生活が壊れたりするわけじゃないからね。
一部の商人なんかはエインヘリアの好景気を知っているみたいで、大歓迎って感じだそうだ。
まぁ、イルミットがしっかりと面倒を見るとの事なので問題はないだろう。
さて、国内のアレコレに関してはここまでだ。
問題がないとはいわないけど、おおむね順調といったところだね。
「次に国外についてですが、各属国から留学生および派遣する教師の選定が終わったと連絡がありました。帝国だけはもう少し待って欲しいとの事です」
「問題あるまい。元々決めていた期日にはまだ余裕がある。各国が納得できる……胸を張って送り出せる人材を選んでくれればよい」
「畏まりました。そのように伝えておきます」
「だが教師役だけは決まり次第こちらに来てもらうようにな。カリキュラムについて相談をしたいと伝えておけ」
「畏まりました」
言わなくても分かっているだろうけどね、この件で各国とやりとりしているのはキリクだし。
「次の件ですが、以前より価格が上がって来ていた魔石や各種鉱石、それから食料についてですが、原因が判明しました。まず魔石についてですが、東の魔法王国が大量に買い込んでいるようです。こちらは関税を上げて流出を押さえるようにしました。食料と各種鉱石……特に鉄鉱石は、各国で需要が高まっているようですが、特に東の方で争いの機運が高まっているのが今回の高騰の理由の様です」
「東?魔法大国か?」
俺がそう尋ねると、キリクは小さくかぶりを振りながら口を開く。
「いえ、魔法大国ではありません。そこよりもやや西にある数か国が開戦寸前といった感じの様です。小国三か国に中堅国が一国。以前からその関係は険悪なものでしたが、遂に戦という手段に出るようですね」
「ふむ。因みにキリクはどう見ている?」
「現在集まっている情報では判断しがたいですが……中堅国はあまり野心の在る国ではないようで、自ら攻め込むことはないでしょう。元々戦力的には小国三国が上手く連携できれば中堅国と伍する事も出来るといった感じでしたが、小国はお互いがお互いをだし抜こうとしているので厳しいでしょうね」
「中堅国に対抗する為に三国が手を結んだという訳ではないのか?」
てっきり包囲網的な感じなのかと思ったけど、そういう訳ではなさそうだ。
「いえ、そういう訳ではないようです。中堅国が他国に対してあまり強気に出ない事をいいことに、小国がそれぞれ調子に乗ったというのが今回の始まりですね」
「小国がそれぞれ中堅国の領土を掠め取ろうとしているということか?」
「そうですね。ただ小国同士も互いに隙を窺っているようなので、協調することはないでしょうね」
「泥沼化しそうな状況だな。何処かが先に動いたらやられそうじゃないか?」
「今まではそれを警戒してお互い動きたくても動けないと言った感じだったのですが、小国の軍備増強が上手くいったようです」
「三国全てがか?」
「はい」
随分作為的な感じがするけど……実は中堅国が誘い受けを狙っている……とかかな?
いや、誘い受けにしては随分気の長い話な気もする。
国力が高くて弱腰な中堅国を小国が舐めて襲い掛かって来るのに……かなりの年月が必要なのは間違いないし、そんなもの狙うくらいなら普通にいちゃもんつけた方が早いだろう。
まぁ、中堅国が弱腰なのではなく、それなりに慈悲を持って配慮してやっているだけで、その対応を弱腰と見ていきった小国が調子に乗っているだけ……その可能性の方が高いかもね。
でも今までは調子に乗っていたとしても、現実的に軍事力の差があった為行動を起こすことが出来なかったが、それをクリアすることが出来てそろそろやってやんよ……ってなっていると。
「鉄鉱石を大量に仕入れて装備を整えているという事か。しかし、だとすると戦力増強に成功とは何を指すのだ?今鉄鉱石の値が上昇しているという事は、今は競い合うように軍備拡大をしている最中なのだろう?」
そうキリクに尋ねた俺だったが、すぐに一つの可能性に気付いてしまった。
量より質……この世界において間違いなく戦力が増えたと確信できる最大戦力。
「……英雄か」
「御明察の通りです。三つの小国は、それぞれ一人ずつ英雄を国に招き入れた様です」
「……三国全てか。それは秘密裏にか?」
「はい。お互いに、相手も英雄を手に入れている事に気付いておりません」
何処から出て来たか分からないけど……英雄が三人同時期にね……。
確実に裏に誰かいるよね、これは。
これを偶然と考える奴は……まぁいないだろう。
英雄三人ってのは……かなり凄い数字だ。
なんせ、商協連盟に所属していた英雄の数が三人なのだから。
まぁ、その内の一人しか俺は知らんけど……金満だった商協連盟ですら三人の英雄しか抱え込めていなかったのに、今回暗躍しているであろう相手は三人の英雄を動かしている。
間違いなく、その三国の裏にいるのはこの大陸でも屈指の勢力だ。
つまり……帝国が何かやっているのでなければ……裏にいるのはほぼ魔法大国で間違いない。
意外と、その四か国の争いは面倒なことになるかもしれんね。
「その四国と英雄、それから魔法大国については詳しく調べる必要があるな」
「はい」
「外交官見習いだけでいけるか?」
俺はキリクではなくウルルに向かって尋ねる。
「……『至天』クラスの英雄相手だと……見習いじゃ無理……」
「ならば出来る所まで見習い達に調べさせろ。最終的には外交官を派遣することになるかもしれんが、現時点では俺達には直接関係ない話だからな。それよりも、優先しなければならないことがあるだろう?」
そう言って俺は皮肉気な笑みを浮かべつつ、キリクの方に視線を戻す。
ここまでの内容は前座……今日の本題はこれからだ。
「はい、北の教会勢力が動きました。現在総本山から使節団がエインヘリアに向かって派遣された所です。到着までは半年程掛かるでしょうが、どうされますか?」
半年も待ちますか?キリクはそう聞いて来ているのだろうが……俺は鼻で笑って見せる。
「現状、俺は教会と話したいことはない。来るというなら放っておけ、こちらからわざわざ迎えを出してやる必要はあるまい」
寧ろおかえり願いたいところだけどね。
いや、無理なのは分かってるけどさ……。
「畏まりました。それではこれより、教会について少し説明いたします」
キリクは会議室にいる皆の事を見ながらそう宣言し、俺は憂鬱さを押し殺しつつ鷹揚に頷いて見せた。
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