十章 神を知ってしまう我覇王
第372話 覇王の日常
世界は記憶している。
空は淀み嘆き悲しみ、大地は血に濡れ枯れ果てた。
不信、裏切り、絶望。
世界に希望はなく悪徳こそが真理であった。
人も妖も魔も……等しく諦念に身を浸し、世界はただ滅びゆくのを待つのみであった。
View of フェルズ 完璧を追い求める覇王
「よーしよしよしよし、よーしよし!ルミナ賢い!ルミナいい子!よーしよしよしよし!」
お座りからのお手、伏せ、待てをしてからのおいで。そこから再びお座りからの右ころん……そしてとどめの左ころん。
一連の流れを完ぺきにこなしてみせたルミナを抱き上げて、両手でわしゃわしゃすること数分。
覇王は今日も元気です。
さて……ルミナとのスキンシップを楽しみ、顔をねろんねろんにされた俺は顔を洗ってから執務室へと向かう。
と言っても本日の書類仕事は既に終わっているので、これから何人か人と会って話をするだけだ。
昼いちは……バンガゴンガだったな。
バンガゴンガとの面談は俺としても気楽なもんだ……まぁ、内容は真面目なものばかりだからあまり気は抜けないけどね。
俺は左ころんをマスターしたルミナに次は何を覚えて貰おうか考えつつ、廊下をのんびりと歩いた。
「これで、所在がはっきりとしている妖精族は全て、魔力収集装置を設置してある街や村への移住が完了した」
「一安心といったところだな。ご苦労だった、バンガゴンガ」
俺が笑みを浮かべながら労うと、バンガゴンガも破顔する。
「問題は、スプリガンの行商人だな」
「こればかりは流石にな。一応定期的に魔力収集装置の設置してある場所に滞在することを勧めてはいるが、行商は本人の都合だけじゃないからな」
「早いところ全ての集落に魔力収集装置の設置をしてしまわないとな……」
数日おきに集落に立ち寄る行商ではあるけど、辺鄙な所を転々とするタイプの商人だと、中々魔力収集装置のある場所に立ち寄らない可能性はある。
商人である以上、定期的に大きな街には立ち寄るだろうが、誰がどのくらいの期間で狂化してしまうかはまだ判明していない。
個人差がある事もさることながら、エインヘリアの研究開発機関の子達は忙しくてそこまで手が回っていないのだ。
そこを研究するよりも、一台でも多く魔力収集装置を設置する方が、狂化から多くの妖精族を救えるだろう。
なんせ、同じ場所に住んでいた人が一斉に狂化するわけじゃないからね……個人差がある以上、それを調べるのは並大抵の事じゃないと思う。
まぁ、研究ってそういうものかもしれないけどね。
しかし、俺の知る限り……狂化が一斉に起こったのは、ギギル・ポーの坑道での事件だけだ。
あの時の……巨大ミミズから出て来た魔道具については、オスカー達の調べで大体の効果と作った奴等の目途はついている。
アレを作ったのは東の大国と呼ばれている魔法大国。
技術的に見てそれは間違いないそうだけど、問題は国があの魔道具をギギル・ポーで使ったのか……それとも流出した魔道具があそこで使われたのかまでは分かっていない。
魔法大国にウルルとかを潜り込ませれば、すぐに調べはつくかもしれないけど……まぁ、その辺は追々だね。
今は国内のアレコレで忙しい。ウルル達には近場の国を調べて貰っているところだし……何より、キリクの予想では北の方が動くっぽいのでそっちに外交官は回したいのだ。
勿論、東に諜報員を送り込まないって訳じゃない。見習いレベルであればとっくに送り込んでいるしね。
「狂化の危険性については彼らも十分理解してはいるが……魔力収集装置による予防にはまだ懐疑的な所が多いのは問題だな」
「予防というのはそういう物だ。人は不幸にならなければ幸福であったことに気付けないものだからな。転ばぬ先の杖に感謝するものは多くない」
「そういうものか」
少し考え込むようにしながら呟くバンガゴンガに、俺は言葉を続ける。
「バンガゴンガやギギル・ポーのドワーフ達には、魔力収集装置によって救われたという実体験があるからな。狂化の恐怖は知っていても、それを防いだり治療したりできると言われても、半信半疑になるのは仕方ない事だ」
切羽詰まれば藁にも縋るのだろうけど、目に見えているものじゃないからな……。
「だからといって自己責任と言ってしまうには、周囲にも被害が出かねないからな……」
狂化して誰かを襲ったりすると、一般人では太刀打ちできないだろうし……何より妖精族は危険だという悪評が流れてしまう。
そうなってくると、あのムドーラ商会が使っていたような首輪……あれで妖精族を無力化すれば良いとか……ちょっと極端な事を考える連中が、絶対に出て来るだろう。
そういう過激派が出て来ると、次は種族による差別、対立……最終的には種族間戦争となって行くわけだ。
いや、ゴブリンの帝国があった頃ならいざ知らず、今となっては人族が大陸中に幅を利かせているから、種族間戦争というよりも迫害とかになるんだろうね。
何にしても、宗教戦争並みに不毛な争いだと思うよ……。
「帝国はともかく、エインヘリア国内に関しては、あまり大きな空白地帯を作らない様に簡易版の魔力収集装置を設置している。余程の事が無い限り、二、三か月に一度くらいは魔力収集装置のある集落に立ち寄るだろう」
まぁ……足止めとかされて、魔力収集装置の無い集落にしばらく滞在することになるとかはあるだろうけど……流石にそこまで面倒は見きれん。
人族の技術者が魔力収集装置の設置を出来るようになってくれれば、一気に設置も進むんだけど……こればっかりはなぁ……。
「ところでバンガゴンガ、部下の育成は進んでいるか?」
魔力収集装置に関しては地道に進めていくしかないので、俺は話題を変えることにした。
「あ、あぁ、ぼちぼちって感じだな。上がってくる書類で判断するってのはまだ慣れないが」
今まで現場で実際に見ながら指示を出していたバンガゴンガにとって、書類だけで現状を把握して指示を出すってのは中々難しいようだ。
「まぁ、その辺りは慣れだな。それと、自分が報告書を受ける立場になれば、どういった報告書を求められているか分かるようになったんじゃないか?」
「そうだな。判断をする為に必要な情報、読みやすさ、把握のしやすさ……上がって来た報告書によってその辺りが全然違うからな」
「報告書はフォーマット……書き方のルールを決めてやると書く方も読む方も分かりやすいから、部下と相談して決めておくと良いぞ」
「なるほど……」
まぁ、うちの子達は……最初は色々やばかったけど、あっという間に育っていったからなぁ。
作業的な部分ならともかく、こうやって部下は育てたらいいよって話は俺には出来ない。
もしバンガゴンガが部下の事で悩むようだったら……クーガーとかシャイナとか、その辺りに相談してもらうとしよう。二人とも中々面倒見のいいタイプみたいだしね。
そんな感じで細々とバンガゴンガから報告を受けつつ雑談をしていると、リーンフェリアが声をかけて来た。
「フェルズ様、そろそろアーグルが来る時間ですが」
「ん?もうそんな時間か」
バンガゴンガの次に面談予定なのはレブラントだったのだが、どうやらいつの間にやらかなり時間が経っていたようだ。
「長居してしまったな。すまない」
「いや、問題ない。ドワーフ関係の話もするだろうから、バンガゴンガも時間が大丈夫なら参加してくれるか?」
「む……いや、すまん。これから帝国のアプルソン領に行かなくてはならないんだ。なんでも留学制度の絡みで男爵……いや、子爵か。彼女が領を離れることになったらしくてな」
「ほう?帝国はアプルソン子爵を留学生として送り出すつもりだったのか」
確かに年齢的には丁度良さそうだけど……貴族家の当主を送り出していいのか?
しかも陞爵した直後の。
いや、多分うちとある程度絡みがあるからって人選なんだろうな。
まぁ、うちとしては条件にあってさえいれば誰でも良いんだけどね。
「先約があるなら仕方ないな。よろしく伝えておいてくれ」
「あぁ、すまないな。じゃぁ失礼する」
そう言ってバンガゴンガが部屋から出て行き、すぐに入れ替わるように部屋へとやって来たレブラントから交易品についての報告を聞くことになった。
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